その手はなんだ?
……本当に恐ろしいときは悲鳴が出ないと今知った。
まさか自宅で唐突に恐怖体験するとは。
いや、唐突だから恐怖するのでは?
なんてことは今はどうでもいい。
いや、いいぞ。こうして思考を巡らせるというのは冷静である証拠だ。そう、落ち着け。
たとえ、椅子の下から出た手に足首を掴まれようとも。
その手は青白く、血がこびり付いており――
「あ、ああああああ!」
っと冷静に分析しようとしたのに結局、情けない悲鳴を上げてしまった。
だが仕方ないだろう。手が強く握り締めてきたのだ。
折られるかと思ったが振り解いてやった。大丈夫だ。落ち着け、もう悲鳴など上げてやるものか。
「うおっ!」
一度引っ込んだ手は今度は箪笥の隙間から現れ、私を掴もうとした。
そしてそれをかわすと今度は……と、どうやらあの手は家のあらゆる隙間から現れることができるようだ。
返り血まみれの地獄からの使者。
再び私の足首を掴み、骨を砕こうとぐっと力を込めてくる。
「ひ、ひいいいいい! ……お、おお?」
と、悲鳴こそ上げたものの、そう恐れることはないかもしれない。
その手を掴まれてないほうの足で踏みつけてやった。すると、はははは! 手は参ったとばかりに引っ込んだではないか。なんてことはない。
しかし、性懲りもなく手はまた他の箇所から出てきたので、そいつもまた踏んでやった。
こうなってはモグラ叩きだ。手当たり次第に踏みつけてやった。
……と、余り調子に乗っては、ふふふっ、手痛い反撃を食らう可能性もある。何より、そろそろ出かけなければ。
玄関の靴棚の戸の隙間から現れたときは少々驚き、ひゃあと声を上げてしまったが何てことはない。私は軽くあしらい家を出た。
さて、外ではあの手は……出てこないようだな。家の中限定なのか。
安心……とは言えないな。今夜、寝ている最中、枕の下から出てきて首を……なんてあああ、まったく憂鬱だ。洗面所に出たデカいネズミを退治しなければならない、そんな感覚。ホテルかどこかへ泊るか、帰りに何か、そう殺虫スプレーでも。いや、肌にしみるやつが良い。何かないか……唐辛子スプレーとか。いや、単純にハンマーとか、スパイクそれか――
……ここは、どこだ? 暗い、いや、落ち着け。そう、さっきも落ち着けたじゃないか。……よし、私は歩いて……それで、あ、そうだ。あのうるさいブレーキ音は……車か? いや、そう、トラックだった気がする。じゃ、じゃあ、私は……。
おち、落ち着け……ふぅ……それにしてもここは暗くて……狭いな。体を動かせない。麻酔? いや痛みが、病院……では……ないのか? じゃあどこだ……。
トラックに撥ね飛ばされ、どこか車の下にでも嵌まり込んだのか?
声が出せない。あああ全身がひどく痛む。痛い、痛い、痛い痛い痛い。
……あれは、光か。あ、影、誰か、誰かいる!
ここだ、頼む、気づいてくれ……。
お、おーい……手を伸ばし……よし、掴んだ、あ!
待ってくれ、頼む。
……あああ痛い!
あ。
今の悲鳴。
ああ、待ってくれ……行くな、行くな!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます