一秒でも速く死にたい
ああ、俺、死ぬんだ。
走馬灯って嘘じゃん。ないじゃん。
絶対に死ぬ。
だって血が……骨が……。
まあ、あんなトラックに撥ね飛ばされたらそりゃ……。
ああ、意識が……。
あれ? ここはさっきの。俺、生き――
さっきも聞いた、けたたましいクラクションの音。
そして衝撃。
あれ?
デジャヴ?
なんで?
また?
は?
口から塊のような血を吐き出すのもさっきと同じ。
で、意識が遠のいて……そして。
横断歩道に立つ俺。
右目の端に飛び込むように映る影。
眼球を動かす間もなく衝撃。
吹き飛ばされ、アスファルトに叩きつけられ転がる俺の体。
これは間違いない。ループしている。
それも俺がトラックに撥ねられる直前に。
……五秒だ。あれから六回(多分。痛みで回数なんか数えてられるか)トラックの衝突を受け、導き出された結論。
俺は死ぬ五秒前に戻っている。(さらに言えばトラックに衝突する一秒前に)せめて十秒、いや八、七秒。それだけでもいいから戻れたのなら飛び退いてトラックをかわし無傷、せめて致命傷を避けることができるかもしれないのに。
と、こうしている間にも繰り返される痛みと死。
正気を失えたらとも思うほどの激痛。何度、どれだけ神に祈っても解放されない。自分でどうにかしない限りは。でも、撥ねられる前の猶予は一秒あるかないか。できる行動は限られている。もちろん逃げる時間はない。ジャンプしようにも溜めの段階で飛ばされる。で、あるなら考えたくはないけど……。
死のう。
そう、積極的に死ぬんだ。一秒速く死ねば一秒余分に時間がとれる。
俺はまず首をトラックのほうに傾けた。(ははっ、脳天砕ければ死ぬだろう?)
はい、失敗。
めげずにもう一回。もう一回。
と、何回目かのチャレンジで恐ろしいことに気づく。
逆にもし一秒でも多く生きながらえたら戻る時間がずれて、今ある一秒の猶予もなくなる。つまり無限にただ死ぬことになる。
俺は身震いした。実際には身震いする間すらないのだけど。
肩からぶつかり腕を、肋骨を砕かれ吹っ飛ばされ、頭を地面に叩きつけられ転がりそして数秒の後に絶命。折れた骨が内臓を裂いて眼球も片方潰れた。ほんの少し体をずらしても、その死に方からほとんど何も変わらない。
ああ、今回は足が折れたな。
お、今度は両目が潰れた。
はは、誰か見てよ。今回は腕の骨がこんなに飛び出した。最高記録だ!
へへへへへへへへへへ。
繰り返した。何度も何度も調整をしては死んだ。
何回骨が砕ける音を聞いた?
何回丸っとした血を吐いた?
何回アスファルトに顔を擦らせた?
俺、何回死んだ?
百? 千?
わからない。でももっと速く、速く死ななきゃ
速く死ななきゃ速く死ななきゃ速く死ななななきゃ
速く速く速く速く死なななな死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
さああさささつぎつぎ……ああれ? 何度も見た光景。でも少し違う……。
と思った瞬間、鼻の先をトラックが掠めた。
耳にエンジンの残響と空気中に排気ガスを残してトラックは遠ざかっていく。
つまり、これって、うまくいった……のか。どうしてかはわからないけど、打ち所が良かったんだ。
へへははは、よかった……死ねてよかっ――
「事故?」
「いーえ、ギリギリ大丈夫だったみたい」
「じゃあ、あの救急車は?」
「それが目の前をトラックが通って、おじいさんびっくりしちゃったみたいで」
「あら、お二人さん、こんにちは。私は学生服着てたって聞いたわよ」
「髪を白に染めてたってこと?」
「そ。まぁ最近の若い子はオシャレでするのかしらね」
「違うわよ。心臓止まったって聞いたわよ! やっぱりおじいさんよ、おじいさん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます