怪異スポットを作ろう!

「怪異スポットを作ろう!」


 部室に入るなり僕の目の前に顔を近づけ、会長はそう言った。その爛々とした目に思わず引き込まれそうになり顔を逸らす。

 怪異研究会。(会長は同好会扱いで部活動に認可されない事に納得してないが)立ち上げたのはいいものの未だに目立った活動実績はない。会長は怪異現象の発見、存在の証明を目標に掲げ日々奮闘しているけど、未だ尾の先すらつかめずにいた。


「どうやって、それにどこに作るんです、会長?」


 経験上、話に乗っておかないと機嫌を損ね、結局長引く。


「それは今から二人で考えるの」

 

 やはり無計画。会長が言うように、この研究会は僕と会長の二人だけだ。

 最初は会長目当てで入会した生徒がたくさんいたけど会長が出す無理難題やその美貌に反した奇異な行動に幻滅。また、周囲から自分がそれと同類に見られることを恐れたためか去っていったようだ。

 僕はというと会長の魅力に絡めとられた一人ということを否定はできないけど、単純にホラー系が好きで、僕自身もまた一度で良いから怪異の類に遭遇したいと思っていた。


「で、何か案はない? 繰り上がり副会長」


「繰り上がりは付けなくていいでしょう……。案……そうですね、そもそもなんで怪異スポットを作ろうと」


「よく訊いてくれたね。ないなら作れば良い。素晴らしい発想だと思わない?」


 むん! と胸を張る会長。諦めようとしないのは素晴らしいと言えばそうなのかもしれないけど、いい案なんて思いつく気が……


「……そうだトンネルにしよう!」


 会長の顔がパッと明るくなる。


「掘るんですか?」


「バカ! 町外れにあるでしょう。丁度良いトンネルが」


 ああ、あそこかと僕は頭の中で地図を描く。


「それで何故、トンネル?」


「怪異現象といえばトンネルでしょう……」

 

 呆れたようにため息をつく会長。

 確かに会長の言うトンネルは暗く、湿っていてラクガキだらけで人気が少ない。不気味な雰囲気ではあるが……。


「あそこって短くありません? ちょっと走るだけですぐ出られる気が……」


「細かいことを言わない! 次の活動はそこに決まり! さあ現地に行こう!」


 会長に肩をはたかれて僕は読んでいた本を鞄にしまい、席を立った。


 自転車を漕ぎ続けること三十五分。現地に着いたけど……。


「会長、気になっていたんですけど、なんですそれ?」


「見ての通り。ほら」


 そう言い、僕に手渡したのはバケツに洗剤、雑巾。


「近くに公園があったはずだから。さぁ走って!」


 僕は言われるがままバケツを持って歩き出す。ごねても無駄なのは経験上わかっていること。

 会長から走れ! と背中に罵声、いや激励を受け仕方なく走り出す。でも角を曲がるとまた徒歩に変えた。



「……歩いていたでしょう」


 水を汲み、戻ってきた僕に会長は苛々した様子でそう言った。


「水飲み場が混んでて」


「混むか! まあいい、こっち来て」


 僕は会長の後ろに続き、トンネルの中に入った。このトンネルに入るのは小学生以来だけどやはり記憶と変わらず、ラクガキだらけでジメジメしていた。空き缶や恐らくコンビニ弁当などが入ったビニール袋などが落ちている。

 そして、やはり短い。光指す出口の先に標識が見えるが、どうやらそれもラクガキされているようだ。

 この辺は治安が悪いのか? 変なのに絡まれないといい、もしくは絡まないといいのだけれど。そんな僕の不安をよそに会長はさっさとトンネルの中心に行き、そして指さした。


「消して」


「はい?」


「ラクガキを」


 慈善活動に目覚めたのか。それならば喜ばしいが会長の手には似つかわしくないものがある。


「会長……その手に持っているのはカラースプレーですか?」


「うん、そうだけど?」


「因みに何のために……」


「ん? ラクガキするの」


 訳が分からな過ぎていよいよ頭が痛くなってきた……が、訊けばこういうことらしい。

 会長はこのトンネルを怪異スポットにしたい。そのためには会長が考えた文字や記号をトンネル内に書く必要がある。(本人はそれが怪異を引き起こすと言っているが恐らく効果はない)

 しかし、ラクガキはいけない事。ならばすでにある落書きをいくつか消し、プラスマイナスゼロになんなら少し綺麗にして帰れば問題ないとのこと。

 一つ問題があるとすればその重労働は僕が担うということだ。

 僕が手伝って欲しそうな顔を向けると会長は「レイアウトがねぇ」と呟き、僕に背を向けた。指で四角を作りなにやら構想を練っている。これが他の部員、いや会員が抜けた理由だ。

 僕は仕方なく雑巾で壁を擦る。どこで調達したかは知らないが、この洗剤はそこそこ効いた。それでも力をこめなければラクガキは落ちない。

 なんで僕がこんなことを……。余りに傲慢。帝王。暴君。頂点捕食者……頂点捕食者……熊? いや、ライオン……虎。鮫、いや鯱。いや、海の生き物は無しにしよう。最強はどれだ……毒持ち、いやラーテル。いや、やっぱり人が最強か……?


「手が止まってる」


「ひぃ、人!」


「んん? そんな驚くこと?」


「あ、すみません……」


「もう、仕方ないなぁ」


 会長も雑巾を手にラクガキを消し始める。

 ほらね。会長は最初から自分の分の雑巾も用意していたんだ。こういう優しさを前面に出せばもっと会員も増えるのに。ま、いいけど。

 そこそこ消し終えると会長はスプレーを振り、壁に文字や図形を描き始めた。

 その楽しそうな顔たるや、この陰気なトンネルとは不釣合いで、それゆえ美しかった。

 会長はチラッと振り返り僕に手招きする。


「やってみて」


 会長はそう言い、僕にスプレーを手渡す。


「この紙に書かれた通りにね。ん、うまい、うまい」


 人生初のラクガキ、なんとも背徳的な気分だ。でも嫌じゃない。「共犯者~」と、会長がニヤニヤしながらそう言ったけど無視しておいた。


「そういえば会長、怪異スポットと言ってもどんな現象が起きるんですか?」


「訊くのが遅いよ。でも、まあいいでしょう……」




 トンネルの中に入り、歩き続ける。

 暗いけどただそれだけの話。雨漏りのように滲む恐怖心は暗闇を恐れる本能的なもの。

 問題はない。

 でも、トンネルの中間まで来たときにふと気づく。

 おかしい……出口に光がない。

 このトンネルはそんなに長くないはずだ。

 まだ日の落ちる時間でもない。

 不安になり足を速める。

 しかし、とっくに出口のはずなのに出れない。いや、それどころか変だ。足元がグニグニしている。

 踏み出した足が沈む、慌てて飛びのき壁に手をついた。

 しかしその壁もまた柔らかい。それになにやらヌメヌメしている。

 入り口は、と振り返ればそこもまた暗闇。

 そう、ここは食道の中。

 出るには消化されるしかないのだ。




「どう? トンネルが短いことを利用した良い噺でしょう」


「まぁ……自分で言わないほうが」


「いいから、さぁ撤収! 人に見つかったら面倒だからね」


 会長は入り口に向かって駆け出す。

 そして振り返り笑う。照らす光がより眩しかった。

 僕は会長のもとに行き、並んで歩く。

 ラクガキとはいえ、まあ、何かをやり遂げたのは良かったのかな。

 これも青春? ははは。違法行為を肯定するのに便利な言葉だ。


 ……あれ?


 トンネルを振り返ると、さっき見えた標識は見えない。ただ、全てを飲み込むような暗闇がそこにあった。


 僕らは自転車に跨り、漕ぎ始める。

 会長―――。

 僕は呼びかけようとした口を閉じた。

 会長が僕の方へ振り返り、微笑んだからだ。

 綺麗だ。

 だから、まあ……いいか。いいのかな。いいや。

 今はこの光景をただ記憶に刻もう。

 そう、僕独り占め……一人。

 ……あれ? 他の会員って、その後学校で見かけたことあったかな。


「次は二人でどこに行こうか?」


 会長のその言葉に僕は口を閉ざしたまま微笑み返した。

 僕の言葉は出口を失い、深い深い闇へとただ落ちていった。

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