愉快な音楽
ある日、どこからか音楽が流れてきた。
それは、今まで聴いたことのないメロディで、耳にした人を愉快な気持ちにさせた。
怒っている人。
泣いている人。
苦しんでいる人。
誰もがピタリと動きを止め、その音楽に耳を傾けた。浮き立つ気分に、踊らずにはいられない。町に笑顔が溢れ返った。
ただしずっとではなく、音楽はほんの五分程度で終わった。すると皆、踊るのをやめ、今のはなんだったのかと首を傾げた。
次の日も音楽は流れた。皆、陽気な気分になり、昨日と同じように踊り出す。
音楽が流れている間は誰も疑問に思わないが、終わると皆、不思議がった。
どこから流れてくるのか。
一体誰が何のために流しているのか。
メディアに取り上げられ、テレビ局はスタジオに髭を生やした専門家らしい人物を呼び、面白可笑しく仮説を立てた。
某国のテロ。
宗教のマインドコントロール。
科学実験。
様々な見解が述べられたが、いずれも根拠がないものばかり。宇宙人の仕業だと言う者もいた。
流れていない間も誰も彼もが音楽に注目し、グッズや考察サイト、ありとあらゆる業界で『備えよう』『保険に入ろう』『これがあれば安心安全』『最高の音質をあなたに』などとセールスに商売っ気を出すならまだしも詐欺まで横行。騒ぎが大きくなり政府は放っておくわけにもいかなくなり調査に乗り出した。
その間も音楽は毎日必ず流れた。
しかし、変化がなかったわけじゃない。流れる時間が日が経つに連れて長くなっていったのだ。
踊る時間が増え、音楽が終わった後にどっと来る疲労感に、その場に座り込む者もちらほら出てきた。
楽しい時間が増えるのは良いことだが、それに比例して疲労も増してはその日の仕事や予定に差し支える。人間、遊んでばかりはいられないのだ。
イヤホンをしていても無駄。肌で音を浴びているせいか、いつの間にか外し、踊り出している。
防護服を着ているならわからないが、そんなものみんなが着るわけにもいかない。
困りに困っていたそんなある日。研究者たちは調査を重ね、ついに音の出所を突き止めた。
それは空に浮かんでいる、スーツケースほどの大きさの黒い箱だった。
すぐに回収、研究所に持ち帰り、集まった優秀な研究者たちが慎重に調べ始めた。今のところテロの可能性が高い。皆のやる気を削ぎ、国を停滞させようという魂胆なのかもしれない。
しかし、箱は地球上にはない物質で作られていることがわかった。しかも頑丈で、色々と試したが壊す方法が見つからない。このままではまた音楽が流れ出し、踊り始めてしまう。
どうしたものかと窮屈な防護服を脱ぎ、何気無く箱を触ってみると箱が突然開き、音楽と共にメッセージが流れ始めた。
『一家に一台、ギスターグ星のブルンジ社の高性能ロボットはいかがでしょうか!
お申し込みは箱の中のパンフレットから……』
研究者たちはポカンと口を開け、呆然とした。が、すぐに肩の力が抜け皆、音楽もないのに大笑いした。
「なんだ、ただのセールスか。実に馬鹿馬鹿しい」
「おそらく生命体が直接触れたら箱が開く仕組みだったのだろう。
ある程度文明がある星を狙ったのか、当てずっぽうなのかはわからないがな。
しかし、日に日に音楽が流れる時間が増えたのは何故だろうか」
「注目をより集めるためだろう。無視されては意味がない。
まったく迷惑な話だ……。
だが、地球外の生命体との初の接触であることに変わりない。
我々の宇宙進出もそう遠くないかもしれないな」
皆がそう、意見を出しあっていると助手が一人、慌てた様子で研究室に入ってきた。
「た、大変です! 外に!」
研究者たちが窓から外を見ると無数の箱が空に浮かんでいた。
どうやら宇宙でも営業競争は激しいらしい。
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