第170話 星暦553年 桃の月9日〜10日 旅立ち?(5)
「いい知らせがあるぞ」
との通信で学院長に呼び出された。
「シャルロの技能報酬としての金貨50枚は『うっかり』伝え忘れていただけらしい」
お茶を淹れながら学院長が言った。
「『うっかり』ですかぁ。
商業省ですか、それとも魔術院の方ですか?」
金貨50枚を『うっかり』忘れるかよ。
「あの転移門の担当者だ。
それなりに有能らしくてな、妻がやっと妊娠できて浮ついていたのだろうとのことだ」
お茶の入ったカップを俺に差し出しながら学院長が肩を竦めた。
ふうん。
あのハルツァがねぇ。
そういうことに手を出すタイプには見えていなかったから、出来心ってやつかね?
しっかし、最終的には契約書を交わして報酬額もそこに書き込まれることになるんだから、ばれると思うんだけどな。
それとも年末のゴタゴタでどさくさ紛れに誤魔化して契約書を交わさないつもりだったのか?
だが、契約書を交わさなければ報酬そのものを払うのが難しいと思うが。
「まあ、シャルロには伝達不足だった技能報酬があったよ~と伝えておきますよ。
ちなみに、商業省の方への連絡は出来そうですか?」
カップを口へ運ぼうとしていた学院長の手が止った。
「商業省か。
・・・ナヴァール・ザルガだったか?」
おやぁ?
忘れてたな。
「ええ。
知り合いの家族にそれとなく南部航路にあまり金を入れ込みすぎないように警告するのは大丈夫か、知りたいので」
シャルロの技能報酬なんて俺には直接関係ないんだよね。
シェイラの方が今回の問題としては重要。
同じ精霊の加護持ちとして、学院長としてはシャルロが騙されそうになったことの方が重要だったみたいだけど。
まあ、俺も一応精霊の加護持ちとして役に立つ知識を身につけることが出来たけどさ。
ため息をつきながら学院長が引き出しを開けて、通信機を取り出した。
何やら操作して、通信機に向かって使い始める。
「ああ、ゲレットか?
久しぶりだな、奥さんはいかがしている?
実は、ちょっと頼み事があるんだが。
今度そちらが企画している新航路開拓の事業に、私の教え子達も参加することになってね。
機密要項に関して確認したいことが出来たから担当者のナヴァール・ザルガとか言う人間と話したいと商業省に行ったらしいのだが、忙しいから2週間後まで会う約束すら出来ないと秘書に門前払いされたらしいんだよ。
そう、それで泣きつかれてね。
ちょっとナヴァール・ザルガに私か、ウィル・ダントールの方へ連絡するよう伝えてくれないかな?」
何やら通信機から向こうから声が漏れ聞こえるが、相手の言っている内容は分からない。どうやら学院長の通信機はプライバシー結界付きのようだ。
「ああ、ジーナにもよろしく。
年末のパーティで会うのを楽しみにしているよ」
何やら親しげな別れの挨拶と共に学院長が通信を切った。
「これで直ぐに連絡が来るだろう。
ゲレットはさっさと頼まれ事は済ますタイプだからな」
お茶を一口飲んで、学院長が肩を竦めた。
「ちなみに、このゲレット氏って誰です?」
学院長が親しげな人っていうことはそれなりに上の人間のような気がするが。
「ああ、商業省の大臣だ。
あまり小さな案件だと大臣に話を持って行っても中々通じないが、流石に東大陸への新規航路開拓となれば大丈夫だろう。
ゲレットも直ぐに担当者のことが分かったようだし」
うひゃぁぁ。
ナヴァール氏、可哀想に。
休暇中なのか単に忙しいのか知らんが、突然大臣からの呼び出しかよ。
・・・まあ、それなりに重要な案件の担当者なんだ。
きっと大臣とも顔見知りでそれなりに報告とかしているに違いない。
大臣からの通信も、それ程ショックでは無い・・・と期待しておいてあげたいところだな。
「どうもありがとうございました。
お礼に、美味しそうなお茶と酒を探しておきますね」
「期待しているよ」
既に手元の書類を読み始めた学院長に軽く手を振って、部屋から出る。
アレクにでも、向こうの大陸のことを知っている人間がいないか聞いてみようかな。
前もってリサーチをしておく方が向こうに着いてから効率よく探せそうだ。
◆◆◆
「そう言えばシャルロ、精霊の加護持ちって加護を目当てに雇われる場合は基本的に技能報酬として金貨50枚付くんだって。
そんでもって『シャルロの精霊じゃないと駄目』っていうような案件だと更に値をつり上げられるみたいだぜ」
朝食に姿を現したシャルロに声を掛けた。
ケレナの所か実家に居るかと思っていたら、夜はこちらに戻っていることが多いとパディン夫人に聞いたので俺もヴァルージャに戻らずに待っていたのだ。
ちなみに、ナヴァールからは俺が家に帰り着く前に通信機の方へ連絡が来た。
流石、大臣への通信。
対応が早いね~。
最初から新しい案件の関係者が来たら直ぐに連絡を取れるようにしておけば、大臣からの呼び出しなんて無かったのにね。
今後は気をつけてくれたまえという所だな。
『特級魔術師の教え子』と言うことで妙にかしこまっていたような気がしたが・・・気のせいに違いない。
多分。
そもそも、若手魔術師って言うのは基本的に魔術院の卒業者なんだから全員が学院長の教え子だ。
そして生徒の誰が泣き付いたって学院長は助けてくれる。
まあ、気楽に泣き付けるほど面の皮が厚いのはあまりいないかも知れないが。
「え、そうなんだ?」
お茶を注ぎながらシャルロが驚いたように聞き返してきた。
丁度部屋に入ってきたアレクも驚いたように目を丸くしていた。
「基本的にって・・・報酬の話し合いの時には出てこなかったが」
「精霊の加護持ちにとっては『常識』らしいぜ?
だから妻が妊娠して浮ついていたハルツァは『うっかり』言い忘れたんだってさ」
肩を竦めて朝食にフォークを突き刺しながら答える。
うむ。
パディン夫人の卵焼きは相変わらず、美味しいぜ。
いつも使っているヴァルージャの宿って朝食はちょっと冷めてて、ソーセージはともかく卵は微妙なんだよなぁ。
「・・・『うっかり』ねぇ。
まあ、良いことを教えてくれた。
知らなかったとは言え、悪かったな、シャルロ」
アレクが何やら考え込みながら茶を注ぎ、シャルロに軽く頭を下げた。
なんか、これから精霊加護持ちの報酬に関してリサーチでもしにいきそうな雰囲気だな。
まあ、実家の方での話し合いが無いんだったらそれなりに暇なんだろうが。
「そう言えば、シェイラの家族に話しても大丈夫そう?」
シャルロが席に着きながら聞いてきた。
「おう。
ガルカ王国にまで話が流れたら、現在南回りの航路を使っている船に被害が出るかも知れないからあまり言いふらすなとは言われたけど、親しい人間の親族の商会に話す程度だったら良いってさ」
これでシェイラも一安心だろう。
「ちなみに、今回の依頼の話をして良いかっていうことを確認しようとしていたと聞いたのに、どういう流れで精霊加護持ちの技能報酬の話になったの?」
シャルロが首を軽くかしげながら聞いてきた。
「・・・そう言えば、何でだっけ?
商業省の方でたらい回しにされたあげくに2週間は会うための予約すら取れないって突っぱねられたんだよ。
ハルツァも休み取ってて魔術院に来ていなかったし。
しょうがないから学院長にお土産のリクエストを聞くついでにナヴァールに連絡付けるのを助けてくれって泣き付いたんだけど・・・何で報酬の話なんて出たんだっけ?
まあ、適当な雑談の流れで報酬の話が出たんだろうな。そうしたら学院長がおかしいって言い出して調べてくれた
あ、アレク。東の大陸の飲み物の事とかちょっと調べたいんだけど、誰かそう言うのをよく知っている人を紹介してくれない?」
結局ナヴァールの連絡先を聞き忘れて大臣に通信する羽目になってるんだから、学院長もちょっとうっかりなんだけどね。
でも助けてくれたんだから、お礼の土産はしっかり選ばないと。
◆◆◆◆
「家族に知らせても良いってさ。
だがあまりに話が広まって肝心のガルカ王国まで伝わると、南回りの航路を使っている商船に被害が及ぶかも知れないから気をつけてくれって」
ヴァルージャに着いて直ぐにシェイラを捕まえて伝えたら、ほっとしたように息を吐かれた。
「良かった。
私の方も一応探りを入れてみたら、それなりに南回りの航路で取引しているようなのよね。
取り敢えず、ガルカ王国がきな臭くなってきているから別の航路なり商品を探す方が良いかもねって父に警告しておくわ」
「で、親父さんは警告に耳を傾けそうなのか?」
そんなに簡単に別の商売って見つかるとも思えんが。
今現在儲かっている事業を、学者になって家業を離れた娘からの漠然とした警告だけで止めるかね?
シェイラが肩を竦めた。
「幸い、ヴァルージャは南の国境であるファルータ領にあるからね。
前回の祭りの際にちょっと怪しげな騒ぎがあった話は王都にも流れているから、あの騒ぎの元がガルカ王国だったらしいってファルータの警備兵が話していたとでも言えば、それなりに真剣に受け止めるでしょうよ。
戦争になった時に一番のとばっちりを受けるのは何も知らなかった商人ですからね」
いや、一番とばっちりを受けるのは戦場になった場所に住んでいる農民とかだと思うけど。
国外での紛争が起きた場合だったら被害を受けるのはアファル王国の人間としては商人かもな。
まあ、願わくはそこまでは事態が進まないことを期待しておこう。
取り敢えず、今できることは。
「折角の休養日だから、ファルージャの街にでも遊びに行かないか?」
こないだの祭りで遊べなかった分の埋め合わせだ。
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