第132話 星暦553年 緑の月16日 でっち上げの容疑(9)(第三者視点)

>>>サイド アルベルト・ダル・ファルータ


「おお、ファルータ公爵。

丁度良かった、少しお時間を頂けますかな?」

王宮の廊下を歩いていたら、右手から歩いてきた宰相に声を掛けられた。


「勿論ですとも。

何か事件でも起きましたか?」

何食わぬ顔をして宰相の横を歩きながら隣の狸の様子をうかがう。


ある意味、この国を動かしているのはこの男だ。

国王と皇太子もそれなりに役割を果たしているが、もしも王宮で暗殺騒動があった際に殺されて一番国の運営に支障が出るのはこの宰相だろう。


とは言え、国王と皇太子およびその子供が殺された際にセリダン殿下が生き残ってしまったら、国の先行きは真っ暗になるだろうが。


「なに、ちょっとした件でお話をお伺いしたいだけですよ」

にこやかに答えながら、宰相が執務室の扉を開いた。


「・・・これはこれは、ウォルダ殿下。

おはようございます。

最近はいかがお過ごしですかな?」

皇太子に恭しく礼を取ってみせる。


「うむ、特に問題は無い。

いい加減、正妃を再び迎えようと思って宰相と相談しているところだ」

ほおう。

本人も言っているとおり、いい加減にちゃんとした後継者を産ませるべきだろう。

幾ら本人がまだ若いからと言って、側室の産んだ体の弱い王子しかいないなど危険すぎる。

今のままだったら、体の弱く立場も強くない王子と馬鹿な王弟との後継者争いが勃発するのは目に見えている。


それだったら直系の人間を全て殺してファルータ公爵家にでも王位を任せた方がましなぐらいだ。


「まあ、正妃として誰を迎えるかというのは難しい問題なので、まだ宰相と色々話し合っている最中なのだが・・・。

それとは別に、実はこんな書類が見つかってな。

しかも、こんな偽造文書も街中で発見されたようなので、公に状況をお伺いしたくて今日は同席させて貰った」

皇太子が机の上から、右手と左手に紙を取り上げて見せた。


どちらもガルカ王国に協力することに対する報酬を記した文書で、ガルカ王国の国印シールが押されている。


1つはアイシャルヌ・ハートネット特級魔術師に宛てた物、1つは私に向けた物だ。


どちらも本物の国印シールのはずなのだが・・・よく見たら、アイシャルヌ・ハートネットに宛てた物は国印シールの印影に立体性が無く、見慣れた目には偽物なのが見てとれる。


ふむ。

思ったよりも切れ者を傘下に持っているようだな、皇太子。

試練は合格としてやるか。


「ご存じでしたか、治療に適正のある魔術師だったら純潔の証というのは再生できるということを?」

勧められたソファに身を預けながら、皇太子の手にある書類を無視して皇太子に全く別のことを尋ねる。


勿論知っているだろう。

なんと言っても、自分の前妻と皇太子が出会ったのは魔術学院だったのだから。


「魔術学院の授業で聞いたことはあるな」

無表情に皇太子が返してきた。


「魔術学院。

そう言えば、かの学院では殿下と私の前妻がとても仲が良かったそうですな。

遠いとは言え、親戚関係にもあったから無邪気な付き合いであったという話でしたが」

そして、なんと言っても妻には純潔の証がちゃんとあったのだ。だから疑ってもいなかった。


10年ほど前に彼女の手紙が出てくるまで。


「死に別れることになってしまったのは残念でしたが、立派な跡取りも産んでくれたことだし、ファルータ公爵家も安泰だと思っていたのですが・・・。

ある日、前妻の家具から手紙が出てきましてね。

死ぬまで後生大切に、殿下からの手紙を隠し持っていたことには驚きましたよ」


そう。

だが、その時は驚いただけだった。


ちょっとした狩りに出た際に、お忍びで寄った酒場で『魔術師は純潔を再生できる』という話を小耳に挟むまでは。


前妻も、自分も、王家の血をそれなりに引いているので身体的特徴で息子が誰に似ているかと考えても殆ど意味が無い。

と言うか、殆どの高位貴族は王家の血が入っていて、親戚関係にあるのだ。


息子はそれなりに賢く、自分を慕い、ファルータ公爵領を慈しんでいたのでそれに満足していれば良かったのだが・・・。

疑念は消え去ることは無く、常に心にわだかまるようになった。


「その書類が手元にあると言うことは、既に私の身は手遅れでしょう。

教えて下さい、殿下。

私の跡取り息子の父親は誰なのです?」


◆◆◆


>>>サイド ウォルダ・ダルヌ・シベアウス・アファル


「・・・私の跡取り息子の父親は、誰なのです?」

ファルータ公爵の質問にため息が漏れた。

身から出た錆とは言え、己の若き日の過ちが国を左右するような事態に繋がるとは・・・頭が痛い。


自分が幼かった頃に父王や教育係のアイシャルヌ・ハートネットに何とも言えぬ目で見られたことがあったが、自分も息子に対して同じような経験をするようになるのだろうか?


自分の過ちが、この南部の重鎮を国の転覆か・・・自殺行為へと走らせたのは事実だ。

国印シールつきの文書でアファル王国へ他国の侵攻を助ける約束をした公爵の命は既にどうしようも無い。

馬鹿正直に公爵の謀反の背景を公表するわけにはいかないが、少なくともこの場では誠実に対応したい。

「・・・分からぬ。

公にあれが嫁ぐ直前に、ちょうど前線へ出ることになってつい二人して感極まってしまってな・・・。

後からの手紙によると、可能性は十分あるが確実にどちらの子とも言い切れなかったようだ」

まあ、妊娠の知らせを受けた時期にはまだティリアも『政略結婚の為に運命の恋人と切り裂かれた自分』というものに酔っていたので政略婚の相手よりも、『運命の恋人』である自分の子である可能性が高いと思いたがっていたようだったが。


数年後に王都での催しで会った際には、どちらかは彼女自身も分からないと苦笑しながら認めていた。


こう考えると・・・出産の際の危険があるとは言え、貴族や王族は母系で伝えていく方が確実に血統が保たれるな。

まあ、王家の場合は最終的に王位に就く前にダルファーナ神の神殿長となれるだけの王家の血を引いているかは確認するので、王家の血を濃く引く上位貴族との不義の子でない限り発覚しているだろうが。


ファルータ公爵が深く息を吐いた。

「戦場へ行く前の盛り上がりですか。

少なくとも、私の許嫁と長期的に不倫を働いていたのではないのですな。

一度裏切り行為に対する疑惑が生じると、色々と考えが沸いてくるものでしてね。

鬱々と考えている間に、自分の血を引かぬ者にファルータ公爵領を残すのかも知れないという可能性が何とも許しがたく思えてきて・・・。

ですが、前妻ティリアの手紙もそれらしきことを匂わせていただけで、単なる思い違いかも知れないと思うと長男を殺すことも思い切れず、色々悩みました」


確かに、確実に不義の子と分かっているのだったら事故を装って殺させれば、後妻との子供が後を継ぐことになる。流石にそちらは不義の子ではないだろう。


分からないというのは本当に苦悩の根源だな。

・・・自分も正妃を娶ったら、不義をされぬよう見張っておく必要があるな。

まあ、不義の子だとダルファーナ神における神殿の儀式で発覚すると脅しておけば大丈夫かな?


「そんなこんなで考えている間に、私の足に凝りが出来ましてね」


宰相が身じろいだ。

「前公爵も以前、凝りが出来たと話しておりましたな。

だが、余程場所が悪くない限り、そのような物は切除してしまえば良いのでは?」


公爵が肩を竦めた。

「止血の術が改善して、そういった切除が可能になってもうかなりの年月が経っているが、ファルータ公爵家の人間は代々かなりの確率でそれが原因で命を落としているのですよ。

ある意味、子爵に凝りが出来れば儂の子であることが確定すると言えますな」


ふむ。

遺伝性の何かなのか。


「まあ、医療という物は色々と進歩しておりますからな。

国内外に、金に糸目を付けずに最新の治療法の研究書などを集めていたらガルカ王国の者から連絡が来ましてね。

神殿で、革新的な治療法が最近発見されたが興味があるかと」


ガルカ王国の神殿と言えばテリウス教だ。

そこが医療に優れているとは聞いていないし、神の加護で新しい治療法を授かるとも考えにくい。


まあ、あの国だったら貧民を使って人体実験をやりまくり、新しい治療方法を確立した可能性は無いとは言い切れないが。


「流石にテリウス教に縋るほど耄碌はしていませんが、何だかんだでやり取りしている間に相手が神殿から政府の人間へ変わりましてね。

治療の話は脇に置いて、アファル王国にテリウス神の教えを広めるのに手伝わないかと勧誘されたのですよ」


勧誘されたと言っても、それなりに間接的な言い回しのやりとりで時間が掛ったのだろうが。

しかし、アファル王国の南部の重鎮にそんな話を持ってくるとは、余程ファルータ公爵の鬱屈が目に見えていたのだろうか。


「色々言ってきたのですが、王家の直系の人間が全て不幸な事故に巻き込まれて亡くなった場合、ファルータ公爵家の人間が王位を継いでもおかしくないですよね、と言われた際にふと思ったのです。

息子が皇太子の血を引いているのだったら、それも良いのではないかと」


おいおい。

特にあまり深く考えずに今回の事件を始めたように聞こえるぞ。


「まあ、幾ら皇太子に思うところがあるとしても、この国にテリウス教を大々的に導入するのに手を貸すのはそれなりに良心の咎めを感じますからな。

私の尊厳を踏みにじった人間でも、それを飲み込んで王位に就くのを認めるに値するだけの能力があるか、皇太子を試させて貰うことに致しました」



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