第112話 星暦553年 萌葱の月15日〜17日 ちょっとした遠出
「ねぇ、ちょっと遠出しない?」
記録用魔道具やそれに対応する防止用結界の商品化も我々の手を離れ、最近妙に来ていた諸々の手伝いとかも終わって次は何をしようかとノンビリお茶を飲みながら話し合っていた俺たちに、シャルロが突然提案をしてきた。
「遠出ってどこへ?」
またシャルロの親戚の街にでも行くんかね?
王国でも有数な高位貴族の一族なだけあって、シャルロの親戚は多い。
彼のほんわかした性格もあいまって、それらの数多い親戚とも仲良くやっているようだからまた親しい従姉妹や叔父か叔母が結婚なり出産なりがあって呼ばれてるのかな?
まあ、最近色々バタバタしていたのが全部一区切り着いたところだから、変な話が来ないうちにどっか遠くへ遊びに行くのも悪くない提案だよな。
「サラフォードの方。
実は、アルフォンスの森がもうすぐ現世と触れ合う時期なんだって。だから遊びに来ないかって誘われたの」
はぁ?
アルフォンスってシャルロの使い魔の妖精王だよな?
妖精王が森全体をテリトリーとするという話は知っていたが、現世と触れ合うって・・・。
普段は触れ合ってないの??
「ああ、そう言えばサラフォードの森は幻想界に繋がるという言い伝えがあったね。
アルフォンスがその言い伝えの森の妖精王だったとは知らなかった。
伝説の王を使い魔にしているなんて、学者達に聞かれたらもの凄く興味を持たれそうだぞ?」
アレクがクッキーを手に取りながらからかいを交えて答えた。
そうか。
妖精の森の伝説って、幻想界が現世に時々繋がる際に迷い込んだものの運良く戻って来れた人間が伝えた話らしいよな。
「え。じゃあ、図書館を探したらアルフォンスの事が書いてある伝説が載っている本とかもあるのか?!」
そんな有名人(?)が身近にいたなんて、びっくりだ。
「多分ねぇ。
サラフォード地方の伝説を纏めた本にも妖精の森の話があったけど、アルフォンスに聞いたら全然中身は違うから大元の話を持って帰った人はべろんべろんに酔っ払っていたんだろうって」
酒かぁ。
幻想界というのは幻獣が居る世界であり、知らない人間に取っては普通の森よりもずっと危険だ。
素面だったら何やら雰囲気が普段と違い、見たこともない幻獣や植物に気が付いたら直ぐに元の街へ戻ろうとするだろう。
幻想界に迷い込んで帰ってきたら何十年も過ぎていたと言うような伝説はそれなりによく知られているのだから。
帰ってこないようなのはそんな判断が出来ないぐらい酔っ払っているか、伝説にある妖精の酒に惹かれて判断力が弱まった呑兵衛ぐらいのものだろう。
そう考えると、妖精の森の伝説が不正確になるのはしょうがないよな。
「今の時期だったらちゃんと帰ってこれるんだね?
妖精の森には私も興味があるが、流石にパーティを楽しんで帰ってきたら何十年も経っていたというのは困る」
笑いながらアレクが確認した。
「勿論。時間の経過が変になっちゃうのは、帰ってくる際に更に別の世界を経由しちゃった場合らしいよ。
アルフォンスがちゃんと帰り道も案内してくれるから、時間軸が狂ったりする心配は無いんで平気~」
シャルロが頷いた。
ふ~ん。
だったら、面白そうだから行ってみたいな。
あまり酒は飲まないが、幻想界を実際にこの目で視れる機会なんて滅多にない。
なんと言っても伝説の世界だ。
後で学園長あたりに話したら、羨ましがられそうだ。
◆◆◆
とてもきらきらしい場所だという記載があったと思うと、暗くて霧に覆われ、昼間だというのに自分の手の先も見えぬほどの場所だという言い伝えも有り。
同じ場所の話とは思えないぐらい多彩だった。
登場する幻想の森の住民も、『この世の物とは思えぬほどの美しさ』の娘だったり、ロバの顔の人物や、反対に体が馬で上半身が人間の存在だったり。
手の平サイズの妖精や、家ほどもあるドラゴン。
他にも召喚術で呼び出せる幻獣が色々話に出てきていた。
これらが全部アルフォンスの森に住んでいるとは思えないので、基本的に幻想界に繋がった話が全部サラフォード地方の話として纏められちゃっている場合が多いようだ。
もしかして、あの地方は他の世界に繋がりやすいのかな?
まあ、暗かったというのは、単に幻想界に繋がった際に現実の世界は昼だったものの幻想界は夜だったというだけの話らしいけど。
しっかし、思っていた以上にサラフォード地方の妖精の森に関する研究は多かった。
妖精は光石よりも威力が強い精霊石を与えることが出来ると言われているので、妖精の森と定期的に交易出来れば実入りは大きいだろうが・・・数年とか数十年に一度しか交わらない妖精の森との交易なんて商売にはならない。
なのに、どうも『妖精の森』の話をしっかりと調べれば、いつでもそこに行けるようになると思っているっぽい何故か学者が多かった。
もしくはそう考えて、学者に研究させている有力者が多いのか。
なんで幻想界に人間の世界で役に立つ宝がごろごろ転がっていて、そちらに行けさえすれば簡単に手に入ると考えるのか、よく分からないが。
シャルロに言わせると、『アルフォンスがこっちに来るのはいつでも出来るし、僕を連れて行くのも一応出来るけど、それなりに魔力を使うから土産を持って帰る程度のことは出来ても工業ベースでの行き来は無理』とのこと。
シャルロの魔力で無理なら、普通の人間じゃあお土産すら持って帰れない。
「こんなにも熱心に調べている人がいるんだね。
昔の学者さんはまだしも、今でも生きている人もいるっぽいから、今回のお出かけにも誘ってあげるべきかなぁ?」
それなりに中身が詰まっているっぽかったので図書館から貸出してきた本を机の上に置きながらシャルロが俺たちに聞いてきた。
「そんなもん、学者なんて連れて行ったら遊びで行っている俺たちの休暇が台無しだ」
「これからも連れて行ってくれと付きまとわれるようになったら面倒だよ?」
俺とアレクの否定的な答えに、シャルロも小さく肩を竦めた。
「まあ、そうだよね。
アルフォンスのことを知らないくせに色々想像で書いているのも失礼だし」
ふふふ。
人のことを想像で書くのなんて筆者の権利という気もするけどね。
が、俺たちがここ2日で見かけた本の中の威風堂々とした王様やベロベロに酔っ払って女性に悪戯ばかりしているだらしない王様など、時々シャルロとお茶を飲んでいるアルフォンスとは同じ存在とは到底思えないようなことが書かれている。
シャルロに言わせると、少なくともこれらの本が書かれた過去数百年はずっとアルフォンスがサラフォード地方に繋がる妖精の森の王だったらしいので、筆者達はかなり自由に脚色しているっぽい。
じゃなきゃあ、色々別な所に繋がっているのに全部アルフォンスの森だと思い間違いをしているか。
下手に学者なんぞを連れていったら、これらの伝説を検証しようと質問攻めにされたり手伝いを乞われたりしかねない。ゴメンだね。
「まあ、お土産にお酒でも持って帰ってこよう。
妖精の森でもお酒を造るんだよね?」
アレクが簡単に話を纏めた。
「酒は重いから、茶葉の方が良くないか?」
その方が持って行ったときにこちらも一杯味わえるし。
「まあ、取り敢えずお土産はあっちで色々見て、素敵だと思った物にしよう。
じゃあ、明日の出発で大丈夫だね?僕はこっちの本を返しに行ってくるついでに、魔術院のアンディにでも遠出のことを一応知らせておくね」
シャルロが図書館で借りてきた本を手に、立ち上がった。
遠出する際に一々人に言っておく必要ってあるのかねぇ?
却って何か言いつかりそうで嫌だが。
今までだってパディン夫人にしか言ってなかったのだが。
前回アンディに会った際に、ちょっと釘を刺されたのかな?
俺も学院長にでも言っておくべきかなぁ?
でも、学院長が切実に俺を必要とするのなんて、年に1度程度だからな。
態々忙しい学院長に知らせに行かなくても良いだろう。
それこそ、一緒に来たいなんて言われても面倒だし。
学院長だったら変な学者を連れて行くよりはマシだろうけど、それでも気軽に馬鹿なことを話しにくくなる。
帰ってきたらお土産のお茶でも持って行きゃあいいということにしよう。
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