第98話 星暦553年 翠の月2日 祭りの後(5)
「サリエル商会に潰されそうになっていた中小商会を助けたことが何回かあったせいか、私が魔術学院に入ることが決まった際にシェフィート商会はあそこからかなりの嫌がらせを受けたんだ」
ケーキをお皿に取り分けながらアレクが説明を始めた。
「魔術師というのは一般の人間には分からない技術がある。
ただ、普通の魔術師というのは商会とはまた違った世界で生きている。だからその技術を悪用するというのはどこかの商会に雇われてということになるから、それはある意味ごろつきを雇って嫌がらせをするのと同じで、気を付けておいて魔術院にもコネを作っておけば対処も難しくない。
だが、魔術師が商売をする、もしくは魔術師の家族が商会を運営するとなると内部の話になるからね。
どんな嫌がらせや違法な術をその魔術師が行っているか、発見しにくいし周りの商会にとって不利なことが起きやすいという考え方が以前からあったんだ」
ほおう。
まあ、普通の魔術師が商売をするといってもせいぜい魔道具を売る程度になるだろうから一般の商会との競合は少なそうだが、確かにアレクが自分の家族の商会に格安で合法・違法どちらの術でもやってあげ始めたら周りの商会にとってはたまったものではないだろうな。
「だから魔術師は家族であろうと術の行使を無料で行ってはいけないことになっている。魔術院には全ての術の最低料金っていうのが設定されていて、それ以下で術を施行したことが分かると魔術師とその便益を受けた商会の両方にそれなりの罰金が科されることになっているんだ。
魔術師が違法行為をライバル商会に行った場合の発見は普通の違法行為と同じようにしかできないが、少なくとも術の施行の報酬に関しては、子供が魔術学院に入ると決まった時点で監査を行って商会の状態を確認し、その後は毎年監査が行われて説明のつかない収支の流れがないか、支払われていない術の施行がないかの確認が行われる」
へぇぇ。
意外と面倒だ話なんだな。
アレクは家族の役に立ちたいと魔術師になったと以前言っていたと思うが、そこまで色々あるとかえって面倒くさそう。
まあ、それでも相談とかだったら無料だし、以前の店舗根こそぎ窃盗事件のような場合の対応は術の施行とはまた違う扱いだし、やはり家族に魔術師がいると便利っちゃあ便利か。
「とは言っても魔術師になっても便益を周りの商会を潰さない程度に抑えるという暗黙の了解も商会の業界ではあるから、監査といってもよほど疑わしい位に羽振りがよくない限り形式的なものなんだけどね。
だが、私が魔術院に入ると決まった際に、強引にサリエル商会はこの監査の担当になって、監査の名目でありとあらゆる事業情報まで盗んでいった上に未だに毎年の監査でも色々情報を取っていこうとしてくれるんだ」
嫌われてるねぇ、シェフィート商会。
「だから、今回はシェフィート商会が監査の担当になるよう、母に提案してくるよ」
楽し気に笑いながらアレクが締めくくった。
ははは。
すげえな。
・・・ついでに、サリエル商会の違法の部分も潰した方が良いんじゃね?
そうしたらあの小娘が魔術師になってもそれほど心配しなくていいから。
魔術っていうのは悪意があればそれなりに人の意を捻じ曲げる術もあるからな。
サリエル商会と魔術師の組み合わせっていうのは怖すぎる。
雇われ魔術師なら裏切る可能性があるから、あまりにも違法な術は頼む際のリスクが生じる。
だが、家族となれば捕まるまではやり放題。
従業員とか取引先にどんな術を施すか、想像したくないぜ。
「だけど、アレクの家族はまだしも、そんな後ろ暗い商会なのになんで娘さんが魔術師になれるのをそんなに喜んでたんだろ?
監査を受けたら困るんじゃないの?」
シャルロがケーキを食べながら首を傾げた。
「通常の場合の監査というのは形式的な場合が多いからね。
担当官を買収すればいいと思ったんだろう。
ウィルからシェフィート商会へ話が流れると想像もしてないのだろうな」
なるほど。
俺のことを知らないのか。
まあ、そうだよな。
あの小娘がアルヌへの説明を聞いていたのだったら、孤児出身の使いやすそうな魔術師が娘の魔力を見いだしたということしか知らず、ついでに俺も取り込めたら娘が一人前の魔術師になるのを待たないでも済むと思ったのかもしれない。
「だけどさ、シェフィート商会が監査の担当になると立候補した瞬間に、娘さんの魔力を封印するって言ってくるんじゃない?
何かそれはそれで、その女の子が可哀そうな気がするけど」
シャルロがちょっと眉をひそめながら声をあげた。
「魔力を封じたくないならば、家族から独立して魔術師として働いていくのは可能かもしれないな。
親から勘当されても奨学金を貰えば大丈夫だし。
しかも、笑えることに『勘当』しようと親族の商会が監査を受けなければならない義務は変わらない」
アレクが肩を竦めた。
おいおい。
それってあの小娘が魔力の封印を拒否したら親に殺されかねないということか?
それはそれで後味悪いな。
◆◆◆
学院長に捕まった時には、魔力を封じると『場合によっては人格が変わったり、知覚に障害が出たりすることもある』と脅された。
実際には、人格に関しては殆どの場合は『自分が魔術師である』ということにプライドを持った自信満々の人間が、それを封じられることで性格が変わるということらしい。知覚は俺みたいなタイプだと
ただ。
魔術師になっていない人間でも、ずば抜けて魔力が高い場合はそれを封じられると人格が変わるケースがごく稀にはあるらしい。人手不足なこともあり、魔術院はその点を強調して出来るだけ見つけた魔力持ちの子供たちには魔術師になることを勧めている。
パラティア・サリエルはまだ『魔術師である』という自覚はないし魔力も極端には高くないから、人格的には特に影響を受けないだろう。
知覚に対して俺のような才能があるかどうかは話してないから知らないが。
あとは、本人が何をしたいのかだよなぁ。
あの、男への媚びた態度が自分の価値を卑下していることからきているのなら、自立できる魔術師になれるということは良い事かもしれない。
それを親の都合で諦めるのは可哀そうだろう。
反対に、単に人に媚びることで相手を利用するのが当然と思っているようなタイプだったら・・・態々頑張って魔術師なんぞになって自力で生きていくよりは、今のまま『女である自分』や『サリエル商会の娘』である立場を利用して生きていけばいいのだから、魔力を封じることに異論はないだろう。
どうすっかな。
まあ、成り行きとは言え本人の命の危険かもしれないことを俺が引き起こしたんだから、一応本人にどうしたいのか希望を聞きに行ってくるか。
ついでに親がどうするタイプなのかも確認しておいた方がいいかな?
もしかしたら大人しく諦めて監査を受けるかもしれないし。
・・・まあ、なさそうだな。
あのサリエル商会を一代で大きくしたジジイだ。大人しく儲かる商売を辞めたりはしないだろう。
「アレクはこれからお袋さんのところへ行くのかい?
セビウス氏にちょっと話を聞きたいんだが、彼はどこにいるのか知ってる?」
ケーキを食べ終わって外に行こうと席を立ったアレクに声をかける。
「兄かい?
確か、カラフォラ号のオークションの手続きも殆ど終わったから、溜まっていた商会の仕事を片付けると言っていたな。そうなると実家にいるかもしれないね」
「じゃあ、一緒に俺もついていくよ。
流石に父親に殺されるんじゃあ可哀そうだからね。パラティア・サリエルにどうしたいのか話を聞いて、必要とあれば保護の手続きを取ろうと思う。
だがその前にサリエル商会のジジイが娘っ子を殺そうとするか聞いておきたい。
・・・そういえば、サリエル商会の監査の手伝い、いるかい?
もしも監査することになるんだったら、隠し金庫にある裏帳簿とかも確認しておく方がいいだろうし」
もしもパラティア・サリエルが真面目に魔術師として自立したいと希望して、親が商売を正規の範囲に制限する気が無い場合は・・・徹底的にサリエル商会を叩いておく方が良いだろう。
その時は知り合いの税務監視官にも声をかけておこうかな。
2年前の人身売買事件の時に知り合った税務監視官はそんなに悪い奴らじゃあなかったから、さりげなく監査の一員として臨時雇いで入ってくるというのも可能なはずだ。
「そうかい?
手伝ってくれるのはありがたいね。
まあ、余程しっかりとした子じゃない限り、親に殺される可能性が高いと聞いたら諦めて魔力は封じることを選ぶんじゃないかな?
そう考えると、残念だよね」
アレクが肩を竦めながら答えた。
・・・その「残念だよね」って娘っ子の才能の話をさしているのか、それともサリエル商会の監査が出来なくなる話を指しているのか、どっちなんだ?
時々、アレクもセビウス氏の弟だよなぁと実感するぜ。
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