第72話 星暦553年 紫の月21日 船探し(2)

アレクの兄貴が、俺達を雇いたいという人を連れてきた。

何でも、商会の運命をかけた大型船が沈んでやばいらしい。

船を造るのに作った借金の最初の返済と利子を払う為に、沈んだ船の積荷だけでも回収しないと首が回らないので、なんとしても見付けて欲しいとのことだ。


「1か月までなら、君たちに1日金貨1枚払える。船員が岸にたどり着いた地点からダッチャス沖を探して貰えないだろうか」


1日金貨1枚となると、30日かかったとしたら30枚。まあ、中々悪くは無い収入だ。

相手にしてみたら、金貨30枚も払ってアドリアーナ号が見つからなかったら痛いが、見つからなかったらどうせ倒産なのでやってみるだけの価値はあるとの事。

一応、見つからなかった時の事を考えて金貨30枚は魔術院に前払いで委託しておくので俺たちが取りっぱぐれる危険は無いらしい。

30日かかる前にアドリアーナ号が見つかったらそこで契約(と報酬)は打ち切りだ。


いつまでもやるのは嫌だが、日にちを区切ったら悪くは無いかな。

ついでに他にも沈没船がないか探してもいいし。


・・・その際に見つけた物は俺たちのだよな?

「アドリアーナ号を見つけるまでに他の船なり何なりを私たちが見つけた場合は、それは我々の物と考えて良いのですよね?」

アレクも同じ事を考えたのか、質問をしていた。


「・・・勿論だ」

一瞬迷っていたが、欲をかかずに相手は頷いていた。

まあ、当然だな。

前回見つけたアルタルト号からの合計売上額は金貨30枚なんてもんじゃあ無かった。

それを奪われるぐらいだったら自分たちでまた次の休みの時にでも沈没船探しをする。


そこは相手も分かっているのだろう。


ちらりと俺とシャルロを見て、どちらも頷いたのを確認してアレクが発言を続けた。

「良いでしょう、貴方は兄の友人でもありますし、我々も特に手を離せない何かの最中でも無いですから、手伝います。

ところで、船を発見するのは良いとして、それを回収出来るのですか?

お話を伺う限り、かなりの重量があるようですが」


そうだよなぁ。

深く沈んだ船を持ち上げようと思ったら、船の重さだけで無くその周囲の水の重量も邪魔になってくる。

俺たちは蒼流や清早がいるから船を海底から引き離すのも港へ持って行くのも簡単にできたが、普通の人間が人力でやろうと思っても場合によっては海底の船まで潜ることすら出来ないだろう。

魔術師がいたとしても、結界を張って空気を確保して潜って様子を見るのは問題無いだろうが、それだけの重量を持ち上げる出力はそう簡単には出せない。


そう考えると、俺らってもの凄く海の回収業に向いているな。

とは言え、回収に対する需要そのものがあまり無いけど。


「ああ、うちの商会の魔術師が何人かいるから、場所さえ分かれば何とかなると思う。もしも人数が足りなかったらまた君たちにも手伝って貰うかも知れないが」


『学生3人で豪華客船を海底から王都へ持ち込めたのだから、ベテランの魔術師が数人いれば大丈夫だろう』という相手の心の声が聞こえたような気がした。


あれ~?

もしかして、お兄さん、俺とシャルロが水の精霊の加護持ちだってこと言ってない?

というか、もしかしたらアレクがそのことを家族にも伝えていないかも知れないな。

一応、魔術師の特殊能力はそれなりに重要な情報だからそうそう広げるのは顰蹙ひんしゅくを買う行為だ。

家族にぐらいは言っても良いかもしれないが、考えてみたらアレクの次兄はそれを周りに伝えるほど迂闊ではないだろうし、もしかしたらこの次兄の友人さん、沈没した船の回収がどの位大変か、分かってないかも?


まあ、いいか。

海運業がメインな商会の魔術師だったら一人ぐらい水の精霊の加護持ちがいるかも知れないし。

一応、もしも回収も手伝うことになったらいくら請求するかも探している間に相談しておこう。

いくらアレクの家族の知り合いとは言え、探すだけで無く普通の魔術師には出来ないような特殊技能を使ったサービスにはそれなりに料金を上乗せするべきだよね、やっぱり。


◆◆◆


「あの日は夜からもの凄い風だった。

夜半過ぎから突風が吹き、波も高くなってきて夜が明けたころには3階建ての館ほどもの高さのある波にもまれて、我々は必死に波に潰されないように風に乗っていた」

沈没した船から投げ出されたものの何とか無事海岸にたどり着いた船員は、ゆっくり水を飲みながら息をついた。

今日は、ダルム商会であの船の船員と、あの船には乗っていなかったが商会で働くベテラン航海士から話を聞いている。


「風に乗る?」

アレクが首をかしげながら聞き返す。


「風だけが強いなら、マストの帆をたたんで凌ぐんだが、風が強いとそのうち波も強くなってくる。

建物よりも大きな波から落ちてみろ。

船はガタガタになるし、滑り落ちて横倒しになったところに上から波を被ったらどれほど頑丈な船でも沈んじまう」


なるほど。

以前海に行った際に見た、膝まで程度の波が家よりも大きくなるなんて想像も出来ないが・・・まあ、そういうことも起きるんだろう。

だからこそ、船も沈むんだろうし。


「魔術師のゼンダルムさんはベテランだからな。

マストに力が掛りすぎないよう、上手いこと波にのまれないレベルまで風を弱めていたが、嵐が長く続きすぎた。

あれだけ大きな船をあの波の速度に合わせて動かすためにはそれなりに風を受けなきゃ波に埋もれちまう。

とうとう、マストが折れた。

それからはあっという間だったな」

ため息をつきながら船員が続けた。


「マストが折れて、船が波にのまれたのか?」

アレクが確認する。


「メインマストが折れて、波に追いつかれた。

船が横倒しになって波から落ちた後に上から波に飲まれたんだが、横倒しになった際に俺は投げ出されたんだ。

船が沈む時はその質量に巻き込まれて下に向けて強力な水流が発生するんだ。多分船に乗っていた人間は殆どそれから抜け出せなかったと思う。

俺は、幸いにも遠くに投げ出されたから必死で離れて、船から来たのかどっから来たのか知らんが木片があったからそれにしがみついて嵐を耐えていたら・・・いつの間にか気を失ったんだろうな。

目覚めたら海岸に流れ着いていた」


「つまり、船から投げ出されてから海岸に着くのにかかった時間は分からない?」

面倒だな。

海流に流された時間なり、泳いだ時間なりが分かればたどり着いた地点から船の沈没した場所もそれなりに逆算出来るが、気を失っていたのでは時間が分からない。


「目覚めた時はまだ日が暮れていなかったから、半日以上は流されていないと思う」


「もう一人海岸に流れ着いた船員がいるが、そちらは怪我が酷くて意識もまだ朦朧としていて話が出来ません。

もしももっと情報が分かったらそちらに伝えるようにします」

航海士が付け加えた。


「分かりました。

ちなみに、あの近辺の海流がどう流れているのか、半日でどの程度流れるのか、教えて貰えますか?」

机の上に広げてあった海図を示しながらアレクが尋ねる。


「海流は、こちらからこんな形に流れている」

航海士が地図の上で右(東かな?)の方から上へ向けて指で示して見せた。

「この時期の嵐は基本的に北西に吹くので、極端にはこの海流と違いは無いと思います。

だが、距離としては・・・嵐の際には驚くほど流されることもあるんですよね。15日にダンカルタの港を出て、特に凪ぎにもあわなかったとのことだから18日の時点でこの辺ぐらいに来ていたでしょう。

その後はどの位嵐で流されたかなので・・・ここからこのくらいまでは可能性としてありますね」

航海士が指で示した範囲は広かった。

おい。

その海図の半分以上ぐらいあるじゃないか!


そんな範囲を探すなんて、前回と同じ方法では絶対に無理だな。

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