第50話 星暦552年 橙の月 11日 防犯(3)(アレク視点)

「普通の盗賊シーフでは日常品を売りさばくのは難しいのでは、と言われました。

店の商品を根こそぎ盗って行くとなると日常品を売るルートを持つ・・・ライバル商会の可能性が高いかもしれません」

部屋に集まった両親と兄達を見回しながらゆっくりと言う。


ホルザックと父は驚いた顔をしていたが、母とセビウスは驚きを見せずに考え込んでいるだけだった。


「お前の下町出身の友人が言っていたのか?」

セビウスが尋ねる。


「彼は『盗賊シーフはそんな盗み方はしない』と言っていました。それよりも、シャルロの方にまで一般品が盗まれたと聞いた時に『嫌がらせ?』と言われたのには驚きましたよ。部外者から見たら明らかに普通の窃盗ではないようですね」


「しかし・・・商会ギルドそのものを敵に回すような事はしていないぞ」

ホルザックが心外そうに文句を言った。


「商会ギルドそのものの陰謀というよりも、我々の成功のせいで経営が立ちいかなくなった商会が実益を兼ねた嫌がらせをしているのでは?もしかしたら自分たちの経営に関して危機感を感じた他の商会も見て見ぬふりをしているかもしれませんが」


「我々に嫌がらせをしようなんて夢にも思わない位に徹底的に他のライバルを叩き潰すか、もしくはまともな経営をしている商会ならば問題が困らない程度に我々のビジネスの提携を増やしていくか、きっちりと意思決定をして舵を切る時がきたようね」

母が父とホルザックを見つめながら言い切った。

元々、母は兄と父の経営手法を中途半端だと愚痴をこぼしていた。叩き潰すか、助けるかはっきりとしないと後で困ることになると。

セビウスも同じようなことを考えていたんだろうな。

彼の場合は叩き潰す方を推していたようだが。


「出来ることならば、叩き潰すよりは共存を図りたいところだな」

父が小さくため息をついた。

商会ギルドでの付き合いは父がほぼ全て担っている。それなりにしがらみも付き合いもあり、叩き潰すのは嫌なのだろう。


「ホルザック兄さんはどうしたいんです?叩き潰す方が簡単ですが、将来的にライバルをずっと圧倒していかなければならないのは主に兄さんの仕事になりますからね」

はっきり言って、私はどちらでも構わない。

私は経営方針を決めるよりも、決められた方針をいかに効率的に実行するかに興味がある人間だ。

叩き潰すのも共存も、私にとっては知的遊戯の一種でしかない。

だが、将来シェフィート商会を継ぐ兄にとっては生き方そのものとなるから、やはり一番重視されるべきはホルザックがどの決定とならば無理なくやっていけるかだろう。


「セビウスに汚れ役を負って貰えば叩きつぶすという選択肢も可能だろうが・・・私としては利益が最大化出来なくなっても共存の道を探りたいな」

暫く考えていたが、ゆっくりとホルザックが答えた。


まあ、妥当なところかな?

母が年を取った後にもしものことがセビウスに起きたら、ホルザック一人では周りを圧倒し、ライバルを叩きつぶすような経営は維持できない。

そうなったときの反動が家を潰しかねないことを考えたら、利益の最大化を求めるよりも共存を探った方が無難だろう。



「とりあえず、現状の問題だけを考えるのだったら、魔石に発信機能を持たせて追跡させる魔具の試作品を使っていいと言われました。王都の各店舗に10個程度の魔石の欠片を仕込むとして、金貨20枚程度の出費が必要。短期的な話であればそれだけの出費を考えれば各店舗に護衛をつけることも可能だけど、どうします?」


「護衛をつけて短期的に盗まれるのを防止しても意味が無い。だが、全く護衛を雇わなければそれも怪しまれるだろうから、中心の5店舗には護衛をつけよう」

警備担当のセビウスが決断を下した。


ふむ。

そうか、護衛をつければ盗ませる為に魔石を仕込まなければならない店舗が減るな。

「どうせなら、10店舗に護衛をつけませんか?そうしたら各店舗に仕込む魔石をもう少し大きく出来る。あとで再利用がしやすくなるし、追跡も楽になります」


「分かった。どのくらいでその発信用の魔石が出来る?」


「ウィルとシャルロも手伝ってくれると言っていたので、今晩までには。夜に持ってきますので皆で手分けして閉店直後の店に行って見回りをしているふりをして適当に商品の中に隠しましょう」


「では、俺の方では10軒分の信頼できる護衛を手配しておくとしよう。願わくは今晩中に都合よく盗人が来てくれることを期待しよう」


確かに。

何日か間を置かれたら、毎朝魔石を商品から取り出してまた夜入れ直さなければならないから、大変だ。


考えたくないな・・・。


◆◆◆


「今回の事件が解決したら、『カンフィー・テーブル』のケーキセットを要求する~!」

位置追跡装置の魔石に同調させた魔石を切り分ける作業をしながらシャルロが声を上げた。


「あ、俺は『竜の夢』のフルコースディナーがいいな」

別の作業台で同じく魔石を切りながらウィルが要求を追加する。


「はいはい、ケーキセットとディナーね。分かりましたよ。他に何か?」


「あ、前焼いてくれたアレクの義姉さんのアーモンド・クッキーも欲しいなぁ」

シャルロが付け加えた。


ウィルは他には欲しい物が無かったのか、小さく笑っただけだった。


王都で買ってきた魔石はシャルロが力押しであっという間に同調させた。


だが。

この同調の状態を失わせずに割っていく作業は実は思ったよりも大変だった。

私が家族会議をしている間にウィルとシャルロが試しておいてくれたのだが、同調させた魔石を単にハンマーで砕いた場合、形が崩れて魔力が乱反射(?)するのか、かなりの部分の同調が失われてしまうのだ。


お陰で形を崩さぬよう、それなりに注意を払いながら魔石を切り分けていく必要が生じた。

宝石程の硬度はもたぬものの、岩石に魔力が溜まって出来た魔『石』である。パンを切り分けるような訳にはいかない。

試行錯誤の結果、糸鋸に魔力を帯びさせて切るのが一番効率的であることが判明した。

だが、効率的とは言ってもそれなりに魔力だけでなく、力と集中力を要する。


それを食べ物の要求だけでやってくれているのだから本当に良い仲間達だ。

今度、二人が好きなワインも持ってこよう。



◆◆◆



「急なことなのに本当にありがとう」

3人で半日かけて切り分けた魔石を持ってきた私たちに母が深く頭を下げて礼を言った。

本来ならばいくら友人とは言え、実質ボランティアでここまでの作業を1日でやってくれる魔術師なぞいない。元々魔石代と同程度の報酬を2人に払うつもりだったのだが、『いいよ』と辞退されてしまった。

そうなると頭を下げることと・・・クッキーを焼くぐらいのことでしかお礼が出来ない。

まあ、後でディナーとケーキも奢るが。


菓子作りがあまり得意ではない母としてはここでは頭を下げる担当になったと言うところか。

「今晩、犯人がみつかるといいですね」

照れくさげにパタパタと手を振りながらシャルロがにこやかに答えた。


ウィルは軽く母に目礼をして魔石を置いたらさっさと姿を消してしまった。

こうやって見てみると、まるで人懐っこい犬と警戒心の強い猫のようだな、この二人。

それであれだけ気が合うなんて、本当に不思議だ。


「では、この魔石を閉店後に適当に店の商品に紛れ込ませておいて下さい。私も2軒回りますが、どこに行けばいいです?」


私の言葉に頷き、母がサイドテーブルから簡単な地図を取り上げた。

「これを渡しておきましょう。この印が付いているところが、護衛をつけない店舗です。この家から距離が比較的近く、馬車でもアクセスしやすい場所を選んでおきました。あなたたちはじゃあ、この2つで設置してきてくれる?」


この家で待機か。

ウィルが嫌がりそうだな。

幸い今日はそれ程寒くないから交代で馬車の中で追跡装置を確認することにするか。交代に出入りしていたらさり気無く当番じゃない時にウィルが他の場所へ行くことも可能だ。


内気でも人と話すことが苦手でもなく、学院や仕事の時には全く問題なく他の人と付き合ってきているのに、ウィルはどうも私たちの家族や友人と顔を合わせることをあまり好まない。


「分かりました」

2店舗分の魔石を手に取り、家を出た。


「ここで問題なく追跡装置から視えるか確認しているから、別の馬車を使って魔石を設置してきてくれるか?ぶっつけ本番だからな。思ったよりも出力が無くって位置発信が視えないなんてことになったら不味い」

馬車に乗って追跡装置を確認していたウィルがひょいと首を出す。


「馬車を出すより、馬の方が早いな。私は久しぶりにラフェーンに乗ることにしよう」


シャルロの馬を手配しようとしたら、シャルロも首を横に振った。

「僕もここで視ているよ。出力足りなかったら手伝えるかもしれないし」


一瞬、ウィルが変な顔をした。


「どうした?」


「今思ったんだけどさ・・・。こんな苦労しなくても、蒼流が商品に彼の水飛沫をほんの少しだけかけておいたらそれを追えたんじゃないか?」


「「・・・。」」

思わず、沈黙の中で3人で顔を見合わせてしまった。


「今回の問題は、最終的には公の場で主犯者を裁く必要がある可能性が高いから、証明・再現の出来る魔具を使った方がいい筈だ。

・・・多分」

気を取り直して、我々の苦労の正当化を図る。


普段のシャルロがだから、つい彼が実質無敵であることって忘れるんだよなぁ・・・。

ウィルの清早のことも考えたら、この二人に不可能なことの方が少ないような気がする。

まあ、精霊に世俗的な汚いことに対応してもらうのも心苦しい。

ディナーとケーキセットで買収できるこの二人に直接手伝ってもらう方が何かといいに違いない。

きっと。

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