第30話 星暦552年 翠の月 29日〜萌葱の月 1日 楽しい手伝い

「ちょっと、気分転換に遠出しない?」

シャルロが夕食の場で提案をしてきた。


空滑機グライダーを自分たち用、学院長用、レンタル用、運営役の魔術師用と5つほど作り、運営役の魔術師を選ぶ為に魔術院で何人かに話を聞いて回った後に面接を行い、契約書を交わし、レンタルのビジネスを始める場所選び・・・などなど、今月は目が回るほど忙しかった。


本当ならば、空滑機グライダーはお遊び用で今頃はシェフィート商会からまた何か委託開発をしている予定だったんだけどねぇ。


ちょっと変則的なビジネスだけど、何とかなりそうなので色々その為に時間を取られることになったのだ。

お陰で委託開発は後回し。


まあ、今すぐ行わなければ困る!と言うような開発依頼は何も来ていないからいいんだけどさ。


やっとひと段落着き、これからどうしようかと話していたらシャルロが提案をしてきた訳だ。


「遠出?俺はピクニックへどっか森へ行くとか言うのは遠慮させてもらうぜ。空滑機グライダーの滞空距離を調べるのを兼ねて出来るだけ遠くへ飛ぶ実験を行うと言うのならば付き合うのも吝かじゃあないが」


学院1年目の神殿への遠出の時に嬉々としていたシャルロの姿はいまだに良く覚えている。

あんなところに行くのは嫌だ!

気分転換どころかストレスを更にためるだけだ。

・・・まあ、清早かアスカがリフレッシュする為に森に行くことが必要と言うのなら付き合っても良いが。


「学院の時に紺の月の中休みの時に見つけた廃墟あったじゃない?あれの研究が去年の終わりに本格的に始まっていたらしいんだけどさ、ちょっと何人かの人が里帰りしちゃっているから人手不足なんだって。

折角プロの人と遺跡研究が出来るから、お金はいらないって言っちゃったんだけど大丈夫だよね?」


・・・。


思わず、俺とアレクは突拍子もないことを言いだしたシャルロをじっと見つめてしまった。


「・・・廃墟?」


「あれを見つけた時に、考古学の研究の仕方を身につけてまた今度来ようって言っていたじゃない!」

疑わしげな俺の返事にシャルロが足を苛立たしげにふみならして答える。


ああ。

そう言えばそんなことをも言っていたよな。

確かにあの休みの後にそれなりに熱心に考古学の本を読んだのだが・・・しばらくしたら他のことに忙殺されてあの時の勉強は身にはつかなかったなぁ。


まあ、アイディアとしては悪くないが。


幸い、湯沸かし器(ティーバッグも!)がそこそこ良い感じに売れているので焦って次の開発の仕事を引き受けなくてもいいんだよね。

先月は楽しんではいたものの、かなりハードに働いた。

そんでもって今月はあまり楽しくないことの為にかけずり回っていた。


確かにここら辺で気分転換は必要かもしれない。


「まあ、悪くないアイディアだが・・・いいのか、ケレナ嬢と離れてしまって?」

アレクが尋ねた。


これがからかう感じにならないところがアレクの人徳だよなぁ。


「いいの、ケレナは丁度その時期おばあさまのところに遊びに行くって言っていたから」

あっさりシャルロが種を明かした。


だからあの遺跡に行こうなんて言い出したんだな!!

「いいのかい、俺たちもご一緒しちゃって?」


おっと。

つい、からかう口調になってしまった。

アレクよ、睨むな。これからは気をつけるからさ。


「うん?何で一緒じゃいけないの?

ケレナはあっちに行ったらおばあさまのところの鷹や幻獣と遊ぶのに忙しくって、どうせあまり僕といる時間は無いんだ。ただ、ケレナのことをおばあさまと話していた時にあの廃墟の研究をしている学者さん達が短期ヘルプを求めているって聞いただけだから」


そっか。

「ふうん、じゃあまあ、俺は賛成に一票」


「そうだな、良いかもしれない。ついでに、転移門を使わずに、直接空から行けるか試してみないか?

1日中飛んでいたらどのくらいの距離をカバーできるのか実証してみたい」

アレクも合意した。


ふむ。

転移門を使わずに行く、ね。

まあ、転移門からの移動にかなり時間がかかったことを考えると、転移門なしでの移動でも最終的には同じぐらいの時間で辿り着けるかな?

1日中空を飛べるのかの確認にもなるし。


楽しみだ。


◆◆◆


昨日一日で10日ほどの留守の為の諸々の手続きを行い、今朝は朝食の直後に飛び立った。


アルフォンスは一緒に空を飛んでいる。

ラフェーンとアスカは後からノンビリ地上を移動してくるとのこと。

蒼流もどうやってか一緒に移動していた。


精霊ってどういう原理で移動しているんだろう?

地上だったら地下水の中を移動しているのかと漠然と考えていたが、空を一緒に移動しているのを見るところ、どうやら別に自分のエレメントが無くても移動に問題はないようだ。


清早も空を飛んでいる俺たちが面白いのか、時々姿を現すし。


しっかし。


長時間飛んで、幾つか問題点が発覚した。

ずっと一緒に直ぐそばで飛ぶのは難しい。だが、大声を出して聞こえる範囲で無いと意思の疎通が図れないのだ。

最初は1機しかなかったから意思疎通というのはあまり考えていなかったし、一人1機出来た後は忙しくて皆で長時間一緒に飛ぶ暇なんて無かった。

勿論意思疎通が出来ないと言うことは分かっていたが、それがここまで不便だとは思っていなかったのだ。


俺とシャルロはアルフォンスや清早の助けで言葉を伝えられるが、アレクはそう言う訳にもいかない。

別に行き先は分かっているんだし、シャルロの後について行けばいいと事前には話していたのだが・・・。


トイレが必要なのだよ!

空を飛んでいると意外と喉が渇くと言うのは試乗でそれなりに経験していたので水筒を持ってきていたのだが、何刻も移動しているとトイレに行きたくなると言うことは考えていなかった。


馬鹿・・・。

以前マカナタ神殿へ行ったときだって定期的に馬から降りて物陰に行っていたと言うのに。


お陰で俺たちは大声であられも無いことを叫ぶか、精霊にトイレ休みの伝言を頼むかを選ぶ羽目になってしまった。


今回の休暇が終わったら、絶対に携帯出来る音声通信魔具を作るぞ!


◆◆◆



「まぁぁ!空を飛ぶ道具を作ったってアシャルが言っていたけど、それで王都から来られるなんて、凄いわね。私も今度フェリスに会いに行く時に使ってみようかしら?」

我々を迎えてくれたレディ・トレンティスが俺たちの空滑機グライダーを見て感嘆の声を上げた。


若いねぇ。

空を飛びたいですか。


ちなみにアシャルとはシャルロの長兄の事だ。

オレファーニ家はシャルロだけでなく家族全員がこの田舎の屋敷にちょくちょく遊びに来ているらしい。


「今度の感謝祭のプレゼントに作りますね、おばあさま。

でも、王都まで飛ぶのはお土産を持っていけないからちょっと不便かも?転移門のところまでの移動に使ったら大分時間が短縮できるとは思いますけど」

シャルロが答える。


ふむ。

土産を持っていけないと言うのは大きいのかもな、こいつの家族だと。


「誰かに馬車で先に行かせて後から飛んでもいいけど・・・確かに最初は家の周りを楽しむのに使った方がいいかもしれないわね。感謝祭を楽しみにしているわ」

にこやかに笑いながらレディ・トレンティスは俺たちを中へ招き、お茶とケーキを出してくれた。


遺跡へは明日から行くことになっている。

研究隊のメンバー達はレディ・トレンティスの家の離れに泊っているそうなのだが、彼らは遺跡に夢中で大抵夜中遅くまで帰ってこない・・・か、遺跡に泊まり込んでいるらしい。

半日以上かけての移動で疲れていたので、俺たちはゆっくりお茶を楽しんで軽く夕食を食べたら今日は早く就寝することにした。


空滑機グライダーは魔石に蓄積しておいた魔力を使っているのだから移動に疲れるとは思っていなかったのだが、意外と長時間寝転がって周りを見て回るというのも疲れる作業らしい。


これは想定外だった。

まあ、それなりに楽しめたし、問題点も分かったからいいんだけどさ。


さて。

明日は遺跡だ。

何をやらせてもらえるのかな?


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