第6話 星暦552年 赤の月 6日 シェフィート家 (アレク視点)

―― シェフィート家にティーバッグのアイディアを売りに来たアレクの一日より抜粋 ――


>>サイド アレク・シェフィート


「ティーバッグ?」


シェフィート商会はおしめから棺桶まで、全ての商品を扱う商会だ。

扱う商品の幅も半端なく大きいので、本家(もしくはそれに準じる地位に引き上げられた者)の中で担当範囲が決められている。


父が武器・軍事関係。

母が日常品。

ホルザックが農産物関係とその他新商品。

セビウスが魔具関係。

他にも土木関係の者や書籍関係、その他諸々の担当がいる。


勿論、他の分野の商品でも興味があるものを見出したら手を出すのは自由だが、担当者の方が色々な業界のことなども知っているので最初に相談ぐらいはするのが普通だ。

今回の湯沸かし器はセビウスか母が担当してもおかしくない案件なのだが、次期当主(多分)ということでホルザックが新商品担当なので彼から話が来たのだろう。


ティーバッグも彼のところに話を持っていってもいい。

とは言え、内容としては日常品と言う気がする。

とりあえず、母と話した方がいいだろう。


と言うことでまず母のところに来たのだが。

・・・何か雲行きが怪しい。


「そうですか、湯沸かし器を」

何故ティーバッグを売りだしてはどうかと言う話になった背景を説明していたら、どうも母のこめかみの血管がぴくぴくと震えているような・・・。


「ホルザックったら、一言私に相談してくれればいいのに。お茶の為の湯沸かし器なんて、正しく日常品とのコンビネーションで売る物でしょうに」

おっと。

兄さん、相談していなかったのか。


「大方、が何か提案したのでしょうね」

『彼女』とは義姉のことだろう。

元々はっきりした性格の母だ。ここ20年以上も父と一緒にシェフィート商会を盛り上げてきた自負もある。兄が下手な口出しをすることで物事がこじれているようだ。


・・・というか、あの物静かで家庭的な義姉が本当に母と張り合ってシェフィート商会で活躍したいと思っているのだろうか?

後で一度、確認した方がいいかもしれないな。


「多分、義姉さんはホルザック兄さんに『何かいいアイディアはないか?』と聞かれて思いついたものを言っただけでしょう。兄さんも、ある意味私たちへの開業祝いのようなつもりであまり深く考えていないのでは?」

悔しいことにね。


「そうかもしれないわね。ふふふ、あなたが湯沸かし器を売る為に新商品を考えるほど真剣だなんて思ってもいないのでしょうね」


「先ほど言いましたように、湯沸かし器の一番の需要はリビングではなく、書斎や仕事場ではないかと思うんです。そうなると、茶葉が邪魔にならない方法があった方がいい。ティーバッグを売ると言うのは面白いアイディアだと思いませんか?」


ポットからお茶を注ぎながら母が頷いた。

「確かにね。リビングで使うにしても、足し湯の為に湯沸かし器があれば便利だけど、3杯目になったら茶葉をどうにかする必要があるし。

でも、麻では少し固過ぎて使い勝手が悪いわね。絹か・・・綿のガーゼというところかしら」


そうか。

生地の固さは考えていなかったな。だが・・・。

「絹では原価が高くなり過ぎませんか?綿のガーゼは値段的には良いですが耐久性が下がるでしょうし」


「構わないのよ。綿のガーゼは4、5回使ったら捨てるものとして売ればいいわ。だから袋は買い取りではなく、私たちの方で詰め直しのサービスを提供すればいいわね。絹の方が耐久性はあるから、繰り返し使うような仕事場での売り込みに良いでしょう」


私にカップを渡し、自分のを手に取りながら母が呟く。

「どうせこのようなアイディア、直ぐに真似をされるのですから利益は最初の取扱業者として大型継続契約を結ぶことにあるわね。王宮の官僚たちとか、軍の文官とかに売り込んでおきたいところだわ・・・」


考え込んだ母は置いておき、兄の所へ行くことにした。

「じゃあ、これの商品化は大丈夫そうですね?出来るだけ早くお願いしますよ」


「任せておいて!」


◆◆◆


「母さん怒っていましたよ」


「げ。言っちゃったの?」

子供のような台詞を返してきた長兄を呆れて睨みつける。


「何を言っているんですか。第一、これのリサーチをそれなりにしたということですが、誰に聞いたんです?ウチの家政婦に尋ねたら、どうせティー・トレーにポットやケーキやカップを乗せて持っていくので別に湯だけリビングにあってもそれ程役に立たないと言われてしまいましたよ」


そわそわとホルザックが目をそらした。


「やっぱりこれってご祝儀のつもりの依頼だったんですね。ちゃんとリサーチをしていないような依頼をされても却って迷惑なんですけど」


「悪い悪い。お前ならちゃんとしっかり売れるような物を造ってくれると思っていたんだ!

実際にアリサだって湯沸かし器が欲しいって言っていたし」


ふう。

有能な商人なのに、何故こうもこの人は家族との付き合いだけは不器用なのだろうか。

これが私でなかったら助けるつもりだったのに母と義姉の仲が更にこじれた可能性は高いぞ。


「まあ、悪気が無かったの分かっています。仕事場や書斎で使いやすくするために茶葉を入れて売るティーバッグのアイディアを母さんに提案してきたところなので、我々の湯沸かし器が完了するころにはちゃんと売れる状況になっているでしょうし。

それよりも!義姉さんは本当にシェフィート商会で働きたいと思っているんですか?」


きょとんとした顔でホルザックが私を見つめる。

「え、アリサは別にシェフィート商会で働くつもりは無いぞ」


「では何故義姉さんのアイディアだと言って商品を開発しようとするんです。今回が初めてでは無いでしょう」


「いやぁ、母さんとアリサの仲があまりうまくいっていないみたいだからさ、アリサも商会に貢献出来るんだよってアピールしたら少しは状況が改善するかと思って」


はぁぁぁぁ。

思わず深いため息が出てしまった。

アホか。


「何を寝ぼけたことを言っているんです。義姉さんのアイディアだと言って母さんの牙城を侵害したら母さんが態度を硬化させるのは当然でしょう。元々義姉さんと母さんではタイプが全然違うんですから、同じ土俵で戦わせようなどとせずお互いの得意分野で活躍させてあげたらどうです?」


我々が幼い頃からシェフィート商会で父とともに働いてきた母は、乳母に育てられた私たちに多少引け目を感じている。だからこそ『良き母』を体現したような義姉とはぎこち無いながらも最初は友好的にやっていたのだ。


「余計な口を出さずに、義姉さんに子供を連れて母さんのところに休養日にでも遊びに行くよう、提案したらどうですか。兄さんはとりあえず口を出さないのが一番です」


余計な口出しをしないように、見張りに来た方がいいかもしれないな・・・。

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