128話 徒党を組んでも雑魚は雑魚のこと 前編

徒党を組んでも雑魚は雑魚のこと 前編








「ういうい~田中野さん、お待たせしました!」




「えっ・・・なに、その、なに?」




龍宮で発生したチンピラ。


それについて話し合い、爆弾を持って高柳運送に合流することになっていた大木くん。


別れてから小一時間ほどして彼はやってきたわけだが・・・




「僕なりの戦闘服・・・ってやつですかね?」




何やらピシっとポーズをとる大木くんである。


クソ、顔がいいから若干絵になってるのがムカつく。


いやムカついてる場合じゃないわ、ここ玄関前だぞ。




「・・・ウチは魚河岸じゃないんだが」




今、俺の目の前で妙なポーズをしている大木くん。




胸から足先まではゴムっぽいエプロンなのだ。


腕も二の腕付近まである長いゴム手袋を着用しているし、よく見れば足は長靴とズボンが合体したようなものを履いている。


・・・これで帽子でも被ってれば、完全に朝市で働く漁師さんだ。




ん?


いや待てよ。


ゴム・・・防水・・・絶縁体・・・あ。




「ひょっとして・・・水路用か?」




「ビンゴ!」




どうやら正解のようで、大木くんは大袈裟なサムズアップをしてくれた。




「僕は田中野さんたちみたいな近接スキルはありませんからね、これで電流が流れる水路の中から安全にボムズアウェイするっていうわけですよ」




・・・なるほど?


確かに安全ではある・・・のか?




「いやでも、水路の上から銃でも撃たれたらどうすんだ?上からだといい的だぞ?」




「ふふーふ、こんなこともあろうかと・・・田中野さんたちがあたおか新興宗教と戦っている間にちょちょいと・・・こっちですこっち」




大木くんが今入ったばかりの門を出て歩いていく。




「・・・それ暑くないのか?」




「ぶっちゃけ死ぬほど暑いです。一切の通気性がないんで・・・なんで今着ちゃったんですかね僕」




俺に聞かれても困る。






大木くんの誘導に連れられ、外へ出る。




「ここからあそこまでです」




彼が指差したのは、門を出て橋を渡った先から水路の外側だ。


ついーっと指を動かしている。


ふむ?




「特に何もないんだが・・・いつも通りの風景だな。対空機銃砲座とかパルスレーザーファランクスがあるようには見えんぞ」




「よーく見てください、よーく」




むむむ。


マジでわからんのだが・・・あ?


あれ?




「なんか水路に沿って等間隔で若干の盛り土があるような・・・」




斜めに土がほんの少し盛られている。


大木くんの言葉と、きっちり等間隔で並んでなければ気付かないほどのさりげなさだが。




「アレ地雷なんですよ」




「へぇ~なるほ・・・は?」




嘘だろ!?


2、3個って量じゃないぞ!?




「クレイモアって地雷知ってます?映画によく出てくる、指向性を持ったベアリング弾を飛ばすんですけど」




あ、見たことある!


アレだろ?スイッチカチカチしたら起爆するやつ!




「戦争映画とかによく出てくるやつだな」




「ご名答です。埋まってるのは僕のアレンジが入ってるんで・・・起爆すると外側に向けてこまかーい金属片が射出される仕組みです」




正確には45度の角度ですけどね、と大木くんは笑う。


いつの間にそんなもんを・・・




「知らん間に着々と要塞になっていくじゃねえかよ・・・」




「スイッチでしか起爆しないし、向いてるのは外側なんで子供たちにも安全安心。大木式のクリーンな爆弾となっております」




今度はVサインだ。


一体どこから突っ込めばいいんだろうか。


まあ、子供たちは基本的に外に出していないが・・・注意喚起はしっかりしとかないとな。




「あ、子供たちにも通達済みです。一回屋上からデモンストレーション見せたらそりゃもうブンブン頷いてくれましたよ」




「・・・判断が早い!」




・・・とにかく、これでウチはより一層安全な空間になっちまったわけか。


門と違って目立つもんでもないから、外から目を引くこともないのが救いだな。




「色々言いたいことはあるが・・・とにかくありがとうよ。中でお茶でも飲もうぜ、今日来るとは限らないしな」




「・・・これいつまで着てればいいんですかね?」




だから俺に聞くなってば。








大木くんも加わり、みんなで朝食を食べ、まったりし・・・そして昼食を食べた。


結局大木くんは脱水症状になる前に一旦エプロンを脱いでいた。


『緩慢な自殺ですよコイツは・・・』とか、よくわからん感想を言っていたが。




所は変わって、現在は屋上である。


俺と神崎さん、それから暇を持て余していた璃子ちゃんの3人で龍宮からの道を偵察中だ。


ちなみにそれ以外の子供たちは会議室で映画マラソン中である。


俺のコレクションの中から、子供でも見やすいアニメ作品を中心にチョイスした。


国内外の名作揃いだ、退屈はしないだろう。




「おう、まだ来んか?」




「今のとこは何も通りませんね。さっき狸が横切ったくらいで」




畑仕事を終えた七塚原先輩がやってきた。




「ほうか、後藤倫はおるか?」




「下にいますよ」




眼下を見る。


後藤倫先輩は、いつも通り倉庫の屋根でソラをお腹に乗せて昼寝中だ。


いつもながら自由人である。


あの状態でも何かあればすぐに動けるんだろうがな。




「そいで・・・今回の作戦はどがいする?」




「昨日ちょこっと言ったと思いますけどね・・・ええっと」




丁度いいのでここで最終確認をしておこうか。




「古保利さんに確認したところ、あっちに来た集団は全員男だったそうなんです。年齢層は10代後半から40代くらいまで」




男だらけのチンピラ集団。


字面がもう酷いな。


汗臭そう。




「それで・・・先輩、ちょいと簡単な質問なんですけど」




何かを察したらしい先輩に尋ねる。




「男所帯、チンピラ、働く気はない、そして威勢だけはいい・・・そんな連中がここの女性陣を見たらどうすると思います?」




「・・・まず間違いなく殺到してくるのう」




「そうです、ウチ美人まみれじゃないですか。でも殺到される分には別にいいんですよ、片っ端からぶち殺せばいいんで」




遠くの方では璃子ちゃんがこちらをチラチラ見ている。


『私は!?私は!?』って顔してんな。


うーん、せめて20歳は越えてもらわんとね。


今のジャンルは『可愛い』だしな。




「でもそんなカス共の前に女性陣を出すだけでもアレじゃないですか。ストレスになっても困りますし」




特に斑鳩母娘はここに避難してくる前にもそんな目に遭いそうになったわけだし。




「ちゅうことは・・・」




先輩が歯を剥き出して笑う。


こわっ。




「ええ、俺と先輩が矢面に立って交渉というか話します。どうせ決裂すると思うんでその後は・・・」




「突っ込んで大暴れ、じゃな」




話が早くて助かる。




「こちらを襲う意思を確認したところで、大木くんがまず奴らの移動手段を爆破します。まず間違いなくパニックになると思うんで、その後はそうなりますね」




「大木くんは頼りになるのう」




「いくら先輩でも一撃で車を破壊するのは無理ですもんね、爆弾さまさまですよ」




「ほうじゃのう、軽自動車くらいならいけるかもしれんが・・・トラックやらバスやらは無理じゃ」




・・・何か言ってるけど聞かなかったことにしようか。




「ね!ね!おじさん!私たちは!?」




おっと、いつの間にか璃子ちゃんが近付いて来てたみたいだ。


やる気が顔から漲っている。


一応殺し合いになるんだが・・・うん、頼もしいというかなんというか。


逞しくなったなあ、璃子ちゃん。




「璃子ちゃんは神崎さんたちと一緒にここから援護射撃だね。申し訳ないけど帽子とかで顔を隠してもらうことになるけど・・・」




「ぜんっぜん大丈夫!むしろそんな人たちに顔とか見られたくないしっ!」




だろうな。


前にも経験したが、ああいった欲望の視線を向けられるってのは女性は嫌なもんなんだろう。


俺は男だから向けられたことはないが、綺麗な人たちは大変だなあ。


自分がその立場だと思うとぞっとしちまう。




「向こうが銃を持ってる可能性もあるからね、神崎さんや斑鳩さんの指示をしっかり聞いておくんだよ」




「いえっさー!」




たどたどしい敬礼をすると、璃子ちゃんは持ち場に帰っていった。


ちなみに斑鳩さんは今は子供の相手をしている。


有事の際には巴さんに子供を預け、ここへ来る予定だ。




「わしもしばらくは子供らあとおるわ。何かあったら知らせてくれ」




そう言うと先輩は帰っていった。


さて、今日のうちにやってくるかな。




「わふ」




おや、今度はサクラか。


千客万来だな。




「どしたどした、子供たちと一緒じゃなかったのか」




「わふ!わん!」




「えっおい」




駆け寄ってきたサクラを撫でると、彼女は嬉しそうに吠えた後・・・俺の周りを高速で周回して帰っていった。


・・・俺がきちんといるか確認しに来たのかな?


最近外に出る度に大怪我して帰って来てたからなあ、心配かけてるのかもしれん。


悪いおとうちゃんでごめんよ、サクラ。




「神崎さん、どうですか」




サクラを見送り、神崎さんに声をかける。




「ひょえ!?あ、ああ・・・あの、敵影ナシ、です!」




何やら大層キョどっていらっしゃる。


ボーっとしていたのかな?


・・・はは、まさか。


俺じゃあるまいし。




単眼鏡を再び取り出し、俺も偵察に戻る。


いつもと変わらず、平和な風景ばかりだ。


田んぼの雑草がぼうぼうに伸びているな。


農村って、人の手が入らないとあっという間に自然に帰るんだなあ。




「おっ!璃子ちゃん見てみ、田んぼのあぜ道に狐の親子がいるぞ~」




「えーっ!どこどこ!?」




「川の近くの田んぼ、そこの・・・赤いテープが巻いてある電信柱の奥だよ」




「ふわーっ!かっわいい!」




確かに可愛い。


母狐に纏わりつくように、何事か吠えながら子狐が3匹纏わりついている。


ぽてぽてした歩き方が愛らしい。


尻尾が本当にフサフサしている・・・触ってみたいなあ。


でもサクラで我慢しとこ。


ダニとかいたら大変だし。




「しかし神崎さん、狐って夜行性ですよね?最近よく昼間に見るんですけど・・・」




「そうですね・・・周囲から人間が減った影響でしょうか?狐はかなり知能が高いらしいですから、外敵が減って以前より自由に暮らしているんではないでしょうか」




ふむ、なるほど。




「人間がいない方が幸せなのか・・・なんか複雑」




「ふふ、そうですね」




確実に人間の数は減ってるだろうからな。


環境汚染も少なくなってきてるだろう・・・し・・・




「あの、原発とか火力発電所ってどうなって・・・」




とんでもないことに気付いてしまった。


きゅ、急に爆発とかしたらどうしよう。


火災はともかく、放射線は目に見えないからなあ。




「・・・恐らく、この国のそういった施設は緊急時の停止システムが備わっていると思います。人間の手がなくても作動するような仕組みが」




「ふう、それはよかった」




「あくまで『この国』は、ですが」




「・・・コワー」




外国のことは考えても仕方ないか。


国どころか、現状この県からも出れないわけだし。


うちの県は原発はないが、火力発電所が・・・たしか二か所くらいあった気がする。


あと山の中の方にでっかいダムが。


友達の爺ちゃんの住んでた村が沈んでるんだっけか。




「国の上層部とて無能ではありません。事態の究明と解決に動いていると思われますし」




「初手の混乱さえ潜り抜ければゾンビは結構雑魚いですもんね。白黒とか以外」




「・・・田中野さんならそうでしょうね」




あ、貴重なジト目神崎さんだ。


レアキャラだな。


お目目キラキラ神崎さんは割と頻繁に見かけるからな、最近。


普段はきりっとしているけど、あの表情をするとJKくらいの歳に見えるんだよなあ。




「今、何を考えましたk」




「神崎おねーさんっ!おじさんっ!!」




何かを詰問しようとした神崎さんの声が、璃子ちゃんによって遮られる。






「敵艦見ゆ!!!!であります!!!!!」






・・・何の影響だ、それは。






「おー、いるいる・・・ひいふうみい・・・」




「軽自動車3、普通車3、マイクロバス1、そして大型バイク1ですか。大所帯ですね」




璃子ちゃんの声に従い、単眼鏡で確認。




龍宮から詩谷に抜ける道を、スピ―ドを合わせて車列が進んでいるのが見える。


神崎さんの言う通り大所帯だ。


どの車にも人がぎっしり乗り込んでいる。




「下に知らせてくるねっ!」




璃子ちゃんが走り去る気配を感じながら観察。


ううむ・・・ここからじゃよくわからんな。


武器とかも車に積んでちゃわかんないだろうし・・・流石にバズーカ砲とかはないだろうが。




「素通りしてくれれば楽なんだけどなあ」




「ここはゾンビも少ない・・・というかほぼ無人ですし。それに気づいたら留まろうとする可能性はあります」




ここを基地にして、周囲に探索するということも考えられるな。


っていうかその方が危険度は低い。




「女!!飯!!酒!!みたいな頭空っぽ連中であることを祈りますよ、ええ」




そういう手合いならこんな田舎には興味がないもんな。


とっとと都会ゾンビにムシャリされちまってくれる方がこちらとしても楽なんだがなあ。




「・・・そうもいかないようですね」




「あー畜生」




神崎さんの言葉通り、先頭を走るバイクが減速し始めた。


後ろに手を振って何か指示しているようである。


少しは知能があったか。




「外から見えない場所でこのまましばらく偵察ですね」




ここはこの周辺で一番高い。


あいつらの人数から察するに、立地においても収容人数においてもここは最高だろう。


ま、来てしまったもんは仕方ない。


備えるとするか。




「じゃあここはお願いしますよ神崎さん。俺は準備して庭で待機してます」




「はいっ!ご武運をお祈りします」




若干心配そうな神崎さんに、苦笑いで返す。




「武運が絡むような状況に・・・なるでしょうねえ。はは、頑張りますよ」




そう言って手を振り、俺は部屋に戻るべく屋上から出た。






部屋に戻った俺は、いつも通りの装備を身に着けた。


ヘルメット、防弾チョッキ、拳銃。


そして脇差と・・・




「初陣になるかもしれんな、よろしく」




腰に差した『魂喰』の柄をポンと叩く。






―――りぃん






・・・今のは俺が叩いたからだよな、うん。


鍔が緩んでいるんだろう、そうに違いない。




ドアを開けて廊下に出る。


と、そこに誰かいた。




「おう、葵ちゃんじゃないか」




「・・・おじちゃん」




ぽつんと廊下に立つのは葵ちゃんだ。


どうしたんだろう、トイレかな?




「俺の秘蔵アニメは楽しんでもらえ・・・おおう」




急に走り出した葵ちゃんは、俺の太腿に体当たりするように抱き着いてきた。




そのまま顔を押し付けてくる。


・・・そこ、拳銃あるんだけど、痛くないのかな。




「・・・いっちゃやだ」




「ん?どうした?」




葵ちゃんが震えている。




「こわい人たち・・・くるんでしょ」




ぬ。


何か感付いているようだ。


・・・あ、俺のこの格好見たら一目瞭然だわ。


どう見ても探索に行く格好じゃないもんな。




「いったらケガしちゃうよ・・・川原のおじさんみたいに、し、死んじゃうかも・・・死んじゃうかもしれないよ」




川原さん・・・そうか、『ふれあいセンター』の・・・


この子たちがここに来てから、攻め込まれるようなことはなかった。


野良ゾンビやゾンビデリバリーのようなことはあったけど。




「やあだ・・・やだよう・・・おじちゃんも死んだら、いやだぁ・・・」




・・・元気になったように見えて、トラウマはしっかり残っているらしい。


当たり前か、まだ小学生だもんな。


普段がいい子過ぎるから忘れてた。




「よっこい、しょい!」「ふぇ」




足に縋り付く葵ちゃんを、少し強引に引きはがす。


そのまま脇の下に手を入れて持ち上げ、抱っこのようにぎゅうっと抱きしめた。




「ぷぇ」




「葵ちゃんは優しくていい子だなあ」




目を真っ赤にした葵ちゃんが、俺を見上げる。


いつもからは考えられないほど、感情を露にしている。




川原さんの最期を、看取った時のように。




「葵ちゃん、おじちゃんはねえ・・・すっげえ強い」




「う・・・?」




「七塚原先輩も、後藤倫先輩も、神崎さんも、斑鳩さんも、璃子ちゃんだってそうさ」




「つよ、い・・・?」




「ああそうだ、みんな強い・・・なんでかわかるか?」




ふるふると頭を横に振る葵ちゃん。




「葵ちゃんたちがいるからさ」




「・・・?」




「大人ってのはな、子供を守るためならなんだってできるんだよ」




璃子ちゃんはどちらかというと子供サイドだが。




「それにおじちゃん、みんなのことを頼まれちゃったからなあ・・・川原さんに。だから絶対に守らなくちゃいけないんだ」






『みんなぁ・・・大きく・・・なれよぉ、おお、き・・・く・・・』






川原さんの、最後の言葉が蘇ってきた。


俺も・・・あんな風に笑って死ねたらいいな、そう思うほどいい笑顔だった。




だがそれは今日じゃない。


そこらへんのチンピラ程度にくれてやれるほど、俺の命は安くはないのだ。


鍛治屋敷だって残っている。




「葵ちゃん、おじちゃんは行くよ・・・ホレ」




葵ちゃんを床に下ろし、小指を差し出す。




「指切りだ。約束しよっか・・・絶対に帰って来るって」




「ゆびきり・・・」




「おじちゃんは守れない約束はしない主義なんだ。だから、これは守れる約束だよ」




「う、うん・・・」




泣き腫らした目のまま、葵ちゃんはおずおずと小指を絡めてきた。




「ゆーびきーりげんまん、うっそつーいたーら・・・」




「はーりせーんぼん・・・綾おねーちゃんに飲ませてもーらう・・・」




何だその直接的な刑罰は!?


見える・・・笑顔で針を抱える先輩が見える・・・!!




「「ゆーび、きった」」




廊下に俺たちの声が小さく響いた。


・・・これは生きて帰らんとな。


もう一回殺されそうだ、先輩に。




手を伸ばして葵ちゃんの涙を拭ってやると、そのまま頭を抱えるように抱き着かれた。


震えてはいるが・・・さっきほどじゃないな。




「・・・いってらっしゃい、おじちゃん」




「おう、行ってきます。帰ってきたら美味いもん食おうな・・・ラーメンでも作ってやろう、みんなでラーメンパーティだ!」




賞味期限間近なのが結構あるし。




「とんこつ、すきー・・・」




「気が合うなあ、俺も好きだよ」




まあ醤油も塩も味噌もみんな好きなんだけど。




葵ちゃんが手を放してくれたので、立ち上がる。


俺を見つめるその目は、赤くなってはいるが少し元気そうだ。




「けが、しないでねー?」




「うーん・・・それはどうだろう?」




「もうっ」




葵ちゃんは太腿を叩き、会議室に向かって行った。


俺は手を振り、階段を下りる。




「いい子だよなあ、あの子も・・・皆も」




オフィスを通り抜け、玄関を出る。


七塚原先輩はもう門の前でスタンバっているのが見えた。




「・・・おい」




腰の刀に声をかける。




「お前が妖刀だろうが聖剣だろうが、なんだっていい」




黙して語らぬ刀に。




「頼む、力を貸してくれ・・・とは言わん」




借りた力なんてあてにならんしな。


力は俺から出るものだ。


誰かにもらうもんじゃない。


助けにはなるが。




「一緒に、守ろうぜ・・・子供をよ」




もう認めよう。


こいつは明らかに普通の刀じゃない。


ないが・・・鍛治屋敷に挑むにはコイツが必要だ。




「南雲流は多分みんなそうなんだけどよ。俺も子供が死ぬのが一番嫌なんだよ」




夕暮れの教室を思い出すと、今でも胸がちくりと痛む。


もう二度とあんなのはごめんだ。






―――りぃん






いつもの幻聴が、少しばかり優しく聞こえた気がした。

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