第53話 帰還のこと

帰還のこと








薄暗くなってきた道を、ライトが照らす。


対向車がいない田舎道をマイクロバスが走る。




車内には、無言の静寂が満ちている。




ふれあいセンターを出発してから、子供たちは一言も喋らない。


助手席の小学生は、泣き腫らした目をしたまま前だけを見つめている。


ミラーで確認すると、後ろも同じような状況だ。




眠っているのは、先輩の体に纏わりついた保育園の子供たちだけだ。


・・・安心したら、疲れがどっと出てきたんだろう。




他の子たちは、まだ精神的なショックが大きすぎて疲れを認識できていないんだろうな。


自分たちを守って、警官も避難民もみんな死んじまったんだもんなあ・・・


そのショックたるや、想像もできない。


小さい体に、どれほどの衝撃があったんだろう・・・


声なんて、かけられようハズもない。




俺にできること・・・やるべきことは、精々安全な所に連れて行くこと。


そしてしこたま飯を食わせて、風呂に入れて、ぐっすり寝かせてやることだ。


いつまで預かるかはわからないが、助けた以上はしっかり面倒を見る。


・・・川原さんに報いるためにも。






「どこ、いくの?」




半分ほどの距離を走ったあたりで、助手席の女の子が話しかけてきた。


声には力がない・・・当たり前か。


美玖ちゃんと同じくらいか・・・少し下かもしれない。


急なことでビックリしてしまった。




「あ、ああ・・・おじちゃんの今のおうち、高柳運送っていうところさ」




「うん、そー?」




「荷物を運ぶ会社だよ、そこを借りてるんだ」




「ふうん・・・おじちゃんたち、だけ?」




「いーや、他にもいっぱいいるぞお。ワンちゃんもいる」




「ワンちゃん・・・?」




お、犬に食いついたな。


やはりワンちゃんの威力は絶大だ。




「そうそう、サクラっていうんだ。ちっちゃくてフッワフワでかっわいいぞお、きみもお友達になってあげてくれな」




「・・・うん」




こくりと頷いたその顔は、少しだけ微笑んでいた。


・・・頼むぞサクラ、子供たちのメンタルはお前のアニマルセラピーにかかっている!




俺たちの会話が呼び水になったのか、後ろでもぽつぽつ話し声が聞こえてくる。


友達同士で話したり、先輩に声をかける子もいる。


眠っている子供たちを起こさないようにしながら、先輩も(先輩なりの)笑顔で対応している。




「・・・ほんとに、きてくれた」




「ん?」




「ちっちゃい子たちがね、『むーおじちゃんがたすけにきてくれる』ってずっと言ってたの」




全員は、助けられなかったけどな・・・




「だから、おじちゃんも・・・ありがと」




「き、気にすんな気にすんな・・・」




いかん、ちょっと泣きそうになってしまった。


まずは自分の事だろうに・・・そんなに気にしなくていいのに・・・


不憫だ、不憫すぎる。


不自由なく過ごせるように、頑張るぞおじちゃんは。




「・・・わたし、葵」




「葵ちゃんかあ、いいお名前だねえ。おじちゃんは一朗太って言うんだ」




「いちろー・・・た?」




「呼びにくかったらイチローでいいよ」




「いちろーおじちゃん・・・」




またレジェンド安打量産選手になってしまうが、甘んじて受けよう。




「もう、つくー?」




眠そうに瞼をしぱしぱしている。




「んん~、あと30分くらいかなあ・・・眠かったら寝てていいよ、起こしてあげるから」




「うん・・・」




葵ちゃんは、そう答えるとうつらうつらし始めた。


疲れが遅れて出てきたな。


好きなだけ寝るといいさ。


・・・どうやら後ろも同じ状況だったようだ。


眠りこける子供たちを、先輩が痛ましそうに見つめている。






「川原さんはのう・・・」




子供たちが寝た後、先輩が話しかけてきた。




「この子らぁを、引き取ってもらった時に会ったんじゃ」




「そうだったんですか・・・」




面識があってよかった。


なかったら撃たれていたかもしれない。




「ちょうど、同じ年頃の孫がおったらしゅうての・・・『命にかけても守る』っちゅうて、言ってくれたわ・・・」




抱き着いたまま眠る子供を、そっと撫でる先輩。




「・・・ええ人ばっかり、先に死ぬるのう」




「・・・そっすね」




高山さん、横田先生、酒井先生・・・それに川原さん。




いい人ほど、先に逝ってしまう。


いい人だからこそ、先に逝ってしまうのかもしれない。




「許せんのう、田中野」




「・・・ええ、絶対に」




ハンドルを握りしめながら、そう答えることしか俺にはできなかった。








「ふいー、着いた着いた」




懐かしの高柳運送の正門前に停車し、ドアを開ける。


門を開けなきゃならんしな。


辺りはとうに真っ暗だ。




「わん!わん!」




門まで歩く途中で、こちらへ駆けてくるサクラが見えた。




「田中野さん!軽トラは・・・」




こちらへダッシュしてくる神崎さんも。


・・・行動が早い!




「ちょっといろいろありましてねえ、ここ、開けてくれますか?」




「はい!少しお待ちを・・・田中野さん!?」




ライトを点けて鍵を開けようとした神崎さんが俺を見て、猛烈な勢いで開錠して門を開ける。




「だいじょ・・・ああ、返り血ですか・・・よかった」




「へ?・・・うわあ」




俺の体を見て血相を変える神崎さん。


持っているライトで照らされた体は、ほぼ真っ赤に染まっていた。


うおお・・・今初めて気付いた。


これ・・・洗濯で落ちるかなあ。




「きゅ~ん!きゅん!!」




「ハイハイただいま・・・うお、やめなさいサクラばっちいから」




足元でバタバタ走るサクラを抱き上げると、彼女は必死で俺の顔を舐めようとする。


怪我を舐めようとしているのだろうか。


あのカス共由来の血液なんて舐めたら病気になりそうだからやめていただきたい。




「神崎さん、後で説明するんでとりあえず中に入りましょう。・・・子供を、保護してきました」




それだけで何か察したのだろう。


神崎さんははっとした顔をして頷いた。




「・・・食事はすぐに出せます、お風呂ももう沸いていますから」




すげえ・・・万能戦士だ。


頼もしすぎる。




一足先に社屋へ帰った神崎さんを見送り、バスへ戻る。




「ワンちゃん・・・」




「きゅん?」




あ、やべ。


サクラ抱えたまんまだった・・・まあいいや。


起きた葵ちゃんが、目をこすりながらサクラを見ている。


サクラも、始めて見る子供に興味津々だ。




「葵ちゃん、この子がサクラだよ・・・運転するから抱っこお願いしていいかな?」




「う、うん・・・おいで」




「ほーれサクラ、お姉ちゃんだぞ~」




「わふ!きゃん!」




助手席の葵ちゃんにサクラを手渡すと、おずおずと手を差し出した。


サクラは喜んでその腕の中に飛び込んでいった。




「ふあふあ・・・柔らかいね、サクラちゃん」




「わふ!」




「あは、くすぐったぁい」




ぺろぺろと頬を舐めるサクラに、葵ちゃんは初めて子供らしく笑った。


・・・アニマルセラピー、すげえ。








「「「ともねーちゃん!!」」」




「み、みんなぁ~!!うう、うぐうううう・・・うわああああん!!」




巴さんが、保育園の子供たちを抱きしめて泣きに泣いている。


・・・前から顔見知りだったのか。


そりゃ、先輩の勤め先だから知っててもおかしくない・・・のか?




バスから子供たちを下ろし、社屋に入ったところで先輩を迎えに来た巴さんは子供たちを見つけた。


それからはもうずっとこの状態である。


小学生たちは、若干羨ましそうな顔でそれを見つめている。




「み・・・みんなもよぐぎだねえ!もうあんじんだがらねえ!!!」




子供たちを抱きしめたまま、巴さんが小学生たちに叫ぶ。


おいおい・・・気持ちはわかるけど泣きすぎだよ巴さん。


子供たちが若干引いてるぞ。




「いらっしゃい!ご飯もいっぱいあるしお風呂も沸いてるよぉ!布団もふっかふかだからねえ!」




「疲れたでしょう?ゆっくり休んでね・・・こっちよ」




もう泣きすぎて言葉にならない巴さんを引き継ぎ、エプロン姿の璃子ちゃんと斑鳩さんが子供たちを案内している。


母娘でしっかりしてるなあ・・・


対応も早い。




「おかえり、田中」




子供たちが飯を食いに行くのを見届けていると、いつの間にか後ろにいた後藤倫先輩が声をかけてきた。




「ななっちも、お疲れ」




「・・・おう、やーれ・・・しわい(疲れた)わ」




七塚原先輩はそう言うと、巴さんを追いかけて行った。




「・・・生き残り?」




「・・・ええ」




答えながら、オフィスの椅子に腰を下ろす。


疲れた・・・いきなり疲れが襲いかかってきた感じだ。


しばらく動けそうにない。


子供のお世話はちょいとの間みんなに頼もう。




懐からくしゃくしゃになったパッケージを取り出し、煙草を咥える。


・・・あれ、ライターどこだ・・・?




「ん」




「んあ、どうも」




「サービス、たまには」




先輩がどこからかライターを取り出し、火を点けてくれた。


紫煙を肺いっぱいに吸い込み、吐き出す。


ゆらめく煙のように、じわりじわりと体にだるさが出てくる。


・・・そう言えば、朝から全然喫ってなかったなあ・・・




「・・・がんばったね、田中」




ぽん、と俺の頭を平手で叩き、先輩は去っていった。


・・・先輩なりの優しさだろうか。


だがまあ、今はありがたい。


しばらく、1人になりたいんだ。




このままここで眠りたい欲求を跳ねのけ、咥え煙草で立ち上がった。


よくよく考えたら子供の近くじゃん、ここ。


受動喫煙はヤバい、屋上へ行こう。






「・・・ふぅ」




夜空に煙が吸い込まれるように消えていく。


俺は、屋上の手すりにもたれかかりながら煙草をくゆらせている。


来る途中、休憩室からは夕食の匂いがした。


まずは食ってしっかり休んでもらわなければ。




・・・さて、子供たちはどこに寝てもらおうかな。


休憩室が第一候補として、もしそれでも足りなければ俺の寝室を明け渡そう。


倉庫で寝るかなあ。


あっちにも何故かマットレスはあったし。


寝具は・・・足りなければ今日の所は俺のを提供するとして、明日にでも近所の空き家からいただいてこようか。


食料も、今のところは大丈夫だが・・・この先のことを考えると余裕が欲しい。


近所中の食料をかき集めなければな。


いつまでいるかはわからんが、子供に不自由させるわけにはいかん。


可能な限りサポートしてやらねば。




えーと、本とかDVDとか、暇つぶしになるものも探してこなきゃな。


運動も大事だし、子供用のスポーツ用品なんかもいるな。


服もいるし、靴も予備が欲しい・・・




あとは・・・あとは・・・




「・・・っ」




駄目だ。


それを考えるな。


忘れろ。


忘れ・・・




「・・・うぅ、う」




今まで誤魔化してきたもの。


今まで心の片隅に突っ込んできたものが、一気にあふれ出す。




「ううう・・・うぅう、あ」






モノのように転がされた小さい体。




涙の跡が残る、幼い顔。




そして・・・




助けを求めるように伸ばされた。




あの、小さい手。




冷たい手。




もう、二度と握り返してこない手。






「う、ぐ、ぐうううううぅう・・・!!」




手すりを握りしめる。


もう立っていられない。




「うああ・・・うう、ああ・・・あああ・・・!!」




畜生、子供じゃあるまいし。


涙が溢れて止まらん。


もう枯れたと思ってたのに、なあ。




「ち・・・くしょう、畜生ぅうう・・・!!!」




煙草を握り潰し、手すりを殴る。


怒りと憎しみと悲しみが、ごちゃごちゃと体の中を渦巻いているようだ。




「なに、したって言うんだ、あの子たちが・・・」




また、手すりをぶん殴る。


鈍い痛みが走る。




「畜生・・・!!ちくしょおぉお・・・!!」




振り上げた手が、不意に掴まれた。




「・・・駄目ですよ、田中野さん」




掴んだ手とは似合わない優しい声。


・・・神崎さん、か。




「・・・ね?田中野さん」




神崎さんは俺の拳を握ったまま、そっと後ろから俺を抱きしめてきた。


ふわりと、いい匂いがする。




「かんざき、さん」




「はい」




「俺・・・俺ね、子供たちを、子供、たちを・・・守れn」




「守った、守りました。あれだけの子供を保護したじゃないですか」




「で、でも・・・」




「いいんです、田中野さん。あなたは頑張りました、とっても、頑張ったんですから・・・今は、それでいいんです」




優しく、優しく俺を抱きしめながら神崎さんが囁く。




「うう、ううう・・・!!」




「前は、私がこうしてもらいましたからね、お返しです」




「ううううああああ、ああああああ・・・」




「・・・」




何か神崎さんが呟いていたが、もう俺には聞こえていなかった。




俺はもうおんおん泣いた。


恥も外聞も投げ捨てて、神崎さんに縋り付いて泣いた。


その最中、神崎さんは嫌がらずにずっと、優しく俺を抱きしめてくれていた。








「・・・訴えないでください!!」




ひとしきり泣いた後、俺は屋上で土下座をしている。


泣いたのは仕方ないが、こう、年下の女性に縋り付いて密着したのは・・・ヤバい。


夢中だったからどこをどう触ったかも覚えてない。


今思い返しても訴訟案件だ。




「ふふ、じゃあ・・・執行猶予です」




許された!


実刑は喰らったけど!!




「煙草を1本くれれば、被害届は取り下げます」




やったぜ!


司法取引だ!






「・・・ここに来る前に、叔父に連絡をしました」




俺が献上した煙草を喫いながら、神崎さんが言う。




「秋月にはまだ余裕があるそうです。最近は野菜の栽培も動物の飼育も順調だそうですから」




「本当ですか!?そりゃあ、よかった・・・」




こんなに早く引き取り先が見つかるとは、都合がいい。


詩谷ならゾンビも襲撃者も少ないし、なにより黒ゾンビがいない。


ここより、よっぽど安全なはずだ。




「ただ、迎えは出せないそうです」




「当たり前ですな」




そこまで甘えるわけにはいかない。


おあつらえ向きにマイクロバスもあるし、アレを使おう。




「あ、でも・・・しばらくここで面倒見てからにしましょう。たらい回しみたいでかわいそうですし」




「ええ、私もそう思います」




すぐに移動させるってのは、子供たちのメンタルが心配だ。


ここでゆっくりしてもらおう。


ふれあいセンターよりは安全だと思うし。




「じゃあ、戻りますか・・・あの、内緒にしといてくれますか・・・その、さっきの」




俺がそう言うと、神崎さんはぷいと顔を背けてしまった。


・・・どういう感情!?その動き。




「わ、わかりました!秘密、秘密ですね!2人の!!」




そんなに念を押さなくても・・・何年か経ったら強請られるのかもしれんな、俺。






「わふ・・・わふ」




「サクラ・・・お仕事ご苦労!」




「きゅうん・・・」




休憩室に戻ると、食事がすんだ子供たちが布団にくるまって寝ていた。


子供たちに愛想を振りまいていたであろうサクラは、疲労困憊の状態でフラフラと歩いてきた。


立派だぞサクラ・・・!




抱き上げてやると、どこか誇らしげに見える。




「お風呂は明日ですね・・・よっぽど疲れていたみたいですっ」




「ほうじゃのう、朝一で用意してやらんとな」




七塚原夫婦が、その中心で寝転がっている。


・・・何やってんだ?




・・・ああ、子供たちにしがみつかれて2人とも動けないのか。


今日はこのままここで寝るらしい。




「じゃあ・・・とりあえず風呂入るか、サクラ」




「わふ」




寝る子供に気を遣ったのか、小さく吠えるサクラを連れて風呂へ向かう。




「あ、おじさんだ!一緒に入る~?」




「いけサクラぁ!」




「わふん」




脱衣所で服を脱ぎかけていた璃子ちゃんにサクラをそっと放り投げ、撤退。


あの子・・・何度言っても『使用中』の札使わないんだよなあ・・・


まったくもう、思春期だろうに。


人懐っこすぎるのも困りものだぞ。


将来悪い男に騙されないといいんだが・・・






その後、ホカホカのサクラが戻ってきたので俺も入浴して寝ることにした。


暖かいサクラを抱きながら、俺は目を閉じた。




冷たくなってしまった、あの子が成仏できるようにと思いながら。

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