第41話 責任者たちのこと

責任者たちのこと








というわけで、御神楽高校の責任者にお呼ばれしてしまった。


・・・やっぱり警察が主導しているのかな?


それとも3つのグループが連携しているのか・・・


まあ、ここで考えていても仕方があるまい。


嫌だと言うわけにもいかんし。




さて・・・神崎さんも待っていることだし、とっとと準備するかな。




助手席に立てかけておいた愛刀・・・『梅』ランクを腰に差す。


今日の所は戦闘の予定はないが・・・狭い室内でも取り回しのいいものを選んだ。


おっちゃんに研いでもらったおかげで、以前よりも切れ味はよさそうではある。


俺の所有物の中でも一番の安物ではあるが、それでも残しておいて盗まれでもしたら嫌だし持っていく。


なあに、周囲は銃を持った人員が囲っているんだ、日本刀くらいは許されるだろう。


たぶん、おそらく、きっと。




・・・なんか最近物騒だから、使い慣れた武器が手元にないのはね?


こう、心許ないというか。


まああれだ、野球少年が常にバットを持ち歩きたい欲望と同じだ。


・・・そうかな?まあいいや。




「お待たせしました」




「いえ、それでは行きましょうか」




神崎さんの後ろについて校舎の中へ入る。


そういえば入ったことなかったなあ・・・






校舎内に足を踏み入れる。


ここはたぶん高校の建物だな。


土足okなので下駄箱はない。




玄関ホールは天井が高くて清潔で、まるで学校じゃないみたいだ。


白を基調とした空間に、さりげない調度品が置かれている。


・・・うわあ、なんというか豪華・・・という感じではないけど金がかかってそうな内装だ。


華美じゃないけど、俺でもわかる。


ううむ、これがお嬢様学校・・・




「こちらです」




アホみたいな顔をして周囲を見渡していた俺に、神崎さんが苦笑しつつ促してくる。


うお、いかんいかん。


完全に観光客目線だった。


慌てて追いかける。




『高校職員室』と書かれた矢印の方向へ歩く。


広くて長い廊下には、生徒や避難民の方々がチラホラ見える。


顔を見る限り、それほど切迫している様子はない。


みんな楽しそう・・・とまではいかないが、平和そうだ。


外には黒ゾンビやヤクザとかがいるのに・・・よっぽどここの守りが硬いのかな。




彼らは自衛隊は見慣れているのか、先を行く神崎さんには注意を向けていない。


・・・俺はむっちゃ見られるけど。


顔面宇宙海賊の刀装備防弾チョッキマンが歩いてきたら誰だってガン見するよな。


俺だって俺じゃなければ三度見くらいはする。




「アノ・・・」




そんなことを考えながら歩いていると、横から声をかけられる。


見ると、そこには自衛隊とは違う軍服をきた外人さん。


おお・・・デカくて筋骨隆々で強そうだ・・・


こうして間近で見るのは初めてだな。




「『あなたはニンジャですか?』」




彼はキラキラした目でそう問いかけてくる。


・・・恐らくこう聞かれたんだろう。


ガチガチ国文系の俺でもそれくらいはわかる。


なので。




「『いいえ、私はサムライです』」




と返しておく。


・・・合ってるよな?




「ワッザ!?ワオ!フォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」




俺とそう年齢の変わらないであろう彼は、そう叫ぶと握手を求めてきた。


何かよくわからない状況だが、悪い人ではなさそうだ。






「・・・アレで合ってましたか?」




握手した後軍人さんと別れ、また歩き出す。


彼はそれはもういい笑顔と、サムズアップで見送ってくれた。


先を行く神崎さんに、答え合わせをしてみた。




「ふふ、合ってましたよ・・・あちらの国の人は本当にニンジャやサムライが好きですね」




「まあ、我が国が世界に誇る人気コンテンツですしね」




ふう、どうやら正解だったようだ。


以前の経験から警戒していたが、ここの駐留軍の皆様はいい人たちらしい。


・・・まあ全員を見たわけではないので断定はできないのだが。




「しかし、平和そうですねえ・・・ここ」




「しっかりと運営されているんでしょう・・・ここですよ」




壁に『高校第一職員室』と書いてある。


・・・第一?


第二や第三もあるのか・・・?


まあいいや。




「神崎二等陸曹、入室します!」




ノックの後、そう声をかけて神崎さんはドアを開けた。




「・・・田中野一朗太、入ります!」




俺もそれに倣って声を出し、後に続く。


無言で入るよりはマシだろう。




職員室に入る。


やはりお嬢様高校とはいえ、職員室は職員室だ。


見慣れた光景が広がっている。


・・・詰めている人員は見慣れていないが。




広い室内には、警察、自衛隊、そして駐留軍の方々が何やら作業をしたり話し合ったりしている。


彼らは入室した俺・・・というより腰の刀に一斉に視線を送ってきた。


両手を軽く上げ、敵意はないとボディランゲージをする。


・・・しばらくすると、空気が若干柔らかくなった。


ふう、なんとかなったか。


この状況で刀ブンブン丸をするほどアホではないとわかってもらえたようだ。




「ああ、わざわざ足を運んでくださってありがとうございます」




集団の中から、先程駐車場まで案内してくれた自衛官が声をかけてくる。


お、この人はたしか・・・真田さんだっけか?


秘密兵器とか開発してそうな名前だな・・・すべての物事に備えてそう。


もしくは赤揃えの甲冑着て騎馬突撃しそう。




「校長室へどうぞ・・・二等陸曹はこちらへ、少し聞きたいことがありますので」




「はい。・・・田中野さん、後で会いましょう」




「あ、はい」




嘘だろ。


俺一人ィ!?


俺だけでお話聞くのォ!?




・・・いきなりアウェーだぜ。


神崎さんがいるから大丈夫だと思ってたんだけどなあ・・・当てが外れたぞい。


だが、ここへ来て付き添いがないと動けないでござるなんて口が裂けても言えない・・・


ええい、ままよ。


男は度胸!当たって砕けろだ!


・・・砕けたくないなあ。






「・・・失礼します」




職員室から続く重厚なドアを開き。いよいよ校長室へ入る。


息を呑みながら入室した先には、予想外の光景が広がっていた。




「どうぞ・・・そちらのソファへ」




そう声をかけてきたのは、俺より年上に見える女性の警官だった。


髪をしっかりまとめ、キリリとした雰囲気がある。


眼鏡も相まって、仕事ができそうな人だ。




「はい、それでは」




女性警官に驚いたわけではない。


俺が驚いたのは・・・




室内に、3人の人間がいたからだ。




「いやいや、すまないね・・・別に取って食うわけじゃないから気を楽にね」




立ったまま朗らかに声をかけてくる自衛官の男性。


年齢は40代ってところか。


にこにこと穏やかだが、時折俺の所作を見る目線は鋭い。


ひょろりとした体型だがそこは自衛官、立ち姿に隙は無い。




「・・・楽にして下サイ」




流暢な日本語で話しかけてきたのは、駐留軍の兵隊さん。


ビシッと短髪に髪を整えた男性だ。


鍛え上げられた肉体と、七塚原先輩以上の長身である。


でっけえ。


俺が今まで見た中で一番でけえぞ。




まさか責任者が3人いるとは思わなかったなあ・・・


3種類の陣営がいるから、合理的ではあるのか?




刀を鞘ごと抜き、敵意を示さないように注意しながら利き手で持つ。


柔らかいソファーに腰かけると、3人が俺の向かいのソファーに座った。


・・・圧迫面接かな?




「さて、まずは我々の自己紹介といこうか。僕は古保利文明こほり・ふみあき・・・階級は三等陸佐だよ」




おお、花田さんより階級が高いぞ。


軍隊風に言えば少佐か。


〇い彗星と同じだな。




「八尺鏡野都やたがの・みやこです。階級は警視です」




すっごい名前・・・格式が高そう。


警視さんかあ・・・何気に今まで出会った警官の中で一番偉い人だ。


この若さでってことは、俗に言うキャリア組ってやつかな?


確かにエリートのオーラを感じる・・・




「スコット・オブライエンでス。階級は・・・ええと、少佐になりマス」




カッコいい名前ですこと。


体がデカいのでソファが若干かわいそうなことになってるな・・・




「どうも、田中野一朗太といいます。詩谷で無職やってます」




並び立つような肩書が俺には存在しないので、そう名乗った。


・・・無職いらないな?


何故言ったし。


どうにも緊張しているようだ。




「ははは、この状況ならみんな無職だけどね・・・と、3人でいきなり話すのもアレだからさ、僕が代表していくつか質問したいんだけど・・・いい?」




「あ-、どうぞ。そんなに多くを知ってるわけじゃないですし、神崎さんの方が詳しいことのほうが多いでしょうけども」




「いやいや、一般人目線での情報も大事だしね」




なんとも、話しやすい人だな古保利さんは。


階級は高いけどなんというか近所のおじさん感がある。


・・・が、騙されんぞ。


これはあれだ、警察の尋問でよく使う手法だ。


話しやすい1人が会話しているところを、もう1人ないし2人が観察するってやつ。


よくは知らないけど、刑事ドラマでやってたから知ってるぞ!


証拠に、左右の二人からは俺を観察している気配を感じる。


・・・まあ知ってるからといってどうにもならんのだがねえ。


甘んじて受けよう。




「うん、それじゃあまずは・・・」




そうしてインタビュー(じんもん)は始まった。






詩谷の現状。


暴れる生存者や、ゾンビの様子。


避難所の場所や問題。


そんな感じのことを、質問されるままに答えていく。


別に隠すようなもんじゃないしな。




「えー、でも3は3で結構好きだけどなあ?」




「まあ百歩譲って3は良しとしましょう、ただ4はいけません4は。アレは主人公からして違うじゃないですか、厳密には・・・っていうか3の最後も嫌ですし」




「うーん、確かにそうなんだけどねえ、じゃあ最近公開された前日譚はどうかな?」




「・・・アレの話をすると動悸息切れが酷くなるので」




「気が合うね、僕もさ」




・・・えーと、なんで俺は名作SF映画について古保利さんと熱く語ってるんだろうか。


おかしいな?いつ脱線したんだ?


・・・でもいいか、こういう話なら大歓迎だ。




「ふうむ、じゃあ毛色を変えて・・・某巨大ロボ映画の話をしようか、あのパイロットが2人で操縦するやつ」




「1の出撃シークエンスからずっと興奮しっぱなしでした!最終決戦はなんで自爆したのか疑問ですけど」




「だよねだよね!いいよねーああいう『わかってる』描写!年甲斐もなく興奮しちゃったよ!ちなみに2なんだけど・・・もったいないよねえ、色々と」




「そうですよ!せっかくいいキャラクターがいるのになんであんな・・・」




「―――あの」




じっと横で聞いていた八尺鏡野さんが口を開いた。


あ、これ怒ってるな。


神崎さんが激おこぷんぷん丸の時と同じ雰囲気だ。




「友好的なのは結構ですが・・・いささか脱線しすぎではないですか三等陸佐」




大きくはないが、心にダイレクトで響く冷たい声だ。


一瞬で興奮が冷めてしまう。


これが俗に言う賢者モードというやつか。




「うあー、申し訳ないね八尺鏡野さん。中々こういう話をできる人っていないから嬉しくって」




頭を掻きながら反省する様子の古保利さんである。


微塵も気にした様子がない。




「やあ、すまなかったね田中野くん。それでは僕から最後の質問だけど―――」






「その懐の拳銃、どこで手に入れたの?」






一瞬、息が止まった。


先程までと口調は何も変わっていないが、目が違う。


『嘘を付いてもお見通しだぞ』と、細められた目の奥から訴えてくる。


・・・とんだ狸だな、この人は。


懐にするすると入り込まれ、気が付いたら喉元にナイフを突きつけられた気分だ。


いやあ、こういう話での探り合いは苦手だなあ。




たすけて師匠・・・あ、やめとこ。


師匠なら絶対煽りに煽り倒して滅茶苦茶にするもん、こういう場合。




俺としてはこういう百戦錬磨の相手に逆らう気はない。


神崎さんもいるこの状況で、この人たちに悪感情を持たれても全くいいことはない。


喧嘩を売るつもりもないけれど。




「・・・よく気付きましたね?」




「職業柄ね、普段携帯していない人間ほど外から見ればわかるもんさ」




「わかりました、今から武器を机の上に出しますし、説明もします。敵対するつもりは毛頭ありませんので、撃たないでくださいね」




そう前置きしてジャケットの前を開け、ホルスターに収められている拳銃をそのままテーブルの上に置く。


・・・あ、手裏剣とかも出しておこう。


後でわかって『やはり暗器を隠していたな貴様・・・斬り捨てぃ!!』ってなことになったら困るもんな。




「あとこれも・・・」




ジャケットの内側と、手首に巻かれたバンドから棒手裏剣を。


そして後ろ腰の死角と太腿ポケットから十字手裏剣を出す。


オブライエンさんが小さい声で『ニンジャ・・・』と呟くのが聞こえた。


やはり外人さんには大人気だなニンジャ。


残念ながらニンポは使えないけど。




「で、最後にこれです」




おっちゃんから託された脇差を、ごとりとテーブルに置いた。


愛刀はソファに立てかけてあるから、許してもらおう。




3人は大量の手裏剣に目を丸くしている。


まさかここまで出てくるとは思っていなかったんだろう。




「ははは・・・いやいやまさか、手裏剣まで出てくるとはねえ・・・おお、手作りかいこれは」




「はい、素人仕事ですが」




「これが本物のシュリケン・・・」




2人・・・古保利さんとオブライエンさんが触りたそうにしていたので許可を出すように頷くと、2人とも興味深そうに手裏剣を確認している。


八尺鏡野さんはホルスターから拳銃を取り出し、各部を触って点検しているようだ。




「正規の拳銃ですね、これは。よく手入れもされていますが・・・今までかなり発砲したようですね」




八尺鏡野さんが、こちらを射貫くように見てくる。


そりゃあ同僚の拳銃だもんな、俺が殺して奪ったとでも思っているのだろうか。




「ええ、その拳銃なんですが・・・」




手裏剣と脇差、それに愛刀に夢中な男性陣を無視し、八尺鏡野さんに話しかける。


あの立派な警官の話を、この人にも伝えておきたい。






「そう、ですか・・・なるほどそんなことが」




拳銃の入手についての顛末と、これを俺が持つことになった理由。


それらを長い時間をかけて語り終えた。




「ええ、詩谷の宮田巡査部長に確認していただいても構いません。これからは連絡がつくようになるはずですし」




例の衛星電話、神崎さんがここにも持ってきているようだし。


こんなこともあろうかと、秋月で予備をもらっていたらしい。


ううむ、計画性が高い。




「ええ、もちろん確認は取りますが・・・あなたの今までの言葉に嘘があるとも思えません。これは、このままあなたに持っていてもらう方が高山さんも喜ぶでしょう」




「・・・ご存じ、だったのですか?」




「短かい期間ですが、交番勤務の時にお世話になりました・・・しかし、亡くなっていたとは」




悲しそうに視線を下げる八尺鏡野さん。


交番・・・?


ああ!キャリア候補でも交番勤務はしなきゃいけないんだよな、確か。


なんかのドラマで見たぞ。




「ここに来たのは、もちろん神崎さん・・・二等陸曹を助ける為ですけど、それ以外に高山さんの娘さんがここにいるらしいと聞いたので・・・」




「それは本当ですか!?」




八尺鏡野さんはやおら膝を立て、俺に詰め寄ってくる。


うおお!美人さんだから余計に迫力がある!




「え、ええはい、高山あきらという女生徒です。ここの高等部に在籍しているはずですが・・・」




知らなかったのかな?


まあ生徒も避難民も大量にいるし、一々確認している暇もなかったのかもしれない。


まずは防衛が第一だからな。




「早速部下に確認を取らせます!」




「ちょ!ちょっと待ってください!!」




凄い勢いで校長室を出ていこうとする八尺鏡野さんを止める。


初めは冷静沈着だと思っていたが、なんとも熱い女性のようだ。




「あの、確認はいいですが・・・娘さんには父親の死については・・・その」




「・・・!ああ、そうですね・・・私としたことが失念していました。十分に配慮します・・・それで、あなたのことはどう伝えれば?」




一瞬で我に返ったような八尺鏡野さんは、若干頬を赤らめながら話しかけてくる。




「・・・詩谷の宮田巡査部長に頼まれて確認しに来たと伝えてください。どうもよく知った関係のようですから」




父親の死につながるような情報は隠していた方がいい。


こんな状況なんだ、マイナスな気分にはなってほしくない。


俺の存在はノイズになる。




「・・・あなたがそれでいいなら、そうさせていただきます。貴重な情報、ありがとうございました」




ソファに座り直して眼鏡をくいと上げた八尺鏡野さんは、もう先程の静かさを取り戻していた。


・・・さすがの復帰力である。




「いやあ、よく手入れされているねえ・・・かなり『実戦』で使ったようだけど」




古保利さんが愛刀を見ながらこちらに視線を向けてくる。


チクリとくるなあ。




「ええ、降りかかる火の粉はゾンビだけじゃありませんから・・・逮捕されますか、俺?」




こうまで見抜かれて嘘を付いてもどうにもならんし、正直に話す。


俺は嘘が壊滅的に下手くそなのはよくわかってるしな。




「僕には逮捕権はないし、する気も無いなあ。だいたい、もし君が快楽連続殺人犯みたいな奴だったら、自衛隊員を護衛してここまで連れてくるはずがないし」




「まあ、そうですね」




「それにさあ、襲ってくる相手を返り討ちにした程度で捕まえてたら戦闘員がいなくなってゾンビの天下だよ!」




「ははは・・・」




苦笑しつつ答える。


確かにそういう奴だったらここには来ない・・・というか、神崎さんに射殺されてると思う。




一方オブライエンさんは、まだ熱心に手裏剣を見ている。


・・・あの人なんか観光旅行でニンジャ村に来た外人さんみたいになってるな?


ま、悪い人じゃなさそうだ。


・・・でも聞きたいこととかないのかな、この人。




「あの、オブライエン少佐・・・何か聞きたいことはありますか?」




とりあえずこっちから聞いてみた。




「このシュリケンの作りか・・・オゥ!イイエ、特にございもはん」




急に薩摩隼人になったけど大丈夫か?


随分正直な人だなあ・・・




「ええと、それは適当な鉄板をグラインダーで加工したものですよ・・・よかったら一枚ずつどうぞ」




「ワオ!あいがとさげモス!」




やっぱり薩摩隼人じゃないか!!


アレか?日本語教師が薩摩隼人だったのか・・・?


どれにしようか、といった調子で手裏剣を見つめるオブライエンさんを無視し、八尺鏡野さんに聞く。




「あの・・・今回のこととは別なんですけど、高柳運送で保護しているこちらの生徒がいまして」




「・・・こちらに引き渡したい、と?」




「ああいえ、そうじゃありません。その子の同級生に無事を伝えたいんですが・・・ビデオメッセージも預かっていますし」




「ああ、なるほどそういうことですか・・・高山さんの件と合わせて後で部下に探させましょう」




ありがてえ・・・これでここに来た目的が全部消化されそうだぜ。


肩の荷が下りつつあるなあ。






「そういえばさ、田中野くん・・・君の流派って何なんだい?」




古保利さんが紫煙を吐き出しながら言った。


聞きたいことも聞かれたいことも尽きたので、3人と一緒に一服している。


神崎さんの仕事が終わるまで待機しとかないといけないし。


璃子ちゃんの友達のこともあるしな。




しかし、喫煙者多いなあここ。


まあ、ストレスまみれなんだ・・・煙草くらい吸わないとやってられないだろうな。


酒を飲むわけにもいかんだろうし。




「オゥ!ツキガクレ流ですか?それともショウザン流ですか?」




・・・オブライエンさん、それは両方とも忍者の流派です。


それも幕末辺りに消えた。


彼は完全に俺をニンジャだと思っているようだ。






「いえいえ、あの、マイナー流派なんですよ・・・南雲流っていうんですけど」






そう俺が言った途端、八尺鏡野さんと古保利さんの動きが止まった。


2人とも、一瞬で能面のような無表情になる。


・・・何その反応は。




「・・・田中野くん、まさか今南雲流って言ったかい?南に雲って書いて南雲流?」




「・・・田宮十兵衛先生の、南雲流ですか?」




ご存じでいらした。


・・・まあ、師匠って有名らしいし。


七塚原先輩にも言われたなあ。




「ええそうです・・・ご存じですか?」




そう聞き返すと、古保利さんは苦笑いを浮かべた。




「自衛隊は銃剣道が主なんだけどね。僕が若い頃、出稽古に来ていただいたことがあるんだよ」




・・・なぜ銃剣道の指導を師匠が?




「いやもう、20代だったのに全員ボッコボコにされちゃってさあ・・・最後なんか素手でもやられたよ。あのころで先生は50代くらいだよね?ははは、化け物だ」




懐かしそうに話す古保利さん。


・・・何やってんの師匠。


容易に光景が想像できるぞ。




「こちらも似たようなものです、私も剣道はかなり自信がありましたが・・・手も足も出ませんでしたよ、懐かしいですね」




八尺鏡野さんも同じような表情だ。


まあ、警察へは出稽古してたみたいだしな。




「そうかそうかあ・・・あの田宮先生の弟子かあ・・・そりゃそこらへんのチンピラやゾンビくらい楽に畳めるはずだ」




俺への過大評価が過ぎる件。


いやあのけっこう傷だらけになってるんですけど!?




「オゥ、そんなに有名な方なんですカ?」




さすがに駐留軍まで話は広まってないのか、不思議そうなオブライエンさん。




「あー・・・うん、わかりやすく言えば・・・そう、あの人だね」




古保利さんはそう言って、世界的に有名なあるアクション俳優の名前を挙げる。


・・・そういえばあの人も十兵衛やってたな、映画やドラマで。




「マエストロ!アクションマエストロでごわす!!」




初期の寡黙さはどこへ雲隠れしたのか。


大変テンションの高いオブライエンさんである。


なんかこの人本当におもしろいな?




弟子の俺という存在で火が付いたのか、師匠の思い出話に花を咲かせる八尺鏡野さんと古保利さん。


それを楽しそうに聞くオブライエンさん。


俺はといえば、師匠の大きすぎる名声に溜息と同時に紫煙を吐き出していた。

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