第37話 梅雨と思い出と宇宙海賊のこと
梅雨と思い出と宇宙海賊のこと
連日の雨。
雨である。
今まで降らなかったのが嘘のように、そりゃもうざあざあと雨模様である。
オフィスの机の上からそれを見て、我が愛犬は寂しそうに鳴いた。
「きゅ~ん・・・」
「今日も散歩は無理だなあ、サクラよ」
「ふぁきゅん・・・」
今の珍妙な鳴き声はなんだ。
喉のどこの部分から出たんだ。
まあ、それはそれとしてよく降ることだ。
寂しそうなサクラを『左手』で撫でながら、俺は外を見るともなしに見ていた。
ヤクザとの戦いで、俺が大怪我をしてから3週間ちょいが過ぎた。
左手を周囲に封印されての生活は中々にきついものがあったが、そのおかげか大分治りつつある。
化膿しなくてよかったあ・・・
感覚的に言うと、『何もしていなくても痛い』が『動かすと痛い』になり。
最近では『以前のようにブンブン振り回すと痛い』に落ち着きつつある。
『・・・田中野さんの回復力は化け物です』とは、経過観察している神崎さんのセリフである。
回復力だけが化け物でもなあ・・・まあ、何もないよりありがたいのだけど。
でも、師匠よりは回復力低いと思うんだけどなあ・・・
あの爺さん、子供を庇って車に撥ねられたけど1週間で復帰したしな。
いや、どちらかというと回復力じゃなくて回避力か?
なんだよ受け身したからほぼ無傷って。
理不尽が服着て歩いてるような爺だな。
「よく降るね~」
いつの間にか、横の椅子に璃子ちゃんが腰かけていた。
・・・殺気が伴っていないと本当に気づかないよなあ、俺。
意図的に殺気を隠して接近されたらヤバいんじゃないんだろうか。
・・・そんな漫画みたいな使い手、師匠以外に考えつかないが。
あの爺さんは殺気をほぼ自在に操れるからな。
一歩も動いてないのに殺気でフェイントかけたりしてくるし・・・
「璃子ちゃんたちがここに来た時もこんな雨だったなあ」
「ねー、ここに来れてよかったあ・・・」
当時を思い出したのか、少し考え込むようなそぶりをしている。
「おじさんたちが助けてくれなかったら、今頃ゾンビになってたかもしれないね」
「そうならんでよかったなあ・・・」
「わふ」
とてとて寄って行ったサクラを抱っこした璃子ちゃんが、感慨深げに呟いた。
マジでその路線がなくて助かった・・・
子供ゾンビは俺の精神に大ダメージを与えるからな・・・
しかも感覚も鋭いっぽいから、黒ゾンビの次くらいに厄介だ。
「ね、ね、おじさん。今日のお昼ご飯は何だと思う~?」
ぐりぐりと俺に寄りかかりながら、璃子ちゃんが言う。
「うーん、なんだろうなあ・・・最近蒸し暑いから麺類がいいかなあ、ざるうどんとかざる蕎麦とか」
「素麺は?」
「なんか昔っから好きじゃないんだよ素麺。あれさ、二口目くらいから飽きてくるんだよなあ・・・コシも弱いし」
「あ、わかるかも。麺に味があんまりないから飽きるのかな?」
「そうかもしれん・・・まあアレだ、高級素麺とかなら違うのかもしれないけどね」
サクラが床に下りたそうにしていたので、璃子ちゃんが抱っこをやめた。
彼女は周囲をフンフン嗅ぎながら、休憩室の方へ歩いていく。
斑鳩さんの所へ行ったのかな?
ここの人間は全員犬好きだし、基本的に優しいからな。
どこに行ってもかわいがってもらえて、犬的には天国だろう。
「早くトマト食べたいな~。どれくらいでできるのかな、ナナおじさんのミニトマト」
「ここの気候なら2カ月かからんくらいだろうね、夏が来るころには食べられるんじゃないかなあ」
「うー、待ち遠しいね!」
どーんと体ごと俺の膝の上に乗っかってくる璃子ちゃん。
以前から仲は悪くなかったが、この療養期間で大分懐かれた感があるなあ。
サクラと一緒に、俺が無茶しないように監視してたし。
初めの1週間はマジで張り付かれたからなあ・・・
筋トレまで監視されてたな、まあそれは神崎さんの指示らしかったが。
さすがに風呂に突入された時は止めたけどさ。
美玖ちゃんは小学生だからいいが、中学生はいかんでしょ。
なので璃子ちゃんにはサクラのお風呂を任せて事なきを得た。
ああいう年頃の子は、なにか自分にできることを探してるしな。
この環境なら余計にそうだろう。
「それにしても、外に出れないのって意外にストレスたまるねー」
「雨の日はゾンビがハッスルするからねえ、家に籠るのが吉だよ」
「うー・・・そうなんだけどさあ~・・・・おじさんって体育会系なのに、引きこもり体質だね!」
「精神的には引きこもりだしなあ・・・体育会系は肌に合わないんだよ、俺。稽古や筋トレは楽しいけど、家に籠って映画見たりゲームする方が楽しいし」
体育会系は苦手だ。
学生時代からそうだったけど。
だってアイツらって基本的にノリがきついもん。
「あ、ちょっとわかるかも。なんかスポーツ特待生の先輩とか、結構性格がキツい人も多いもん」
「だろ?そりゃ全員じゃないけどさ・・・ああいう奴らって基本的に『そのスポーツが強いかどうか』とか『運動が得意かどうか』ってので他人を判断する手合いが多いんだよなあ・・・」
「そうそう!たしかにスポーツが強いのは凄いけどさ、でも勉強とか趣味とか・・・ジャンルが違うのにどっちが上下とかないもんね!」
「・・・璃子ちゃんはいい子だなあ、そのまま大きくなってくれよ~~~」
「うわぁ~、髪があ~」
思わずぐしゃぐしゃと髪を撫でてしまった。
本人は楽しそうにしているのでいいけど。
学生時代から、俺はどうにも体育会系の連中とは反りが合わなかった。
さっき璃子ちゃんが言ったような理由でだ。
南雲流もジャンルは体育会系だが、師匠も先輩たちもそういう気質はなかった。
師匠が見下すのは徹頭徹尾人間の屑だけだったし、先輩方もそうだ。
「俺もよく柔道とか空手のやつらに絡まれたなあ・・・『武器持ってなけりゃ弱い』だのなんだのって」
「えぇ!?おじさんみたいに強い人でもそうだったの?」
「強いから目障りなんだと思うよ?ああいうのはさ、自分より強いだけで気に入らん悲しい脳味噌の連中が多いからね。気にするだけ無駄ってもんだ」
同じジャンルの武道ならまだ分かるが、それにしてもよく絡まれたもんだ。
「ね、ね、そういう人たちと喧嘩もしたの?」
「・・・シテナイヨ」
「おじさんほんっとに嘘が下手~!ねえねえ教えて教えて~!」
「ナンノコトカワカラナイヨ」
「田中はよく喧嘩してた」
「おおう!?」
背後から後藤倫先輩が肩に頭を乗せてきた。
俺の後ろは机があるんだが、ナチュラルに上に寝っ転がっている。
自由過ぎる・・・
「やっぱり!ねえねえ綾おねえさん、おじさんってそんなに喧嘩してたの?」
「ん。田宮先生の次くらいに安値で喧嘩を買ってた」
「情報漏洩はやめていただきたい!」
あの頃は道場にもよく通ってたから、基本的に筒抜けなんだよなあ・・・
俺の黒くくすんだ暦が・・・!!
「私も気になりますね!とても!!」
・・・これもまたいつの間にか、椅子に座った神崎さんが目を輝かせている。
ニンジャスキルが高すぎるぞ、女性陣。
「いつだったっけ。柔道部を何人も病院送りにしたの」
「シラナイナー・・・そんな事ありましたっけ?覚えてないでござるよ先輩殿」
「思い出した、田中が高2の時。たしか秋口」
記憶力がすごい!畜生!!
「そんな!そんなことが!!」
神崎さんの食いつきもいい畜生!!!
「やっぱりすごいじゃん!おじさん!!」
「・・・すごくないよあんなの、あんな雑魚ども何人倒しても自慢にならないさ」
「集団のリーダーはインハイ常連だった」
「なんで覚えてるんですか先輩!!」
的確に軌道修正してくるな先輩は!
やめてください俺の黒歴史をマウンテンサイクルから発掘するのは!!
「へ~!ねえねえ、なんでそもそも喧嘩になったの?」
「あの時は、毎度毎度絡まれてうんざりしてたし・・・相手が人数多いからボコボコにしても問題にならんしいいかなって・・・」
うああ、過去の喧嘩を自分の口から語るのって嫌ぁ・・・
ジャンル的にはチンピラがよく言う『俺昔ワルでさあ~』みたいな自慢じゃんこれ。
ああ恥ずかしい恥ずかしい・・・
「獲物は竹刀ですか!?木刀ですか!?」
目がキラキラしすぎて別人のようになった神崎さんである。
木刀でやったら最悪死んじゃうでしょ!!
「素手だよね、田中」
「素手ですか!柔道相手に素手ですか!!」
神崎さんがどんどん面白くなっている不具合。
興奮しすぎだろ・・・
「「『武器持ってなけりゃ弱い』なら、俺に素手で負けたお前らはなんだ?ただの馬鹿じゃないか」だっけ」
「やめてやめてやめてなんで知ってるのこの人!!!!」
「先生が教えてくれた」
「師匠ォ!!」
「おじさんかっこいい!映画みたい!!」
「はい!はい!!」
璃子ちゃんと神崎さんのテンションがヤバい。
っていうか神崎さん、コワイ。
「『俺にも使えて人間をぶち壊せる素手の技を教えてください』って師匠に土下座してたね、田中」
「・・・あの時道場には俺と師匠しかいなかったんですけどォ!?」
「あとで先生に聞いた」
「あんの糞爺!!!!!!!!」
俺に人権はないのか!!
畜生!!!
「でも、おじさん高校生の時は尖ってたんだねえ~。今はそんな感じないけど」
「私は貝になりたい・・・」
「なるんならホタテにしといて、田中」
食う気だよこの人は。
しかし懐かしいな。
あの時は柔道部の連中を・・・6人病院送りにした。
師匠に教えられた技を十全に使いこなすまでもなく、呆気ないほど簡単に。
ただ俺は師匠ほどうまく手加減ができなったので、相手は悲惨なことになったが。
・・・いや、技がね?すごくえげつないものでね?
・・・さすがに、足の指を全部へし折ったり股関節を脱臼させたり肩甲骨をへし折ったのは多少、多少は悪かったと思うよ?でも効果は抜群だったなあ・・・
相手の中に、大事な大会を控えていた奴がいたというのもあって、そりゃあもう大問題になった。
だが、向こうが先に手を出したということ。
それに、向こうは黒帯、こっちは(書類上は)居合の段しかなかったので旗色は相手の方が悪かった。
俺が素手だったというのも大きいんだろう。
マイナー流派だった俺は、対外的には大した使い手ではなかったのだ。
あくまで書類上のことだが。
相手は長期入院。
俺は一カ月の停学処分となった。
もちろん相手の方が停学期間は長かったが、入院期間よりは短かったはずだ。
喧嘩両成敗だ、それは仕方ない。
覚悟はしていたし。
なんなら退学になるかもと思っていたが。
話し合いの場で教師にも親にも死ぬほど怒られたが、ひょっこり付いてきた師匠だけは『よくやった』と褒めてくれた。
なんでも校長のお父さんの知り合いらしく、コネパワーで参加したのだという。
その発言で柔道部の顧問がキレて大変だったなあ・・・
『弟子が暴力を振るって相手を入院までさせておいて!なんですかその言い方は!!』
『・・・ほうほう、面白いことを言いよるわい。数を頼んで素手の相手を襲う弟子を持つ師匠は、さすがに違うのう・・・』
『~~~~~~っ!!!』
『どうした?本当のことじゃろう、今のは。その程度で黙るのなら、初めから口を出すでないわ・・・小僧』
それきり顧問は動かなくなった。
今でも覚えているやりとりである。
顧問、顔真っ赤だったなあ・・・
校長にたしなめられていたが、師匠がその度に煽りに煽るのでもうカオスだった。
うーん・・・南雲流で最も恐ろしい技は煽りかもしれない。
「でも田中、あの時いつもらしくなかった。勝ったのに嬉しそうでもなかったし」
「そうなんですか?田中野さん」
「ふうん・・・ね、ね、大暴れするほどひどい絡まれ方をしたの?おじさん」
「いやあ・・・うん、ちょっとね。友達も悪く言われたもんでさ・・・ちょいと我慢ができなかったんだよ。若かったなあ、ははは」
いつもいつも絡まれる程度なら、我慢もできた。
うざったいが無視もできたし、相手はクラスも違ったから。
今でもあの言葉だけはよく覚えている。
『お前が強いんなら、なんで坂崎は死んだんだよ?』
それを聞いた時。
体中の血液が、まるで沸騰したかのように感じたのを、よく・・・よく覚えている。
坂崎ゆか。
あの日死んでしまった、俺の大事な友達。
恐らく、俺が一番守りたかった人。
もう、この世界のどこにもいない人。
俺に一番しつこく絡んでいたのは、小学校が一緒だった奴だった。
それで覚えていたんだろう。
俺があまりにも動じないので、せめて揺さぶりでもかけてやろうなんて思ったのかもしれない。
馬鹿々々しい子供の理屈だってのは、よくわかっている。
あの日は一緒にいなかったし、いたとしても何もできなかったかもしれない。
そいつがいても、何もできなかっただろう。
だが、それでも。
俺はゆかちゃんを殺した犯人以外に、生まれて初めて殺意を抱いた。
そこからは早かった。
この場で挑めば勝てはするだろうが、周囲に止められるだろう。
その時の俺は、あいつらを完膚なきまでに叩きのめしたかったのだ。
師匠に徒手の技を乞い、しばしの稽古を繰り返し。
ある日、顧問が職員会議に出ていた隙を見計らって、柔道場に乗り込んだ。
その日はそいつらしかいないことは、前もって調べておいた。
柔道部には仲のいい友人がいたので、そいつだけには離れておけと忠告もしておいた。
普段からそのグループをよく思っていなかった友人は、二つ返事で了承し『俺の分までボコボコにしといてくれ!』という激励までしてくれた。
後はもう、消化試合のようなもんだった。
ヘラヘラ笑うリーダーを散々煽り倒し、先に一発顔を殴らせた。
その瞬間に、そいつの鼻を掠るような横からの拳打でへし折った。
驚愕と苦悶の表情を浮かべるそいつの利き足の親指に踵を振り下ろし、砕いた。
そのまま足を振り上げ、股間を思いっきり蹴り上げた。
周りが固まっている間に、リーダーは失禁しながら道場の床に白目を剥いて倒れ込んだ。
それからは乱戦だ。
残りの連中の間を駆け回りながら、急所のみを狙った。
顔面を殴られればその手首を極めてへし折り。
投げようと掴まれれば指をへし折り。
帯を抜いて鞭として使い目を打ち、または首に巻き付けて締め落とした。
まっとうな武道では即刻反則負けとされる技ばかりを、次々と繰り出した。
多勢に無勢、俺もボコボコになったが、それでも最後まで立っていたのは俺だけだった。
それと同時くらいに顧問が帰ってきて、俺は生徒指導室へ連行された。
・・・これが、顛末だ。
言った言わないの話になると、俺の方が分が悪いので顛末は置いたカバンに隠した携帯でムービーを撮っていた。
これによって俺が先に手を出したわけではないと認定された。
されたが、前もって用意しておいたという計画性を重く見られ、停学期間は伸びた。
まあそこは何とも思っていない。
現在ならともかく、『先に手を出した方が悪いし多人数なのも悪い、俺は悪くねェ!!』なんてのは学校では通じないしな。
江戸時代じゃないんだから。
「・・・ごめんね、おじさん」
「お?」
考え込んでいると、急に璃子ちゃんが謝ってきた。
なんだろう、申し訳なさそうだ。
神崎さんも、バツが悪そうな顔をしている。
先輩?先輩はいつも通り・・・なのか?
いつも無表情だからわからん。
「今、すっごく悲しそうな顔してたから・・・面白がって聞いちゃって、ごめんね」
表情に出るゥ!拙者!!
やっぱいるわ仮面。
探そう探そう。
「・・・気にしなさんな、人間色々ある」
あまりにションボリしているので、優しく頭を撫でた。
まるで猫のように目を細める璃子ちゃん。
少し元気を取り戻したようだな。
別に気にしなくていいのに、子供なんだから。
「ま、田中があんだけ容赦なく暴れるのは何か理由があるんだろうと思ってた」
「そこは師匠に聞いてないんですね」
「『男には負けられぬ戦いがある、ということよ』としか教えてくれなかった・・・女の取り合い?」
「なんでさ」
なんで師匠のその発言からそこへ着地すんだよ。
「そ!?そそそそうなんですかっ!?」
神崎さんが道路工事の掘削機並みに振動している。
どうしたどうした。
ちょっと面白すぎるぞ。
「・・・先輩、俺がビックリするくらいモテなかったの知ってますよね?毎年バレンタインに煽りながら板チョコ投げてきた癖に」
それも5枚くらい。
思えば家族以外にチョコくれるの、先輩だけだったなあ。
由紀子ちゃんからはたまに貰ったけど。
「田中は律儀に十倍返しするいい子」
「『お返しなかったら小指をへし折る』って脅したどの口でほざく・・・」
一回板チョコ50枚渡したらぶん殴られたけど。
あれも十倍返しだと思うのだが・・・?
「綾おねえさん!おじさんの昔の話、もっと聞かせて!・・・おじさんが悲しくないやつ!!」
「私も、気になります!」
おい!反省したんじゃないのか君たち!!
アレか?悲しくなけりゃいいとかそういう判断か!?
やめろ恥ずかしくても人は死ぬんだぞォ!!!
「情報料は安くない。甘味を所望する・・・田中、後で払って」
「何故俺の黒歴史を聞く手伝いを俺自身がせねばならんのですか!!!」
「さだめじゃ・・・めじゃ・・・」
嫌すぎるわそんな宿命。
どういうレベルのマゾなんだ俺は。
「あれは田中が高3くらいの時のこと、学校に内緒でアルバイトしていた田中は―――」
「ヤメロー!シニタクナイ!シニタクナーイ!!」
俺でも覚えている黒歴史を語り始めた先輩を必死に止めていると、斑鳩さんからご飯の時間だと休憩室から声をかけられた。
サクラもわふわふ鳴きながら呼びに来たので、どうにか首の皮一枚で繋がった。
先輩、記憶力良すぎでしょ・・・人の名前は全然覚えないくせに・・・
画面の中では、男が歩いている。
『男なら、危険を顧みず、死ぬとわかっていても行動しなければならない時がある』
足音を響かせ、体を左右に振りながら歩いている。
その眼光は鋭く、その声は力強い。
『負けるとわかっていても―――戦わなければならない時がある』
勇壮な音楽がさらに盛り上がり、宇宙の虚空に巨大な戦艦が重々しく飛ぶ。
昼食後、俺達はまた映画を見ていた。
少年が宇宙の奥底を目指して銀河の鉄道で旅をする、あの超絶名作SF冒険活劇アニメの劇場版1作目である。
さっきの黒歴史博覧会で思い出したので、見たくなったのだ。
ううむ、やはりかっこいい・・・男の中の男だぜ。
もうこの声を聞くことができないのが残念でならない。
もちろん主人公の少年もかっこいい。
っていうかこのシリーズ、主人公サイドでかっこ悪いキャラクターいないもんな。
映画の2作目のオープニングで出てくる老パルチザンさんなんか、ちょっとしか出ていないのにもう死ぬほどかっこいいし。
まあマニアックといえばマニアックな映画なので、俺以外見たことある人はいなかった。
七塚原先輩くらいか、存在を知っていたのは。
他のみんなも名前くらいは知ってるみたいだけど。
主題歌が超有名だし。
物語はクライマックスに差し掛かった。
駅のホームで主人公の少年と、案内役の女性が最後の別れをしている。
女性陣は何か思う所があるのか、軽口一つ叩かずに画面に見入っている。
『私は、あなたの思い出の中にだけいる女』
『私は、あなたの少年の日の―――心の中にいた青春の幻影』
そうして彼らはキスをして、汽車はまた宇宙へと旅立っていく。
汽車を追いかける少年。
流れ始める、あの名曲。
ああ、やっぱり1作目は最高だ・・・切ないけど。
これを見ると、俺も頑張ろうって気分になるんだよな。
主人公のように。
「ううう・・・なんでお別れしちゃったんですかぁ・・・」
巴さんはポロポロ泣きながら七塚原先輩に抱き着いている。
まあな、仕方ないけどそこは俺も気に入らんところではある。
気に入らんが・・・でもあれは必然なのだ。
少年と、彼女。
彼らの道は交わることはあっても、決して同じ方向に行くことはない。
「おじさんがいっつも言ってた宇宙海賊って、あの人のことなんだね!すっごくかっこいい・・・憧れるのもわかる気がする!!」
「お、璃子ちゃんもよくわかってるじゃないか・・・もう一人最高にかっこいい宇宙海賊がいるんだけどね」
「へえ!宇宙海賊っていっぱいいるんだねえ!」
そんなには・・・いるな、うん。
フィクションだと美味しすぎるもんな、宇宙海賊。
響きだけでかっこいいし。
「故国の友人が好きだったアニメですね、初めて見ましたが・・・いいものですねえ」
ほほう、これは海の向こうでも人気なのか。
まあ、アニメは国境を超えるしな。
俺が好きな犬がヒグマと戦う漫画やアニメも、何故か一部の国でとんでもない人気らしいし。
「でも最後悲しかったじゃん!おじさんの嘘つき!!」
よく見るとうっすら目元が赤い璃子ちゃんである。
・・・ええ!?これも悲しい映画にカウントされんの!?
「いやでも、バッドエンドではなかっただろ!?未来を想像させるいい終わり方だったと思うんだが・・・」
「お互い好きなのに離れ離れになっちゃうのが嫌なの!爆発してキスして抱き合って終わる映画が最高だと思うの!!」
なんという暴論である。
うーむ、わかりやすい。
今度はそっち方面の映画を見るか・・・
「田中、空気清浄機取りに行く戦艦の話も持ってる?最近リメイクされたからちょっと見てみたいんだけど」
・・・地球の環境を劇的に改善する装置を空気清浄機呼ばわりすんな!!
「こちらに映画版がございます」
「でかした」
絵柄が変わってキャッチ―になったもんな。
俺は昔の方が好きだが・・・女性陣には暑苦しく感じるかもしれん。
「おじさんが治るまで映画三昧だね!」
「何を言うか、治ってからも映画三昧でござるぞ、姫」
「わーい!」
「わおん!」
・・・サクラまで嬉しそうだ。
映画好きなのかな?
いやこれは璃子ちゃんにつられているだけだな。
俺は、映画後の一服をキめるために屋上へと歩き出した。
なお、そこにはさめざめと泣いている神崎さんがいてたいそう気まずかったことを記しておく。
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