第34話 虎口からの大脱出のこと

虎口からの大脱出のこと








「サイジョウねえ・・・どうですか神崎さん?」




「そうですね・・・」




傍らに立つ神崎さんに話しかける。


周囲は暗闇。


漏れ出た外からの光が、部屋の中を一筋揺らめいている。








神崎さんの尋問インタビューを受けた生き残りは、それはもうペラペラと喋ってくれた。


生き残りたい一心だったのだろう。




あいつ・・・ウジタと名乗った男はやはり瀧聞会の構成員であった。


本人は下っ端も下っ端、先程成仏した2人と同じように戦闘要員である。


が、俺を撃ちやがったサイジョウという男・・・これは・・・えーっと、若頭補佐?だかなんだかいう結構なお偉いさんらしい。




正直、人間の屑+社会の塵屑+地域の放射性廃棄物であるヤクザの階級なんて一切興味がないので全く覚える気もないのだが。


間違いなく日常生活で役に立たないし。




で、だ。


今回あいつらが何故俺達をターゲットにしたかだが・・・


純粋に『人狩り』である。


・・・正確には『女狩り』か?


ゾンビをぶちのめしながら街を流していると無線を傍受し、なおかつそれが綺麗な声だったからさあ大変。




『ヒャッハー!女だあ!!攫え攫えー!!』




ってな具合ときたもんだ。


・・・自分で言っててなんだが、頭痛がひどい。


こんなノーフューチャーでこの先生きていけるのかこいつら?


・・・まあ、早々にくたばってくれた方が世界のためでもあるのだが。




というわけで俺達・・・特に神崎さんを標的にした彼らは。


ロケランで階段を破壊し、いらない男である俺を殺そうとしたわけである。


刹那に生きすぎだろ、こいつら。


バカガシラ補佐だかなんだか知らないが、高い身分の上役がそれにゴーサインを出しているってのがもう・・・


やっぱこいつら、この国に必要ないのでは?




と、話を戻すか。




あいつら瀧聞会は世界がこうなってから、上役が子分どもを引きつれて好き勝手に動き回っているらしい。


今回の襲撃はサイジョウがリーダーで、ウジタはじめ子分が全部で15人。


このビルには血気盛んな3人が先に突入したとのこと。


サイジョウ以外にも銃を持っている奴はいるが、ライフルはサイジョウだけ。




となると、残りはサイジョウを入れて13人・・・不吉な残り数である。


いや、俺仏教徒だわ、今のなし。




サイジョウは向かいのビルの屋上に。


それ以外の子分はこのビルを囲うように配置されているとか。


ちなみに、俺の車は見つかっていないようだ。


神崎さんが無線を使って発見されたんだからな。


愛しの軽トラはどうやら無事・・・脱出はできそうだ。


現状はこんなもんである。






「えーと、なんでしたっけ。サイジョウってのはライフルの・・・」




「バイアスロン、それの元国体選手ですね」




「あーそうそう、それそれ」




たしかスキーで滑って標的を撃つ種目・・・か?


いや、止まってから撃つんだっけか。


なーんかテレビで見たような記憶がある。


滑りながらだと流鏑馬だな、まるで。




サイジョウはそういうわけで、射撃の腕前はかなりのものらしい。


加えて経歴としてはなんと、元『自衛官』だ。


現在は50代。


若い時に自衛隊を辞めて・・・辞めさせられて?ヤクザになったとか。


なんともセンセーショナルな経歴だな。


もうちょっと再就職は考えようよ。




なお、現在の趣味はゾンビや人間を撃つことだそうだ。


どこに出しても恥ずかしくない屑ってこった。




「嘆かわしいことです、元自衛官がこんな・・・」




神崎さんは、静かに怒りを滲ませている。


そりゃあなあ、腹も立つだろうなあ。




ま、とにかくサイジョウを何とかしないと鴨撃ちよろしく大惨事になる。


ちなみにロケランはあの2発で打ち止めらしい、安心だ。




俺達が脱出しようとすれば必然的にさっきより距離が近くなるので、より危険度は増す。


あれだけ距離が離れていて、なおかつそこそこの速度で走る俺に当ててくる腕前だ。


性根は腐っていても、腕までは腐っていないらしい。




「さてと、いけますか神崎さん」




かちゃりかちゃりと金属音を立て、神崎さんが銃の調整を行っている。


こんな真っ暗なのによく見えるな。




「お任せください、田中野さん」




見えていないが、凄く自信ありそうな表情が目に浮かぶようだ。




「『的当て』が得意なヤクザごとき、問題ではありません・・・見ていてくださいね」




じゃき、と初弾を送り込みながら。


神崎さんはなんてことないように吐き捨てた。




か、かっこいい・・・


やっぱファンクラブできるわ、この人。


知らないけどきっとそう。




「・・・何か失礼なこと、考えていませんか?」




「滅相もない、今日の晩御飯のことを考えています」




何で見えてないのにわかるのこの人。


俺が分かりやすすぎるのか、それとも並外れて勘が鋭いのか。


・・・たぶん前者だな、畜生め。




「そう、ですね。一緒に食べましょう、絶対に」




ああ、そうしよう。


たとえ俺が・・・いや、違う。




2人で、一緒に帰るんだ。






「んんん~~~!!んん~~~~っ!!!」




「はいはい、どーうどう・・・まだゲートは開かねえぞ、落ち着け」




「んん~~っ!!!」




「おお、気合十分だな」




というわけで、俺は今ビル1階の玄関にいる。


外から見えない位置で、今にも走り出しそうなウジタを抑えながら。




さーて、そろそろかな。




階段の上から空き缶が降ってきた。


からんからんと音を立てる。


よし、合図確認っと。




「ゲート、オープン!頑張れよ~!!」




手を離し、ウジタの腰を軽く蹴る。




「~~~~~~っ!!!!」




ウジタは、声にならない声を張り上げながら走り出した。


おうおう、片足撃たれてるのに速い速い。




両腕を不自然にぶらつかせながら、あっという間に玄関から外へ。




しばらく足音が響き―――




俺にとっては忌々しい銃声が響き、足音は止まった。




あー・・・もうちょい粘れよなあ。


ま、神崎さんなら大丈夫か。




そう考えていると、もう一度銃声。




こっちは聞き馴れた頼もしい音だ。


・・・さて、大丈夫かな?






「頭を確実に撃ち抜きました、大丈夫です」




「さっすがぁ」




しばらく待つと、階段を下りてくる神崎さん。


その顔はどこか誇らしげである。






対サイジョウ作戦はこうだ。




・用意しておいたウジタの両肩を外す。


・そこら辺にあったガムテープで口を塞ぐ


・神崎さんのヘルメットをかぶせる。


・俺の着ていた上着とズボンを着せる。(嫌だがウジタの衣服は俺が着ている)


・放流。


・生餌ウジタが撃たれた後、位置を確認した神崎さんによるカウンタースナイプでサイジョウを殺る。




うーんなんとも急拵えな作戦だが、うまくいってよかった。


何が元国体選手じゃい、神崎さんにかかればお座敷シューターと変わりはないぞ。




ひとえに神崎さんの射撃技術があればこそだ。


『射撃より格闘が得意』なんて前に言っていたが、射撃も十分凄いもん神崎さん。


今までどれだけ助けられたことか。


・・・そういえば『射撃が苦手』とは言ってなかったな。


なるほど、これが叙述トリックというやつか・・・




しみじみ考えていると、外が騒がしくなってきた。


囲んでいた連中が動き出したらしい。


さて、これで4人死んだわけだが・・・帰ってくれるかな?


くれないだろうなあ・・・多分。


ああいう手合いがスマートに動いた経験が、少なくとも俺にはない。




「案の定、ですね・・・」




喚き声が近付いてくる。


『ぶっ殺す』とか『生かして帰さねえ』とかいう種類の。


馬鹿言うなよ、神崎さんはともかく俺は初めから殺す気だったでしょ。




ああいやだいやだ。


復讐の連鎖だなあ。


人間とは争う生き物であるなあ。




まあ、殺し尽くせば復讐も何も生まれないんだが。


鎌倉武士とかいうウォーモンガーがそれを実践してるし。


復讐しようと思う人間を根絶やしにすることで連鎖を断ち切る。


うーん、鎌倉時代怖え。




・・・馬鹿なこと考えてないで準備しなきゃ。


当たるといいなあ、拳銃。




「田中野さん」




ぬ、銃を神崎さんに押さえられた。


なんざんしょ?




「私に、お任せ、ください、ね?」




「アッハイ」




目がコワイ!!!


光が一切ないでござる!!!


神崎さんはやる気十分なようだ。


心苦しいが、ここはお任せしておくとするか。


下手に手を出すと足手まといになっちまう・・・しかし情けなや。




「一応、拳銃は持っていてください・・・しかし、誰にも手出しはさせませんから」




神崎さんは恐ろしく冷たい声でそう言うと、階段を上がってまた暗闇に姿を消した。




「安全な場所にいてくださいね」




そう言い残して。




・・・はあ、見晴らしのいいとこに隠れていよう。


せめて邪魔だけはしないようにな。






1階のロビー。


平時なら綺麗な受付嬢がいるカウンターの後ろに、俺は隠れている。


このカウンターなら分厚いし、銃弾も防げるだろう。


外から入ってきてもすぐには見つからないような奥まった場所にあるし。


まあ、それも・・・




「ああがああああ!!いでえええ!!!いでええええええ!!!」




「助けろよォ!!!おおおい!!!誰かああああああ!!!!」




「血が、血が止まんねえよおおおおお!!!誰かああああああ!!!」




このビルにたどり着けたら、であるが。




ガラス越しに見える外。


そこには、揃って足を撃ち抜かれた男たちがのたうち回るのが見える。


えげつねえ・・・・




どこから撃っているかは知らないが、神崎さんはまず銃を持った男たちを全員射殺した。


全部で6人ほどいたが、あっという間のことだった。


まるでできすぎたアクション映画のように、頭か胸を撃ち抜かれてコロコロと死んでいったのだ。


『どこにいやがるゥ!!』なんて、まるでB級映画の三下みたいだったな。




次に、思い思いの近接武器を持っている男たちの足、それも太腿を次々と撃ち抜いた。


叫ぶ仲間を助けようと寄ってきたやつらも、同じように太腿を撃たれて今に至る。




えーとひいふう・・・9人か。


あと2人程残ってるはずなんだが、どうしたんだろう。


どっかで転んで死んでてくれると楽でいいんだけどなあ。




「行きましょう、田中野さん」




「うおお!?」




いつの間に俺の後ろに!?


やはり神崎さんはニンジャ・・・!!




「1人は恐らく半狂乱になって逃げましたが、もう1人は応援を呼ぶつもりです。何か無線機に怒鳴りながら逃げていました」




「ありゃりゃ・・・そいつは厄介ですね」




「ええ、無線機持ちは射殺しましたが、情報が伝わっている可能性があります」




そう言うと神崎さんは、ライフルを構えて先に立って歩き出した。


俺も慌てて後を追う。


うぐぐ、早歩きでも地味に傷に響くゥ・・・




玄関をくぐると、久方ぶりの日光で目がくらむ。


生きて陽の光の下に出てこれてよかった・・・




男たちが転がりながら喚いているのを横目で見ながら、車を停めた方向へ移動する。




「これ、どうぞ」




神崎さんは歩きながらノールックで手りゅう弾を放り投げた。


こつん、と地面に接触した音の後。




男たちが絶望の悲鳴を上げると同時に、腹に響く爆音を轟かせた。


・・・あれじゃ運よく即死しなくても長くはないな。


太腿撃たれてるし。




「おかわりも、どうぞ」




おおーう・・・追い打ち。




再びの爆音の後、もう悲鳴は聞こえなかった。


・・・なんか神崎さん、俺みたいなこと言うようになったな?


いかん、真似しなくてもいいのに・・・






走りたいがグッとこらえ、速足で車まで移動。


そんなに長い時間離れていなかったというのに、愛車がひどく頼もしく見えた。




「田中野さん、運転は私が・・・」




神崎さんがそう言いかけた時だった。


排気量のでかい車のエンジン音が聞こえてくる。


それも複数。




・・・っ!?


嘘だろ!?


案外近所にいたんだなあ畜生!!




「神崎さんは助手席に!!」




そう言いながら、俺は運転席に飛び込む。


銃が使える神崎さんに運転させるわけにはいかん!




俺達の車は特定されていないが、どの道ここにいればいつかは発見されてしまう。


三十六計逃げるに如かず、だ!!




エンジンをかけ、サイドブレーキを下ろしいだだだだだだ!?


・・・左肩のこと、忘れてたァ!!




「田中野さん!?」




顔色が変わった俺を見て、神崎さんが助手席でライフルを点検しながら叫ぶ。




「だいっ・・・じょうぶ!!大丈夫です!!これは・・・やらなきゃならんことですっ!!」




涙目でサイドブレーキを解除し、ギアを入れて発車させる。


ぐううううううう!!加速もいてえええええええ!!!


重力この野郎!!!!!




弾けるように軽トラは駐車場を飛び出し、道に出る。




このまま行かせてくれよ・・・などと希望的観測をしていたが・・・




「後方、5台!!」




神崎さんの声に現実を認識する。


くそう、リアルは地獄だ。


追いかけてくるってことは・・・やっぱりお仲間だなあ!




バックミラーを確認すると・・・確かにこちらに走ってくる車が5台。


くっそ、なんか全部速そうな車種じゃないか!!


遺憾ながら愛車では振り切れない!




「銃で武装しています!」




「ロケランは!?」




痛みをこらえつつ神崎さんに聞く。




「確認できません!それに、あれは走行中の車両から狙って当てられるほどの命中精度はありません!」




なるほど、そりゃあ1つ安心だな!


だけど!




「神崎、さん!このままじゃ高柳運送にも帰れ、ないし追いつかれる!・・・神崎さんは、撃つことだけを考えてください!!」




「・・・はいっ!」




直線を走りながらミラーで確認。


まだ距離はある、あるがすぐに追いつかれるだろう。


・・・やるぜ、掟破りの(若干)地元走り!!




「ぐうう・・・あああああ!!!」




サイドブレーキを引き、トップスピードの状態で左に曲がる。


ドアに体が押し付けられ、左肩にも連動して激痛が走る。


あああもう泣きそう!!!




助手席からフルオートの銃声。


車内に排莢された薬莢が、きんきん音を立てる。




・・・さすが神崎さんだ、こっちの考えを読んでくれうおおおおお!?


車体に何かがめり込むような音。


撃ってきやがった!畜生!!


俺の愛車が!!




「1台やりました!」




その声に一瞬ミラーを見ると、フロントガラスが蜘蛛の巣になった1台が蛇行。


後方の1台に衝突した。


・・・都合2台!あと3台だ!!


持ってくれよ俺の体っていうか肩!!




撃たれないように、トップスピードを維持しながら車道をランダムに蛇行。


広い国道でよかったァ!




「・・・1台っ!突っ込んで来ます!」




気付けばエンジン音がぐんぐん近付いてくる。


何ちゅう加速だよ!




アクセルをベタ踏みしながら、反対車線に飛び出す。


幸いにしてそれほど多くない放置車両を縫うように走る。




「急!ブレーキ!いきます!!」




「はいっ!!」




返事を聞くや否や、思いっきりブレーキペダルを踏み込む。


俺に突っ込んで来ようとしていた赤いスポーツカーは、反対車線でこちらに並ぶ。


再びの銃声。


見るわけにはいかんがすっげえ気になるゥ!!




「運転手は撃ちました!リロードします!!」




よし3台目ェ!!


クラッチを踏み込み、シフトチェンジいいいいいてええええええ!!


加えて急な加減速でその度に気絶しそうになるが、ここで止まるわけにはいかんのだ!




「同一車線に2台・・・!グレネード!!」




ピンを引き抜き、タイミングを見計らって神崎さんが投げる。


後方で爆音、握るハンドルに爆炎が反射する。




「いちだ・・・駄目です!まだ来ます!!」




どうやらクリーンヒットはしていないらしい。


もう一度神崎さんが手りゅう弾を投げたようだ。


再び、爆音。




「1台やりまし―――あぅっ!?」




何かが壊れる音。


サイドミラーか!?


それに悲鳴。


背筋が冷える。




「神崎さん!?」




「・・・ご心配なくっ!耳が少し欠けた、だけ、ですっ!!」




・・・くそ!!


大怪我じゃねえかよ!!


一瞬視線を向けると、目に入った血を擦る神崎さんが見えた。


返り血が目に入ったのか!?




「うう・・・後方1台、右側に回り込み、ます!」




助手席の神崎さんを警戒して、俺の方を狙う気か!


神崎さんはまだ撃てそうにない。


このままじゃすぐに並ばれる!




どうする!




どうする!




どうするっ!?




・・・こう、する!!




「神崎さん、掴まっててくださいよォ!!」




ブレーキを踏みながら『右へ』ハンドルを切る。


愛車はスピンし、景色が180度回転する。


まるでチキンレースのように、車と車が相対した。




「頭下げて!!」




アクセルを踏み込む。


ぐんぐん車が近付いてくる。




向こうの運転手が目を見開き、口を開けるのがはっきり見えた。


まだだ、まだ・・・!


助手席から身を乗り出した男が、こちらに向けて銃を構える。


ライフルじゃない、たぶん散弾銃。




銃声と共に、フロントガラスに蜘蛛の巣状の弾痕が刻まれる。




何かで跳弾したのか、はたまたガラスが当たったのか、頬や額に鋭い痛み。


遅れてじわりと血が吹き出す感覚。


まだだ・・・!!




頭を下げながら、視界の隅で相手を見る。


まだだぁ・・・!!!




あっという間に車が迫る。


・・・ここォ!!


鋭くハンドルを切り、左に車を躱す。




軽く接触したフロントが火花を散らす。


俺は、窓から拳銃を握った手を突き出して運転席に向ける。




「往生・・・せいやあああああああ!!!!」




すれ違いざまに、車目掛けて全弾を撃ち込んだ。


反動が左肩に伝わり、痛みで視界がスパーク。




「しまっ・・・!神崎さん対ショック姿勢!!」




撃ち込むことだけ考えていたので、前を見ていなかった。


中に腐乱死体をのせた放置車両が、目の前に!




歯を食いしばりながらハンドルを左に切る。


ギリギリで躱しつつUターン・・・っが!?




「っぐうううううう!!」




内輪差ああああああ!!


ケツぶつけちまったあああああ!!


涙目でハンドルを操作し、それでも何とかUターンには成功した。




畜生痛すぎてもう笑え・・・あっ


・・・やべえ。




傷、開いた。




なんかウジタシャツが濡れていくのが分かる。


これ灰色だから目立つだろうなあ。




「・・・神崎さん!大丈夫ですか!」




「はいっ!・・・最後の1台、無力化!!」




さっきのアレが上手い事当たったらしく、放置車両のケツに突っ込んで動きを止めた車の横を通る。


神崎さんは煙を上げるその車に、駄目押しとばかりにフルオートを叩き込んでいた。




「これで、大丈夫でしょう・・・た、田中野さん!?」




「駄目です!せめて龍宮市街を抜けるまで、止まりませんよ!!」




俺の現状に気付いたのだろう。


血相を変える神崎さんを制しながら、アクセルを踏み込む。


シャツは、視界の隅でも確認できるほど血で染まっている。


ああくそ、散弾も何発か貰ったのか?


覚えのない箇所も出血しているな。




直線に入ったので神崎さんを見る。


ああ・・・右の耳たぶが欠けている。


頬を掠めたんだろう、耳まで一直線に傷が走っている。




「そんな顔、しないでください!あなたの方がよっぽど重傷なんですから!!」




うわ、マジ切れしてるよ神崎さん。




「よ、嫁入り前の顔の傷なんて、俺の、怪我くらいじゃ釣り合い、ませんよ」




「なんですか!それ!!怒りますよ!!」




・・・もう怒ってる定期。








このまま高柳運送まで走ってもよかったが、ちょうど市街を抜けた辺りで停車。


速攻で運転席から引きずり出された俺は、神崎さんの運転で帰還した。


懐かしき正門が見えた辺りで、貧血に似た症状で意識を失ってしまったが。




それからはもう夢うつつの状態で。




大泣きする璃子ちゃん、口を覆う斑鳩さん。




真っ青な巴さんに、必死で俺を運ぶ七塚原先輩。




それに、いつもからは信じられないほど狼狽した後藤倫先輩と。




やっぱり泣いている神崎さんを、見た気がした。

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