第25話 報告と後藤倫先輩のこと
報告と後藤倫先輩のこと
「ごめん、田中とは違ってあなたへの攻撃は完全に反射だった」
「ふぁ、ふぁい・・・」
若干申し訳なさそうに神崎さんに謝る先輩。
神崎さんは鼻をティッシュで押さえたまま目をぱちくりさせている。
・・・だから俺の名前は田中野だって。
結局今でもそう呼ぶんだからもう・・・
「あのですねえ、何度も言いますが俺は田中野で・・・」
「ん、私に素手で勝てたら『野』を付けてあげる。それまでは田中」
・・・俺は一生田中で確定らしいな、ええおい?
勝てるわけないでしょ素手縛りで・・・
「はあ・・・全く、俺はともかく神崎さんにはやめてくださいよ。慣れてないんですから」
「だから反射だって言ってる。それに、この子の蹴り鋭かった・・・当たったら痛い」
言い訳なのか弁明なのかこの人はもう・・・
昔っからいまいち何考えてるかわからん人だったけども。
「・・・それより、田中。顔見せて」
・・・そういえばヘルメット被りっぱなしだったな。
ここは安全なんだが、どうにも癖は抜けないなあ。
「はいはい・・・」
溜息をつきながらヘルメットを脱ぐ・・・と同時に殺気!
目前に迫る先輩の正拳を、必死で手で逸らす。
あっぶねえ・・・おっちゃんに聞いてなかったら思いっきり喰らってたわ。
「ぬ・・・中村先生?それともななっち?もう、余計なことする」
少し不満そうな先輩。
何だその顔は。
あと七塚原先輩のことななっちって呼ぶなよ。
なんか珍妙な鳴き声あげそう。
しかしまあ、本当に顔面ぶん殴りにきたよ、この人・・・
身構えててよかった。
あれ喰らったら普通に気絶してたわ。
「でも、ひどい傷」
「・・・男前になったと言ってもらいたいですな」
「それはそう、この顔正直好き」
ええ・・・?(困惑)
「ジョーク。まあ、視力とか視界に問題がなくてよかった」
昔っからこの人はわかりにくいな・・・
表情も読みにくいし。
「あなた、上岡さん・・・だっけ」
「か、神崎でしゅ」
ティッシュで鼻を押さえたまま、神崎さんが答える。
先輩は本当に人の名前覚えないよな・・・
強い人とかはすぐ覚えるのに。
「本当にごめんなさい」
ぺこり、と先輩が頭を下げる。
おお、珍しい。
「い、いえ・・・私も油断していましたから。・・・でも、次はもらいませんよ」
「ん、いい返事・・・期待してる」
何の約束だ、何の。
何の友情が芽生えたんだここから。
2人ともわけわからんなあ。
「・・・おっちゃんとか七塚原先輩から話は聞いてますけど、ほんとにこっちに来てたんですね、先輩」
「ん、こっちの知り合いの安否確認してた。田中が最後」
「ああ、なんか七塚原先輩が言ってましたね・・・お知り合いは大丈夫だったんですか」
「ん、中央図書館に避難してた。みんな無事でよかった」
おお、そりゃあよかったな。
ん?中央図書館・・・?
「あの、存在してるだけでムカつく顔だけがいい馬鹿とかいませんでした?」
クソ森だっけか?神クソだっけか・・・?
別にいいか、クソでもう。
絶対先輩にちょっかいかけてるだろあアイツ。
俺の田中野ブリーカーで懲りたとも思えないし。
「いた。あいつ嫌い」
やっぱりまだ生きてたか。
神崎さんも思い出したようで、顔をしかめている。
「付いていきたいとかほざくから、力量を見せてもらった」
「・・・どうでしたか」
「話にもならない。たかが前歯が折れたくらいで騒ぎすぎ、無能」
・・・今思い出した、神森よ。
ナムアミダブツ・・・
特にかわいそうとは思わないが。
「・・・殺してないですよね?」
「あそこの太田さんがそれだけは勘弁してくれって言ったから、両肩の関節外して許した」
おおう・・・結構な重症じゃないか。
「大丈夫。その後すぐにはめたから実質無傷。前歯以外」
「・・・素手で?」
「ん」
・・・ただの拷問じゃんそれ。
しかも両肩かあ・・・失神と失禁のコンボだろうなあ。
前歯も消えたし、イケメンが台無しだなあ。
「そんなことより、太田さんはたぶんすごく強い、ろっくんと同じくらい」
若干目を輝かせながら先輩が言う。
ろっくんってのは六帖先輩のことだ。
南雲流槍術の免許皆伝である。
師匠も、自分が死んだら槍術部門は六帖先輩に任せるって言ってたくらいの使い手だ。
へえ、強いとは思ってたけどその六帖先輩と同レベルねえ・・・うん、バケモンだな。
逆らわないようにしよう。
「む、反応がつまらない。そこは歯を剥き出して笑う所だと思う」
「そういうのは師匠に任せときます」
あんな戦闘民族じゃないので、俺は。
「どうにも賑やかだと思ったら、田中野さんですか」
階段の上から見知った声。
見上げると、楽しそうな花田さんが見えた。
・・・絶対さっきのアレコレ聞いてたんだと思う。
「お久しぶりです、花田さん」
「に、二等陸曹、ただいま戻りました!」
慌てて血染めのティッシュをポッケに入れ、神崎さんが敬礼する。
よかった、鼻血は止まったんだな。
「・・・元気そうだな、凛。どうです後藤倫さん、うちの姪は」
「攻めが素直すぎるけど、磨けば光ります」
「そうですか、それはよかった」
何ちゅう会話だよ。
姪が鼻血吹き出してんだぞ。
もうちょっと心配・・・あ、してるわ。
ちょっと目が優しい・・・気がする!
「それでは報告を聞こうか。田中野さんは下でゆっくりなさっていてください」
「あ、はい。神崎さん、それでいいですか?もう体は大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。終わったら玄関に戻りますので」
ふむ、神崎さんがそう言うのならいいだろう。
適材適所といこうか。
花田さんは俺に軽く会釈し、神崎さんを伴って階段を昇って行った。
さて、俺も下でワンちゃんと遊ぼうかな・・・
「田中、喉乾いた」
先輩が不意に言う。
「・・・なんで俺に言うんですか」
「なんか持ってそうだから」
持ってるけどさあ。
・・・まあいいか。
「軽トラに積んでますよ、何がいいですか」
「キンッキンに冷えた炭酸系」
「・・・いや、冷蔵庫はないので・・・」
「ジョーク」
はいはい、いつも通りだなあ。
俺は先輩と話しながら、階段を下り始めた。
「あ!おじさんと・・・綾おねーさんだ!」
「おかえりーおにいさん、綾さん!」
玄関まで戻り、外へ出るとそこは天国だった。
美玖ちゃん達2人の周りに、シェパードたちがあふれている。
おばさんの姿はない。
意外と近くに天国ってあったんだなあ・・・
周囲の飼い主であろう自衛官たちも微笑ましそうだ。
その時、1匹のシェパードが俺の方へ歩いてくる。
「きゅん!」
おお、この子は前にブラッシングをしてあげた・・・確かノルンちゃんだ!
「わあ、久しぶり~元気だったかい?またブラッシングしていいかい?」
「うぅん!」
早速頭を撫でると、ノルンちゃんは目を細めて嬉しそうにしている。
うわあ、デカい犬もやっぱりかわいいなあ・・・
サクラが恋しいなあ・・・
「田中、顔がキモい」
うるさいやい、自分だってちょっと嬉しそうな癖して。
・・・もう別の子撫でてるし。
「綾おねーさんもここにいたんだね!」
「そう、田中を探してた」
先輩は、器用に犬と美玖ちゃんを別々の手で撫でている。
そういえばおっちゃんの家に行ってたんだから顔見知りだよな。
「おじさんは田中野だよ?」
「弱っちいから田中で十分」
「お、おにいさんでも弱いんだ・・・」
由紀子ちゃんが顔を青くしている。
畜生、強くなりてえ・・・俺のアイデンティティを取り戻すためにも。
ノルンちゃんにブラシを入れながら、俺はそう誓った。
「あらあら、一朗太くんおかえり」
おばさんが歩いてくる。
うおお、フリーな犬たちが一斉に寄って行った。
人間以外にも大人気だな、おばさん。
「あら、綾ちゃんじゃない。知り合いって一朗太くんのことだったのねえ」
「ん、なんとか生きててよかった。弱っちいから多少心配だった」
俺の尊厳が音を立てて崩れていくような気がする。
悔しい・・・木刀があればいい勝負ができるのに・・・!
「あらぁ、そんなこと言わないの。すっごく心配そうに・・・」
「していない」
「ふふ、そうなの?」
「そう、していない。決して」
ちょっとは心配してくれよ・・・あいた!
「なんで叩くんですか、頬を」
「無意識、反射」
そんなにナチュラルで殴りやすいのか俺は・・・
ああ、ノルンちゃん別に痛くないから、舐めなくてもいいから。
「まあとにかく、見つかってよかったわね綾ちゃん。これからどうするの?」
「ん、田中のいる運送会社に住むことになった。立地もいい」
「あら、よかったわねえ」
「えっ」
・・・俺聞いてない。
俺聞いてないんですけどォ!?
「あの、なんで」
「龍宮の私のマンション、ゾンビに燃やされたから住むとこない。ホームをレスった」
ゾンビに・・・燃やされた!?
嘘だろ、そんなヤバいゾンビいるのかよ!?
火でも吹くのか!?
「龍宮のゾンビはそんなに進化して・・・」
「正確には、蹴り飛ばしたゾンビがプロパンガスに引火して爆発した」
色々突っ込みどころが多すぎる。
何でゾンビに発火性があるんだよ。
「燃やしたら死ぬかなって思って灯油かけて燃やしたから」
徹頭徹尾先輩のせいじゃないか・・・
「あれ?でも俺が運送会社にいるってよく知ってますね?」
「花田さんに聞いた、あの人は強い」
・・・なんで花田さんとも一戦交えてるんだよこの人は。
「いなし方が抜群に上手い、合気道恐るべし・・・1時間やって、有効打がゼロ」
ここに神崎さんがいたら目を輝かせるレベルだな、オイ。
1時間もあの人相手に戦ったのか・・・こわ。
「そういうわけで、住まわせて。家賃は体で払う」
言い方ァ!
普通に肉体労働で払うって言えよォ!!
ほら由紀子ちゃんなんか顔真っ赤にしてるし!!!
「肉体労働!防衛とか探索とかの肉体労働ですよね先輩!!」
「そうとも言う気がしないでもない」
・・・俺で遊ぶのをやめろォ!!
昔っからそうだよこの人はもう!!
ああ、なんかどっと疲れた・・・ノルンちゃんに埋まろう。
「きゅうん」
あ~モフモフ、いい匂い~最高・・・
ずっとこうしていたい・・・
「綾おねーさん、おじさんイジメちゃだめ!」
「イジメてない。仲がいいからこそできること」
美玖ちゃんはええ子じゃなあ・・・
モフモフと優しさで心がどんどん癒されていくんじゃ~
「・・・おにいさん、元気出してね?」
「ももふもももも(大丈夫、慣れてるから)」
不明瞭な言語を返しつつ、俺はしばらくノルンちゃんの毛皮を堪能した。
・・・この子もいい子だなあ。
それからしばらくして、犬たちは巡回の仕事に戻って行った。
さらば愛しのモフモフ達よ・・・
「顔がキモい」
何とでも言いたまえよ・・・
「美玖、おじさんの顔好きだよ?」
美玖ちゃんが俺の足に縋り付きながら言ってくる。
うう、優しさが・・・優しさが痛い。
ええ子やほんまに・・・
それにしても、そろそろ神崎さんが帰ってくる頃合いだな。
犬たちと遊んでいる間に大分時間が経ったし。
「あ、ねえねえおじさん。病院でうでの傷、みてもらったら?」
「あら?一朗太くん怪我したの?大丈夫?」
美玖ちゃんは純粋に俺を心配して言ってるんだろうが、この場ではマズい!
おばさんにもこれ以上心配させたくない!
「あのね、美玖ちゃんもう大丈夫・・・」
「穴がいっぱい開いてて痛そうなんだもん!みてもらってよ、おじさん!」
「えええ!?何それおにいさん大丈夫なの!?」
由紀子ちゃんが顔を青くして悲鳴を上げる。
・・・もうほとんど塞がってるんだけどなあ。
「穴?ねえ一朗太くん、それって・・・」
「いやあのもう塞がりかけてるんで大丈夫・・・」
そう言いかけた時、両腕をガシリと掴まれた。
「脱げ」
いだだだだだ!!
痛い傷が開いちゃう!!!
「田中、脱げ」
先輩の目に光がない!
一体どこが癪に障ったの!?
「脱げ。脱がないなら脱がす」
「わかったわかりました脱ぐから手を放してください!!!」
このままだと傷の規模がでかくなるし・・・
はあ、ノースリーブ持ってきてよかったなあ。
ベストを脱ぎ、インナーを脱いでから素早くノースリーブを・・・
「待って、しっかり見えない。もっとゆっくりセクシーに脱いで」
はい却下。
何だこの人は。
だいたい俺のどこを探せばセクシー要素があるというんだ。
「あの、おばさん・・・これなんですけど」
「まあ・・・これ、痛かったでしょう?」
おばさんが患部を見て血相を変える。
美玖ちゃんは見慣れているが、由紀子ちゃんは涙目だ。
「いやあ、別にそこまでのものでは・・・」
・・・弾丸を摘出する時の方が百倍痛かった。
正直、撃たれた時は興奮しててあんま痛くなかったし。
「お、おにいさぁん・・・それ、どうなってできた傷なの?」
「銃創。恐らく散弾銃で撃たれたもの」
・・・やめてくれませんか先輩!
この人はもう・・・!
「え?サクラちゃんのお散歩でこけたんじゃないの?」
「・・・間違えた、松ぼっくりが突き刺さった傷」
「ええ~!?松ぼっくり!?」
「そう、奇跡的な確率で突き刺さるとこうなる」
「こ、こわい・・・」
突っ込みたいが突っ込んだらバレてしまうので無視する。
先輩も最低限の空気は読めるようだな。
おばちゃんも由紀子ちゃんも、美玖ちゃんに配慮して無視することに決めたようだ。
しかしもう少しいいものはなかったのか。
なんだよ松ぼっくりって、季節でもないし。
「(銃弾は神崎さんが摘出してくれましたから、大丈夫です)」
おばさんに小声で告げる。
「あらそう・・・うん、化膿もしていないし問題はなさそうね。ほんっとに気を付けなきゃ駄目よ!?」
「はい・・・次から気を付けます」
「(次は撃たれないようにしてよおにいさん!死んじゃやだよ!?)」
肩に手を置き、必死に小声で言う由紀子ちゃん。
おばさんも、息子に言うように親身になってくれる。
優しい親子だなあ。
まるで自分が怪我したみたいに心配してくれる。
「『遠間断ち』・・・使った?」
「ええ、まあなんとか・・・1回目は頭に投げちゃって、それで」
それで察したのか、先輩の眉間に皺が寄る。
うわ、わかりやすく怒っている・・・
「田中のアホ、馬鹿、間抜け、唐変木」
「返す言葉もございません・・・未熟であります」
ぐうの音も出ねえ。
でも唐変木は違わない?
しか、油断して大怪我なんてな。
左腕でよかったが、胴体にでも喰らえばいくら防弾ベストを着込んでいても骨くらい折れたかもしれんし。
己の不徳の致すところである。
「2回目は成功しました・・・」
「ん、それならよし。罵倒は大部分を取り消す」
全部取り消してはくれないのね・・・
「田中の唐変木」
何でよりによってそれが残るんだよ!?
「戻りました・・・田中野さんは何故着替えを?」
「いや・・・色々ありましてね・・・それにしても大荷物ですね神崎さん」
おばさんによって包帯を巻かれた後のこと。
行きよりパンパンになった背嚢を担いで神崎さんが帰って来た。
えっなにその量。
両手にも布袋抱えているし。
「これは田中野さんにです」
「え?俺?」
差し出してくる布袋を受け取る。
うお、なんじゃこの重さは。
地味に重い。
「『在庫』とのことです。それだけあればしばらく大丈夫でしょう」
・・・恐る恐る布袋を開くと、見慣れたものが見える。
俺の拳銃に使用する弾丸だ。
これはありがたい・・・ありがたいが。
数が多すぎる!!!!
ぱっと見、100発以上あるじゃねえか!!
俺に戦争でもさせる気かよ!?
「伝手を使ってまた集めると言っていました。今はそれで勘弁なさってくださいとのことです」
いらなぁい!もういらなぁい!!
花田さん・・・あなたちょっと過保護過ぎじゃありませんか!?
どんだけ姪が心配なんだよもう・・・職権乱用じゃないの、これ!?
まあ、いただけるならありがたくいただくが・・・
ここにはいない花田さんに心の声をぶつけつつ、俺はがくりと首を倒した。
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