第89話 鉄火場もいいけどカレーもいいこと

鉄火場もいいけどカレーもいいこと








「疲れたな、ボウズ」




「どっと疲れたね、おっちゃん」




おっちゃん宅に帰る途中の軽トラの中、俺たちは深いため息をつく。


今まで会った中で、あの中島ほど話の通じない奴は初めてだ。


アレに比べりゃ、まだヴォルデ原田卿やハーレム神森の方がマシと言わざるを得ない。




人を殺しておいてなんだが、虚脱感とともに少しの安心感すら覚えてしまう。


人としてどうかと思うが、まあ毎回自己嫌悪やらトラウマやらになっていたら身が持たない。




「大輔の元嫁さんが再婚した相手よぉ・・・評判がいいって聞いたもんで安心してたんだわ。まさかあんなのだとは夢にも思わねえで・・・」




「今回は一気に畳みかけたからよかったけど、平時なら化けの皮も剝がれなかっただろうね・・・」




歪み切っているとはいえ、里子さんへの愛だけはあったみたいだし。


いや、有難迷惑だろうが。




「畜生・・・せめて弓だけでも俺が預かってやってれば、捨てられずに済んだってのに・・・」




「いやいや、普通はさ、再婚したって子供にあげた遺品まで捨てる奴はいないでしょ。っていうか許可取らずに捨てるのだけでもアウトだろうし」




おっちゃんの愚痴に付き合いつつ、道に落ちていた活動停止ゾンビを華麗に躱す。


・・・ほんと、いつまで経っても腐らないよなあ、ゾンビ。


あれか?ゾンビになると血液がナフタレンとかホルマリンになるのか?




しかし、ほんとに俺以外の車見ないよなあ・・・


動く車はまだまだ残ってるだろうし、タイミングの問題なのかな。




「あの優勝写真まで捨てやがって、あれは全国大会の晴れ舞台だったんだぞ・・・ん?待てよ・・・?」




ふと思いついたように動きを止めるおっちゃん。


どうしたんだろうか。




「・・・ボウズ、とにかく帰ろう・・・気持ち、急いでくれや」




「ほい了解、暗くなりそうだしね」




俺は、少し強めにアクセルを踏んだ。








「あった!あったぞ香ちゃん!!」




店舗の倉庫から、埃まみれのおっちゃんが出てきた。


家に帰るなり引っ込んで、何をごそごそしてたんだろうか?






ちなみに今回の顛末はおっちゃんと口裏を合わせ、「香ちゃんに二度と関わるな」と中島に釘を刺して終わった、ということにしておいた。


さすがにあのキ〇ガイ発言を小鳥遊さんに伝えるわけにもいかないのでね。


ま、小鳥遊さんは避難所に行くことはないので、嘘がバレる心配もない。






「もふ!」




「おっとと、ごめんよサクラ」




紐を咥えたまま、俺の膝を『真面目にやってください』と言わんばかりにてしてし前足で叩くサクラに謝罪しつつ、引っ張り合いを再開する。


これ好きだよなあサクラ。


いい時に切り上げないと、電池が切れてぐったりしちゃうから見極めが難しい。


今日はだいぶほったらかしにしちゃったから、埋め合わせも兼ねてしっかり遊んでやらんとな。




「ついさっき思い出したんだがよ・・・これだ!見てみな!」




俺とサクラの綱引きを、あらあらまあまあと微笑ましそうに見ていた小鳥遊さんに、おっちゃんは四角い紙箱を渡す。


結構でかい箱だな、薄いけど。




「おじちゃん、一体何これ・・・あっ!」




小鳥遊さんが箱を開けると、目を見開いて驚く。


なんだろ、角度があって見えな「もふん!」あっごめんごめん。




「職業柄、いろんな所から届くもんでよ。もしかしたらと思って、倉庫をかき回してみたんだ」




「これ・・・ああ・・・この時の写真だ」




床にぺたりと腰を落とした小鳥遊さん。


手に持った薄い本みたいなものをパラパラめくっている。


あれは、機関紙か何かかな?


全日本弓道連盟と書いてある。




「うぅ・・・お父さん、お父さんだ・・・」




「本物の記念写真には敵わねえが、それでもないよりはマシだろ」




「データごと消去されてて・・・もう見られないかと思ってたぁ・・・ありがとう、おじさん」




小鳥遊さんは、手元に視線を落としながらぽろぽろと涙を零している。


嘘だろ、アイツそこまで徹底してたのか。


とんでもないな。




もふんもふん抗議してくるサクラを抱え、こっそり立ち上がって覗き込んでみる。






そこには、賞状を持ってメダルを首から下げた笑顔の小鳥遊さんと。


その横で、嬉しそうに微笑む細身の男性の姿が写っていた。






へえ、これが大輔さんか。


凄く優しそうな人だな。




「もふ」




急に俺の手から飛び降りたサクラが、小鳥遊さんのひざ元へ。




「きゅぅん」




彼女の前に綱を置くと、その顔を見上げて鳴いた。


・・・慰めているつもりなんだろうか。




「サクラちゃん・・・ううん、これは悲しいんじゃないの、とっても嬉しいのよ・・・」




微笑んで涙を拭った小鳥遊さんが、サクラを一撫で。


サクラは首を傾げながら、その手をペロリと舐めた。




「でも、ありがとうね」




機関紙を傍らに置き、小鳥遊さんはサクラをキュっと抱きしめた。


サクラは不思議そうな顔をしていたが、スピスピと鼻を鳴らして満足げだ。








「へっ、飼い主に似ず随分と目端の利くいい子じゃねえか」




「まるで俺がニブニブみたいに言うのはやめていただきたいもんですなぁ?俺も結構気が利くんだぜ?」




「・・・」




なんだその「こいつマジか」みたいな顔は。


ちょっと、おい、なんとか言ってよおっちゃん。








「いちろーおじさん、このニンジン、美玖が切ったんだよ!」




「はえー、どうりでおいしいと思った!こんなうまい人参生まれて初めて食べたわ!なあサクラ!」




「ひゃん!」




何故、俺は毎回ここの夕食の誘いを断れないんだろうか。




そんな疑問を抱えながら、スプーンを口に運ぶ。


・・・うまいなあカレーは。




本日の献立はおばちゃん特製のカレーライス。


ルーは備蓄、ご飯はアルファ米、そして野菜はおっちゃんお手製の畑で採れたものだ。


野菜もうまいなあ、貴重な生鮮食品だ。


我が家の野菜も早くできないかなあ。




ちなみにサクラは当然のことながらカレーが食えないので、ドッグフードの上に茹でた人参を乗せたディナーだ。


野菜って食うのかなあ・・・なんて思ってたら、もりもり食べている。


好き嫌いをしないのはいいことだなあ。


なお、読んだ本によると犬にあまり大量に生の人参を食わせるのは良くないらしい。


なのでちょっとだけだ。




きゅるんだかぐきゅうんだか、よくわからない音を発しながらはぐはぐと食事を楽しむサクラ。


それを横目で見つつ、俺もカレーに舌鼓を打つ。


大量に作ると何故か旨くなるんだよな、カレーって。


俺は1人だからもっぱらインスタントだけども。


いや・・・それなりにうまく作れると思うが、野菜はないし量も持て余すしな。




「おいしいよおばちゃん、同じルーで俺が作ってもこうはならないんだよなあ・・・」




「あらありがとうね、一朗太ちゃん。そりゃあ、年季が違いますから」




「母ちゃんのカレーは日本・・・いや世界一だからな!」




「もう、あんたったら・・・」




あれぇ?急にカレーが甘口に変わっていくよぉ???




「あっくん、ほっぺに付いてるわよ・・・ほーら」




「美沙こそほら」




んぎゅううう、俺のこれキッズカレーだっけ???


美玖ちゃんのために元から甘口ではあるが、それを超えて甘い。




「いいなあいいなあ、おしどり夫婦が2組もいるよおにいさん」




「いやぁ胸やけがするなあ、七味かタバスコ入れたい、カレーに」




俺の隣で、美玖ちゃんとカレーを食べている由紀子ちゃんが遠い目をしている。


その隣の比奈ちゃんは、逆にキラキラした目で見つめている。




「ウチの両親もあんな感じでした・・・懐かしい、です・・・」




キラキラが一瞬で曇った!


前に聞いたが、比奈ちゃんの両親は県外・・・それも車で5時間はかかる遠方に住んでいる。


心配だろうが、確かめに行くのはあまりにリスクがありすぎる・・・




「うちもそうだったわ、懐かしいわね」




小鳥遊さんが、比奈ちゃんの横でそっと呟いている。


大輔さんが生きていた頃かあ・・・




い、いかん。


あの2人の間だけすっごく寂しそうなオーラが・・・!


どうする、今は食事中だから究極の癒しミサイルであるサクラを射出するわけにもいかんし・・・






「そういえばボウズよ、あの啖呵はよかったぜ」






( ,,`・ω・´)?




いったいなんだよおっちゃん、藪から棒に。






「『神崎さんが不細工だってこの野郎!?目ェついてんのかその舌引っこ抜くぞゴミムシが!』ってな」








(   Д )   ゜゜




「おっおっ、おまっ!あ、あれは・・・アレはですね!?」




「凛ちゃん、顔真っ赤にしてお前見てたぞ~」




あっやめてその話題は出さないで!


恥ずかしいから!!




「えーっ!なになに一太ったらかっこいい事言ってんじゃない!」




乗るな美沙姉!下がれ!!


隣の熊といちゃついてろォ!!!




「ウチ、気になります!!」




「おにいさん!教えて教えて!!」




「美玖もー!!」




ああああああああああああ!!!!!


どうすんのこれもう滅茶苦茶だよお!!!!




「わふ!わん!!」




どうしたサクラあああああああ!!!!


違うの、これは遊んでるんじゃないの!!


ホラ、しっかりご飯食べときなさ・・・あ、完食したのね、お利巧さんだなあもう!!!!






先程までの雰囲気はどこへやら。


女性陣は目を輝かせながらこちらを見ている。


サクラ、美玖ちゃん君たちもか!?


ああいや・・・これは遊んでほしい顔だな、特にサクラ。




「えっとぉ・・・」




喋り出す雰囲気を醸し出しつつ、残ったカレーを一気に流し込む!


カレーは飲み物!!




「いやあご馳走様でした!おいしかったなあ!!ちょっと一服してきまああああああああああす!!!」




「あっこらー!敵前逃亡は許さんぞ一太!!」




その他女性陣からの質問を背中で受け止めつつ逃げ出すことにした。


敵からは逃げるに決まってるだろォ!?


皿を持って台所までダッシュ、水桶に皿をそっと入れて、そのまま勝手口から外へ逃走した。






「・・・ふうぅう~・・・やばかったな、アレ」




「きゅ~ん」




「あっ駄目サクラこっち来ちゃ駄目副流煙があるから!!」




喧騒から逃走し、店の前で煙を吐き出していると、なんと足元にサクラが!


扉は閉めてたのに、どこから出てきたの!?


慌てて煙草を消し、ペットボトルの水で口をゆすいで側溝に吐く。


しばし深呼吸をしてから、サクラを抱き上げた。




「全く、困っちゃうよなおっちゃんには」




「ひゃん」




「そうだろうそうだろう、あのタイミングでぶっこんで来るのは流石だけどさあ・・・もっと他に話題あったよなあ」




「わふぅ」




「お前はいい子だなあサクラ・・・」




顔の前にサクラを持ち上げる。


つぶらな瞳がキラキラ輝いていて綺麗だ。


そのままの状態で軽トラの荷台へ乗り、荷台へごろりと仰向けになる。


サクラもお腹いっぱいなのか、そのまま俺の胸にのそのそ乗ってきた。


まったりしようか。




夕焼けの空も綺麗だなあ・・・明日も晴れそうだ。


だがそろそろ梅雨の時期になる、今年はやけに遅いけど。


今のところ備蓄は十分だし、心配はない。




雨の日はゾンビがむっちゃアグレッシブになるからなあ・・・なんでだろう、アレ。


本格的に梅雨になると、サクラの散歩とか困るよなあ・・・


そういえば郊外にでかいドッグランがあったな。


いっそのこと、ああいうところに遠征するのもアリか。




「ごめんなサクラ、留守番いっぱいさせたりして・・・お父ちゃん頑張るからな・・・」




「きゅん」




「お前を立派な熊犬・・・じゃないや、立派な成犬にしてやるからな」




サクラは大きくあくびをし、うとうとと目を閉じた。


寝付きが良いこって。




「今日は最高の反面教師を見たからな・・・あんなカスには絶対ならんぞ、俺は」




空に向けて決意表明をする。


あ、あの雲ちょっとドラゴンみたいでかっこいいな・・・


こっちは・・・なんだろ、ライオンかな?


あれは・・・彗星かな?いや、違うな・・・彗星はもっと、バァーッて光るもんな・・・








「おじさん、サクラちゃん、おーきーて!」




「ヴぇ!?」




「キャワン!?」




目を開けると、ニコニコ顔の美玖ちゃんが荷台の縁から覗き込んでいる。


サクラはびっくりしたのか俺から転げ落ちて何故かクルクル回っている。




見上げた空はすでに夕闇が濃くなってきている。




・・・やべえ、寝ちゃった。


うわー、もう夜じゃん。




「お風呂沸いたって!ねね、サクラちゃんとお風呂に入っていーい?」




あっと駄目だこれ今日もお泊りコースだ。




「ああ・・・うん、いいよ」




「じゃあおじさんも一緒ね!」




「・・・はぁい」




逃げられねえ。


大魔王からは逃げられるかもしれんが、美玖ちゃんからは逃げられねえよ・・・


善意しかないもんこの子。


どうかこのまま真っ直ぐに育っていってほしいものだ・・・


まあ、こんなこともあろうかとワンちゃんシャンプーは積んできたけどね。




「風呂、入るかサクラ」




「わん!」




完全に『風呂』に反応したぞ今。


目がキラキラだもん。


風呂好きだなあ、サクラ。




「・・・『ドライヤー』・・・」




「きゅ~ん!きゅ~ん!」




おお、一瞬で耳と尻尾が収納形態に!




「・・・『風呂』」




「・・・わん!」




「・・・『ドライヤー』」




「きゅ~ん!」




はははなんだこれ。


賢すぎだろうちの子!




「おじさん、サクラちゃんいじめちゃダメ!」




「アッハイ、スミマセン」




「わぉん!!」




さてと、じゃあ風呂にしますか。


ここの風呂はでっかいからなあ~、サクラも喜ぶぞお。








かぽーん、ってよく漫画とかだと描いてあるけど、あれ何の音なんだろうなあ。




「はーい、次はお耳ですよ~」




「くぅうる・・・」




一生懸命サクラを泡まみれにしている美玖ちゃんを、湯船から見ながら考える。


俺がやる予定だったのだが、美玖ちゃんがやってみたいということだったのでお願いした。


うん、何にでもチャレンジするのは大事だぞ!




「もっこもこ~あはは、もっこもこ~」




「ぅう~あん、おん」




はは、サクラも歌が上手いなあ。


仲良きことは美しきかな、ってやつだ。


なんでこう、子供と動物の組み合わせって和むのかなあ。




「美玖ぅ・・・明日はパパと入るよねえ・・・」




「うぉう!?まだいたんですか敦さん!」




脱衣所から恨めしそうに聞こえてくる敦さんの声。


先程一緒に入ろうとして、




「パパと入るとしっかりサクラちゃん、洗ってあげられないから今日はダメー」




って断られていた。




この世の終わりみたいな顔してたな、敦さん。


あれからずっと脱衣所にいたのか・・・




「きゃあっ!も~う、ぶるぶるしないの~」




「ぁふん」




残念ながら全く聞こえてませんよ、それ。




その後しっかり洗い流し、美玖ちゃんは肩までゆっくり湯船へ。


サクラはたらいにお湯を入れての船スタイルで、じっくりと体を温めた。




なお、サクラはやはりドライヤーが大層苦手のようだった。


うーむ、最初よりは慣れたがまだ怖いみたいだなあ。




「かわかさないと、風邪ひいちゃうんだよ、ね?」




「きゅぅ~ん」




美玖ちゃんの説得?によってしぶしぶ受け入れていたようだけど。


もちろん、終わった後は2人・・・いやまだ脱衣所にいた敦さんと3人で褒めまくり、機嫌を取っておいたが。




「落ち込んでるあっくんもか~わ~い~い~」




「うわっちょっと、美沙!?」




「ずいずいのずい~」




そして入れ代わりに入ってきた美沙姉と、一緒に入ることになったようだ。


いかん!ここはR-15ないし18ゾーンになる!!


大変教育に悪いので遠ざかろう!おいでサクラ!美玖ちゃん!!




・・・赤い顔をして興味津々な女子高生2人は見なかったことにした。


若いな、君たち。








「じゃあおやすみ、おじさん、サクラちゃん」




「はい、おやすみ美玖ちゃん、サクラ」




「わわふ・・・ふぁ・・・」




そして、薄々気付いていたが美玖ちゃんと寝ることになった。


まあ、サクラと寝たいんだろうな。




「今日はおじさんとサクラちゃんと寝るー」




という発言でゾンビを通り越してミイラみたいになった敦さんは、目をハート形にしている美沙姉に寝室へと引きずり込まれていった。


ちなみに桜井夫妻の寝室は、この家で最も奥の方にある(意味深)


・・・美玖ちゃん、名実ともに真のお姉ちゃんになれるかもしれんぞ、近いうちに。


美沙姉は美玖ちゃんが大好きだが、敦さんは愛しているからな。




「えへへ、前とおんなじ~・・・」




避難所でのように俺の胸に頭をこすりつけて、美玖ちゃんはすぐに寝息を立て始めた。


サクラはもうすでに夢の中だ。




何とも言えない幸せに包まれて、俺は目を閉じた。

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