第88話 クソ野郎の最期のこと
クソ野郎の最期のこと
俺は、友愛に向けて軽トラを走らせている。
助手席には神崎さん。
荷台にはモンドのおっちゃん。
「冷静に運転できる気がしねえ」という事なので、おっちゃんは荷台に乗った。
後で戻るので、サクラには引き続き留守番をしてもらうことにした。
許せサクラ・・・。
法律的には娘でもなんでもない小鳥遊さんの、亡きお父さんの遺品を意味わからん理由で捨てたクソ野郎。
そいつに会いに行くためだ。
いくらなんでも、娘が大事に保管していた遺品まで捨てるとは信じられん。
せめて一言許可を取るのが筋ってもんだろう。
依頼にも噓八百書きやがって・・・許さんぞ・・・!!
正直俺も結構腹を立ててるんだが、おっちゃんは小鳥遊さんの死んだお父さんと長い付き合いだけに、もう無茶苦茶怒ってるらしい。
神崎さんも事の顛末を聞いて激怒。
あれ?俺たち全員キレてるな。
・・・まあ、なんだかんだ言っても神崎さんは冷静な判断ができる人だ。
いざとなったら俺たちを止めてくれるだろう、たぶん。
向こうには宮田さんもいるし。
「田中野さん、少しスピードが・・・」
「うっわすいません!」
いかんいかん、危うく1965年にタイムスリップするところだった。
安全運転・・・安全運転・・・
「お疲れ様です田中野さヒイイィッ!!!」
俺たちの怒気に当てられてか、門番の森山くんが顔を真っ青にしている。
すまんな森山くん、だけど今は勘弁してくれ。
「中村さん・・・!?それにお2人も、何があったんですか一体!?」
職員室に入るなり、宮田さんが声をかけてくる。
まあな、こんだけ殺気を垂れ流してたら誰にでも気づかれるな。
とにかく説明しなくては。
「なるほど・・・それは怒っても仕方がありませんね。私も、話を聞いただけでも腹が立ちます」
軽く事の顛末を説明し、写真や動画を見た宮田さんも顔をしかめている。
っていうか、ごく普通の人間なら腹を立てないやつはいないだろうと思う。
・・・それだけのことをしながら、平気な顔で暮らせるアイツの神経がわからん。
「なので、先に東海林さんの奥さんを呼んでくれませんか?旦那さんの遺品を渡してあげたいので・・・」
「そうですね、その方がいいでしょう。すぐに校長室まで来ていただきましょうか」
あのカスと対面したら、俺はともかくおっちゃんがどうなるかもわからん。
先に東海林さん関連を俺だけで片付けておきたい。
しっかりと、直に渡してあげたい。
「この度はありがとうございます・・・」
上品そうなおばさんが、俺に向かって深々と頭を下げている。
こちらが東海林さんの奥さんか。
雰囲気から、なんとなく察しているようだ。
「いえ・・・あの、旦那さんのことですが・・・」
状況を説明し、遺品を渡す。
亡くなっていたことは伝えたが、ゾンビになっていたことまでは伝えていない。
いずれは墓を掘り返したらわかるだろうが、今言うべきではないしな。
・・・それに、聞かれてないし。
「あなた・・・」
奥さんは腕時計を胸に抱いて、静かに涙を流していた。
どうしようもできないし、やれることもないが心苦しい。
「勝手ではありますが、お庭に埋葬させていただきました」
「いえ・・・むしろ、そこまでしていただいてありがとうございます・・・主人も、喜んでいると思います・・・」
・・・むしろこちらがトドメを刺したんだが・・・
うう、いっそ罵倒でもされた方が楽だな、本当に。
いい人が相手だと申し訳なくなってしまうなあ・・・
奥さんは何度もお礼を言って、大事そうに腕時計を抱えて校長室から出て行った。
ああいう人には、辛いだろうが強く生きていってほしいものだ。
さて、いよいよ問題のアイツの番だ。
校長室には宮田さん、神崎さん、おっちゃん、そして俺がいる。
宮田さんが校長の椅子に座り、俺はソファーに神崎さんと腰かけている。
おっちゃんは職員室側のドアに寄りかかって腕を組み、目をつぶっている。
アイツは廊下側のドアから入ってくるはずだ。
しばらく待っていると、バタバタと廊下を走る音が聞こえ、乱暴にドアが開いた。
「あっあのっ!むす、娘の消息がわかったと聞きまして・・・!」
クソ野郎・・・じゃなくて名前は中島だっけ?
敬称も付けたくねえや。
見た目は眼鏡をかけた品のある中年といった感じだ。
息を切らして喋る姿・・・一見では娘の安否を心配する父親そのものに見える。
・・・正直、小鳥遊さんから話を聞いていなければコロッと騙されていたかもしれない。
それが、余計に腹立たしい。
「とにかく、お座りください」
感情を殺し、目の前のソファーを差す。
「はい!・・・そ、それで娘は!香は無事だったんですか!?」
あんだけのことをしておいて、一丁前に父親面か。
呼び捨てにすんな気色悪い。
反吐が出るぞ、その顔。
・・・斜め後方から殺気。
鈍い俺でもわかるから、ちょっと抑えてよおっちゃん。
「はい、無事でした」
「ああっ!よかった・・・本当に・・・それで、今娘はどこに!?ここにいるんですか!?」
中島は安心したように息を吐く。
・・・うん、こいつは食わせ者だと念頭に置いてみると、色々と違和感が出てくるな。
なんというか、こう・・・『演技が上手いんだけどわざとらしくないベテラン俳優』を見ているようだ。
演じ切っているんだな、『いい父親』って役を。
「あなたには、教えられません」
半目で睨みながら、そう言った。
「・・・は?」
わけがわからない、というような顔をする中島。
「それは、いったい何故で」
「おめえは、香ちゃんの父親じゃねえからだよ」
おっちゃんがかぶせるように吐き捨てた。
一気に放出される殺気。
重くなる空気。
「んなっ・・・なんですか、いきなり失礼な!わた、私は香の父親で・・・」
「養子縁組もしてねえ、離婚調停真っただ中の癖して父親面すんじゃねえよ、屑野郎が」
ゆっくりと歩いたおっちゃんが、俺の横に立つ。
・・・すっげえわ、殺気の塊だよこれ。
さすがにアホの中島にもわかるようで、顔中から一気に汗が噴き出ている。
「っ・・・!」
「俺はな、あの子の『本当の父親』の知り合いだ。てめえみてえなできの悪い偽物は・・・お呼びじゃねえんだよ」
「ちが、違う、私は香の・・・」
「てめえ、大輔の遺品・・・全部捨てたんだってな」
底冷えするような声で、おっちゃんが詰める。
今までの声より一段と殺気が・・・いや殺意が宿っている。
「どう言い訳しようが、どう取り繕おうが、徹頭徹尾てめえは糞だ、屑だ、外道だ」
おっちゃんが握りしめた手が、ギチギチと音を立てる。
「娘が死んだ父親から受け継いだものを、なんで勝手に捨てる道理がある。元々てめえの持ち物じゃねえだろうが」
おっちゃんの体が、一回り大きく見えるような錯覚を覚える。
「何故、こんなことをしやがった・・・言ってみろ」
「・・・っ」
「言ってみろってんだよ・・・さあ、どんな世迷言をほざくか楽しみだぜ」
・・・こんなに怒っているおっちゃんは初めて見た。
よほど、大輔さんのことを大切に思っていたんだろう。
中島は頭を抱えたきり、声も出さない。
「・・・い」
1分か、2分か。
殺気に押されて、ソファーに体を必死に押し付けていた中島が動いた。
汗まみれの真っ青な顔を上げ、おっちゃんを血走った目で睨みつけた。
口角から唾を飛ばしながら叫ぶ。
「うるさいうるさいうるさぁい!!知るかァ!!!それの何が悪いんだよォ!!」
その眼には狂気が宿っていた。
ああ・・・化けの皮が剥がれやがったな。
こいつが本性か。
中島は、堰を切ったように叫び出した。
「ずっと・・・ずっと好きだったんだぁ!里子を!小学校からずっとぉ!!!」
「幼馴染で、いつか俺と結婚すると思ってた!!そういう運命だと思ってたんだぁ!!!」
「なのに、なのにアイツは高校で大輔を選んでぇ・・・!!俺を捨てたんだぁ!!!!!!」
「憎かった!大輔が憎かった!!俺の里子を搔っ攫っていたアイツがあ!!!」
どこにも焦点が合っていない目をしている。
・・・こりゃ、どういうことだ。
里子ってのは、たしか小鳥遊さんの母親の名前だったはずだ。
・・・ええっと、浮気とかそういうのか?
「・・・付き合って、いたんですか?その方と?結婚の約束もしていたんですか?」
神崎さんが静かに聞く。
「関係ないだろぉ!そんなことぉ!!運命だったんだぁ!!俺たちの間にそんなもの!!いらない!!!里子もわかっていたはずだ!!!」
「・・・つまり、付き合ってもいないし、好意を伝えてもいなかった・・・と?」
「そうだよぉ!!でも里子はわかってくれてると思ってたんだぁ!!!」
・・・ああ、そういうことね。
片思いを拗らせた、ただのアホじゃないかこいつ。
「いや・・・里子はわかってたんだ、きっと・・・!大輔が、大輔が無理やり口説き落としたんだ!!そうに決まってる!!!」
いや・・・っていうかもうストーカーだなこれ。
口説き落としたって・・・じゃあお前も口説けばよかったじゃんよ。
告白したりとかさあ。
気色悪ゥ・・・なんだこの生命体。
「・・・そんな不確かな感情が。言わずして本当に伝わるとでも?正気ですか、あなた」
あ、神崎さんも怒ってる。
まあな、女性からしたら気持ち悪い事この上ないもんな。
・・・小鳥遊さんのお母さん、よくこんなのと再婚したもんだな。
よほど外面がよくて、演技が上手かったんだろうな。
この本性を隠すのも。
「うるさい!!関係のない不細工が口を、挟むんじゃな」
「あぁん!?神崎さんが不細工だってこの野郎!?目ェついてんのかその舌引っこ抜くぞゴミムシが!!!!」
「ひっ!?」
思い切りテーブルをぶん殴って音を立ててしまった。
中島は驚いたのか、仰け反ってプルプル震えている。
・・・おっといかん、つい我慢できなかった。
神崎さんに詰め寄ろうとしたから咄嗟に体が・・・
いてて、手が痛い。
うっわ、ちょっとヒビ入ってるぞテーブル・・・いや、これは元々割れてたんだ、そうに違いない。
しかし、ちゃんと両目機能してんのかこいつ?
神崎さんが不細工ならこの世は不細工まみれだろ?
っていうかまず、女性相手に何をほざいてんだ。
神崎さんがこっちをすっごく見ている気配がするが、ちょっと、いやかなり恥ずかしくて顔が見れない。
うおお・・・なんちゅうことを言ってしもうたんじゃわしは・・・
腹が立ったにせよ直情行動が恥ずかしい・・・
う、おっちゃんが一瞬俺を見てニヤッとした。
ああもう、後でからかわれるな絶対。
「・・・まあ、おめえの世迷言はよくわかったぜ中島よ・・・だがな」
「香ちゃんはお前の娘じゃねえ・・・大輔の娘だ。この先もずっとそうだ」
「うう・・・」
おっちゃんは、呻く中島に顔を近づける。
「母親はともかく・・・あの子の人生に、てめえは不要だ」
ありったけの殺意を込めて、そう告げた。
「・・・なんだよぉ」
少しの、静寂の後。
中島が呆けたように呟く。
「嫌だけど、里子の娘だから・・・お情けで俺の家族にしてやろうと、思ってたのに」
脳が一瞬麻痺した。
・・・今、何て言った、こいつは。
「大輔の血を引いた娘なんて!!本当はいらなかったのに!!遺品がなんだよ!!里子を唆して調停まで起こしやがって!!!俺の、俺たちの邪魔ばっかりしやがってぇえ!!!!」
なんだ、こいつは。
「ああいう神経を逆撫でするところぉ!!大輔ソックリだ!!汚らわしいっ!!!」
本当に人間か?
「やっとさぁ!!大輔が死んでくれて!!邪魔者が死んでせいせいしたのに!!時間かけて、里子を慰めて、やっと・・・やっと一緒になれたのにさあ!!まだ邪魔者が残ってやがった!!」
今すぐ止めなければ、こいつを。
「里子の、付属品の癖に!!裏切り者の子供の癖に!!」
この世迷言を。
「生きてるだけで邪魔なのに!!!!!」
そうしなければ。
「あんなゴミ、いっそのこと!!大輔と一緒に!!あの時轢かれて死ねば・・・」
おっちゃんが、コイツを殺してしまう。
「よかったのにさぁ!!!!」
瞬間、白刃の閃き。
中央で綺麗に両断された中島の眼鏡が、宙を舞った。
おっちゃんが手に持った刀を、憤怒の形相で斬り上げていた。
作務衣の中に・・・仕込み杖を隠してたのか!
全く気付かなかった!!
咄嗟に机を蹴り飛ばし、中島の体を強制的に動かしていなければ顔面が立ち割れていただろう。
中島に近付いてきたのも、この斬撃を叩き込む為だったのか!
「中村さんっ!!」
宮田さんが立ち上がる気配。
だが、そこからじゃ間に合わん!
「おっちゃん、駄目だっ!!」
振り下ろしの体勢に入るおっちゃんの前に、腕を交差させて割り込む。
加速しきる前の斬撃を、手元で止める!
「っぐううぅ!?」
最適な角度で柄の根元を止めたはずなのに、そのまま押し潰されて柄が俺の肩に勢いよく食い込む。
なんて・・・重さ!なんて速さだ!!
「ひっ!?ひいいいいぃ!?」
だが、それで一拍遅れたのが功を奏したか、中島はソファーごと背後に倒れ込んだ。
「っの野郎・・・この野郎があぁ!!てめえっ!!!この外道っ!!!!」
おっちゃんが見たことない顔をしている。
いつもの飄々とした顔とは大違いだ。
「中村さん、抑えて、抑えてください!!」
宮田さんが、背後からおっちゃんの胴に腕を回す。
俺も柄を持ちながら、体ごとおっちゃんを押しとどめる。
「離せボウズゥ!離せ剛二郎ォ!!・・・生かしちゃおけねえ!!この野郎生かしちゃおけねえ!!!」
おっちゃんが恐ろしい声で吠える。
「てめえが、生きてることに腹が立って仕方がねえ!!てめえが生きてちゃ、大輔が浮かばれねえ!!!」
驚くべきことに、俺と宮田さんが抑えていてもなお。
じりじりとおっちゃんは動いている。
嘘だろ!?なんて力だ!?
「てめえが生きてちゃ、香ちゃんが可哀そうだ!!!」
「ひあ・・・ああああ・・・ああああああ!悪くない!!俺は!!悪くないいいいいいい!!!」
「ああそうかよ糞野郎!!そこ動くんじゃねえ!!ぶち殺してやる!!!!」
中島は逃げようとしているが、腰が抜けたのか手足をじたばたさせるばかり。
神崎さんはいつの間にかその背後に回り込んでいる。
さすがだ。
「ま・・・待ってよ、おっちゃん・・・」
俺は必死に呼びかける。
ぐおおお、鎖骨が折れ・・・折れるゥ!
「真剣はまずい、でしょ、ここ、汚れたら・・・みんな、困るからさあ・・・」
「・・・あ?」
おっちゃんが動きを止めた。
痛みに耐え、にやりと笑う。
「場所、変えようぜ?・・・神崎さんお願いしまぁす!」
「放せ!畜生!!おろせよぉお!!!」
「お望みどおりにしてやるよ、よいしょっと」
「ぎぃやっ!?」
軽トラの荷台から、意識を取り戻してわめく中島を地面に蹴り落とす。
前のめりに倒れ込み、よくわからない悲鳴を上げる中島。
ここは、友愛からほど近いところにある空き地である。
周囲はフェンスで囲まれており、ゾンビの心配はない。
前に見かけて覚えておいてよかった。
あの後中島は、神崎さんの鋭くコンパクトな蹴りによって顎先を的確に撃ち抜かれ気絶。
適当なカーテンに包んでおっちゃんと2人で友愛から荷物よろしく搬出し、今に至る。
御覧の通りの危険人物なので、外に捨ててくると宮田さんに言って出てきた。
実際に何をするか、宮田さんはわかっていたようだが黙認してくれた。
だが、廊下には中島の世迷言とおっちゃんの怒鳴り声が響き渡り、避難民の皆様にもしっかり聞こえていた。
そこで一計を案じることにした。
まあ簡単なことなんだが、今回の顛末を宮田さんが避難民の皆様に説明。
「本当の娘でもないのに父親面した変態の暴走」とし、今まで小鳥遊さんにしてきたことをぼかして伝える。
その上で、校長室でのヤツの暴れっぷりというか世迷っぷりも合わせて周知。
こんなヤバい人間は危なくて避難所に置いておけないので放り出すことにした・・・という筋書きを立てた。
避難所も慈善事業じゃないし、ヤバい人間はトラブルのもとだからな。
・・・俺たちもその類のような気がするけど、まあアレだ、気に入らなければ捜索願を出さなきゃいいんだし。
来んなって言われたら行かないしな。
さらに追加で、俺に依頼を出すときはくれぐれも虚偽の記載をしないようにとも伝えてくれるそうだ。
ありがてえ。
正直説得力があるかないかはわからんが、あの狂乱具合を聞いて一緒に生活したいとは避難民の皆様も思うまいよ。
完全に人格破綻者だもん。
実はかくいう俺も途中からなんとか友愛から誘い出して、闇討ちにでもしようと考えていたのだ。
「わかりました、そこまで言うなら会わせましょう」みたいな方向に誘導してな。
おっちゃんの仕込み杖騒動によって有耶無耶になってしまったが。
さすがに、校長室でずんばらりってわけにはいかんでしょ。
掃除とか大変だと思うし。
ちなみにヤツに対して慈悲の心は全くない、まったく可哀そうだとは思わない。
最後の発言でほとほと愛想が尽きた。
元々零に近かったけれども。
神崎さん不細工呼ばわりしたし。
あれほどのアホっぷりなら、生かしておくと碌なことにならん。
小鳥遊さんになんらかの危害を加えられても困るし。
こういう奴は開き直るとマジで何するかわからんしな。
この状況下でこいつを生かしておく選択肢はない。
「ホラよ」
一足先に降りていたおっちゃんが、中島の前に何かを放り投げる。
あの時の仕込み杖だ。
「ボウズ、手ぇ出すんじゃねえぞ・・・おい中島よお、それで俺を殺せたら無罪放免だ、どこへなりと行けや」
そう言うとおっちゃんは短め・・・というか脇差サイズの木刀を取り出した。
・・・それも隠してたのかよ。
「初めはよぉ、大輔の代わりにこいつで一発ぶん殴って、香ちゃんに関わるなって釘刺して終わらせてやろうと思ってたんだがよ・・・」
「だけど駄目だ、アレを聞いちまった以上、殴るだけじゃ済ませねえ」
「遺品のことだけじゃねえ・・・てめえを生かしておくと、香ちゃんに何をされるかわからねえ」
さもありなん、『邪魔者』とまで言い切ってたしな。
「ひひ・・・ひひひぁ!!うるせぇよ馬あぁ鹿!!!!!」
中島はすぐさま仕込み杖を抱え込み、抜く。
そんなもん持ったって、おっちゃんに敵わないのはさっきのことでわかりそうなもんなんだが。
ま、どう見てもまともな精神状態じゃないから仕方ないが。
あの時のぶっちゃけで別の意味でキレちまったのかもな。
「帰るんだぁ・・・!里子の所へぇ・・・!俺は帰るんだぁ・・・!!」
おっちゃんが半身になって腰を落とす。
右肩を前に出し、逆手に木刀を構える。
・・・一分の隙も無い。
「待ってるんだ、里子は・・・!俺のことをぉ・・・!いまでもずぅっと!ずううううううっとぉ!!!!」
仕込み杖を大きく振りかぶり、中島が走り出す。
「待ってるんだあああああああああああああぁぁああああ!!!!!!」
半狂乱で間合いに入った中島が、思い切り振り下ろすその瞬間。
「五月蠅えよ、どぶ鼠」
おっちゃんの右手がブレた。
中島の右手首が、はじかれたようにへし折れ、仕込み杖を落とす。
続いて右肘が反対方向へ曲がり、関節から骨が飛び出す。
右肩に柄尻での打突、目に見えて関節がたわみ、腕が外れる。
「っしぃ・・・ああああああっ!!!!」
最後は裂帛の気合と共に、凄まじい速度の突きが胸の中央へ。
ごぎ、とも、ぼぐ、とも聞こえる衝撃音、
ゆうに3メーターほど吹き飛ばされた中島は、音を立てて地面に倒れた。
無事な左手で、胸を押さえて痙攣している。
「ごぉ・・・!?がっぁ・・・!?ぎ・・・ぎぃい!?」
口からは吹き出すように鮮血が溢れ、さながら陸で溺れているようだ。
打突の角度からして・・・折れた肋骨が両肺に突き刺さったな、こりゃあ。
死ぬほど苦しいし助からないが、かといって即死はできない。
おっちゃんの力量なら一息で喉でも額でも砕けただろうに、そうした。
できるだけ長く、こいつが苦しんで死ぬように。
中島に歩み寄ったおっちゃんが、それをじっと見ている。
何をするでもなく。
憤怒の形相のまま、じっと。
たっぷり3分ほど苦しんだ中島は、自分の血で溺れ死んだ。
「・・・帰るか」
「うん、帰ろう」
俺たちは、中島をそのままにして軽トラへ乗り込んだ。
ああ、サクラが恋しい。
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