第53話 再会と流派の話のこと
再会と流派の話のこと
「あぁ!由紀子の言った通りじゃない!・・・こんなに大きな傷作っちゃって・・・」
病院の玄関脇で一服していると、由紀子ちゃんの母親こと真弓さんに捕まってしまった。
そうか、由紀子ちゃんとおばさんは通信機で連絡を取り合ってるんだったなあ・・・
「化膿は・・・してないわね?ああでもこれじゃ跡が残っちゃう・・・」
「いやあ・・・こんなんなっちゃいました・・・フヒヒ・・・」
おばさんは涙ぐみながら傷を確かめている。
相変わらず優しいなあ・・・
きまりが悪い・・・
もはや気持ち悪い笑顔で受け流すことしかできぬ!
俺はその後しばらくおばさんの気の済むまで傷を触られまくった。
「そう・・・由紀子が元気そうでよかったわ。たまに通信機でも話すんだけど、無理してないかと心配で・・・」
「今は美玖ちゃんや友達も多いですしね。避難所も軌道に乗ってきましたし・・・」
おばさんも落ちついたので、軽く近況報告をしている。
「あの子、小さい時に妹が欲しい妹が欲しいって言ってたから・・・う~ん私も見てみたいわ美玖ちゃん!」
「あっ、写真見ます?スマホのカメラは普通に使えるんで。」
「えっ見せて見せて!」
おばさんに、美玖ちゃんを抱っこした由紀子ちゃんの写真を見せる。
2人とも満面の笑みだ。
こうして見てみると、まるで姉妹だなあ。
「あらぁ~!かわいい!かわいいわぁ!!他の写真はないの!?」
「は、はいはい。」
言われるままに写真を見せる。
一緒にご飯を食べる2人。
洗濯ものをたたむ2人。
目を輝かせて映画に見入る2人+雄鹿原さん。
俺と一緒にソファーで昼寝する美玖ちゃん・・・なんだこれ誰が撮ったんだ!?
・・・神崎さんかな?
「かわいいわぁ~!私も美玖ちゃんに会いたいわねぇ!こっちの比奈ちゃんにも!」
「早く行き来できるようになればいいですねえ・・・」
あ、そうだ。
ついでにおばさんにも聞いておこう。
「おばさん、美玖ちゃんのお母さんのことなんだけど・・・」
おばさんに、役場の避難所について何か知らないか聞いてみた。
「役場ね・・・う~ん、特に何か聞いたってことはないわ。今まで私はあんまり外のことを気にする余裕がなかったし・・・」
ふむ、なるほど。
そりゃあそうか。
「ありがとうおばさん。あ、俺これから役場に行くつもりなんだけど、とりあえずは由紀子ちゃんには内緒にしておいてもらえる?」
「そうね、美玖ちゃんに伝わったら大変だものね!・・・ねえ一朗太くん。」
「はい?」
「・・・うちの人のことなんだけどね・・・」
!?!?!?!?!?
遂に、遂におっさんの話に踏み込んでしまうのか!?
今まで思わせぶりな間や、由紀子ちゃんの闇のある一言で何となく家庭内トラブルの予感はしていたが・・・
聞きたくないから教えなくていいよおばさん・・・!!!
「美玖ちゃんのお母さんみたいに、探してくれなくてもいいから・・・」
「へ?」
「あの人も、世界がこうなったら家になんか帰って来たくもないだろうし・・・」
「は、はあ・・・」
「ごめんね、それだけだから。」
「アッハイ・・・」
どうしよう。
今すぐ土下座したい。
土下座しておっさんは俺が再成仏させたので問題ないです!!って懺悔したい。
「変な話してごめんね一朗太くん!あっそうだ、ちょっと待っててね!」
真剣に土下座しようか悩んでいると、おばさんは急に立ち上がって病院の中へ。
ああん・・・どうしたもんかなおっさんの話。
もう少し状況が落ち着いたら話そうかな・・・
いつまでも黙ってるってのも・・・なあ・・・
「お待たせ!」
しばらく待っているとおばさんが帰ってきた。
手に抱えているのは・・・ぬいぐるみ?
「暇な時に作ってみたの、これ。ここの子供たちの分はもう作っちゃったから、よかったら美玖ちゃんにあげて!」
ほえー・・・これ毛糸で編んであるのか。
あみぐるみってやつだっけか。
かわいらしい熊さんだ。
おばさん器用だなあ・・・
「もし、他にも欲しい子がいたら、由紀子に伝えてもらうように言っておいてね。予備の毛糸はいっぱいあるんだから!」
「うわあ、こりゃ美玖ちゃんが喜びそうだなあ!でもいいんですかおばさん・・・その、もしいっぱい頼んじゃったら病院の仕事が・・・」
「うん、実はね・・・」
おばさんが暗い顔で話す。
なんでも、おばさんが担当していた患者さんたちは元々重病人が多かったそうだ。
そして彼らはこの状況下によるストレスや、薬の不足でほぼ亡くなってしまったそうなのだ。
現在は他の病棟や避難所内の仕事を手伝っているが、時間的に暇を持て余しているとのこと。
・・・うん、そりゃあそうだよな。
定期的に投薬を受けなきゃいけないような重病人には、色々耐えられないんだろうな・・・
悪い事を聞いてしまった。
今度来る時には美玖ちゃんのありがとう動画でも撮ってこよう。
「田中野さん、お待たせしました。」
「こんにちは田中野さん、お元気そうで・・・いや、傷の具合はいかがですか?」
「あ、どうも花田さん、いやいや元気元気ですよ!この傷も神崎さんのおかげですっかり治りました!」
仕事に戻るというおばさんを見送り、また一服していると神崎さんが花田さんを連れて戻ってきた。
うーん、相変わらず花田さんはムキムキで強そうだ。
歩く姿も隙が無い。
「目は無事ですし、いい教訓にもなりました。男振りが上がったと一部で評判なんですよ?」
「はは、そうですか。確かに神崎が・・・」
「い、一等陸尉!!」
「おっと、すまんな。」
「いえ・・・」
・・・俺、神崎さんに陰で顔面ブラックジャック先生とか言われてるのかな?
「神崎から報告は聞いていましたが、かなり活躍されているようで。」
「いやいやいや、神崎さんの活躍がなかったら大苦戦してますって。最悪死んでますよ。」
「わっわたしはそんな・・・」
俺どんな感じに脚色されてんの!?
空くらい飛んでるかもしれんな・・・
「これからも、あなたとはいい関係を維持したいものです。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
花田さんが差し出してくる手を握る。
ひええゴツゴツしてるう強そうぅ。
・・・ん?
なんか手の動きが・・・?
うお!?手首の関節キメにきた!?
咄嗟に下方向に手首をズラして関節ロックを防ぐ。
今度は横にスライドしてきたので踏み込んでねじりを防ぐ。
花田さんもこちらに踏み込み、俺の方につないだ手を伸ばして・・・
ぐおっ!?なんじゃこれ!?
俺吹き飛んでる!?
ナニコレ合気道!?
花田さんそのガタイで合気の使い手なの!?
とにかくこのままじゃ不味い!
つないだままの花田さんの手首のツボに、左手の中指を折り曲げて打突を叩き込み痺れさせる。
そのまま握手をほどき、牽制の左拳を突き出しながら後方に跳び身構える。
「・・・俺は合格ですか?」
「・・・ははは!いやあ素晴らしい!・・・いつからお分かりに?」
「横スライドですね、俺をどうこうする気なら引きながらねじれば筋を断てるはずですもん。」
「なるほど、あなたも指拳での打突のみでしたから、読まれているとは思いましたが・・・」
花田さんは俺の実力を試していたようだ。
こういうやり方は師匠によく仕掛けられていたから何となくわかる。
それに、花田さんくらいの膂力があれば最中に蹴りの一つくらい混ぜてきそうなもんだし。
つないだまま突き飛ばしなんかせずに、無理やり引き寄せて頭突きなんかもありえるな。
あと、一番の理由が後ろの神崎さんだ。
お目目キラッキラしてたもん。
あらかじめ仕掛けるとでも言ってあったんだろうよ。
「しかしびっくりするからやめてくださいよもう・・・せめていくぞ!くらい言ってもバチは当たらんでしょうに。」
「ご冗談を。南雲流相手に正々堂々は鬼門ですから。」
この人も知ってた!?
神崎さん経由で知ったのかな?
・・・いや、奇襲奇策上等な流派を実際に知っていなければあの動きはできんな。
俺が知らないだけでウチの流派ってメジャーなの!?
「田宮先生はお元気ですか?私も若いころ散々立ち会いましたが、最近はめっきりご無沙汰でしてね。あなたが南雲流と聞いてつい・・・」
「師匠と知り合いだったんですか!?・・・随分と世間は狭いですなあ。」
なんてこった!?
師匠と何回も立ち会えるなんてこの人バケモンだぞ!
普通の人間なら1回で嫌になるのに・・・
ちなみに俺はひたすら逃げ回っていた。
あの爺マジで強すぎるからコワイ。
モンドのおっちゃん以上に勝てる気がしないもん。
・・・おっちゃんより年上の癖して。
なお、師匠のフルネームは『田宮十兵衛たみや・じゅうべえ』。
俺も最近は道場に行ってないから知らないが、あの爺がゾンビやチンピラにどうこうできるとは思えないから元気だとは思う。
「それに、あなたが南雲流ならさしてお怒りにはならないと思いましてね・・・」
「あー、立ち会った花田さんも当然ご存じですよねぇ。」
「わた、私気になります!田中野さん!!」
神崎さんが目をキラキラさせながら食いついてくる。
・・・ブレないなあもう。
美人がそんなに男に近付くもんじゃありません!!
「そうか、神崎は知らなかったか。南雲流には細かい決まり事や禁止事項はほぼ存在しないが、ただ1つだけ絶対の取り決めがある。創始者曰く――」
「・・・『こと他流試合においては、その一切断るべからず。』」
要は、
「他流試合からは絶対に逃げちゃダメ!」
という恐ろしく迷惑な決まり事である。
創始者はとんだバトルジャンキーだよもう。
また、花田さんも知らないようだがもうひとつの決まり事もある。
『殊更卒爾、粗野、鬼畜の者。また無辜の民に享楽の刃を振るいし者、生きて帰すべからず。』
これは、
「度を越えて失礼だったり乱暴だったり性格がクソだったり、弱いものを楽しんで殺すようなタイプの奴はぶち殺せ!生かして帰すんじゃねえぞ!!」
という意味である。
花田さんがここにいるということは、そのどれにも当てはまっていないということを意味する。
つまり礼儀をわきまえた善人+クソ強いってことだ。
「はあぁ・・・!素晴らしい教えです!!」
神崎さんが見たことないタイプの顔をしている!
・・・なんかちょっとエロイな。
いかんいかん。
「向こうでは剣術指導もされていたとか、是非うちの隊員たちにも経験させたいものです。」
話がねじ曲がって伝わってるゥ!?!?
「いやいやいや!向こうで指導してたのはモンド・・・中村武道具店の店主でして、俺はアシスタントみたいなもので・・・」
「聞いていますよ、中村さんもお元気そうで安心しました。」
「・・・お知り合いで?」
「あそこの品揃えや各種職人への伝手は素晴らしいですから、武道をそれなりに修めている者には有名です。」
俺の世間がどんどん狭くなっていくなあ・・・
いや、おっちゃんの顔が広すぎるだけだな。
「今この場で本気でやりあえば、神崎が参戦しそうなのでやめておきますが。」
「さすがに現役自衛官2人相手ならすぐに逃げますよ俺は・・・」
「・・・おや。」
「・・・むぅ。」
えっ2人してなにそのかわいそうなモノを見る目は!?
俺が何をしたって言うのだ。
・・・釈然としないがまあいいや。
「花田さん、秋月町の役場のことで聞きたいことがありまして・・・」
「神崎が言っていた子供の母親のことですね?」
話が早くて助かる!
報連相がしっかりしてると楽でいいなあ。
「あそこはですね・・・」
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