第29話 知らない天井のこと

知らない天井のこと








バーコードハゲの避難所を出発し、俺は車を走らせていた。






まったく、今回は油断しすぎた。


無視して帰ればよかったのに、仏心と好奇心のせいでこのザマだ。


自分が情けなさすぎる。


居合の師匠に見られたら殺されてしまう。


まいったなあ。




・・・まいったことがもう一つある。


左ほほの傷からの出血が止まらない。


っていうかこの傷、もっとデカかった。


ミラーで確認したところ、左ほほから顔面を斜めに横断して、右の額までザックリ切れている。


目に当たらなくて本当によかった・・・


右目の視界に赤いものが混じり始めて気付いたのだ。


顔を伝うのが汗なのか血なのかわからんかったし。




肩の打撲は大したことないが、この傷はまずい。


右目の視界がアレなせいで運転もおぼつかなくなってきた。


タオルを巻き付けているが、みるみる赤く染まるのがわかる。


家まで帰りつけそうもない。




・・・仕方ない、気が進まないが友愛高校に行こう。


ここからなら10分とかからずに着く。


校舎のどこかで止血だけでもさせてもらうとするか。




今までの貢献具合と、先日の拳銃納品クエストでそれなりに信頼されているはずだ。


それくらいは頼ってもバチは当たらないはず。


とにかく安全な場所に行かなければ。


路肩で気を失いでもしたらそのままゾンビのご飯にクラスチェンジしちまう。






タオルから溢れた血で、右目の視界はもうない。


なんとか左目だけで運転していると、ようやく友愛の校門が見えてきた。


今日の門番は・・・ダメだ左目まで霞んできやがった。


倦怠感もひどい・・・出血のせいかな?




「こんにちは、田中野さっ・・・!どっ、どうしたんですか!?」




この声は森山くんかな?




「やあ、どうも・・・ちょっと治療したいから中に入れてくれない?駐車場でもどこでもいいからさ・・・」




「はっはい!早く入ってください!!」




あわてて誘導してくれる彼を見ながら、なんとか車を駐車場まで入れる。


うあー・・・安全地帯に入った安心感かなこれは。


意識が飛びそうだ。


ひどく眠くてだるい。


震える手で血染めのタオルを外そうとしていると、急にドアが開き車外に引きずり出される。


あだだだやめてやめて死ぬ死ぬ。




「田中野さん!しっかり!田中野さん!!」




はえー・・・どんな顔してても美人は美人なのだな・・・美人ってすげえ。




いつもとは違って必死に呼びかける神崎さんの顔を見ながら、俺は遠のく意識を手放した。








「知らない天井だ・・・」




あのアニメ見たことあるやつなら絶対言うと思うこれ。


ホントに知らない天井だし。




・・・どこだここ?


夕焼けが窓から見える。


地面が近いな。


建物の1階だろうか。




えーと、俺何してたんだっけか・・・


たしか釣具屋の正面の公民館でハゲが・・・






あっ!思い出した!!






顔をざっくりやられて友愛に逃げ込んだ後失神しちゃったのか・・・


ってことはここは教室かなにかか・・・?




上体を起こしてみる。


あだだだ!顔が引きつって痛い。


触ると包帯が巻かれている。


今更気付いたが右目の視界が真っ暗だ。


かなりしっかり巻いてあるな。




白いシーツが敷かれたベッド。


視力検査の表。


壁に貼られた手洗い推奨のポスター。


救急箱。




ここは保健室か・・・?


懐かしい気分になる。




ゆっくりとベッドから下りて立ってみる。




頭がくらくらするが、これは失血のせいだろう。


レバー・・・は無理だから肉かほうれん草の缶詰でも食って血を増やさねば。


たしか両方家にあったはずだ。




左肩にも包帯が巻いてある。


湿布も貼ってくれているようだ。




うーん、これはイーブンどころではなくでっかい借りができたなあ。


ここまでしっかり治療されたら、借りを返すまでおちおち釣りにも行けないや。




何故か上半身が裸なので寒いし恥ずかしい。


俺の服はどこじゃろか?




部屋の隅のハンガーに、釣具屋で調達した新品の上着がかかっている。


気を利かせて軽トラの荷台から回収してくれた人がいるようだ。


ありがたく着させてもらおう。




ハンガーの横に鏡があったので見てみる。


そこには若干血のにじんだ包帯で頭をグルグル巻きにされた男が写っていた。


うわあ、我ながら重症でござる。




入り口に俺のリュックも置かれていたので、中を漁る。


お、在庫の中に鉄分入りのカロリーバーがあった。


正直効くかどうかわからないがありがたい。




その横には愛刀が立てかけてあったので、リュックと一緒に回収しベッドに戻り腰掛ける。




カロリーバーを咥えながら刀を抜き、刀身のチェック。


あの時は急いでいたので、拭ききれなかった血汚れがいくつかある。


リュックの中からタオルと懐紙を取り出し、とりあえずの手入れを始める。


鞘の中が血で汚れてないか気になるなー・・・




なんてことを考えてたら、入り口のドアががらりと開いた。


そこには目をまん丸にした神崎さんが立っていた。




声をかけようとしたら、滑るように接近してきた。


なんちゅう上下のブレの少ない移動なんだ!恐ろしい!!




そのまま、ほぼ一瞬で肉薄してきた彼女はまず俺から刀と鞘を取り上げ、脇に置いた後。


俺の両肩をそっと掴み。


顔を近づけ――――




「怪我人はおとなしく寝ていなさい!」




「おごぅ!」




そのままどすんとベットに俺を押し付けた。


壁ドンならぬ床ドンですなこれは痛い痛い左肩が痛い!




「アッハイ!スミマッセン!」




目が尋常じゃなく怖いので抵抗せず、言われた通りにする。




「回復が早いのは結構ですが、無理はいけませんよ。」




「アッハイ。」




神崎さんは俺に優しく掛け布団をかけてくれた。


そのままベッドの脇にある椅子に腰かける。


目が怖い。




「・・・それで、一体何があったんですか?」




「実はかくかくしかじkヒィッ!?」




小粋なジョークを挟もうとしたらもう一段階目が怖くなった!


おとなしく話そう、命危険!


というわけで、今回の顛末をつらつらと話す羽目になった。




釣具屋に行ったこと。


その近所で、避難所のようなものを見つけたこと。


隙を突かれていきなり襲われたこと。


全員を返り討ちにしたが傷を負ってしまい、なんとかここまでたどり着いたところで気を失ってしまったこと。




こんなところだ。


我ながら恥ずかしい。


油断が招いた結果だ。




「待ってください、もっとこう、一挙手一投足を詳しく・・・」




食いつくところがおかしい!


ブレないなもう・・・


仕方ないのでもう少し詳しく話す。


別に禁じ手や隠し技なんか使ってないし。


・・・うちの流派では金的は反則ではないし禁じ手でもない。


こう考えるとなかなか恐ろしいな。




「なるほど、満足しました。」




納得じゃなくて満足って言ったぞこの人!


まあ目が普通に戻ったし一安心ではある。




「ところで、俺はどうやってここに?」




一番気になっていたことを聞く。




「私が応急処置をした後、宮田巡査部長がこちらまで運びました。」




うわー、神崎さん宮田さんすいません。


ていうか宮田さん巡査部長だったのか。




すいません!ぶちょ~~~~!




・・・なんか変な電波が混じったな。




「ご迷惑をおかけしました・・・ここの所属でもないのに。包帯まで使わせてしまって・・・」




「何を言うんですか、私を含め田中野さんには随分とお世話になっていますよ。気遣いは無用です。」




うわあ、優しさが逆に辛い。


外の住民との温度差がひどすぎて風邪ひきそう。




「顔の傷は一部が深かったので、私が縫合しました。」




聞けば、左ほほと額の一部はちょっと骨が見えるくらいの傷だったらしい。


ヒエッ・・・そんな深かったのか。


ただ、傷口が鋭利なため比較的早く塞がるだろうし、消毒もしたので化膿は大丈夫だろうとのこと。


うっそ、神崎さんが縫ってくれたの?




「神崎さんってえーと、たしか衛生科だっけ?そこの人だったんですか?」




「いいえ?違いますが?」




「えっ」




じゃあ何?


・・・ラ〇ボーで勉強したとか言うなよ?




「ブラック〇ークダウンで覚えました。」




「そっちかぁ!!あっいだだだだ!?!?」




「冗談です。あまり表情筋を動かすと縫合がほどけますよ?」




ちっくしょう誰のせいだと思ってんだよォ!


前にも思ったけどこの人どんどん面白くなってないか!?




宮田さんの許可は取ったので今日は泊まっていいとのことなので、お言葉に甘えて安静にしておく。


おとなしくなった俺を見て満足したのか、神崎さんは部屋から出ていった。




「皆さん心配してらっしゃいましたよ。特に坂下さんの娘さんなんてそれはもう大騒ぎでした。」




そう言いながら。




うわあ・・・由紀子ちゃんにも見られてたのか。


トラウマになってなければいいけど。






いかんなあ・・・この恩は返さなければ。


丁度いいのでこの機会に戦術の練り直しと反省もしておこう。




今回の反省点は何といってもホイホイ敵の誘いに乗ってしまったことだ。


結果として勝てたので良かったが、思い返しても博打の要素が多すぎる。




悲しい話だが、初対面の人間を信用しないほうがよさそうだ。


人の心の荒むこと麻の如し・・・なんて、名作映画のお坊さんも言ってたしな。




そして今回でめでたく手裏剣を使い切ってしまった。


こんなに早く完売するとは思わなかったなあ・・・人気商品だ。


有用なのはよくよくわかったので、すぐに量産しておこう。




ヘルメットのおかげで命拾いしたが、さっき確認すると頭頂部の部分にデカいヒビが入っていた。


ライトは外しておいたので無事だったのが幸いだ。


これも新しくてもっと頑丈なものを用意する必要がある。


生死不明の妹よ・・・お前のおかげで兄ちゃんは助かったぞ。




あと、肩や肘にプロテクター的なものを付けた方がいいな。


今まではあんな大人数に肉薄されたことがなかったが、ああも乱戦だと2、3発は打撃をもらうことを覚悟しなければならない。


あまり防御に偏りすぎると今度は動きが鈍くなるので、そこらへんだけ防具を付けておこう。




ヘルメットにプロテクター・・・バイク用品店に向かう必要があるな。


何かしらここに借りを返しておく必要があるし、釣りはまだまだお預けだな。




もやもやと考えていると外が暗くなってきた。


今日はもう休もう。




『明日できることは今日やるな』




俺の尊敬する漫画家の名言を思い出しながら、俺は眠りについた。

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