第28話 釣り準備と生存者コミュニティのこと

釣り準備と生存者コミュニティのこと








翌日、俺は自宅から車で20分程度のところにある釣具屋に来ていた。


以前からよくおやじと利用していた場所だ。




釣りに行くとすると準備が必要である。


幸いテグスやら重りやらの細々したものは家にたんまりある。


おやじが重度の釣りキチなおかげだ。


ルアーなんかもかなりの数がある。




じゃあ何でここに来たかというと、他にいるものがあるからだ。




というわけで早速店内に入rくっさああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


うおおおおなんじゃこれ!?!?!?




慌てて外に離脱し、息を整える。


何だ今の臭いは・・・?




あっそうか!


餌が腐った臭いだ!


・・・電気が止まったからゴカイとかオキアミとか練り餌とかが大変なことになっているらしい。




入りたくねえなあ・・・




大変テンションが下がるが、そうも言っていられぬ。


厚手のタオルを口と鼻にあてがい、首の後ろで結ぶ。


ガスマスクとかどっかに売ってないかなあ・・・


超大型通販サイトで買っとけばよかったなあ・・・




意を決して店内に侵入。


タオルを貫通してくる悪臭に悩まされるがさっきよりはマシだ。


レジの後方に存在する餌コーナーに近寄らないようにしながら、店の奥へ進む。


ゾンビもこの悪臭が嫌なのか知らないが、店内に気配はないようだ。


もちろん店員の姿もない。




今はまだ市内に物資が残っているせいか、釣り道具の在庫はたんまりとある。


この先物資が欠乏してきたらここも略奪の対象になるだろうな。


今のうちに必要なものをいただいていこう。




棚を回り、テグスや重りをいくつかもらう。


家にもあるけどこういうものはあればあるだけいい。


釣り以外の用途にも使えるしな。


普段なら絶対買わないであろうお高めの釣り竿とリールもついでにいただく。


こいつも、いくらあっても困らないしな。


家にあるおやじの釣り竿はもっと高いはずだ。


『母さんに殺されるから値段は言えない』なんて言ってたから、あれはあまり使いたくない。


俺の釣り竿もそこそこ愛着があるので、ここで回収した釣り竿を使うことにする。


トラブルがあって無くしたりしても元手がタダならさほど惜しくはないしな。




ルアーの棚からワームと呼ばれるミミズみたいなものをいくつかもらう。


鯵はこれでよく釣れる、らしい。


おやじの愛読する釣り雑誌に書いてあった。




いつもなら、コマセと呼ばれる小さいエビみたいなものを籠に詰めて釣る『サビキ釣り』で簡単にバカスカ釣れるのだが、餌はあの地獄絵図だ。


生餌がダメなので基本的にルアーで釣れる魚を狙う必要がある。


他にもイカに使えるなんか魚みたいなルアーも持っていく。


イカは鯵を食べるので、似たような場所によくいるのだ。




次に行くのはフィッシングナイフの棚だ。


ここが今回の目標その1だ。


家の包丁を持って行ってもいいが、どうせここにあるので専用のものをもらっていこう。


選ぶのは折り畳みできるものではなく、普通の鞘に入っているタイプだ。


可動部がなんか錆びやすい気がするからね。


刃渡りが10センチくらいの小型のものと、皮の鞘に入るデカいものを選んだ。


某ベトナム帰還兵御用達くらいのサイズがよかったのだが、さすがにこにはないか。




いやあった、渓流釣りコーナーに刃渡り30センチオーバーの剣鉈が!


なるほど鉈とは盲点だったな・・・


ちなみに剣鉈とは読んで字のごとく、剣みたいな形の鉈のことだ。


通常のものは腰鉈と呼ぶ。




大型ナイフは返して、小型2つと剣鉈を持っていくことにした。


小型のものは魚をさばくのに使えるし、剣鉈は脇差の代わりに武器にもなる。


日本刀より乱暴に扱ってもよさそうだしな。


こいつならもったいなくないからゾンビ相手にも使えそうだし。


・・・どんどん武装面が充実してくるような気がする。




おっと、釣り用の指ぬきグローブも2セットほどもらおう。


これ便利でいつも使ってるから劣化が早い気がするし。


あと洗濯も必要だしな。


ついでに今も着ている釣りベストとシャツとズボンに似たようなものを色違いで2着ほど。


・・・洗濯も必要だしな。これから梅雨に入ると乾かすもの一苦労だ。


大荷物になってきたから1回車に戻るか。




荷台に戦利品を積み込む。


早速入手した剣鉈を尻側のベルトに固定してみる。


若干重いが問題はなさそうだ。


右手で逆手に引き抜くことになるから練習が必要だな。




再度店内へ入り、悪臭を我慢しながら奥へ進む。


・・・前に来た時はここら辺にあった気がしたんだが・・・




あった!目標その2にして大本命!


それは『ポータブル冷蔵庫』と『ポータブル製氷機』だ。


両方とも電気式で、充電しておけば使えるタイプだ。


家では発電機が絶賛稼働中なので、これで釣った魚が保存できるってもんだ!


ホームセンターはこれ系が全滅していたので探していたんだよな。


例によって性能が一番よさげなものをチョイスした。




よしよし、なんとか釣りや今後に役立ちそうなものをゲットできたな。


これで充実した釣りライフが確約されたようなもんだ!


・・・釣れればだけどもね。






家に帰って釣りの仕掛けやらなんやらを準備しよう。


そう思って車に戻ろうとすると、視線の先に妙なものが見えた。


釣具屋から道を挟んだ向こう。


そこには3階建ての公民館があるのだが、そのベランダに大量の洗濯ものが干されている。


よく観察してみると、1階部分の窓や玄関がすべて封鎖されている。


来た時は釣り具のことしか考えてなかったから目に入らなかった。




小規模な避難所って感じか。


そりゃ、警察や自衛隊以外で避難所を運営しているところもあるわな。


仲間内だけでひっそり固まっていたい奴らもいるだろうし。


それが究極進化すると俺みたいなロンリーマンが出来上がるわけだが。




まあいいや、用事も済んだしかーえろ。


荷物を積み込み、車に乗り込んでエンジンをかける。


駐車場内でUターンして帰ろうとすると、避難所のベランダに人影が見える。




こちらに手を振っている・・・いや手招きをしているのか?


うーん・・・何か用事でもあるのだろうか。


こちらとしては特にないのだけれども。


どうしようかな。


まあ、寄るだけ寄ってみるか。


ヤバかったら逃げればいいんだし。




そのまま道路を渡って公民館の正面に停車。


木刀とリュック以外の装備はそのまま身に着けて車から降りる。


ベランダの下まで行くと、上から人の声がした。




「やあ、こんにちは!」




顔をのぞかせたのは60代くらいの普通のおじさんだ。


最近見ないような見事なバーコード頭をしている。




・・・あれってどういう意図があってああしているんだろう?


俺なら禿げてきたら潔くツルツルにするんだけどなあ。


俺もオッサンになれば考えが変わるのかな?




「こんにちは。ここは避難所ですか?」




「ああ、そうだよ。といっても近所の顔見知りが集まっているだけなんだけどね。」




上を見上げながら話をする。




「それで、俺に何の用ですか?先ほど呼んでいらっしゃるようでしたが。」




「ああ、それなんだけどねえ・・・最近外はどうだい?警察や自衛隊なんかは動きがあるかい?」




「あー、そうですね・・・」




ふうむ、世間話がしたかっただけかな?


まあ面倒ごとを押し付けられるんじゃなくてよかったか。


その後も何かと質問をされるので、聞かれるがままに答える。


会話に飢えてたのかしらおじさん。




「なあるほど。よくわかったよ、ありがとうね。」




「いえいえ、これくらいでしたらなんとも・・・」






ふいに、公民館の左右に人の気配がある。




まさか。




左右から同時に走る音。




視界の隅に見えた金属バット多数。




振り返らず後方に飛んで距離をとる。


左右から走り寄ってくる人影。




全員バットや棒状のもので武装しているのが見えた。






あ~なるほどね。


そういうことかよ。




畜生!!!!!!


やってやろうじゃねえかよォ!!!!!!




右の方が若干近い。


手裏剣を投擲。


先頭の男の胸に突き刺さる。


死ぬかなあれは?まあ気にしている暇はない。




そのまま左側の先頭にも投擲。


股間にドンピシャで刺さったのが見えた。




「ギ!!!!」




うわっ痛そう。




両側の先頭がひるんだので、後続の動きも遅くなった。




そのまま右側に飛び込みつつ抜き打ちを放つ。


バットを持つ男の右腕を切り裂いた。


数が多すぎて手加減をしている余裕がない!




まあ襲ってくる方が悪いしな。


恨むならゾンビ並みの頭の悪さを恨めよ。




「シッ!!」




「おごっ!?」




最後尾でアホ面をさらしていた男の股間を思い切り蹴り上げてやった。


うちの流派は足技と急所攻撃が豊富な外道流派なのでこういう時に助かる。


居合とは・・・?まあいいや。




そのまま崩れ落ちたそいつの上を飛び越し奥へ。


誰もいないのを確認すると振り返る。


よっしゃ、残りは4人だ!




頭に急に衝撃がくる。




「いってぇ!?」




視界に散らばる陶器のかけらと土。


植木鉢か何かか!?


上から落とされた!




外壁から横っ飛びに離れる。


首が痛み、若干視界がちらつくだけで問題ない。


ヘルメットかぶっててよかった!!




屋上に人影が見える。


あいつか!!




「死ねこの野郎!!!」




当たれば幸いと手裏剣を投擲。


壁に突き刺さったが牽制にはなったようだ。


引っ込む人影。


今はこれでいい。




屋上からの投擲物を意識しつつ、前方へ迂回しながら突っ込む。


息が上がる前に全員やらないと俺がやられる!!




1人目。


俺が振り上げた刀を防御しようと、バットを上げてくる男。


振り下ろすと見せかけて瞬時に右脇に構え、そのまま横凪にする。


左腕の肘をざっくりと切られ、悲鳴を上げる男に左肩から体当たり。


後ろにいたやつにぶつけて動きを止める。




2人目。


ぶつかってきた仲間に視線を向けるそいつに手裏剣を投擲。


鎖骨周辺に突き刺さる。


もう一本投げる。


腹部に命中。


膝を落とし、腹を押さえようとしたそいつの顔面に前蹴りをぶち込み倒す。




3人目。


長い鉄パイプを振り下ろしてくる。


避けられない距離なので思い切り踏み込み、あえて左肩で受ける。


速度が出ない場所なのでダメージは薄いが、それでも痛いものは痛い。


手裏剣を抜き、そのまま逆手に持って左の太腿にそのまま思い切り突き刺し、ぐりぐりと動かして傷を深くする。


これで手裏剣の在庫はあと1本。




ラストの4人目ェ!


横から顔面に棒が迫る。


ギリギリ体を反らせてかわしたと思ったら、左ほほに熱さに似た痛みを感じる。




あっつ!先端に包丁かなんか結んでやがったな!!




やつは思い切り棒を振り抜いたので、勢い余って無防備な背中をこっちに晒している。


もう一度やられてはかなわない、下段から奴の右脇を切り上げた。


ぱっくりと開いたシャツの奥から、大量の鮮血が飛び散るのが見える。


でかい血管を切断したようだ。


喚くそいつの太腿を切りつけ、地面に蹴り倒す。




・・・これでラストか?


おかわりはないか?




ぜいぜいと息を吐く。


息が上がるギリギリのところだった。




打たれた左肩と切られたほほが、心臓の鼓動にあわせてずくんずくんと痛む。


ほほの方はかなり深い傷のようだ。


生暖かい血がどくどくと流れ落ちるのを感じる。


あー、いってえな畜生。


傷が残りそうだ。


俺が美少女じゃなくて助かった。






「ああああああああああ!死ぬ!死ぬう!!」




「たすけっ・・・助けてっ!!」




「がああああこの野郎殺してやるっ!!があああ!!」




息を整えながら、屋上を気にしつつ倒れている奴らを観察。


だいたい無力化できたが、威勢のいい奴が1人いるな。


左肩を殴ってきた奴だ。


元気はいいが太腿をダメにしてやったのですぐには立てないだろう。


一生使い物にならんかも知れないが。


俺の知ったことじゃないね。




あとは転がって呻くか叫ぶか失神している。




なんとも、とんでもねえ避難所だなここ。


こないだのコンビニを思い出す。


随分と手慣れた様子なので、今までにも何回か同じことをやってるかもしれない。


ますます人間が信用できなくなってくるな。




しかし、俺の馬鹿野郎!ウカツ!!もっと気をつけないとダメじゃないか!




これからは外で出会うやつらは全員敵として見ることにしよう。




屋上に人影が見えたので、足元に落ちていたバットを拾って思い切り投げる。


今度はしっかりどこかに当たったようだ。


悲鳴と倒れる音が聞こえる。




さっさと帰ろうと歩き出すと、前方の壁の影から初めに話していたバーコードハゲが出てくるのが見えた。




戦果を期待していたのだろう。


脂ぎった顔にきったねえ笑みを浮かべていたが、地面に倒れる男たちを見てみるみる顔色が変わる。


無事な俺に気付くとあわてて逃げようとするが、逃がすもんかよ。


最後に残った手裏剣を渾身の力を込めて投げると、背を向けたやつの左肩に深々と突き刺さるのが見えた。




「ぎゃっ!?!?!?!」




一気にダッシュし、勢いをそのままに背中に飛び蹴りを食らわしてやった。


アスファルトの地面に顔面から突っ込んだハゲは、よくわからない悲鳴を上げてもがいている。




視界の隅で、地面でのたうつハゲを見ながら刀を確認する。


受け太刀・・・防御はしていないので刃こぼれや歪みはないように見えるが、いかんせん何人も斬ったので血のりがひどい。


血ぶりをしてから服の袖で刀身を拭って応急処置をし、納刀する。


歪みはないようだな、よかった。




「おい、随分とやってくれたな。」




「ひっ!?まっ待って、ちょっと待ってく・・・」




うつ伏せでもがいていたハゲに声をかけると、立ち上がろうとちょうど四つん這いのような体制になった。




「オラぁ!!!!!!!!!!!!」




蹴りやすい位置だったのでサッカーボールよろしく股間をシュート。


ハゲはもう一度倒れると声にならない悲鳴を上げてもがく。




「いちいち殺して回るのも面倒だから・・・それで勘弁しといてやるよ。」




まあ何人かはひょっとしたら死ぬかもしれないが。


・・・壊滅した方がいいやこんな避難所もどき。




「次は無いから覚えとけよ。見かけたらてめえら全員、手足斬り落として魚の餌にしてやるからなぁ・・・」




そんな面倒なことやる気もないし会いたくもないが、一応脅しておく。


そんなもん撒き餌にして釣った魚なんて絶対食いたくないし。




そのまま愉快に振動するハゲの横を通って、車に乗り込む。


エンジンをかけ、道に出る。


ふとバックミラーで確認すると、公民館の奥の住宅地からゾンビが10体ほど出てくるのが見えた。


あれだけ悲鳴上げてればそりゃ気付くよなあ。


危なかった。




どうやらあそこの壊滅は案外すぐに訪れそうだ。






ゾンビの叫び声とそれとは違う何人もの悲鳴をBGMに、俺は車を出した。


地獄に落ちろ屑どもめ。

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