四月十三日 春のしらせ
この国の春と共に帰えってくる【ふね】は、ちょっと変わっている。文科省に望まれて生まれたのだが運用するのは防衛省という、人間でいえば父が二人いるような状態だ。そして、二人の父それぞれが名付けたために、名も二つ。【船】と【艦】のものがあるそうだ。そんな【ふね】が、今年一番目の一般公開に選んだのがこの横浜だ。自分のレトロな操舵室から見える鮮やかなアラートオレンジは、お台場にいるかつての同僚を思い出させる。それに同じ海を生きる仲間だ、挨拶をするのも悪くない。
お気に入りの赤いストールを羽織り、一般公開の列に並ぶ。私の後ろに並ぶ人が続々とやってくるのを見るに、人々のロマンと希望を乗せた南極観測船はいつの時代も人気なのだと実感する。少し急な灰色の舷梯を登れば、すぐにこの船の【艦霊】の笑顔が見えた。
「ご無沙汰してます」
【艦霊しらせ】は私の姿を認めると丁寧に頭を下げる。所作は丁寧で礼儀正しいのだが体格が良いのでそれだけでもなかなかの迫力がある。
「お勤めご苦労様」
「ありがとうございます、あっ!」
【しらせ】は何かに気が付いたようで、その場で一歩下がり柔和な笑顔から真面目で精悍な表情を作った。そして、大きな船特有の少し広めに脇を開けた敬礼をする。
「ただいま帰ってきました」
「おかえりなさい」
その言葉に応えると【しらせ】は再び柔和な笑みを浮かべた。航海に絶対の安全は無い。だからこそ皆が努力して無事を積み重ねながら海を渡っていくのだ。『ただいま』と『おかえり』が言える事はその努力と奇跡の証拠に他ならない。
「それじゃあ、またどこかで」
「はい」
そろそろ進まなければと、お互いに別れを告げる。折角の機会なので、しっかりと見学させてもらうつもりだ。
ただ一点の彼方より。
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