十一月十四日1050-1102 ゆうべつの進水
目を覚ますと、太陽はもうすっかりと上がっていて、冷たい海風が頬を撫でる。これが【弓削丸】の言っていた冬というやつだろうか。
「やっと起きたか。 早う着替ぇ」
のんびりと目の前の海と小船たちを眺めていると、【タマノ】が駆けてきた。そして俺に黒い服を手渡した。
「これなに?」
「お前の制服じゃ」
「制服?」
「寝惚けとるんか? あとちょっとで進水式じゃ」
「進水式!」
昨日の夜に【霊入れ】をして、そのまま寝てしまったのですっかりと忘れていた。大急ぎで白単を脱ぎ、真新しいジャケットに袖を通す。【霊入れ】をしたためだろうか、昨日よりもハッキリと周りの事が分かる。
「ネクタイ締めれるか?」
「分からない!」
【タマノ】が黒い帯を俺の首に巻き、モヤイ結びとは違うよく分からない動作で括り最後にキュッと首元に寄せる。
「あとで【かしま】に教えて貰えい」
「はぁい」
「ほれじゃあ、行こか」
「はぁい」
【タマノ】の後を着いていけば昨晩と同じ場所、二号船台の下にでる。目の前には自分の本体である艦、後ろには紅白の幕で飾られた式台と、辺りを見回せば同じような黒い制服を着た人たちと造船の従業員たちがいる。
「本艦をゆうべつと命名する」
低い男の人の声がマイクを通して構内で反響する。それを合図に支綱が切られると、紅白の鬼灯型の薬玉が開き、シャンパンの瓶が舳先に当たって鈍い音を立てる。
「なんか痛そう」
俺の呟きを肯定するかのように艦はゆっくりと動き出した。船笛が産声のように玉野の空に響く。俺はようやく生まれることができたらしい。
「おめでとう【ゆうべつ】。 待ち遠しかったか?」
「長かった」
「ほうか、でもな、これからが長いぞ。 色んな物をよく見てよく学べ」
「はぁい」
君が人と有る艦になりますように。
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