九月二十六日1000 によどの進水
ほんの少し冷たい心地良い風が吹いている。自分の目の間にはまだ名前のない艦がドックの中で静かに浮いている。ブツリとマイクの電源が入った低い音が鳴る。次いで聞こえるのは知らない男の人の声。
「本艦を『によど』と命名する」
「【によど】」
自分が復唱すると同時に下からは金のテープが、空にはパステルカラーの風船が舞った。なぜだか分からないけれど、その光景にぎゅうと胸が締め付けられて目の奥が熱くなる。
「おめでとう、【によど】。 お前の行く先が安穏であることを祈っている」
「ちぃと難産だったかもしれんが、お前はきっと大きく育つ。 前を向いて行きなさい」
二人の【ククリ】と【タマノ】が自分の肩を叩いてそう言祝いだ。堪えきれなくなった熱いものが目から溢れて、頬を伝い、そうしてコンクリートの岸壁を少しだけ濡らした。
他人は生まれる時に泣くのだという。
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