二月九日 もがみと土佐
長崎の【亡霊】に気が付いた俺に、『気になったことは自分で調べれば良い』と【ククリ】は言った。
【道】の資料庫には長い歴史の中で【座敷童】や【艦霊】が収集した書籍や資料がたくさんある。年代順に几帳面に並べられた資料の中には、当時の……百年前の旗艦が管理のために作成した名簿も存在していた。そして、その中には勿論【土佐】の名もしっかりと刻まれている。そんな訳で、俺は長崎の【亡霊】の生涯をなんとなく把握することができているのだ。
「【土佐】」
立春過ぎの冷たい空気に俺の声が響く。今日は二月九日。戦艦土佐が水平線の下にその身の所在を移した日だ。
【なんだ、クソガキ】
「【土佐】もガキでしょ」
【反抗期はやめたのか?】
「好きで反抗してるんじゃないよ」
【土佐】の態度は昨年の十月、俺の公試以降に随分と軟化した。それこそ、呼べば応えて嫌味と軽口の間のようなことを言うくらいだ。
【言いたいことがあるならさっさと言え】
俺が言葉を探していると思ったのだろう、【土佐】は早く言えと言いたそうに俺のことをにらみつける。
「……沈むってどんな感じなの?」
【本当に聞きたいのはそれか?】
「聞いてるのは俺なんだけど?」
【まあ、いい。俺の場合だが、霊抜きはしていたから特に何も感じない。海の上に本体がないただそれだけだ】
【土佐】はなんでもないこともないように答える。この艦は他の戦没した艦とは違う最期を迎えたのだから当然といえば当然なのだろう。
【それに沈んだから何だというんだ】
【土佐】は続ける。
【俺は沈んでからの方が長かった】
「長い反抗期だなあ」
【反抗期はお前だ】
【土佐】は面白い物を見るように目を細めて口角を上げる。
【お前が泣いて叫んで嫌がっても、何が何でも旗は上がる。百年前とは違うからな】
【土佐】は昔を懐かしむように語る。
【あと四十年くらいはここにいてやるよ】
そう言うと【土佐】は幽霊のようにフッと姿を消した。
薬玉はもう割れている。
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