Ep.9 歓待されたまれびと 前

 「ばぁぁ!ゆ、夢か……ハラハラする夢だったなぁ……」


 〈俺は今までの会話のやりとりが全て夢だったと知った。だが、体のある部分に違和感が残ったままだ。それはどこか右手を使い違和感が起こっているカ所を探る。〉


 「ここか?いや違うなぁ……こっちか!ここも違う……もしかして背中か?」


 「!?やっぱりここだったか……」


 〈思い出した。夢の中で背中に緑色の光を入れられたのを思い出したのだ。名前も思い出した。確かウェクヒとアコリウィは言っていた。……そういえばあの時どうしてアコリウィが姿を現したのだろう。布団から上半身を出してしばらく考えた。〉


 「ダメだ、全然分かんねぇ。とりあえず外に出てみるか……」


 〈夢の中で出てきたあの3人は俺のことをまれびとと呼んでいた。そして俺のことを精霊にするとか言っていた。自分もその話には興味がある。〉

 〈なぜなら精霊になれば自分の住んでいた地区の人間が作った街を見つけられる能力を得られると聞いたからだ。所詮、夢の中での話なのだが他に有力な話がないのでそれに従うしかない。その思いで俺は寝室の扉を開けた。〉


 「うぅ……良かった。怪物なんていないよな?」


 〈さっきの夢の中のトラウマがまだこびり付いている。朝に感じるヒンヤリとした空気がその怪物を連想させるのだ。紛らわしい……。顔を左右に振ってしっかりと目の前に集中せねばならない。今やるべきことは階段を降りることだ。一段一段丁寧に段を踏んでいく。〉


 「ここって昼間でもこんなに暗いんだな。案内されてなかったらお化け屋敷だと思うぞ?」


 〈この旅館?の暗さに驚いた。これもこの世界の作用なのだろうか。少し気にもなったが今は立ち止まっている時ではない。〉


 「うわぁ……朝でも人通りの多いところだなぁ。取り敢えず行ってみるか」


 マテリは人通りの多い街に向かって一歩一歩足を踏み出した。街は人々の話し声で溢れている。その様子はマテリの住んでいたチゴペネとよく似ている。

 

 〈それにしてもチゴペネの商店街を思わせる雰囲気に懐かしさを感じる。だがここは異国、いや異世界だ。昨日の通り言葉は通じず仕草だって違った。当分ここで暮らすことになるだろうから覚悟せねばならない。自分のメンタルは持つのだろうか。不安になってくる……。それを承知で先に進む。〉


 ついにマテリは人々の行き交う街の通りまでやってきた。異国での厳しい生活を覚悟したマテリだったが、ここで彼はある異変に気付く。それは行き交う人々の声を聞いた時だった。


 「あれ?何で言葉が分かるんだ?昨日は何言ってるか分かんなかったのに」


 〈何故だろう?どういうわけか昨日は雑音にしか聞こえなかった村人の話し声が一言一言理解できたのだ。たった一晩で新しい言語を流暢に話すことなど普通の人間には不可能である。もちろん自分だってただの人間だ。何かの力が宿ったに違いない。というより間違いない、夢の中で入れられたあの緑色の光の影響だろう。〉


 〈確かアコリウィや3人はウェクヒと呼んでいた。このウェクヒを背中に入れられてから村人のことが頭から離れなくなった。忘れようと振り払っても蜜に群がる虫のようにたかってくるのだ。まぁ良い、別に村人は俺に何か悪さしたわけでもない。支障はないだろう。特に気にしないよう心がけよう。〉


 「おい!皆見ろよ。まれびとが歩いてきたぞ。ここだここだ」


 マテリを見つけるやいなや村人は彼に興味津々だ。村人の一人がマテリに近付くと芋づる式に他の村人も近寄ってくる。


 『本当だ、これがまれびとかぁ。言い伝えよりもヒョロヒョロだなぁ。』


 『お前これ食うか?ちょっとは太らないと倒れるぞ?』


 〈凄い……話言葉が分かるだけでこんなに安心感に違いが出るとは。昨日の不安感が頭の奥へ奥へとしまわれていくのが分かる。〉


 〈村人が自分の言葉を理解しているのではない。自分が村人の言葉を理解できる能力を得たのだろう。今まであまり使わない部位の筋肉を使って話しているため舌に痛みを感じる。それに声を出している部位も違う。いつもよりもっと喉の手前から声を出している感じだ。言葉を理解できる能力を得たとはいえ、体はまだ慣れていないようだ。慣れない動作なので時々つっかえて咳き込むことがある。そんな中で俺は集まってきた村人に自己紹介する。〉


 「や、やぁ。俺はマテリっていうんだ。ここに来る前はチゴペネって街に住んでたんだ。皆はチゴペネって知ってるか?」


 『へぇ、マテリ……か。この辺じゃ全然聞かない名前だね』


 『そんな街聞いたことないね』


 『そこって何を食べてるんだい?』


 〈各種様々な返答だ。流石異世界、これが旅行であれば文句はないのだが……。〉

 〈村人は自分を歓待しているようだった。こういう待遇を受けると何だか嬉しくなってくる。そして同時に恥ずかしさもこみ上げてきた。そのせいで顔が赤くなり始めた。〉


 「マテリ!」


 〈誰だろう。多くの村人の声をかき分けて聞き覚えのある声が聞こえてきた。自分よりも低い声だ。やがて声だけでなく人の姿も表れる。〉


 「マテリ!ちょっとこっちに来てみろ」


 〈また彼は叫んだ。俺は言われたとおり村人をかき分けて彼の方向へ進んだ。かき分けることに村人の数は減り、彼全体の姿が見えてくる。〉


 「よぉ、俺だ。デナキュガだ。よく寝れたか、待ってたぞ?まれびとさん」


 〈やっぱり。彼は夢の中でアコリウィとコミュニケーションをとっていた3人のうちの1人だ。他の2人は無口だったが彼だけは夢の中で自分にも話しかけてきた。そのおかげなのか初対面の人間に会ったときにくる緊張感は感じなかった。どうやら夢の中の会話が現実であるこの世界にも繋がっているようである。〉


 「あ、あぁ……マテリだ。昨日夢の中にいた3人組の1人だよな?俺のこと覚えてるか?アコリウィの隣に立ってた男だよ。夢のなかじゃお前にまれびとだって何回も言われたんだ」


 〈俺は彼に手を差出す。挨拶のつもりだ。彼は無言で差し出した手を握り離した。その表情は笑っている。そして手を離した次に大きめの声で歓迎の声を挙げた。〉


 「ははっ!よろしくな。言い伝えにあった人間に会えるなんて俺もワクワクしてるんだ。ほら、皆にも顔見せろよ?」


 デナキュガはマテリを顔をまた村人の方に傾けた。この時に正式に村人はマテリが言い伝えに出てくるまれびとであると信じた。


 「デナキュガ、お前凄いな。お前が喜んだら皆俺のこと喜んでるぞ。もしかしてお前、この村の酋長か何かなのか?」


 〈自分の頭の中では、こういう村には長が居て、長が命令すれば村人は従うという社会構造を持っているという世界を想像する。この村もその例に漏れずトップが強力な権力を振るう社会だろうと思い聞いてみたのだ。〉


 「俺は客人が来た時の案内役ってだけだぞ?俺が来た時に皆が下がったのは俺が客人の案内役の力を与えられてるからだよ。それ以外は何の力も持ってない。ここの村は力をそれぞれ分散してるんだよ。1人だけ威張る奴なんて見てたらこの先やってらんねぇよ」


 「???悪い、早口過ぎて聞き取れなかった。もう少しゆっくり頼む」


 〈自分が聞いていたのとは違い過ぎて単語が途切れ途切れにしか入ってこない。彼の言葉は速い。〉


 「いいか?俺は外から来た人間、つまりお前みたいな奴の世話をする役があるんだ。この村の決まりごとだよ。他にも村をまとめる役とか儀式を行う役とかそれぞれ役が違う奴がいるんだ。さっきより分かりやすく言ったつもりだぞ?」


 「あ、あぁ。分かったよ。ありがとう。それと、改めてよろしくな?」


 〈彼はさっきよりもスピードを落として単語の一つ一つを丁寧に発音した。そのおかげで彼の話の内容は概ね理解出来た。この方式を取っている社会は初めて聞いた。村の社会もよく出来てるんだなぁと関心してしまう。そしてデナキュガは自分の世話係、当面相手をしてもらうことになるのだ。良い信頼関係を造りたいものだ。〉


 「じゃあ、そういうことで村人にも顔見せろよ」


 「えっ?ちょ……」


 「苦しい……。落ち着けって、皆落ち着いてってば……」


 〈デナキュガの押す力が強すぎて村人の波の方へ傾き飲まれてしまった。村人達の力も強力だった。何せ波に飲まれて息をするのも困難なほどだ。肉に群がる動物のようだ。この時は村人が人間とは思えなかった。〉


 「おい、ちょ……、たす…助け」


 〈どんどん村人が寄ってくるので人間の肌はまるで石のように固い感触をしてきた。まずい、このままだと押し潰されてしまうかもしれないと本気で考えた。〉


 「あっ、やべ!」


 マテリは村人の波に押されついに気を失ってしまった。それからもしばらく群衆の動きは続いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る