Ep.8 夢の中の友人
「うわぁ!く、来るなぁ!」
〈まただ、また怪物が自分目掛けて襲ってきたのだ。窓を眺めているとそこには鋭い爪を光らせた怪物がこっちをじっと見つめていたのだ。〉
「うぅぅ、どうやって逃げろってんだよ。これじゃあ動けねぇじゃん!」
〈もうパニック一歩手前だ。なぜなら逃げ場がどこにもないからだ。額からは恐怖で冷や汗が出て、手足はガクガク震えている。今にでも逃げ出したいが今まであったドアが消えている。それに震えた足は自分の言うことを聞いてくれない。まるで怪物に足の感覚を乗っ取られたかのようだ。〉
「ほらあっち行け!あっち行けって、俺は食ってもまずいだけだぞ!おーい、おーい誰か!誰か来てくれ!」
〈その中で出来ることはただ一つ。叫ぶことだ。来るな!と叫ぶことで相手は一瞬怯んだ仕草を見せた。こうして叫んでいれば諦めて逃げて行くかもしれない。それに外にいる誰かが気付いてくれるかもしれないのだ。その希望を捨てずに叫び続ける。〉
「!?何だあれ、おーいこっちだ!助けてくれ!助けてくれよ!」
〈怪物を目の前に必死に叫んでいると奥から微かに白い1人の人影が現れたのだ。これはチャンスと感じ、藁にも縋る思いでその人影に呼びかける。〉
「頼む、気付いてくれ!」
〈決死の思いで手を上に挙げて左右に降る。そのかいあって白い人影は自分の声に吸い寄せられるようにこっちに近付いて来た。〉
❝バーン!❞人影から放たれたのは同じく白い光だった。それが波打ちながら四方八方に広がり怪物は逃げていった。
〈何が起こったのかは分からなかったが怪物が逃げていくではないか。人影は一体何者だろう。怪物がいなくなったことでそれまで震えて動かなかった手足が嘘のように軽くなり、すぐにその人影の方へと走った。〉
「おーい!こっちに来てくれないか?」
〈まるで公園にいる友人を偶然見つけて走り出す時の気分だ。近付くうちに白い人影からは輪郭が映し出されそれが人だと確信することが出来た。そして次の瞬間、俺はその正体に驚愕することとなった。〉
〈「あれってまさか……アコリウィだよな?」目に映ったのは友人のアコリウィという男だった。自分には何人かの友人がいるが彼は自分の住む地区とは異なる地区に住んでいて、普段遊ぶ友人とは少し感覚が違う。そして池に石を投げたことを怒ったのも彼である。その友人が声をかけてきた。
〈「もしかして……マテリ!お前、どうしてこんなとこに?」友人は強く驚いた様子だ。「アコリウィ!お前こそ何で……」それはこっちだって同じだ。洪水に巻き込まれて異世界に送り込まれた先で友人であるアコリウィに出会うなんて誰が予測できただろう。「まぁ何にせよ、また会えて良かったよ」お互いの右手をクロスして再開出来た喜びを分かち合った。チゴペネでは握手の代わりになる行為である。〉
〈「まさかお前、本当に違う世界に巻き込まれるなんてな……ビックリしたぞ?」やはり驚いている。そこで俺は質問を返す。「なぁ、お前が前に言ってた妖怪とか幽霊がいるって世界はここなのか?」自分は彼の言う妖怪とか幽霊がいる世界とはここのことだと思っており、それを確かめたかった。〉
〈「そうだよ。ここが妖怪とか幽霊が、おまけに精霊なんかもウジャウジャいる世界だよ」想像よりもスケールが大きかった。自分が聞いたことはない話だ。だがこれで俺の信じていた楽園の世界に来たのではないということは理解出来た。「ホントにとんでもねぇところに来ちまったんだな」夢の中に広がる森林と畑を見て息を漏らすように声が出た。つい前日までは頭の片隅にすらなかった世界なのだ、こんな気分になるのも当然だ。〉
〈さて、ここがアコリウィの言う霊界だということは分かった。だがまだ根本的な問題は解決していない。それはどうやってこれから過ごしていくか、そしてどうやってここから抜け出すかである。〉
〈アコリウィが霊界のことを知っているならこれから先どうすれば良いか知っているのではないだろうか。すぐに問いかけた。「じゃあさ、妖怪とか幽霊の潜んでるこの世界でどうやって過ごしていけばいいんだ?このままいったらすぐ野垂れ死にしそうで怖ぇよ」〉
〈するとアコリウィは覚悟を決めろよという表情をしながらこう返した。「それはお前がここの村人に認められればいいんだよ。お前はまれびと何だからな」初めて聞いた言葉だった。「まれびと?何だそれ、俺って外国人か何かだと思われてんのか?」〉
〈反射するように返した。まれびと?どういう意味だろう。自分はこの意味を隣村の人間か外国人のことを指していると思っていた。だがアコリウィから返ってきた答えによってそれは間違いだと分かった。〉
〈アコリウィは少し表情を崩して笑いながらこういった。「いや違うな、そもそもこの村の人達はお前のことをただの人間だとは思ってないんだ。」これを聞いた瞬間、驚いて自分の目が丸く開き首が少し前に出た状態となった。俺は何の変哲もない普通の人間だ。「普通の人間じゃない?……じゃあ何だって思われてるんだよ。」こんな答えを出されて気にならないはずはなかった。相手の肩を揺すって答えを求める。〉
〈「お前は村人達から違う世界から来た人間、それも特殊な力を秘めてる人間だって思われてるんだよ」アコリウィは落ち着いた口調で話しながら肩を揺すった手を元の位置に戻した。だがこの一言で俺の困惑はさらに続く。特殊な力?何だろう、そんなものは意識したことも感じたこともない。魔法を打てるわけでもロボットを操れるわけでもない。それなのに特殊な力を秘めているとはどういうことだろう。〉
〈すぐさま言い返す。「お前も知ってるだろ、俺は見ての通りどこも変わったところなんてないぞ。ほら!どこにも変なトコなんてない」着ていた服を脱ぎ捨てアコリウィに自分が正常な人間であることをアピールした〉
〈「分かった分かったもういいって……服着直せって」お前の言いたいことは理解したと言わんばかりにアコリウィは俺の行動を抑えようとした。そして彼は5本の指を大きく開きながら続ける。「俺は何もお前の体に金属が入ってるとかそういうことを言いたいわけじゃないんだ。お前が確認した通り、何ともなかっただろ?」アコリウィの一言と共に俺は落ち着きを取り戻していく。〉
〈改めて聞き返す。「ごめん、じゃあもう一回言うぞ?俺のどこに特殊な力があるんだ?」もう自分では見当がつかない。「どこにもついてないぞ?」!?どこにも付いてない?今彼はそういったよな?確かめてみよう。「今どこにも付いてないって言ったか……それとも俺の聞き間違いか?」これだけ俺を驚かせておいて単なる言い間違いだった、なんて考えられない。「いや、お前が聞き取った通りだよ。悪ぃ、さっきの言い方は語弊があったんだ。今のお前は何の変哲もない人間だよ。問題はその後なんだ。」〉
〈「その後?まだ何かあるのか?」ますます話がわからなくなりそうだ。その自分の心理状態を読んでいるようにアコリウィは言う。「大丈夫か……俺の話に着いてこれてるか?俺もこういうの説明するの苦手だからな……何から説明すれば」アコリウィがこの状態だと俺は為す術がない。返す言葉も無くなり下を向こうとした時、アコリウィは再び口を開いた。「じゃあ言い直すぞ?ここの村人はお前を異界の人間だと思ってるってとこまではさっきと一緒だ。問題はその次なんだ。お前は村人に精霊になれるって思われてるんだよ」〉
〈「精霊?何で俺が……俺、人間じゃなくなるってのか?」精霊と言われて想像するのは姿形のない黄色の光だ。なぜなら生前に調べたことのある記事では精霊と検索すればそういった黄色の光しか出てこないからだ。それしか見たことがなければ誰だって信じるだろう。自分もその一人だ。姿形のない黄色の光以外に思い浮かぶものがない。〉
〈精霊になったらどうなるかは書いてなかったので知らない。もしかしたら記憶が消えてしまうのではという不安が湧いてきた。だから不安が増大する前に聞いておこう。「もし精霊になったら俺はどうなるんだ?ちゃんと記憶は残ってるんだよな?」額に汗まで出てきた。早く答えてほしい、でないと新しい不安が湧いてくるからだ。俺の表情を察したのかアコリウィが口を開いた。「早とちり過ぎだよ。お前、よくそんなに勝手に被害妄想できるなぁ……大丈夫、そんな光の姿になんてならないし記憶だって残るから。安心しろって」〉
〈「良かった……はぁ、また俺の悪い癖が出たな」彼の一言でまた不安が止まった。取り敢えず、記憶が残るし自分が想像していたような人間離れした姿にはならないことが分かって一安心だ。〉
〈安心できたところで次は精霊がどんな姿をしているか、具体的に聞いてみようと思う。「じゃあまた聞くぞ?お前とか村人がいう精霊ってどんな姿なんだ。俺もその姿にされるってなら知っておきたいんだよ」すると返ってきたのは今までの焦りをひっくり返されたような答えだった。「人間と見た目はそんなに変わんないぞ?お前が想像するような得体の知れない姿なんかじゃないから安心しろって」これを言われた時、俺は安心した。人間に似た姿というなら記憶は残る、つまり狂うことはないと確信できたからだ。〉
〈人間型の精霊か……聞いたことはないがどんな姿をしているのか、見るのが楽しみにもなってくる。もしかしたらアコリウィを知っている者もいるかもしれない、そう思い彼に聞いてみる。「なんかそう聞くと親近感湧いてくるな、なぁ、その中にお前の知り合いっているのか?ここまで詳しいみたいだし居てもおかしくないなと思って聞いたんだ」〉
〈するとアコリウィは何かのスイッチが入ったように表情を変えた。「その質問を待ってたよ。あぁ、実はいるんだ。スルサカっていう奴なんだけどさ、そいつもお前とおんなじチゴペネからやってきた元まれびとなんだ。」スルサハ?スルサカ?最後の文字が聞き取り辛い。hの音にもkの音にも聞こえる喉の奥から出すような音だった。聞き取り辛いので発音しやすいスルサハと呼んでおこう。「何か聞き取り辛い名前だな……俺が言おうとすると舌が攣りそうだよ」おそらくアコリウィが住む地域特有の発音なのだろう。自分の住む地区ではこの発音をしている人間は見たことがない。〉
〈「で、そのスルサハって奴がどうしたんだよ。まさかそいつに会えってことか?」アコリウィは頷く。「そういうこと、ようやく分かってもらえたか、良かった良かった。そこでさっき言った精霊の話が出てくるんだよ。お前はスルサハとおんなじ精霊にしてもらうんだ」〉
〈「なんでそいつに会う必要があるんだ?」スルサハは精霊であり俺はまだただの人間だ。彼に会って何のメリットがあるのだろう。「あんまり気乗りしてない顔だな。そいつに会えばお前の住んでる地区の人間が作った街を探してくれると思うぞ?」それは良いことを聞いた。「やっぱり本当に街はあるんだな?早くその街に行きたいんだ。お前が俺を精霊にすることは出来ないのかよ?」それを聞いた瞬間アコリウィは勢い余って笑った。「おいおい無茶言うなよ。俺どころか村人にだって無理だよ。まれびとを精霊に出来る力があるのは他の精霊だけだよ。しかもそのためにこことかその周辺の村で育てられてるバオクルって作物の成分が必要なんだ」〉
〈「ってことは俺はその作物が収穫できるまでこっから出られないってことか?」質問するとアコリウィはニヤリと笑い「正解!」と大きく答えた。同時にアコリウィの姿が白い人影?の形に変わった。「うわぁ!お前、形が変わった……」俺は目に新しい映像を流し込まれたかのように驚いて一歩後ろに下がった。「心配すんなって、触っても何ともないだろ?」そう言われて震える指を抑えながら白い人影となったアコリウィに触れる。「おぉ……ホントだ。脅かすなよ……」痛くも痒くもなかった。まるで冷たい空気に触れているような感触だ。さっきまでの人間の感触ではない。〉
〈「悪い悪い、でもこの姿でも問題ないだろ。もうすぐ対話できる効果時間が切れちまうんだよ。そうするとこの姿に戻っちまうんだ」しかし話は続けられるようだ。「出られるまで長いだろうけど村人に受け入れられるように頑張れよ?」それしか方法が無さそうだし他の地で生きていくのも困難だ。「あぁ……それがここで生き残る方法だってなら頑張ってみるよ……」ますます他の方法では生き残れない気がしてきた。もう覚悟を決めようと思う。〉
〈「そうか、じゃあ最後に後ろを向いてみろ。それと背中を見せてくれ」アコリウィに言われたとおり俺は背中を見せながら後ろを向いた。「一体何しようとしてんだ?」自分には彼が何をしようとしているのかさっぱり理解できない。「じっとしてろよ?一瞬ヒンヤリするからな、ホイ!」→「ひゃっ!冷た!何したんだよ」突然だった。アコリウィは俺の背中辺りを触りながら何か緑色の光を体内に入れたのだ。まるで氷のような冷たさに女の子のような高い声を出してしまった。〉
〈「今入れたのはウェクヒっていう光だよ」ウェクヒ……昨日聞いた気がする単語だった。「なぁ、昨日村に迷い込んだ時に周りの村人がウェクヒって何回も叫んでたんだ。村人が叫んでたのってもしかしてその光を俺に入れるためだったのか?」昨日、村人達は確かにウェクヒと叫んでいた。それを思い出したと同時に「あぁ、そういうことだよ」とアコリウィが話を進めようとした。あの時は何を言っているか全く分からずまさか背中に緑色の光を入れようとしていたなんて想像もしていなかった。〉
〈「その光を中に入れて初めて他の精霊がお前を精霊にすることが出来るんだよ。そうだよな、そろそろ出てきても大丈夫だぞ?」誰を呼んでいるんだろう?今まで彼以外の気配を感じなかったので余計に不思議に感じる。「うぇ?何でこの人達が……」白い光が増えたと思ったら、昨夜食事を提供してくれたあの3人が姿を現したのだ。〉
〈「こいつお前の知り合いだったのか。ちゃんと食べれば丈夫に育ちそうなやつだよな」1人が白い光となったアコリウィに話しかけた。「あぁこいつは俺とおんなじ、チゴペネに住んでたマテリだよ。こいつが住んでた地域は俺達が住んでた地域と違ってこういう怪物が住んでる世界があるって知らないみたいだけどな」見たところ、彼らとアコリウィは面識があるようだ。これが分かるとかなり安心出来る。〉
〈そしてアコリウィが彼らと面識があったことの驚きが勝って忘れてしまうところだったがもう一つ驚いたことがある。それは言葉が理解出来るということだ。昨日、3人やその周りの村人が話していた言葉はただの雑音にしか聞こえず恐怖すら感じるものだった。だが今は違う。3人が発する言葉一つ一つがしっかりと聞き取れたのだ。そこで今度は自分の発する言葉を理解出来るか試してみることにした。コミュニケーションが取れれば話は格段に進むからだ。〉
〈「ああ、ああ……俺の言葉分かるか?」外国人に話しかけるように丁寧に言葉を発する。「そんなゆっくりとじゃなくてもちゃんと通じてるよ。もっと力を抜いて自然に話しかけても大丈夫さ」どうやら自分の言葉は理解出来るようだ。続けて「俺はデナキュガって名前だ。これからよろしくな、まれびとさん?」3人のうちの男の1人が名乗ってきた。「あぁこちらこそよろしく……当分この村で暮らすことになるだろうしな。アコリウィはバオクルって作物を育てるって言ってたけど本当なのか?」アコリウィの言っていることと彼らの認識は合っているのだろうか。聞かないと落ち着いていられなかった。〉
〈「あぁ、アコリウィの言うとおりだぜ?まれびとさん、俺達村人はまれびとさんに立派に精霊になってもらいたいんだよ。そうすればお前は村を豊かにする力を手に入れることが出来るんだ。それにお前は今以上の力を手に入れられるんだ。お前が探してる街も精霊になれば見つけられるかもしれないぜ?だから俺らのために精霊になってくれないか?」街が見つけられるのならとそれ以外のことは考えず「分かった」と相手の手を握った。〉
〈さて、返事を返したのは良いが俺はこの後どうなるのだろう。するとデナキュガからこんな言葉が返ってきた。「まずなぁ、村を豊かにする精霊になるにはそのヒョロヒョロの体を何とかしなくちゃなぁ。まれびとさん、お前生前もそんなヒョロヒョロだったのか?俺くらい体を頑丈にしなくちゃな……結構時間が掛かりそうだな」続いてもう一人の男の方が強張った俺の気持ちを和らげようと発する。「こいつ、こんな不安げに言ってるけど安心しろ。お前なら時間はかかるだろうけど頑丈な体になれるから。スルサカにだって会えるさ。俺ら達がついてる」屈強な体付きとは裏腹に丁寧な口調だった。〉
〈「おっ、ヤベ!そろそろ消えちまう時間だ。マテリ!これから先、頑張れよ?俺も夢の中からお前をサポートしてやるからな?せいぜいこの世界を楽しめ!」そう言いながらアコリウィはどんどん小さくなり次第に見えなくなった。それに続いて今度はデナキュガが俺の頭を抑え始めた。「そろそろ目が覚める時間だな。ぐっすり寝れただろ?起きたら階段を下りて人通りの多い道まで出てこい」〉
〈そう言った途端、辺りが白く光り始め視界が失われる。「うわぁ、何も見えねぇ。何したんだよ」問いかけた時には既にアコリウィも3人も消えていた。そしてそのまま目の前の景色が離れていった。〉
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