Ep.6 聞いたこともない村
「遂に到着したぞ。これでやっと何か食える。もう腹ペコなんだよ」
〈さっきまで無人だった畑は何だったのか。入口から村を覗いてみるとそこには対照的な光景が広がっていた。チゴペネの商店街と同じく人が行き交い会話や食事したりの様子が繰り広げられているではないか。〉
〈不思議に思いつつもこの世界にも人間が生活していることを知れてたった一人遭難した洞窟の中で人間を見つけたような安心感に包まれた。息を吐くと同時に腕や足の緊張が取れて柔らかくなっていく。顔の表情も岩山のような険しいものから里山のような丸いものに変化していく。どうやら頭の中で誰かが行けと強く押しているみたいなのだ。では行こう。〉
「すげぇ……今まで誰もいなかったのに」
マテリは緊張を脳の奥に押し戻して村の中に入り込んだ。
〈村と畑の境界、門をくぐる前と後で足の重さががらりと変わった。門にバリアでもあるのか?と思えるくらい足が軽くなった。その軽くなった足で向かうは人が集まる食堂?の方向だ。〉
「やっぱりか!こっちに来たぞ」
〈それまで食事をしていた村人たちが自分目掛けて迫ってきたのだ。脳も体も彼らの気配を感じ取り怖気づく。一歩、また一歩と近付くに連れてそれは強くなる。人を見てここまで体が固まったことはない。〉
村人たちはマテリのもとに近づいて来る。その顔は何か珍しい動物を目にした時とそっくりだ。大勢が彼のもとに興味津々にやってきた。そして相手が反撃してくるかもしれないというのに躊躇せずマテリの顔や体を突き始めた。
「うわぁ!何する気だよ……」
〈こんな事態に会うとは想定していなかった。村人の目がまるで猛獣のそれだ。一体何をされるんだろう。エサにでもする気なのか?それとも生贄に?そういった考えが咄嗟に浮かんできた。〉
〈何より怖いのが彼らが交わす言葉を全く理解出来ないということだ。ここは今までと違う世界なのだと改めて知る瞬間だった。〉
「wekhi!wekhi!」
〈他の言葉は雑音にしか聞こえないのだが❝ウェクヒ❞と叫んでいることだけは聞き取れた。何だろう❝ウェクヒ❞って、自分の名前を呼んでいるのか?それとも何かの信仰だろうか。そもそも自分がそう聞き取っただけで相手は違う言葉を発してしるのかもしれない。考えれば考えるほど恐怖の渦に飲まれていく。ここは相手の様子を黙って見ていよう。〉
マテリは活動を停止したかのように固まり村人の彼の顔や体を接触する行為は加速していく。
特に村人触る部位があった。それは背中だ。彼の背中に何があるというのか?外の人間が見てもマテリは何の変哲もない背中をしている。人よりイボが多いとか変色してるとかそんな特徴は持っていない。
〈何をされるか分からずただ彼らの行為を黙って見ている中、正面奥からまるで険しい雪山のように身だしなみの洗練された3人が自分に向かって近付いてきた。中央と左側に男性・右側に女性がいて形を崩さずにやってくる。〉
〈他の人間は彼らが近付くと道を譲っているが、恐らく位の高い人物なのだろう。3人とも気品さを保っているがやはりその表情はどこか自分に興味を示しているように見える。揃いも揃ってここの村人はなぜ自分に近付いてくるのだろう?〉
彼らは他の村人と同じくマテリの背中を中心に顔や体を触り始めた。
〈ふぅ……ホッとした。彼らが襲いかかってきたらここでこの世界の生も終了していたが幸いそんなことはなかった。〉
〈彼らは武器を持ってはいるが抜く素振りは見せず、自分に素手で触ってくる。どんな菌を持っているかも分からないこの体や顔に興味本位で触ってくるなんて……どれだけ好奇心が旺盛なのだろう?〉
〈相手に敵意は感じられないのでこちらも食べ物をねだろうと思う。何せもう腹ペコなのだ。この世界に迷い込んでから何も飲み食いしていない。どんな菌が潜んでいるか分からない水を飲むわけにも行かず、ずっと喉の渇きを我慢してきたがそろそろ限界がきている。ねだろう、水だけでも飲ませてもらおう。〉
「水、水、水くれ」
マテリは短い言葉で水をねだり、容器に入った水を飲む仕草を相手に見せた。彼の表情の変わり方が面白い、それまで石のように固まっていたのに相手が安全だと分かった瞬間にペットがエサを待ちわびる時の表情に変わったのだから。
〈このジェスチャーなら分かってくれるだろうか?生前、商店街でこの仕草を見せた時はそこの店員から水を貰えたことを思い出しのでここでもやってみた。喉の渇きを癒せるなら何でも良い、とにかく何か飲むものを。〉
マテリのこの仕草を見た瞬間、3人が彼の右腕を掴み背中を押してどこかに連れて行こうとした。そのうちの一人、背の高い男性は右の指を大きく開きどこかに案内するような仕草を見せていた。
〈何だ、どこへ連れていくつもりだろう?3人が自分の背中を押して歩き始めた。抵抗することなど出来ないため彼らの行動に従う他なくついていくことになった。連れて行かれる途中、これから何をされるのかをずっと頭で考えている。〉
(この3人、どこまで俺を連れてく気だ?さっきから何も攻撃して来ないし、痛い目にあうことはないと思うんだけどな。殺すつもりなら村に入った瞬間に殺られるはずだし、あぁダメだ……見当が着かない)
「zu:me」
「laiwo」
〈男2人が会話するには少し大きな声で叫び、女も含めた3人が立ち止まった。それに加えて男の1人はポケットに右手を入れて漁る。何を探しているんだろう?見たところ、ポケットの中に収まるのは自分の肘から手の付け根くらいの小物ぐらいだろう。〉
(何を取り出すつもりなんだ?ナイフか、拳銃か?もしそうだったら終わったな)
〈ガサゴソと漁る素振りが自分の体をビビらせる。もしかしたら自分の知らない武器を隠し持っているかもしれないからだ。チゴペネでは自分が想像した通り、隠し持っていた武器を使った事件が時々発生していた。だからこういう仕草にはとても気を向けている。油断して襲われたなんてシャレにならないからだ。〉
「あぁ良かった……武器かと思ったぞ」
〈ついさっきまでの妄想は何だったんだろう。男が取り出したのは明るい灰色をした手のひらサイズの塊だった。そしてそれを自分に渡した。武器なんかを出されると思っていたから安心できた。だが恥ずかしさで顔が焚き火に当たったように赤くなった。〉
「何だこれ……食えるのか?」
〈見た目は食べられそうだがこれは本当に食べ物だろうか。手で持った瞬間の柔らかさや冷たさは食べ物にしか思えない。それに渡した男の方も指を口に入れて食え食えとジェスチャーしているように見える。もう腹ペコで断るのも気の毒だ。もうここは覚悟を決めて食べてみよう。〉
マテリは腹をくくり、灰色の塊を齧った。
「何かお菓子みたいな味だな……意外と行けるかも」
〈食感はチゴペネの商店街に売られていた粉を練った菓子に似ており、柔らかく食べやすい。腹ペコの自分にとってはありがたいことだった。味も商店街のものと似ており甘さが控えめなことを除いてそっくりだった。商店街に友人と遊びに来ている時を思い出す味だ。〉
〈それにしてもこれ、おそらくは保存食なのだろう。きっと彼らが食べようと作ったものに違いない。それを分けてくれたことは感謝しなければならない。〉
「何て言えば……」
〈とはいえ全く言葉が分からない。❝こんにちは❞に相当する挨拶すらも知らない状態なのだ。これだけ相手に気持ちを伝えることに苦労したことはない。〉
〈チゴペネの地域の言葉の差は方言のようなもので地区が違っていても文脈から読み取ることで理解出来ていた。だがこの村人たちの言葉は違う。本物の外国言葉であり、デバイスの雑音か動物の鳴き声としか脳は捉えられないのだ。こうなると指や腕を使って気持ちを伝えることになるのだが、これが凄く難しい。慣れない動作なのでどの指で表現すれば良いか、角度は合っているかなどなど、気にしなくて良いことまで目を向けてしまうのだ。〉
〈普段友人と交わしている言葉というものにどれだけ頼り切っていたかを思い知らされた。相手に感情を伝えるためにあの手この手でジェスチャーを送る。耳の不自由な人から手話を習いたいくらいだ。聴覚障害者は言葉なしでこういった感情を伝えられるのだから感心してしまう。〉
〈結局何か有効な表現方法は思い浮かばずただ美味しそうに食べているように見せるしかなかった。実際この塊は美味しいので、美味しそうにという表現はおかしい気もするが……〉
「kahɛv」
こう囁やきながら3人と周りの人間は喜んでいる。美味しそうに頬張るマテリの反応がそんなに嬉しかったのだろうか。
〈良かった、皆喜んでくれているみたいだし、自分も安心した。やっぱりこの村人たちに敵意は感じられない。皆、❝カへブ❞と言いながら自分を見て笑っている。貶されているのではない、はっきりと歓待されているのが見て取れたのだ。〉
〈チゴペネでは知らないところに誤って侵入してそのまま帰ってこないなんてことが何件か起こっていたのでそのパターンかとヒヤヒヤさせられたのだ。そのせいで異国の人間を見たら即座に襲いかかってくるという先入観があったのだが、これを一掃することが出来た。もっと純粋に人を見ろということだろう。〉
「raposaliraposa」
そう言って後ろから大きな果実の殻で作られた容器がマテリの手に渡された。
〈相手が手を離した瞬間、容器の重みが右手にずっしりとのしかかった。蓋を開けてみると中に透明な液体が入っていたのだ。無色透明の液体は匂いも全くせず、村人が水を持ってきてくれたのだと解釈した。喉が渇いている、早く中に流し込もう。〉
マテリは渡された水をゴクゴクと喉に押し込んでいく。まるで酒を豪快に飲むかのような飲みっぷりだ。あまりに勢いが強く口の中に入らなかった水が唇や首に流れ出ている。
〈ただの水なのにめちゃくちゃうまい。まるで酒を提供された時のようにガブガブ飲める。冷たくて何も混ざっていない、チゴペネの水より断然うまい。さっきの塊もこのきれいな水から作られているのだろう、だから味が良かったんだと思う。周りも凄く喜んでるみたいだし人って案外親切なんだなと感じる瞬間だった。〉
「narfopik penu」
〈今度は少し大きめの声を男が発して、同時に自分の腕を引っ張ってどこかへ連れて行こうといた。結構強めの力で引っ張られ、反動で躓いてしまいそうなほどだ。〉
「えっ?ちょっとどこに連れてく気だよ」
〈自分に水を飲ませた後、3人はこの村のさらに奥の方、メインルートを外れた脇道の方へと連れて行った。この村にはチゴペネのように電気の灯りは存在せず街頭は炎のランプで照らされている。だから街頭が当たらない場所は真っ暗で今にも怪物が出てきそうな雰囲気を出している。〉
「おいおい、またこんなところ通るつもりかよ……これじゃ体力持たないぞ」
〈体が固まり不気味さのあまり目を狭めてしまった。さっき怪物を実際に見ているし何なら襲われかけたのだ。一人でいるのは好きだがこの時はまた一人にされるのは嫌だった。小さな子供のように3人の近くまで寄り怪物のことを思い出さないようにする。〉
裏路地に入り100歩程歩いたところで3人は立ち止まり建物を見上げた。マテリは慎重になるあまり足元しか見ておらず声をかけられるまで建物の存在に気付いていなかった。
「penu jasmil kai 」
〈今度は女がそう囁き上を見るよう仕草した。相変わらず言葉は分からないが他の2人よりもジェスチャーが分かりやすかったので上を見てくれと言っていることは理解できた。ジェスチャーを理解出来た瞬間、首にのしかかっていた緊張というおもりが取れて軽くなった。その軽くなった首をジェスチャーの通り上へと持っていく。〉
「うわ何だこの建物。旅館?ここに入れってことか?」
「lus lus」
〈指を指しながらこの大きめの建物に入るのかと伝える。ルス!と断言するような口調で答えていたのでおそらくそうだよということだ。それに3人がこの中に入るよう自分の背中を押そうとしているし間違いない。〉
マテリは彼らの指示に従いこの旅館のような建物の中に入った。
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