第149話 秋季大会の敗北

 琢磨の続投が決まり、ブルペンで練習をしながら試合を見ていた。


「寛人くん、あのタコ焼きの人……変な声を出してるけど凄いね」


「うん。今日の琢磨は俺から見ても良い投球をしてるよ。もしかしたら、俺の出番は無いかもな」


 これは本当の気持ちだ。

 そう思える程、今日の琢磨の投球は凄い。

 大会は俺1人で投げ抜く事ができないから、チームとしても助かる。


「えー。寛人くん投げないの?」


 ……遥香ちゃんが不満そうだな。

 ほっぺたを少し膨らませてるんだ。


「うーん。かもしれないって感じかな。ここで投げるのじゃダメ? 目の前で見れるから特等席だと思うよ?」


 その言葉を聞いた遥香ちゃんは「えっ? でも……」「目の前で見たいし……」「やっぱりマウンドの寛人くんを……」と言いながら1人にらめっこを始めた。


 これって俺に言ってるの?

 それとも独り言?


 目の前で投げてる所も見たいけど、マウンドの俺も見たいって事かな?


 遥香ちゃんが見に来て、俺が投げなかった時は無かったもんな……


「遥香ちゃん。まだ投げないって決まってないから。予定では投げる予定だし」


「そうだね。どっちの寛人くんも見たいから、今は目の前で投げてる寛人くんを見てるよ」


「分かった。じゃあ投球練習を続けるから見てて。今からスライダーを投げるから。あっ! スライダーって変化球の名前なんだよ。キャッチャーの手前で左に鋭く曲がるから見ててね」


 そう言ってスライダーを何球か投げて、カーブ、カットボールと投げれる変化球を全て投げた。


 もちろん投げる前は、遥香ちゃんに球種を教えるのは忘れてない。


「凄いねー! ボールが速いのは知ってたけど、スライダーって名前だっけ? 急に曲がったから驚いたよ!」


「目の前だから楽しめたでしょ?」


「うん! マウンドの寛人くんも見たいけど、目の前も楽しいね。でも、小さかった頃にキャッチボールをしていた寛人くんが、こんなにも速いボールを投げれる様になったんだねー」


 コウちゃんに連行されてキャッチボールの相手をしていた時、遥香ちゃんはコッソリと陰から見ていたもんな。


 遥香ちゃんって、コウちゃんが苦手だったから近くで見てなかったし。


 思い出すと、あの時の遥香ちゃんは面白かったな……


「……? 寛人くん、どうして笑ってるの?」


 声に出していなかったけど、表情に出てたみたいだ。


「思い出してたんだ。遥香ちゃんが昔の話をするからさ……ほら? コウちゃんとキャッチボールをしてる時、遥香ちゃん……電柱の陰から見てたでしょ? あれ……隠れてるつもりだと思うけど見えてたからね」


 と、笑いながら言ったら「もう! あの時は頑張って隠れてたの!」ってプクーっとほっぺたを膨らませていた。


 膨らんだほっぺたを見ると、何故か突っつきたくなるよな。


 こんな感じで遥香ちゃんと話ながら"楽しく"ブルペンで投げていた。


 忘れているかもしれないけど、今は秋季大会の5回戦の試合中だ。

 しっかりと試合も見ていて、0対0の同点で5回に入る。

 緊張感が無い様に見えるのは気のせいだろう。


 でも、試合中でも遥香ちゃんと一緒に居ると楽しいのは間違いない。





 ここまでは試合に対して、何の不安も感じてなかったんだ。


 琢磨も4回を投げて被安打2、四死球0、奪三振4と、3回以降はヒットは打たれたけど見ていて安心して見れた。


 ……なのに、どうしてあんな事になったんだろう。


 結果として、試合には負けた。

 相手に1点を取られたけど、俺達は1点も取れず完封負けをしたんだ。





 ──あれは5回の守備だった。



 4回までの琢磨は完璧な投球を見せて、5回も2つのアウトを無難に取れたんだ。


 そこからヒットを打たれたと思ったら、続く2人のバッターにもヒットを打たれ、2アウト満塁になったんだよな……


 2本のヒットを打たれた時に、俺は急いでベンチに戻ったんだ。

 満塁になった時に投手交代が告げられて、俺はマウンドに向かった。


「琢磨。これまで良かったのに、急にどうしたんだ? 今日の内容なら最後まで任せようと思ってたんだぞ」


 やっぱりムラっ気は治らないのか?

 今日のコントロールなら、三連打なんてあり得ないと思ってたのに。


「俺はサイン通りに投げたんや! 打たれたのは陽一郎が悪いんや!」


 打たれても琢磨のせいにしないぞ?

 俺達も続投は納得していたんだ。

 それなのに、陽一郎のせいにするのはどうかと思う。


「はあ……琢磨。俺達は打たれても誰のせいにもしないぞ? ただ、急に連打されたから驚いただけだ。だから人のせいにするな。陽一郎も何か言ってくれよ」


 さっきから陽一郎が無言なんだ。

 もしかしたら、琢磨の投球に不満があるのかもしれない。


「おい、陽一郎……」


 まだ返事をしない陽一郎を見た。


「試合中だぞ? 返事くらい──ッ!」


 人のせいにするなって思って悪かったよ。

 琢磨は何も悪くないし間違ってない。


 うん。悪いのは"ロボット陽一郎"だ。


「琢磨、陽一郎はいつ故障したんだ?」


「1本目のヒットから変やったな」


「そうだよー。1本目のヒットから同じサインしか出してなかったよ。コースも全部同じだったし! 翔も見てたよね?」


「うん。見てたよー! 陽一郎がカクカクしてたからねー」


 翔と翼も見てたのか。

 俺は故障の原因を考えたんだ。


 ──その時。


「田辺くーん! 頑張ってー!」


 もう考えなくても分かったよ。


 あの魔王の声がバックネット裏から聞こえたんだ。

 陽一郎にとって悪魔の囁きだっただろう。

 背後から襲われたらどうしようもない。


 西川さんに言いたいよ。

 "バックネット裏"はダメだって……


「琢磨、俺が悪かった。琢磨の投球は完璧だったよ。ただ、今回は相手が悪かったんだ。俺も陽一郎がこんな事になるとは思わなかったからな……」


 とにかく今は陽一郎の再起動が優先だ。

 どうするか考えて、ある方法が浮かんだのでやってみた。


「陽一郎、起きろ。おい、陽一郎……早く起きないと"西川さん"が来るぞ」


 ……トラウマになったらゴメンな。

 ……他に方法が思い付かないんだ。

 

 でも、効果は抜群だった。


「あれ? 寛人? どうしてマウンドに居るんだ?」


 よしっ! 再起動に成功だ!

 陽一郎に西川さんが現れた事、2アウト満塁って事、投手を交代した事を伝えた。


「あの状態になったのか……とりあえず状況は分かった。満塁だけどアウト1つだ。抑えてベンチに戻ろう」


「ああ、陽一郎……頼んだぞ」


 投球練習中の陽一郎は大丈夫そうに見えたんだ。

 だけど、バッターに対しての初球。

 サインは外角低目のスライダーで、投げる瞬間にまた"アレ"がやって来たんだよ。


「田辺くーん!」


 本当に俺が投げる瞬間だった。

 外角低目に要求通り投げたのに、陽一郎は真ん中に構えたままミットを動かさないんだ……


 ボールはバックネットまで転がり、陽一郎はボールを取りにも行かない。


 だから俺が走って取りに行ったんだ。


 三塁ランナーはホームに帰ってきたけど、なんとか2人目のランナーは帰さなかった。

 この後は陽一郎の構える"ど真ん中"に全力のストレートを投げて三振でチェンジ。


 この1点が決勝点になり、秋季大会は5回戦で敗北。関東大会への進出も叶わなかった。



 ──そして試合直後の今、遥香ちゃんと西川さんの3人で話しているんだ。



────────────────────

2年連続で秋季大会は5回戦敗北を考えてたけど、ふざけた試合は考えてなかったんだけどね…


これは本当なんだよ(o´・ω・`o)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る