第148話 土曜日の試合

 正気に戻った陽一郎に"ロボット"の説明をして時間を使ったけど、8時前には教室に着いた。


 陽一郎の状態を見ていると、遥香ちゃんとの通学をどうしようか考えてしまう。


 まだ陽一郎はショックを受けているんだ。

 

 遥香ちゃんと一緒に通学をすると、もれなく西川さんがオマケで付いてくる。

 そして、陽一郎は連行されて故障すると思うんだ。


 そうすると"ロボット"になるだろ?

 今は秋季大会もあるから、陽一郎には正常に作動してもらわないと困る。


「寛人、心配かけたな。もう大丈夫だ」


「そうか。それなら良いんだけど、無理はするなよ?」


 大丈夫には見えないぞ?

 顔色も悪いし、たまに動きも悪い。

 油が足りてない感じにも見える。

 

 でも、陽一郎の気持ちは分かるよ。

 俺も記憶が無くなったと知れば同じ気持ちになると思う。


「ああ、分かってる。寛人……もうこの話は忘れよう……それよりも今日の練習だけどな──」


 陽一郎が必死に話題を変えてきたので、これ以上は触れない事にした。



 ──この日の夜。



「綾ちゃんに聞いたけど、やっぱり寛人くんの言った通りだったよ。2人で居る時の田辺くん……様子が変みたい。あまり話さないって言ってたもん」


 ……やっぱりか。

 

 学校に着いた時、遥香ちゃんに「西川さんに陽一郎の様子を聞いて欲しい」とメッセージを送っていたんだ。


「最近、田辺くんの話をする時の綾ちゃん……たまに悲しそうな顔をしてたの。それが原因だったのかも……」


「実はさ──」


 遥香ちゃんに今朝の陽一郎の様子と、最近の記憶喪失の事を伝えた。


「えっ? それって……一緒に居たのを覚えてないって事だよね?」


 遥香ちゃんは信じられない様子だった。

 実際に見た俺も驚いてるんだから。


「そうみたい。でも、今朝の様子を見てると症状は悪化してるかも」


 ……考えたらそうなんだ。


 この前は一緒に居たのは覚えていた。

 でも、今日は一緒に居た事すら覚えていなかったんだ。


「そうなの? だからかな……綾ちゃん……一緒に居る時は今まで以上に話しかけてるみたい」


「……それが原因かもしれない」


 西川さんは陽一郎の反応が無いから、今まで以上にグイグイ迫ってるのかも……

 そのせいで、陽一郎の回路がショートしたんだろう。


「西川さんの行動が陽一郎には逆効果なんだと思う」


「それじゃあ……どうしたら良いの……?」


 そこなんだよな。

 2人の問題だから余計な事はしたくない。

 俺も"相澤さん"が好きだと思っていた時に手助けをして欲しいと思わなかったから。

 その辺は俺と陽一郎は似ているんだ。


「そっとしておこう。ただ、一緒に通学するのは秋季大会が終わってからでも良いかな? 俺は遥香ちゃんと通学したいって思ってる。だけど、今は陽一郎に何かあったら困るんだ……」


「そうだね……仕方ないよね……」


 陽一郎には「遥香ちゃんと通学する日は迎えは要らない。普段通りの時間に学校に行って欲しい」って伝えようと思ったんだ。


 だけど、陽一郎が居ないと知った西川さんは絶対に行動するだろう。

 あの子は俺達には止めれない気がするんだ。


「遥香ちゃん。ごめんね……」


「大丈夫だよ。その代わりに土曜日の試合は応援させてね! 次は5回戦だよね?」


「えっ? 応援に来てくれるの? 遥香ちゃんなら大歓迎だよ。そのまま試合後は家に行けるな」


「うん。お母さんとは駅前で待ち合わせって言っておくね」


 一緒に通学できないのは残念だけど、秋季大会が終わるまでの我慢だ。


 この日から遥香ちゃんとは会えなかったけど、毎日電話で会話をした。

「あと3日だね」「あと2日で会えるよ」「早く明日にならないかなー」と言っている遥香ちゃんは可愛かったのは内緒だ。




 ──そして、待ちに待った土曜日。




 俺は陽一郎と球場に向かっていた。


「陽一郎。今日も観客が多いのかな?」


「多いと思うぞ。でも、観客は残念がるんじゃないか? 先発に寛人の名前が無いからな」


「残念なのかは分からないけど、2人のリードを頼んだからな」


 先発は琢磨で、2番手には健太が投げる。

 2人で4イニングを任せる予定だ。


「分かってるよ。練習でも2人は良くなってきてるから大丈夫だと思うぞ」


 そう、本当に2人の投球は良くなった。

 最近は付きっきりで教えていたからか、琢磨はムラっ気が少なくなり、健太の荒れ球も少し減ってきていたんだ。

 それもあって俺達は2人の登板を楽しみにしている。


 応援スタンドは予想通り満員で、三塁側のスタンドに入る前から大歓声が聞こえたんだ。


「うおー! 満員やんけ! 皆は俺の先発を見に来たんやなー!」


「そうみたいだな。俺も陽一郎も琢磨に期待してるぞ」


「おう! 俺はやったるでー!」


 それから試合が始まり、琢磨は"お祭り男"の本領を発揮する。

 2回を投げて被安打0、四死球0、奪三者3、文句の無い投球だった。


「陽一郎、今日の琢磨は良さそうだな」


「寛人! 今日の琢磨は凄いぞ! 構えた所に全て投げ込んできたんだ!」


 3回の攻撃中、陽一郎は興奮しながら琢磨の投球を絶賛していた。


 こんな陽一郎は珍しい。

 でも、琢磨の投球は本当に良かったんだ。


「そうだな。もう少し琢磨に投げさせてみるか? 予定は変わるけど、俺もブルペンに入って準備しておくからさ。琢磨がどこまで投げれるか見たくないか?」


「見てみたいな。このまま琢磨には続投させるよ」


 監督とも相談をして琢磨の続投が決まり、俺はベンチを出た。

 ブルペンに近付くと遥香ちゃんの姿が見えて、小さく手を振っている。


「遥香ちゃん、こんな端に座ってたの? ここだと試合が見えにくいと思うよ?」


 試合中だけど、俺は驚いて遥香ちゃんに話しかけてしまったんだ。

 ずっと居ないな……とベンチの近くを探していたけど、まさか端に座っているとは思わなかったから。


「うん。少し見にくいかな。だけど、寛人くんは途中から投げるって言ってたでしょ? ここなら練習してる寛人くんを近くで見れるかなって思って……」


 ……だから端の席に居たんだ。

 

「そっか。今から練習するから見ててよ」


「うん!」


 それから俺はブルペンで投げ始めた。


 ……

 ……


 だけど、遥香ちゃん。

 少し恥ずかしいんだけど……


 遥香ちゃんは俺をずっと見てるんだ。

 俺も"見ててよ"と確かに言った。


 でも、ここは三塁側ブルペンで、俺は右投げだから投げる時はスタンドに体が向く。

 遥香ちゃんはフェンスの所で俺を見ているのが分かる。


 本当に……目の前でジーっと見られているから少し恥ずかしいんだ……


「……遥香ちゃん」


「寛人くん、どうしたの?」


 ニコニコしている遥香ちゃんを見てると、恥ずかしいとは言えなかった。


「いや、何でもないよ」


「……? でも凄いね! 寛人くんが投げたボールだけど"ビューン"って音がするよ!」


 やっぱり恥ずかしいって言えなかった。

 遥香ちゃんが楽しそうだもん。



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昨日更新する予定だったのにできなかったよ…

風邪ひいたみたい(*´・ω・)

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