第135話 仲間への説明

「あー! 遥香達がやっと出てきた!」


 体育館から出ると西川さんの大きな声が聞こえてきた。


「寛人、どういう事なんだ?」


「そーだよー! 何があったのさー?」


 そして和也と翔の声も聞こえてくる。

 声の方を見たら全員が姿があり、少し興奮していて俺達に詰め寄ってきた。


「陽一郎、全員揃ってどうしたんだ?」


 冷静な様子の陽一郎に聞いてみたんだ。


「2人の事を聞きたいらしい。コンテストや体育館の騒ぎもあったからな。俺は事情を知ってるけど、寛人が説明した方が良いと思ったんだ。だから俺は何も言ってない」


 陽一郎の隣で西川さんも頷いている。


 俺達が両想いだと知られているけど、体育館では泣いたり抱き合ったりして、周りには普通の光景ではなかったと思う。


 陽一郎と西川さんは事情を知っているけど、和也達は投票の噂しか知らないんだ。


 俺は遥香ちゃんが良ければ全員に説明しようと思う。


「遥香ちゃん、全員に説明するけどいいかな?」


 この言葉に陽一郎と西川さん以外の全員が驚いていた。

 正門前で会った時は"相澤さん"と呼んでいたのに、今は"遥香ちゃん"だから驚くのは仕方がない。


「うん、私は大丈夫だよ」


 知らない人にまで聞かせたくなかったので、誰も居ない場所に移動した。


「さて、何から話そうかな……」


 目の前には陽一郎と西川さん、山崎兄弟に和也……そして何故か無言の琢磨が居る。

 奥村も居ると思ったが、どうやら連行されたらしい。

 誰にかは知りたいと思わなかった。


「昔の話からになるんだ。小学校の時に西城市へ引っ越して来た事は知ってるよな? 父さんが亡くなって引っ越した事と、母さんが再婚して名字が"吉住"になった。それは知ってると思う」


 ここまでは俺も言った事があった。

 西川さん以外は頷いているので間違っていない。


 ここから先の話は陽一郎も知らない話だ。

 好きだった幼馴染が居る事しか話していなかった。

 昔の話をすると、優しかった父さんと遥香ちゃん……大好きだった2人を思い出してしまうから誰にも言わなかったんだ。


「西城市に来る前の話だ。俺の両親は楽団に所属していて父さんはピアノ、母さんはバイオリンの奏者していたんだ」


 少し前から母さんはバイオリンの練習を再開したけど、西城市に来てからはバイオリンの話もできなかったから、皆も両親が音楽家だとは知らない。


「そして、その頃は"桜井寛人"という名前で、隣の家には"佐藤さん"という家族が住んでいた。そこには同じ年の女の子が居て、生まれた時から毎日一緒に遊んでたんだ」


 俺は遥香ちゃんに視線を移した。

 遥香ちゃんも俺を見上げている。


「本当に毎日一緒だった。一緒に居ない日はなかったと思う。俺はその女の子が大好きで、女の子も俺を好きでいてくれたんだ」


 遥香ちゃんは静かに頷いていた。


「そして、俺は父さんからピアノを教わっていたんだ。父さんは……背が高くて、カッコ良くて、優しくて……俺は父さんが大好きだった……」


 やっぱり父さんの事を思い出してしまい、言葉に詰まってしまう。

 遥香ちゃんが、そっと手を繋いでくる。


「その女の子は母さんからバイオリンを教わっていて、名前は"遥香ちゃん"っていうんだ。だけど、引っ越してから会えなくなった。俺はその女の子をずっと探していたんだ」


「もしかして……その女の子が……?」


 和也は女の子の事に気付いたみたいだ。

 ここまで言えば全員が分かったと思う。


「ああ、その女の子が相澤さんだった。今まで分からなかった。だけど、相澤さんが遥香ちゃんだと分かったんだ」


 しばらく誰も言葉を出す事はなかった。

 しかし、その静寂は今まで黙っていた強者によって壊されたんだ。


「だから何やねーん! 寛人ばっかりセコイねん! 殿堂入りって何や? 俺が殿堂入りと違うんか! 俺も彼女が欲しいねん!」


 赤いハッピを着たお祭り男だった。

 その一声で変な空気が消えて、全員が楽になれたんだ。

 だけど、その"祭"は長く続かなかった。


「アンタ本当に彼女が欲しいの? そんな格好をしてる人を好きになる女の子なんて居ないわよ。それに、もう少し静かにしたら? いつも騒がしいのよね」


 西川さんから一撃が放たれたからだ。

 琢磨のHPが大幅に削られた瞬間だった。

 

「何……やて……俺の努力は何やったんや……ちょっと……回復してくるわ……」


 コンテストに出てくれた勇者は魔王の強烈な一撃に負けてしまったんだ。

 それを見た陽一郎の顔が引きつっている。


 敗れた勇者はトボトボと歩き去っていく。

 少し気の毒に思えたけど、西川さんの言う事も分かる。

 琢磨は努力の方向が間違っているんだ。


「これで静かになったわね。でも、2人の事が分かって良かったわ。遥香が最初から吉住くんと話せた理由はコレだったのね。幼馴染と気付く前に両想いになってたんだ……私と田辺くんみたいだね」


 そう言いながら陽一郎と腕を掴んでいた。

 陽一郎は魂が抜けた様な顔で頷いている。


 そして和也は気にせず話を続けてくる。


「相澤さんと誰も話せなかったのに、寛人には普通にしてたからな……これで納得できたよ」


 東光の生徒は不思議に思っていただろう。

 西川さんから聞いていたから、遥香ちゃんの学校での様子は知っている。

 昔と変わらず男の人が苦手なんだから。


「寛人、会えて良かったねー」


「うん、良いお話だったよー」


 翔と翼のは嬉しそうにしてくれていた。


「ああ、ありがとう。とりあえず俺達の話は終わりだ。後は学園祭を楽しもう」


 これで俺達の関係は全て話せた。

 翔と翼は和也を連れて校舎の中へ入っていき、陽一郎は魔王に連れ去られていくのが見えた。


「綾ちゃん、ちょっと怖かったね……田辺くんが引きずられてるよ……」


 遥香ちゃんも魔王の姿が見えたらしい。


「まあ、陽一郎は大丈夫だよ。西川さんの事を嫌がってないから。俺達も学園祭の続きを楽しもうか?」


 俺達はその後も学園祭を楽しんだ。


 遥香ちゃんは陽一郎を心配していたけど、俺は琢磨が気になっていた。

 ダメージを受けた琢磨は初めて見たから。


 しかし、無用な心配だったみたいだ。


「琢磨、何をやってるんだ?」


「あ? 寛人か。見て分からんのか? 回復薬を食ってるんや。寛人も食ってみるか? メッチャ美味いでー!」


 琢磨の回復薬はタコ焼きらしい。

 投票はされていなかったけど、赤いハッピの印象が強かったのか、生徒達に囲まれて人気者になっている。


「よっしゃー! 次は俺が焼いたるわー!」


 調子に乗った琢磨はハチマキを締め直して、タコ焼きの屋台に入っていった。


「寛人も俺の焼いたヤツを食ってけよ!」


 そして道具を勝手に使い焼き始めたんだ。


「ああ、分かったよ。遥香ちゃんも琢磨の焼いたタコ焼きを食べる?」


「うん。食べたい。前に食べた時も美味しかったもん」


 この後も学園祭を最後まで楽しみ、遥香ちゃんの家に行く時間になった。

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