第76話 遥香とお婆ちゃん
「食べてくれるのは嬉しいけど、本当に大丈夫? 残してくれてもいいよ?」
私は吉住くんの前に苺のケーキを用意した。
「でも、これが一番の自信作だから食べて欲しかったんだよ」
本当に大丈夫かな……
苦しそうな顔なんだけど……
「退院の時も苺のケーキだったよね。俺……子供の頃から苺のケーキが一番好きなんだ。だから満腹でも、これだけは食べれるよ」
でも、苺ケーキが好きで良かった。
私が小学生の時に初めて作ったケーキが苺のケーキなんだ。それから何回も何回も練習して、今では作るのが一番得意になった。
やっぱり無理して食べてるのかな?
いつもより食べるのが遅いし……
「ハハハ。バレた? でも食べたかったんたのは本当だからね。相澤さんも食べない?」
好きな苺なら大丈夫だけど、もう食べれないよ?
「そっか。苺が好きなんでしょ? せっかくだから一緒に食べたいんだよ。相澤さん、口を開けてみて……はい」
「うん。美味しいね」
吉住くんが私の口に苺を入れたんだ。
この時は何も思わなかったけど、これって……「あーん」しちゃったんだよね……
それからも色々と話をした。
「あーん」した事より、もっとドキドキしたのは帰る時だった。
「そろそろ帰ろうか?」
「うん……そうだね」
この時に私の頭に「ポン」と手を乗せてきたんだ。その時の吉住くんの顔は優しい笑顔だった。
嬉しいけど、恥ずかしいよ……
これが私と吉住くんの高校1年生の最後の思い出になった。
4月になって2年生になって、まだ私は新しいクラスの人に慣れなくて困ってた。
「相澤さん。土曜日に遊びに行くけど一緒に行かない? 楽しいよ?」
「そうそう! 俺達も行くから相澤さんも行こうよ?」
クラスの男の子が毎日誘ってくるんだ……
いつも断ってるのに……
「えっと……用事があるんだよ」
「たまには行こうよ? 相澤さんと遊んでみたいんだよ」
最近は断っても諦めてくれないんだ。
「遥香は私と遊ぶから無理だから!」
また綾ちゃんに助けられちゃった。
綾ちゃんと今年も同じクラスで嬉しかったんだ。そして綾ちゃんと教室を出た。
「遥香……いつも言ってるけど強く断わらないとダメだよ?」
「断ってるけど諦めてくれないんだよ」
「あの人達もしつこいからね。それより土曜日は部活だよね? 次の日の日曜日だけど、空いてたら買物に行こうよ」
「日曜日は予定があるから行けないよ」
日曜日は吉住くんとオーケストラを聞きに行くんだ。
毎日カレンダーを見て「あと何日」って数えるくらい楽しみにしていた。
そして日曜日。昨日から体調が悪かったけど、今日の方が酷いと思う。
楽しみにしてたのに、何で体調が悪くなるんだろう……
私は我慢して西城駅に向かった。
吉住くんには気付かれそうになったけど誤魔化せた。吉住くん嘘ついてゴメンネ……
でも、やっぱり嘘がバレた。
朝より体調が悪くて、電車で寝てしまったんだ。その時に吉住くんの肩にもたれてしまった……それで分かっちゃったみたい。
「熱があって体調が悪いから駄目だよ。こんな状態の相澤さんを連れて行けないよ」
帰るって言われてしまった。
どうしても今日だけは行きたいんだよ……
「やだ……行く……だって、楽しみだったんだもん……」
でも、私の行きたい所に一緒に行ってくれるって言ってくれたから帰る事にした。
帰るって決めて、我慢しなくて良いんだって思ったら朝より体調が悪くなってきた。
それから家に着くまでの事はあまり覚えていなかった。
覚えているのは吉住くんが家に電話した事、そして……背負ってくれた事。
体調は悪かったけど、寝てる時に幸せな夢を見てた。
「好きだよ」って言われて、私も「大好きだよ」って返事をしたんだ……
そんな夢を見た理由は何となく分かってる……
吉住くんは私を背負っただけと思ってるんだろうな……でも、私からしたら好きな人に後ろから抱きついてるんだもん。
頭が痛くてフワフワしてたけど、幸せな気持ちだったんだよ?
夢から覚めたのは家に着いた時だった。
お婆ちゃんが私の靴を脱がしていたんだ。
頭がボーッとしてたけど、私は降りたくないって思ってたんだ。
だから吉住くんの後ろからギュッと抱きついていた。
起きてから思ったんだ、大きな背中だな……暖かい……安心できるよ……
「相澤さん。部屋に着いたから開けるね」
そう思ってたけど、この一言でハッとしてしまった。
部屋は見たらダメ……見せられないよ……
「ダメ……部屋は……お願い……」
机の上にはクリスマスに2人で撮った写真が飾ってあるんだ……
「何で飾ってるの?」って言われたら答えを言えないよ……
さっきは夢だから言えたんだよ……
「分かった。それじゃ俺は帰るから……ゆっくり寝て早く治してね」
助かった。私は部屋に入ってすぐにベッドで寝た。夢の中じゃなくて……起きてる時に「好きだよ」って言える勇気が欲しいな。
どれくらい寝てたんだろう?
外を見たら夕方になっていた。
喉も乾いたし、薬も飲みたいからリビングに向かった。
「遥香ちゃん。起きたのかい?」
「うん。でも、薬を飲んだらまた寝るよ」
「何も食べてないでしょ? 軽くでも良いから食べなさい。用意してるから待ってて」
お婆ちゃんはお粥と野菜スープを作ってくれていた。
「遥香ちゃん。食べながらで良いから教えて欲しいんだ。吉住くんの事が好きなのかい?」
急に言われたから少しむせてしまったよ。
お婆ちゃん……いきなり何を言うの?
「うん。好きだよ……ダメかな?」
「ううん。違うよ……少し安心したんだよ。遥香ちゃん……男の子が苦手だから心配してたんだよ」
「うん……」
「吉住くんの事は心配してないけどね……なんせ病院で私からお薦めしたんだからね」
お婆ちゃんは笑いながら言っていた。
確かにあの時は驚いたよ。
「吉住くんは良いと思うよ。でも、あの子は鈍感だから好きならハッキリと言った方が良いよ」
「吉住くんが鈍感?」
「うん。あの子はね……他人への勘は鋭いと思うよ。恐らく周囲の人を気遣う生活だったんだろうね……自分の事は後回しにしちゃう子だよ……だから周りの事に気を張って気付く分、自分の事には無頓着なんだね」
確かに、気にしてない様で周りを見てる。
一歩引いて全体を見てる感じがするな……
「確かにそんな感じだよ。言われて気付いたよ……皆で居る時は周りを見てるもん。お婆ちゃん、何で知ってるの? 吉住くんから何か聞いたの?」
「病院で友達が来てるのを見てたし、話したら分かるよ。だから遥香ちゃんに薦めたんだ。後は遥香ちゃんと吉住くん……2人がどうしたいかだよ。お婆ちゃんは応援してるから頑張りなさい」
「うん……ありがとう」
部屋に戻ってからお婆ちゃんの言葉を思い出していた。
私も男の子の気持ちは分からないし、私の気持ちも言わないと伝わらないよね……
分かってるけど怖くて言えないんだよ……
色々と考えている間に私は眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます