第45話


 ローリエは笛を取り出した。細かい模様が彫られた、木の横笛だ。笛を吹くのが彼女の特技。


「皆さん、耳を塞いでいてくださいね」


 そう注意をすると、彼女は笛を口元に当てた。息を吹き込み、音楽を奏でる。美しくて、穏やかな音色。まるで春の暖かい日差しが、森を照らしているようだ。

 ローリエの周辺にいたアンデッドたちは、その場にゆっくりと崩れ落ちた。これは死んでいるのではない。事切れたように、眠っているのだ。

 彼女の笛の音を聞けば、誰だって眠ってしまう。


「ふっふっふー、どーんなもんだい!」


 ローリエは笛から口を離して、ドヤ顔をした。



 ロナルドは、家族とともに戦っていた。ケンタウロスである家族みんなで横一列に並び、弓を構える。


「行けー!」


 父であるロナルドの掛け声とともに、みんなは一斉に矢を放つ。その矢たちは、アンデッドに突き刺さる。そんな調子で、どんどんアンデッドを倒していった。


「さすが、俺の家族だ!」


 ロナルドは誇らしく思い、前足を高くあげた。



 ジョゼフはマントを翻し、剣を構えた。

 唇の隙間から、牙がそっと覗いている。


「戦いなんて何十年ぶりだろう? 腕がなまってないといいんだけれど」


 そう言いながらも、ジョゼフは次々とアンデッドを倒していく。攻撃をさらりと交わしながら、アンデッドの首を切っていく。


「相手に知能がないだけ幸いだね。だけどその分、彼らに私たちが言いたいことは伝わらないし……これはかなり厄介だな。それにしても数が多すぎる……」


 切っても切っても、数が減らない。一体どれだけのアンデッドがいるのだろうか。


「辛うじて街への侵入は免れているが……これはかなりきつい気がするね……」



 メイド服の裾を翻し、青い瞳は月に照らされ輝いている。

 ナイフを片手に、ソフィアはアンデッドと戦っていた。といっても、ナイフはほとんど使っていない。ほぼ素手で戦っていた。

 一斉に襲いかかってくるアンデッドを軽やかに交わし、頭蓋骨にかかと落としをお見舞する。


 そんな時だった。街の方角から、たくさんの兵士たちがやってきた。中には昨日倒した兵長や、城に忍び込んだ時に協力してもらった二人の兵士もいた。彼らはみな、装備を身につけて、武器を持っている。


「あら、みなさん。今更何をしに?」


 ソフィアは皮肉を込めて言った。


「くっ……その、すまなかった。俺たちは、あいつらに酷いことをした……アンデッドのことも信じなかった……許されないことだって分かってる。王様も申し訳なさそうにしていた。目が節穴だったって。だから俺たちはここへ来た。……その、お願いだ。俺たちも一緒に戦わせてくれ。いや、断られても戦うさ」


 兵長は頭を下げる。ソフィアはしばらく彼を見下していたが、やがてニヤリと笑った。


「謝罪なら、私じゃなくてシグレ様たちにしてください。兵士なら、もっと周りをよく見て、死ぬ気で戦って、国を守ってください」


 ソフィアはそう言うと、金色の髪をなびかせながら、戦いに戻った。

 兵長は、ソフィアの後ろ姿を目で追う。


「ああ……そうだな。俺たちは、大事なものを見落としていたようだよ。さあ、お前ら! 行くぞ!」


 兵長の掛け声とともに、兵士たちは一斉に動き出した。



 シグレはグレイと共に戦っていた。牙をむき出しにし、アンデッドに食らいつく。

 しかし、だんだんと疲労が見え始めていた。戦い始めてすでに約三時間が経過している。いくら体力に自信がある者でも、だんだんときつくなってくる頃だ。

 周りを見渡してみると、皆も疲れていそうだった。

 だが、休んでいる暇はない。たくさんのアンデッドに対して、こちらの陣営は少ないのだから。

 シグレは汗を拭い、狼の姿のグレイは息を荒くする。


「これは、困りましたね……」


 そんな時だった。


「おりゃあああああああああぁぁぁ」


 という、大きな声が聞こえてきた。何事だと、シグレは辺りを見渡す。

 森の中で、何か大きなものが動いている。土埃を立て、アンデッドが宙を舞っている。


「何事ですか?」


「おりゃあああああああああぁぁぁこのやろー!」


 シグレは目を凝らす。どうやら、誰かが大きな木を振り回しているようだ。

 シグレはピンときた。そんなことができるのは、鉄の棒を折ることができる、ミノタウロスのミノだけだ。

 周辺のアンデッドを吹っ飛ばすと、木の動きが止まった。ドーンと大きな音を立てて、地面に木が置かれた。


「シグレさーん!」


 ガーラが羽をばたつかせながらやってきた。


「ミノさんを、連れて帰って来たっす!」


「ガーラ、ありがとうございます」


 すると、森の中から、きまりの悪そうにミノが現れた。ガーラの説得、そして皆が一生懸命戦う姿を見て、考え直したのだ。


「……シグレ、その……」


「何も、言わなくていいですよ」


 シグレはそう言うと、ただミノを抱きしめた。きっとミノは、謝ろうとしている。でも、そんなの聞きたくなかった。ミノの気持ちも、ものすごく分かったから。

 シグレもミノも、どちらも悪くないのだ。


「何も……言わないでください。戻って来てくれて、ありがとう……」


「……シグレ」


 二人は抱き合ったあと、まだ残っているアンデッドを見つめた。


「僕と、戦ってくれますか?」


「ああ、もちろんだ!」


 ミノはニッと笑った。


「さーあ! 戦うっすよー! 遅れた分を取り戻すっすよ! ミノさん!」


 ガーラもやる気満々だ。

 ガーラは岩のようにゴツゴツした硬い体を使って、アンデッドに体当たりをする。


「おりゃああああああああぁぁぁ」


 ミノは再び大きな木の端を持ち、遠心力を使ってアンデッドを蹴散らしていく。


「僕たちならきっと、大丈夫」


 シグレの疲れは、ミノたちのおかげで自然と吹っ飛んだ。



「ちょ、ちょっと数が多すぎない?」


 倒しても倒してもキリがない。すでに僕の体には、数カ所傷ができていた。

 どのくらい時間がたったんだろう。もう息があがっているし、今にも倒れそうだった。

 しかし、アンデッドは相変わらず、目の前のものを攻撃してくるため、何とか剣で防いでいた。街にアンデッドが行かないようにしなければならないため、確実に倒さなければならなかった。


「いつになったら終わるんだよー!」


 半べそをかきながら、僕は叫んだ。そんな時、僕は何かにつまずいて、顔面から転んだ。僕の美しい顔が、泥だらけ。アンデッドの攻撃から、顔だけは守っていたのに。


「ブラッド様!」


 僕の元へ、ソフィアがやってきた。メイド服はボロボロで、擦り傷もできている。


「どうしたんだい、ソフィア」


「そろそろブラッド様が泣き始める頃かなと思いまして」


 ……悔しいが、よく分かっているじゃないか。


「もう、疲れて動けないよ……今にも眠ってしまえそう」


「こんなところで倒れないでくださいよ。……血、飲みますか?」


 僕は耳を疑った。


「血……? いいのかい?」


 いつもなら、僕には絶対飲ませてくれないのに。


「それであなたが戦えるのなら」


「ソフィアは大丈夫なのかい? ソフィアも疲れているでしょう?」


「私は先程、たっぷり水分補給をしてきたので大丈夫です。さあ、ほら」


 ソフィアは首筋を差し出してきた。滑らかな肌。僕はゴクリと唾を飲んだ。

 僕はゆっくりとソフィアに近づき、彼女の首筋に噛みついた。ソフィアはうめき声をあげる。ほんの少しだけ、貧血にならない程度に血を貰う。美味しい。生き返っていく。疲れがとれ、傷もみるみる治っていく。

 僕は口の周りについた血を舐めた。


「ソフィア、ありがとう。元気になったよ」


「それなら良かったです。さあ、戦いはまだ終わっていませんよ」


 僕たちは背中合わせになり、それぞれ武器を構えた。


「僕の背中は君に預けるよ、ソフィア」


「言われなくてもお守りします、ブラッド様」


 僕たちが今までに培ってきた信頼関係を、舐めてもらわれては困るね。どれだけ一緒に過ごしてきたと思っているんだ。

 全方面から飛びかかってくるアンデッドを、僕たちは次々と倒していく。互いに背中を守りながら。僕はどんどんアンデッドの首を剣で切っていく。ソフィアの血のおかげで、力が湧いてくる。


「僕たち、凄くいいコンビだと思わないかい?」


「ブラッド様とコンビになるくらいなら、ゴキブリと友達になる方がマシですね」


 ……少し調子に乗りすぎてしまったようだ。ソフィアは相変わらず、ご主人様に失礼なメイドだ。

 でも、僕は彼女の優しさを十分知っているよ。


「僕は、君が僕のメイドで良かったと思ってるよ」


「……な、なんなんですか? 気持ち悪い。死亡フラグですか? 今は戦いに集中してください。アンデッドに心臓突き刺されても、知りませんからね」


 もう、素直じゃないな。もっと喜べばいいのに。ご主人様が褒めてあげているのだから。

 残念ながら、僕は当分の間、死ぬ予定なんてないよ。

 これからもよろしくね、ソフィア。

 

 



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