第40話

「すげぇ! 初めましての種族がたくさん! 俺、グレイって言います! 狼男です!」


 グレイは目を輝かせながら言った。


「よろしくお願いします。ブラッドとお知り合いだったんですね」


 シグレは挨拶をする。


「とりあえず、帰りましょうか。ローリエたちに、アンデッドのことを報告しなければ」


 シグレはそう言うと、街に向かって歩き出した。その他の人も、それに続く。


「なあなあ、ブラッド」


 歩きながら、グレイがコソコソと話しかけてきた。


「あのシグレさんって人、すごくかっこいいな。男の中の男って感じ」


 グレイはシグレの後ろ姿を見ながら言った。やっぱりシグレは、誰が見てもかっこいいのか。グレイは狼男、シグレは狼の獣人。グレイはシグレに対し、親近感のようなものを感じているのだろうか。



 『人間と仲良くなろうの会』本部に戻り、待っていたローリエたちに報告をする。


「確かに、アンデッドらしき者たちが森で発生していました。このままだと、奴らはこの街を、最悪であればこの国全体を、侵食してしまうでしょう。今のペースだと、明日の夜には街に到着してしまいます」


 シグレは説明する。


「それは大変! どうしましょ! 何か解決策は!」


「ローリエ、落ち着いてください」


 慌てふためくエルフを、シグレは落ち着かせる。

 

「とりあえず、街の人を安全な所へ避難させるべきでしょう。街の様子をみる限り、まだ彼らはアンデッドの存在に気がついていないようでした」


「でもさ、俺たちが言っても、信じないんじゃねぇか? どうせまた、ギャーギャー騒がれて、石投げられて、俺たちが痛い目見るだけなんじゃ……」


「ミノ」


 ネガティブなことを言うミノに対し、シグレは厳しい口調で言った。


「そんなことを言ってはけません。僕たちがやっていることは全て、人間と分かり合うためです。僕たちは諦めずに、ずっとここまでやって来ました。いつか必ず、報われる日が来ると信じて」


「でもさ、俺たち随分、この国で人間のために尽くしてきたじゃん。それなのに、全然、人間たちは俺たちを受け入れようとしてくれない。むしろ国から追い出そうとしてくる。どうせまた今回も、やるだけ無駄なんじゃないかって思ってしまうんだ」


 ミノは弱音を吐く。こんなに顔が厳つくて、筋肉ムキムキで強そうなミノでも、きっと心はとても繊細なんだろうなと思った。


「やる前から否定的なことを言ってはいけません。確かに、この世界は人間優位。僕たちは排除される側。ですが、そんな世界を変えていこうとしているのが、僕たちなのです。人間と分かり合おうと、僕たちは少しずつ歩み寄っているのです。石を投げられても、どんな罵声を浴びても、耐えて耐えて耐えて。きっとその先に、僕たちが望む世界があるはずだから。ね、だから僕たちは僕たちにできる最善のことをしましょう」


 シグレの言葉を聞いて、僕はハッとした。

 今までコソコソと身を隠しながら、僕は旅をしてきた。日差しから身を守るため、と言う理由もあるが。常に吸血鬼だとバレないように、過ごしてきた。

 僕はずっと疑問だった。父さんやシロは、どうしてそんなにも人間と分かり合おうとするのか。人間と関わっても、傷ついてしまうだけだ。それなら、自分を受け入れてくれる人だけと仲良くすればいい。それ以外とは、分かり合う必要は無い。吸血鬼だとさえバレなければ、人は普通に接してくれる。

 それでも、父さんやシロ、そしてこの『人間と仲良くなろうの会』は、こんな世界を変えようと、少しでも生きやすい世の中になるようにと、必死に頑張っているんだ。

 何もしなければ、傷つくことも無い。でも、何かしなければ、何も変わらない。

 そのことに、僕はようやく気づいた。


「……ごめん、シグレ。変なこと言って」


 ミノは謝る。否定的になってしまったことを反省しているようだ。


「いいんです。ミノの気持ちも、よく分かりますから」


 シグレは優しく微笑んだ。きっと、こういうところがシグレのかっこよさに繋がるんだろうな。


「さあ、とりあえず街の人に知らせましょう。解決策はその後で考えます」


 シグレの言葉を合図に、僕たちはみんな外へ出る。


「手分けして、街の皆さんに知らせましょう」


 僕らは三つのグループに別れた。僕とソフィアとローリエ、シグレとミノとグレイ、ガーラとロナルド。

 結局僕は、太陽の日差しに弱いから、昼間はフードを被っていなければならない。せっかく今なら、みんなが一緒なら怖くないと、人々に僕の美しい顔が見せられるチャンスだったのに。


「さあ! 張り切って行きましょう! ブラッドさん、ソフィアさん!」


 テンションの高いローリエは、先陣を切って前に進む。

 広場の中心にある噴水の縁に、ぴょんっと飛び乗って、叫び始めた。


「みなさん! 近くの森で、アンデッドが発生しました。このままではこの街は危険です。すぐに避難してください!」

 

 通行人たちは、一度だけローリエのことをちらりと見たが、何事もなかったかのように通り過ぎていく。


「聞いてください! このままでは、みんなアンデッドにやられてしまいます! この街も、アンデッドに破壊されてしまいます!」


 ローリエはめげずに叫ぶ。

 しかし僕はこの時、とあることを耳にした。


「またなんか言ってやがるよ、あのエルフ」「どうせ嘘だろ。『人間と仲良くなろうの会』だって? バカバカしい」

「人外のことなんて、信用出来るわけないだろ。あいつらはみんな野蛮なんだから。それにアンデッドなんて、伝説の話だろ」

「早くこの街から、いや、この国から出ていってほしいよな」


 ヒソヒソと話すこんな声が聞こえてきた。僕は耳を疑った。

 なんでそんなことを、平気で言えるんだ?


「アンデッドはすぐそこまで来ています! だから……」


 そんな時だった。


「いたぞ! 捕らえろ!」


 槍を持った大勢の兵士たちがやってきた。

 兵士はローリエに槍の先を向ける。それに動揺したローリエは、バランスを崩し、噴水の中に落ちてしまった。


「ローリエ!」


 僕が近づこうとすると、「動くな」と兵長らしき人に止められた。

 

「王からの命令だ。人外を捕え、牢屋にいれろと。殺されないだけマシだと思え」


 見ると、シグレたちもみな、兵士に捕らえられていた。彼らは強いから、兵士になんて余裕で逆らえたはずなのに……

 僕は思い出した。『人間と仲良くなろうの会』の三カ条を。


 ――その1 人間に危害を加えることは決してあってはなりません


 みんなはこれを守ったんだ。兵士だって人間だ。だから、逆らえなかったんだ。


「今はこんなことしている場合じゃないんだよ! アンデッドがそこまで来てるんだ!」


 兵士に捕らえられてもなお、ロナルドは訴えた。


「だまれ。今まで散々好き勝手やらせてきただろ。でもそれはもう今日で終わりさ。お前らの情報は、ちゃんと王の耳にも入ってるんだ。これ以上人間を惑わすな。そんな冗談、誰も信じない」


 そんなのあんまりだ。みんなは何も悪いことはしていないのに。

 捕らえられているのは、シグレ、ミノ、ガーラ、ロナルド。そして、ローリエも捉えられた。

 僕は、フードのおかげで吸血鬼だとバレず、捕まらずに済んだ。

 ……あれ、グレイは?

 辺りを見渡すと、端の方で怯えている灰色の髪を見つけた。


「グレイ!」


 グレイは狼男だが、普段は普通の人間の姿だ。


「ブラッド、どうしよう!」


 グレイは急いで僕に近づいてきた。

 兵士たちはみんなを連れていこうとする。このままでは、みんな牢屋に入れられてしまう。

 どうしようと悩んであたふたしていると、横で足音が響いた。


「あの、ちょっといいですか?」


 金色の髪をなびかせ、裾の長いメイド服を揺らす。

 ソフィアは口角を上げて微笑んだ。しかし、海のように青い瞳だけは、一切笑っていなかった。

 














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