第47話

「いたいた! ソフィア!」


 城の人混みの中にソフィアを見つけたので、急いで駆け寄った。

 ソフィアは綺麗な金髪を、お団子にして後ろでまとめている。毛先はクルクルに巻いている。そして、肩の開いた水色のドレス。悔しいけれど、すごく絵になる。


「ソフィアって、意外とドレス似合うんだね。いつもメイド服だから、なんだか新鮮」


「ブラッド様に褒められてもあまり嬉しくないですが、ありがとうございます。ブラッド様もタキシード、良くお似合いですよ」


 一言多いよ。せっかく褒めてあげているというのに。僕にタキシードが似合うのは周知の事実だから。あたりまえだ。


「ブラッド様は踊らなくていいのですか?」


 ソフィアが尋ねた。

 演奏家たちの生演奏に合わせて、種族関係なく、みんながおめかしをして踊っている。すごく楽しそう。僕だって踊りたい。

 だがしかし、相手がいない。


「可哀想に」


 ソフィアは鼻で笑った。


「ソフィアだって、踊る相手いないだろ!」


「私は別にいいんですよ」


 なんだよそれ。


「はあ……こんなにも美しい僕が、踊ってあげるというのに、なぜ誰も僕を誘いに来ないのだろう……あ、もしかしてまだ、みんな僕の魅力に気づいていないのかな? どう思う? ソフィア」


 僕は尋ねた。しかし返答がない。


「ねえ、ソフィア、聞いてる?」


 ソフィアの方を見ると、彼女はまるで恋する乙女のような眼差しをしていた。その目線の先にいるのは、僕の父さんだった。

 父さんは色んな人とダンスを楽しんでいた。


「何? ソフィア、父さんと踊りたいの?」


「いえ、私なんかがジョゼフ様と踊るなんて、そんな……」


 あっそう。なんでそんなところで謙遜をするのかよく分からない。

 すると、目線に気づいた父さんは、ダンスをやめてこちらへやって来た。


「やあ、あなた達。パーティーは楽しんでいるかい?」


「まあ、そこそこ」


「ブラッド、紳士としてきちんとエスコートしなさいよ」


 モテモテな父さんは、一人ぼっちで可哀想な息子の心配なんかしなくていいんだよ。

 というか、言われなくてもやるし。相手がいれば、僕だって……


「そんなことより、ソフィアが父さんと踊りたいんだって」


 代わりに言ってあげた。ははっ。僕は恋のキューピットだ。なんてね。

 すると、ソフィアは光の消えた目で僕を睨んだ。背筋が凍る。殺されるかと思った。


「ジョ、ジョゼフ様……あの……」


 ソフィアは慌てて弁解をしようとする。しかし父さんは、可笑しそうに笑った。


「ソフィア、こういうのは、男から誘うものなんだよ」


 父さんはそういうと、ソフィアの前に手を差し出した。


「私と踊って頂けますか?」


 父さんは優しく問いかける。ソフィアは驚いて父さんを見つめていたが、しだいに彼女の顔はパッと明るくなった。


「はい、喜んで」


 二人は手を取り、腰に手をまわし、音楽に乗せてステップを踏み始める。


「ソフィア、すごく綺麗だよ。よく似合ってる。大きくなったね。昔はあんなに小さくて、今にも死んでしまいそうだったのに。ああ……いつかソフィアも、素敵な恋をして、結婚して、館を出ていってしまう日が来るのかな……」


「わ、私はどこへも行きません! 私の居場所はあの館だけです。私はずっと、お仕えいたします!」


 必死にそう言うソフィアを見て、父さんは優しく微笑んだ。


「そうかい。まあ、未来はソフィアが決めることだからね。後悔のないようにしなさい。私はいつも、あなたの幸せを願っているから。それだけは忘れないでいてね」


 ソフィアは少し頬を赤らめて、嬉しそうに笑った。


「ジョゼフ様……私は、ジョゼフ様に拾われたあの日から、ずっと幸せです」


 ……なんだこの甘々な空間は。見ているこっちが恥ずかしい。二人して僕を除け者にして。


「ねぇ、ブラッドお兄ちゃん」


 と、僕の服が裾を引っ張られているのを感じた。そちらを見ると、そこには僕が森で助けた女の子がいた。

 可愛らしいピンクのドレスに身を包み、頭には大きなリボンをつけている。


「お兄ちゃん、この前は助けてくれてありがとう。これ、私の宝物。お兄ちゃんに持っていて欲しい」


 女の子が差し出すものを、僕は受け取った。

 それは、赤い石が組み込まれたブローチだった。光に当てると、キラキラと輝く。


「お兄ちゃんの目にそっくりだったから」


「本当にいいのかい?」


「うん!」


 女の子は笑顔で頷いた。僕はさっそくそのブローチを胸につけた。


「どうかな? かっこいい」


「うん! すっごくかっこいい! やっぱり私の思った通りだった!」


「ありがとう」 


 僕はそう言って、女の子の頭を撫でた。

 感謝されるというのは、本当に嬉しい。助けてあげたかいがある。僕はこの笑顔が見たかったんだ。

 それに、こんなふうに、周りの目を気にせずパーティを楽しめるなんて、夢みたいだ。僕には今、恐れるものなんて何も無い。


「おーい、ブラッド!」


 僕の名を呼ぶ声がする。振り返ると、グレイがたくさんの食べ物を抱えて手招きしていた。


「こっちにすげぇ美味いもんがあるんだ! ブラッドも一緒に食べようよ!」


 ほんとに、どれだけ食べたら気が済むんだろう、グレイは。まあ、いっか。今日はパーティーだし。


「分かった! すぐ行く!」


 と返事をし、僕は女の子の方を向く。


「お嬢さん、僕と一緒に、美味しいもの食べに行かない?」


「うん! 行く!」


 僕は女の子と手を繋いで、グレイの元へ向かった。小さくてか弱い女の子の手。なんとしてでも守ってあげたい、そう思った。



 パーティーが終わったあと、僕とソフィアは、時計塔の上に座り、夜の街を眺めていた。


「僕達も、随分長い間旅をしてきたよね」


 今までの旅を振り返ると、楽しいこともつらいこともあった。初めて出会うことばかりで、ワクワクドキドキした。

 様々な困難を乗り越えながら、僕らはエアスト国から遠く離れたこの地までやってきたのだ。


「色んなことがあったけど、僕は旅に出て良かったと思ってる」


「どうしたんですか? 急にそんなこと言って。もう旅をやめてしまうのですか?」


 ソフィアは驚いたように尋ねた。


「やめるわけないよ。こんなに楽しいんだから。館に閉じこもって生きていただけじゃ、こんなにたくさんの素晴らしい景色は見られなかったよ」


「……そうですね。私も、ブラッド様についていかなければ、こんなにたくさんの経験をすることはありませんでした。最初は面倒くさかったけれど、いや、今もブラッド様のお世話は面倒くさいけれど、私も旅に出て良かったなって思います」

 

 ソフィアは隣でそう言った。その言葉を聞いて、僕は微笑んだ。

 僕の旅は終わらない。僕の人生はこれからもずっと続いていくのだから。

 外の世界の素晴らしさを知ってしまった以上、もう後戻りはできない。世界は広くて、美しくて。楽しいことばかりではないけれど、みんな一生懸命に生きている。


「……僕は今、ものすごく幸せな気分だよ」


 ゴーンという、0時を告げる鐘が鳴り響いた。

 この幸福を噛み締めながら、僕はきっとこれからも旅を続けるだろう。

 僕は立ち上がった。マントが風になびく。

 月に手をかざして、僕は言った。


「この先もきっと、僕の知らない素晴らしい世界が待っているよ」


 僕の出会いと別れの物語は、これからもずっと続いていく。生きている限り。


 赤色のブローチが、月明かりに照らされて、胸元できらりと光った。

 

 


 


                 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る