第六章 吸血鬼の国
第16話
僕の所に、一匹のコウモリが、手紙をくわえてやってきた。このコウモリは、吸血鬼たちの連絡を取り合う手段だ。館にいた時、旅先からの父さんの手紙も、このコウモリが届けてくれていた。
「ご苦労さま」
僕はコウモリから手紙を受け取った。封筒には父さんの名前が書いてある。早速封を切って、手紙を読んだ。
『ブラッドへ
アルバートから、あなたが旅に出たということを聞きました。私は大変嬉しいです。旅の調子はどうですか? ソフィアに迷惑をかけていませんか?
さて、本題に入ります。私はずっと、あなたに隠していたことがあります。吸血鬼という生き物、あなた自身、それからあなたのお母さんについての話です。それを話したいのです。そのためには、吸血鬼の国へ行く必要があります。いつか言った気がしますが、ここは私の故郷です。
もうあなたは大人ですから、真実を話す時が来たと私は思っています。あなたが旅を続けていく上で、傷つかないためにも、本当のことを知っておくべきです。私があなたを無知にしてしまったのかもしれませんが、全ては愛しい息子と、妻の思いを守るため。許してください。
今から一ヶ月後に、吸血鬼の国で会いましょう。それでは、無事を祈って。
ジョゼフより』
僕は静かに手紙をたたんだ。なんだか、ものすごく怖い。一体父さんは、僕に何を隠しているのだろうか。
吸血鬼の国は、一度行ってみたいと思っていた。父さんの故郷だから。僕は館で生まれたから、この国のことはよく知らない。でも、吸血鬼のための国なのだから、きっと素晴らしい場所だと僕は思う。
僕は急いで返事を書いて、コウモリに託した。
「吸血鬼の国……ですか?」
ソフィアが父さんの手紙を読みながら言った。
「うん、そうだよ」
「……できれば私は行きたくないですね」
「どうしてだい?」
僕は早く行きたくてうずうずしているが。
「だって、ブラッド様みたいな吸血鬼がたくさんいるのでしょ?」
それはどういう意味だい、ソフィア。
*
一ヶ月後、ちょうど吸血鬼の国に着くように僕らは向かった。そんなに遠くはなかったため、急ぐ必要はなかった。吸血鬼の国に着くまでに色々な国に寄れたから僕は満足だ。
吸血鬼の国の近くまで来ると、雰囲気は一変した。なんだか薄暗くて不気味だ。霧に包まれ、たくさんの背の高い木で囲まれている。日差しを遮るためだろう。
僕たちは門までやってきた。そこには二人の門番がいた。吸血鬼だ。父さん以外の吸血鬼に会うのは初めてだ。
「何者だ?」
門番の一人が声をかける。
「この国には、吸血鬼以外は入れないぞ。人間が入るのならば、契約を結ばなければならないぞ」
契約? 父さんの手紙には、そんなこと書かれていなかった。これではソフィアが入れない。
「契約っていうのは、どうすればいいの?」
「ここに人間の名前をかけ。そして吸血鬼がこの契約書にサインしてくれたらいいさ。しかし、もしその人間がこの国で問題を起こしたら、二人まとめて処刑になるからな。連帯責任だ」
そんな、処刑とか、重い。
それなら、僕が契約書にサインすればいいのか。ソフィアだから、そんな問題を起こすようなことはしないだろう。
「僕がサインするよ」
「分かった。それなら、この前に立て」
僕は言われた通りに立った。目の前には、綺麗な模様が彫られた立ち鏡がある。
相変わらず僕は美しい。しかし、これには何の意味があるんだ?
「お前! 嘘をついたな?」
急に門番たちが剣を構えた。
「さては侵略者だな?」
「待って待って待って、どういうこと?」
僕は慌てる。
「吸血鬼なら、鏡には映らないはずだ! ということはお前、本当は吸血鬼のフリをした人間なんだろ? たまにいるんだよな、そうやって侵入しようとするやつ」
初耳なのだが。吸血鬼って、鏡に映らないの? 僕は毎日のように、鏡に映る自分を見て、癒されていたのだが。
「え、ブラッド様って、ずっと自分を吸血鬼だと思い込んでいた痛い人間だったのですか? 自分は神に選ばれし者などと騒いでいる思春期の子ども的な」
待ってくれ、ソフィア。僕がそんな痛い人間なはずないだろう?
僕って、本当は吸血鬼ではなかったの? いや、そんなはずは無い。だって僕は……
「ちょっと待ってくれ」
そんな時、後ろから声が聞こえた。僕と同じマントを羽織った男。パッと見は人間のようだ。耳が尖っていないし、血色もいい。しかし、鏡には彼の姿は映っていない。
「私が契約書にサインしよう」
そう言うと、男は契約書に僕たちの名前を書いた。その後ナイフを取り出し、指先を切った。真っ赤な血が流れる。そして、契約書に血のついた指を押し付けた。
「これでいいだろう?」
門番たちは剣をしまった。
「確かに契約したからな。血の契約は必ずだ。くれぐれも問題を起こすなよ」
門番は僕たちに、特に僕に念を押した。その後、門が開かれ、僕達は中に入る。
そこには、たくさんの吸血鬼がいた。霧や木のおかげで日光が遮られ、昼間でもマントなしで動き回れる。僕はフードをとった。
すごい場所だなと、感心する。本当に吸血鬼のための国だ。
「えっと、あなたは……」
僕は助けてくれた男の方を向いた。
「おや、私のことを知らないのかい?」
僕は考えたが、分からなかった。そういえば、僕たちの名前を知っているようだった。名乗っていないのに、彼は契約書に僕たちの名前を書いていた。どこかで会ったことあるのかな?
「じゃあ、これでどうかな?」
男は指を鳴らした。次の瞬間、男は煙に包まれ、そして煙が消えた時、僕とソフィアは叫んだ。
「父さん!」
「ジョゼフ様!」
父さんはニコッと笑った。
「やあ、二人とも、久しぶ……」
「今のは何? 顔が違った! 人間みたいだった!」
「……ブラッド、せっかくの再会なのに、挨拶よりも、私の術の方が大事かい?」
「あ、ごめん父さん。久しぶりだね」
つい興奮してしまった。
「お久しぶりです、ジョゼフ様。お会いしたかったです」
ソフィアは丁寧に礼をした。
「やあ、ソフィア。見ないうちに大きくなったなぁ。相変わらず美人さんだね」
父さんはそう言うと、ソフィアの金色の髪を撫でた。すると彼女は嬉しそうに頬を赤らめた。僕の前で、そんな顔は一度もしたことが無い。
「さすが、私の見込んだ子だ。いつもブラッドの世話をしてくれてありがとう。大変だったでしょ?」
「いえいえ、とんでもありません。ジョゼフ様の命令とあらば、私はなんでもいたします。ブラッド様のお世話など、喜んで」
なんだよ、父さんの前では猫かぶりやがって。散々ご主人様のお世話なんて面倒だと言っていたではないか。僕は忘れていないよ。嘘をつけない国でのことを。
「それで、父さん。さっきのは何?」
僕はこれ以上二人のやり取りを見たくなかったので、話題を変えた。
「ああ、これは、変身術というんだよ」
父さんは指を鳴らす。するとまた煙が父さんを包み、煙が消えた頃には、父さんは人間の姿になっていた。
「旅をするのは、吸血鬼の姿のままでは厳しいからね。ちょっと知り合いに習ったんだ」
やっぱり父さんも、旅先で人間から酷い扱いを受けていたのか。それなら先に教えてくれていたら良かったのに。
「しばらくこの姿でいるから、君たちも慣れてくれ」
「どうして? 吸血鬼の国なら、別に人間の姿でいる必要はないんじゃないの?」
僕は不思議に思って尋ねた。すると父さんは気まずそうに頭をかく。
「あー、えっと、この国では色々ありまして……居場所がないんだよね……私が戻ってきたと知ったら、多分みんなは私を八つ裂きにするよ」
……父さんは、一体何をやらかしたんだ?
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