第158話 罪刑法定主義

 東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は今時珍しい革新系の学校で、在学生には(後略)



 ある朝登校した私は教室で顔見知りのクラスメート2名が何やら揉めているのを目にした。


「感想はありがたいですがそんなに欠点ばかりをあげつらうのはひどいです! 私はあくまで小学生男子に向けて王道のヒーローものを描きたかったのであります!!」

「ははっ、宝来さんはまだ分かってないみたいだけど創作物は子供向け作品こそ合理的に書かなきゃいけないんだよ。これは美大志望の友達の受け売りだけど、子供は大人と違って純粋な視点で物語を見るから展開や設定に粗がある作品は簡単に見抜かれるのさ。要するに子供向けと子供騙しは違うってことだよ」


 どうも漫研部員である宝来さんが自作の漫画を女友達の石北いしきた香衣かいさんに読んで貰ったところかなり辛辣に批評されてしまったらしく、宝来さんはクリエイターとして友達からの率直すぎる感想にはありがたく思う一方で傷ついてしまったようだった。


「まあまあ、石北さんがこういうアドバイス得意なのは分かるけど言い方ってものがあるんじゃない? あと宝来さんの漫画はどんな内容だったの?」

「私が描いたのは『正義の刑事アクバスター』というタイトルの読み切り漫画で、今度月刊カラカラコミックの新人賞に応募するつもりなんです。人々の心の闇につけこんで犯罪を繰り返すアンノーン団に宇宙警察機構の刑事アクバスターが立ち向かう話なのであります」

「あらすじはよくある感じで内容も確かに王道だけど、今時悪人だからって刑事が人前で射殺してしまう話なんてバカバカしくて低学年でも読まないよ。幼稚園児向けの雑誌でも狙ってみるかい?」

「だからそういう言い方をされると余計傷つくのでありますー!!」


 石北さんは以前から同じようなファッションなのに自分よりずっとモテる宝来さんをライバル視している節があり、批評がやたら辛辣なのもそのせいと思われたが原稿を見せて貰ったところ正直私も同じような感想にはなった。


「ここからは建設的な話をするけどね、宝来さんは法律や法令遵守コンプライアンスの問題に詳しいんだからいっそのことそれを直球で描けばいいんだよ。罪刑法定主義っていう概念を小学生でも理解できるようなストーリーの漫画を描けば教育的効果もあって受賞のチャンスが近づくんじゃないかな?」

「香衣さん、そのアイディアはぜひ頂きたいです! 帰ったらキャラクターはそのままに話を一から作り直してみます!!」


 石北さんからようやく有意義なアドバイスを貰えた宝来さんは漫画の内容を改善するやり方を思いついたらしく、その日は授業中もこっそりネームを描いていた。


 そして完成した原稿は……




 『俺が正義だ! 特攻警察アクバスター』 ペンネーム・宮藤ジュン


「さあ観念しろ、大人しく罪を認めて自首すれば今なら執行猶予が付くかも知れないぞ」

「バカも休み休み言え! 貴様ら体制側の連中にこの怪人ピザゲートが従うとでもぐあああっ! 俺の腕が! 腕が!!」

「宇宙警察法第9条1項、アクバスターは正義を貫くため悪人に必要最大限の危害を加えることができる!!」

「何だって!? 分かった、俺は自首するからどうか仲間たちは見逃してひぎぃっ!? やめろ足はそんな風に曲がらな」

「宇宙警察法第9条2項、アクバスターは悪を殲滅するため必要最大限の実力を行使して情報を引き出すことができる! 目だ、耳だ、鼻!!」

「ぎゃあああああお前それでも警察かああああああああ」

「宇宙警察法第9条3項、前項の目的を達するためアクバスターは宇宙連邦軍に準じた兵装を所持する! 受けてみろ、スペースギガクラッシャー!!」




「流石は宝来さん、きっと入賞できるとボクは信じてたよ! まあ本誌じゃなくてウェブ限定掲載だったけどね☆」

「あああああああああ!! 私はこんな形で作品を読んで貰いたくなかったでありますぅぅぅぅぅぅ」


 ウェブ漫画サイトのカラカラオンラインで特別賞「鬼畜ヒーロー部門」受賞作として掲載されている宝来さんの漫画を見て、私はこれはこれで子供も楽しめるのではないかと思った。



 (続く)

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