第132話 闇営業

 東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は(後略)



 ある日曜日の昼。久々に一人カラオケに行った私は帰り道、公園のベンチに知り合い2人が腰かけているのを見かけた。


「しくしく……わたくし、有紀様のおそばを離れたくありません。こんな形でお別れになるなんて……」

「そんなに落ち込むようなことではありませんわ。そもそも会員でなくなったとしてもグッズは購入して頂けましてよ? あら、マナじゃない」


 一人は硬式テニス部所属の2年生である堀江ほりえ有紀ゆき先輩、もう一人はゆき先輩のファンクラブに入っている私立ケインズ女子高校1年生で硬式テニス部所属の三島みしま右子ゆうこさんで、2人とも私の姿に気づいたようなので話を聞いてみることにした。


黒猫くろねこ倶楽部くらぶのグッズの種類が多くなったので在庫を置いておくためにトランクルームを借りようとしたのですけど、不動産屋さんに言われて顧客名簿をお見せしたら取引を断られましたの。三島さんのご実家がいわゆる反社会的勢力として扱われているそうで、反社とつながりのある人には物件を貸せないと突っぱねられたのよ」

「確かに私の実家は以前は他の一般社団法人とトラブル抗争を起こしたり建設業界の不正競争談合に関与したりしていましたけど、今は人々に愛国と尊皇について啓発する健全な一般社団法人なのです。見知らぬ不動産屋さんからそんな風に思われているなんて……」

「は、ははは……」


 三島さんの実家である一般社団法人「民族政治結社大日本尊皇会」は以前から何となくやばそうな感じがしていたが、少なくとも昔は実際やばい団体だったらしい。


「黒猫倶楽部を脱会しなければならないのは辛いですけど、有紀様を敬愛する者として有紀様にこれ以上迷惑をおかけする訳には参りません。かくなる上はこの命をもってお詫びを……」

「わーこんな所で短刀ドス持ち出さないで!!」

「あら、わたくしは三島さんにファンクラブを脱会して欲しいなどとは一言も言っておりませんわよ? 三島さんのご実家が健全な一般社団法人であることなどわたくしはとうに知っていますから、今日は不動産屋さんにその旨をお伝えして闇営業の疑惑を解いて頂くようお願いしたかったのです。この話、受けて頂けますわね?」

「もちろんです! 今からお父様に事情をお伝えして、その不動産屋さんに私の実家は反社などではないと説明して頂きます。今日はお話に来てくださってありがとうございました」


 ゆき先輩は三島さんをファンクラブから除名したい訳ではなかったらしく、先輩の意図を理解した三島さんはそう言うと笑顔を浮かべて公園を去っていった。



 その翌週、千代田区内のとある不動産屋で……


「おうおうおう、ここが堀江の姉御が世話になったっていう不動産屋か? えらい豪勢な作りじゃねえか」

「ひいっ!? 何ですかあなた方は、我が社は反社とは関わりを持たないと宣言しているのですよ!!」

「反社? これは心外ですねえ、俺たちはチャリティーへのご協力をお願いしに来ただけですよ。このCDは現役女子高生の人気声優にして歌手であらせられる堀江有紀の姉御の新作で、売上の30%を戦没者慰霊事業に寄付するんでさあ。どうです、あんたも日本人なら5枚ほど買って頂けますよねえ? あと堀江の姉御はトランクルームをお仕事に使いたいそうですぜ」

「わ、分かりました、CDは買いますし堀江さんとの取引もお受けしますからどうか今日はお帰りください!! 店舗の前に街宣車を停めないで!!」



「マナ、三島さんが社員の皆様にお願いしてくれたおかげでトランクルームは無事に借りられましたわ。お礼に非売品の堀江有紀抱き枕カバーと堀江有紀語録をプレゼント致しましたのよ」

「それはよかったですねー……」


 練習前に笑顔で報告してきたゆき先輩に、私は世の中権力よりも武力の方が強い時もあるなあと思った。



 (続く)

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