第120話 有害図書指定

 東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は(後略)



「やあ野掘さん、今日は図書の返却かな? また読みたい本があったら購入希望を出してみてね」

「ありがとうございます。この前はマイナーな洋書が読めて助かりました」


 ある日の放課後、私は以前新規購入して貰ったアメリカのホラー小説『空飛ぶデストロイハムスター』を返却するためマルクス中高の図書室を訪れていた。


 この中高の図書室は司書教諭の氷室ひむろ河期こうき先生と中学・高校の各学年から3名ずつ選ばれる図書委員によって運営されていて、私立中高では貧乏な部類に入るこの学校では珍しく設備が充実しているのでよく通っている生徒も多かった。


「何か妙な本が並んでますけど、これって何かに使われるんですか?」

「実はPTA会長さんから蔵書に対してクレームが来てて、それがこの本なんだ。もうすぐ直接抗議に来られる予定なんだけど」

「PTA会長というと、確か……」

「先生、この本が有害図書ですね!? 今すぐその本を廃棄するざます!!」


 氷室先生が話した内容にある人の顔を思い浮かべていると、案の定マルクス高校のPTA会長にして平塚ひらつか鳴海なるみ先輩のお母さんである平塚ひらつかひとみさんが図書室に駆け込んできた。


「廃棄と言われましても、学校の予算で購入した本を僕の一存で廃棄することはできませんし、そもそも僕は平塚さんが何を理由にそう仰っているのかよく分からないんですよ。Jungleジャングルで販売停止になったからでしたっけ?」

「その通りざます。この『アリエヘンお料理の教科書』という本は内容の過激さから△取県で有害図書指定され、それを受けてインターネット通販大手のJungleでも販売が停止されているのです。そのような有害図書がこの中高の図書室に置かれていていいはずがないざます!!」

「何ということを仰るんですか、あの事件は日本の有害図書指定制度を理解していない外国資本の落ち度に過ぎませんし、そもそも有害図書指定制度自体がナンセンスなんですよ。考えてもみてくださいよ、僕が大好きなひがしゆき先生の『かみんぐ・ど~る』は成人向け漫画では相当健全な部類に入るのに、それでも○川県では有害図書に指定されてるんですよ!? これを踏まえれば今回の△取県の判断は信用に値しないと分かるはずです!」

「氷室先生、そのネタ全国で100人も分かりませんから!!」


 瞳さんからのクレームに対し氷室先生は全面抗戦の構えを見せており、私はこのままでは事態がややこしくなりそうだと思った。


「氷室先生、ここは調理師長である私が力をお貸ししましょう。平塚さん、この本の内容は生徒にとって問題ないということを示すため、今から私がこの本にある調理法を学食で実演して見せます。どうかその結果を見て判断して頂けませんか?」

「寒下さんがそう仰るのでしたら、私もひとまず様子を見るざます。氷室先生も来て頂けますね?」

「もちろん望む所ですよ。寒下さん、僕も素人ですがお手伝いしますね」


 料理に関する話題だけあってか図書室までやって来ていたのはマルクス中高学生食堂調理師長の寒下かんげ丹次郎たんじろうさんで、寒下さんは『アリエヘンお料理の教科書』を手に取ると瞳さんと氷室先生を連れて学食の調理室へと向かった。


 そして……


「さて、まずは第1章『謎の爆発卵』から作るとしましょう。生卵をラップフィルムで包み、電子レンジに入れます。加熱して……早速できました。では氷室先生に召し上がって頂きましょう」

「これは美味しそうなゆで卵ですね。殻をむいて塩を振って、そのまま口にぶふふぉぁっ!!!」

「氷室先生ー!!」


【※電子レンジでゆで卵を作る行為は大変危険です。絶対に真似しないでください】


 口に放り込んだゆで卵が爆発して悶絶する氷室先生を前に、寒下さんは次のメニューを作り始める。


「次は第2章『恐怖のワックスエステル深海魚』ですね。こんなこともあろうかと以前仕入れて冷凍しておいたバラムツがありますから、これを解凍してお刺身にします。醤油でシンプルに召し上がって頂く前に、氷室先生にはあらかじめ大人用オムツを履いて頂きましょう」

「恥ずかしいですが図書を守るためには仕方ありませんね。ではちょっと失礼して」

「もういいざます! いくら私でも氷室先生に社会的な死を与えることはしたくないざます!!」


 バラムツの刺身を臆せず食べようとした氷室先生を瞳さんは涙を流しながら制止し、私はこの本はどっちみち有害図書なのではないかと思った。



 (大最終話に続く)

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