超最終話 天然女子高生のためのソー・カツ

「うん、美味しい! 流石は寒下さんの料理、これを1杯500円で出せるなんてすごいです」

「中高生の皆さんには安くて栄養があるものを食べて欲しいからね。豚肉や小麦粉の仕入れ先にもこだわったんだよ」


 ある日の放課後、私、野掘のぼり真奈まなはマルクス中高学生食堂調理師長の寒下かんげ丹次郎たんじろうさんから例によって新メニューの試食のために調理室に招待されていた。


 目の前のテーブルには試食用に小さめに作られた卵とじカツ丼とソースカツ丼があって、どちらも食べやすくなおかつボリュームを感じさせる調理が行われていた。


「2種類ありますけど、これは両方とも新メニューとして導入されるんですか?」

「そうしたいんだけど、両方を採用すると片方だけに人気が偏って食材が余ったり仕入れコストが上昇したりする可能性があるから、自販機のお茶の時と同じく全生徒の投票で決めようと思うんだ。今回は特定の業者のPRイベントとかはないけど、教頭先生の話では中高生への政治教育を兼ねて生徒による広報活動を推奨するそうだよ。どうなるか楽しみだね」

「へえー、面白そうじゃないですか。私はどちらが導入されても嬉しいので、広報活動を参考にして投票先を決めますね」


 その翌日には学生食堂の新メニュー選定に関する全生徒対象アンケート、通称カツ丼投票を開催する旨が中高の全生徒へと告知され、早速校内での広報活動が始まった。



「私、金原真希は綱紀委員長として卵とじカツ丼導入への賛成を表明します。生徒の皆さんもご存知の通り鶏卵は日本国内での自給率が90%以上と極めて高く、卵とじカツ丼の導入はSDGs持続可能な開発目標への貢献にもつながります。また、鶏卵に多く含まれるレシチンはヒトの脳の神経伝達物質でもあり、卵とじカツ丼が日々のたゆまぬ学習が求められる中高生の食事として望ましいことは言うまでもありません」

「ちょっと待った! 卵とじカツ丼には確かに多くの魅力があるけど、中高の学食のメニューとしてはソースカツ丼こそが相応しい! 卵とじカツ丼には一般に玉ねぎぐらいしか野菜が含まれていないからビタミンの摂取量が不十分になるけど、ソースカツ丼は沢山のキャベツを載せることでサラダや野菜ジュースを添えなくても栄養素を十分に摂取できる。栄養バランスとコスト面を考慮すればソースカツ丼に軍配が上がることは言うまでもないだろう!」


 翌週の生徒集会では2年生を代表して卵とじカツ丼派の金原かねはら真希まき先輩とソースカツ丼派の裏羽田りばた由自ゆうじ先輩が激論を交わし、3週間後に迫った投票日に向けて広報活動が続いていた。


 そこまでは良かったのだが……



「諸君、私は諸君らを軽蔑している! より正確には、諸君らの中のソースカツ丼派は私の敵だ! 多数決で決めれば、認知度的に卵とじカツ丼が勝つに決まってるじゃないか!」

「マルクス主義の創造者、マルクス主義の総責任者であるカール・マルクス大先生は現在のドイツであるプロイセン王国出身であり、ドイツではソーセージなど豚肉の加工食品が有名です! 当然豚肉を卵と一緒に食べるなどという風習は一般的ではなく、卵とじカツ丼派はシベリアの凍土の中に投げ込まれるべきです!」

「まひるさん、ドイツにもシュニッツェルという豚カツに似た料理は存在し、溶き卵を使ったりゆで卵を添えたりすることもあるためその主張は正確じゃありません! あと私たちは第三勢力として味噌カツ丼の導入を求めるであります!!」


 さらに翌週の生徒集会では1年生を代表して卵とじカツ丼派の梅畑うめはた伝治でんじ君、ソースカツ丼派の国靖くにやすまひるさん、そして味噌カツ丼の導入を主張し始めた宝来ほうらいじゅんさんといった面々が過激な論争を行い、政治教育にしても行きすぎではないかという気がしてきた。



「地球人の皆さんはそのような議題で激論を交わすことができるのですか? その精神は私たちローキ星人も見習いたいような見習いたくないような気がしますね。あと私はこちらのソースカツ丼? が一番好きですね」

『そういうものか? この地球人の血を吸っている限り、卵とじカツ丼なるものを食べている時が最も味が良いのだが。我々ブラッキ星人も地球人に憑依してみるべきかも知れないな』

「いやあなた方何しに地球まで来てるんですか……」


 投票に向けて現在の学食では卵とじカツ丼・ソースカツ丼・味噌カツ丼のいずれもが注文できるようになっており、弟の正輝まさきに憑依して3種類のカツ丼を食べているローキ星人と蚊に憑依してその血を吸っているブラッキ星人もそれぞれ自分の意見を述べていた。



「この極反動め、私たちソースカツ丼派が卵とじカツ丼派と味噌カツ丼派を相手に闘争を展開しているのに、学食で卵とじカツ丼を食べるとは許せないよ! 自己批判のためにソースカツ丼を自腹で30杯買って食べて貰うよ!!」

「ひいー許してーな、あれは食堂のおばちゃんがオーダーを間違えただけやって!」


 放課後部室に行くと、赤城あかぎ旗子はたこ先輩は部外のソースカツ丼派と一緒に平塚ひらつか鳴海なるみ先輩を吊るし上げていた。


「困りましたわね、テニス部にも闘争の嵐が吹き荒れては練習になりませんわ」

「何か昭和中期の大学みたいですよね。といっても投票日はもう来週ですし、その内収まりますよ」


 そうこうしているうちに投票日は到来し、私は第4の選択肢である「どれでもよい」にチェックを付けて投票箱にアンケート用紙を入れた。


 そして……



「えー、投票の結果では卵とじカツ丼が1位となりましたが、得票率は38%であり過半数に達していませんので卵とじカツ丼とソースカツ丼とで決戦投票を行います。投票日は来週金曜日とします」

「ファッ!?」


 生徒集会でマルクス高校教頭の琴名ことな枯之助かれのすけ先生は決戦投票実施の発表を行い、その日からカツ丼投票を巡る闘争は再び過激さを増していった。



「皆、今度の決戦投票でソースカツ丼が選ばれたら路堂先生が女子高生時代の写真を公表してくれるんだって! これはソースカツ丼に投票するしかないよね!?」

「おおー!!」


「朝日さん、一体どうやって路堂先生の弱みを……」

「オフレコだけどさっきのは口から出まかせなの。ほら、勝てば官軍って言うでしょ?」

「は、ははは……」


 新聞部のエースである朝日あさひ千春ちはるさんは朝礼前の教室でも情報戦を展開しており、どちらの陣営もそろそろ余裕がなくなってきているように思われた。



「1年生の皆、そんなデマに惑わされてはいけないわ! 卵とじカツ丼に投票してくれたら私がボーカロイドのコスプレをしてあげる!」

「もう一声!」

「じゃあ文化祭でバニーガールの格好をしてる女子高生のコスプレ!」

「もう一声!!」

「じゃ、じゃあ宇宙から来た鬼娘のコスプレ!」

「もう一声!!!」

「じゃあ鉄腕バ」「金原先輩、それ以上は流石に!!」


 広報活動のために自己を犠牲にしようとする生徒も出始め、私はカツ丼投票は一体どうなってしまうのだろうかと不安になった。



 そうして日は流れ、投票当日の生徒集会で……



「えー、今回の投票につきまして大事なお知らせがあります。業者より豚肉の仕入れ価格の高騰について相談があり、熟慮の結果学生食堂の新メニューは玉子丼とすることに決定致しました。この決定は理事会レベルでのものですので確定となります。生徒の皆さん、結果は残念でしたが政治学習のよい機会となったのではないでしょうか」


「「ふざけるなああああああああああああああ!!」」


 のほほんと重大発表を行った教頭先生のもとに金原先輩や裏羽田先輩をはじめとした広報活動の面々が殺到していき、今回のカツ丼騒ぎは色々な意味で総括そうかつされたのだった。



 (完)

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