第59話 重点政策

 東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は今時珍しい革新系の学校で、在学生には(後略)



「久しぶりだなミス野掘。この服と靴かっこいいだろう?」

「いやー、どうなんでしょうね……」


 ある日曜日の昼、飼っているハムスターの飼育グッズを買いにデパートを訪れていた私は元生徒会長の2年生にして金髪天然パーマの治定度じじょうどりょく先輩に出くわした。


 先輩は真っ白な上下を着て先の尖った金色の靴を履いており、これはもはやダサいというレベルを超越しているように思われた。



「うーん、イマイチなのか? 女の子に魅力を見せつけようと思って、15万円も出して一式揃えたんだが」

「15万円!? 先輩、そんなお金があるならもっと有意義に使いましょうよ……」


 せっかくの大金でこんな衣装を買ってしまうのも治定度先輩なら平常運転だが、流石にもったいないと思った。


「実は最近デートした女の子にことごとく振られてて、この前なんかお互い高校生だし食事代を割り勘にしようって言ったらあり得ないって言われたんだよ。正論だと思うんだけど、やっぱりもっとベタ惚れさせないと駄目なのかな?」

「いやいやいや、15万円でそんな一式買えるなら食事代ぐらいおごるべきでしょう! ちょっと練習として私にお昼ご飯おごってくれません!?」


 あまりの驚きに図々しいお願いをしてしまったが、今の先輩はそれぐらいしないと恋愛で重点を置くべき方策を修正できないと思った。



「まあミス野掘には世話になってるし、そもそも後輩だから全然いいよ。そこのセイザリアでもいいか?」

「全然いいですよ。あっ、あの子は……」

「野掘さんじゃないですか! そちらの方は……彼氏さんですか?」

「違うっ! 全然違うから!!」


 デパートの広い通路を歩いていたのはケインズ女子高校硬式テニス部員の灰田はいだ菜々ななさんで、彼女は私の姿を見かけて自分から声をかけてくれた。


「こっ、これは……かわいい! 君も昼食をご一緒してくれないか!?」

「今からこの先輩にお昼ご飯おごって貰う所だったの。もし良かったら灰田さんも食べてかない?」

「いいんですか!? ありがとうございます、ちょうどお腹空いてたんです」

「君みたいなかわいい女の子のためならいくらでもご馳走するさ。好きなだけ食べてくれ」


 治定度先輩は小柄な美少女である灰田さんにデレデレしつつ私たちを連れてファミレスチェーンのセイザリアに入り、私は何となく不吉な予感がした。



 そして数十分後……


「やっぱりセイザリアは美味しいですー。すみません、緑豆サラダのベーコン抜きとミニフランスパンを2つずつ、あと野菜シチューも追加でお願いします!」

「ははは、美味しく食べてくれて嬉しいよ……」


 菜食主義者の灰田さんは肉を除外したメニューを次々に注文し続け、彼女の底なしの食欲に治定度先輩は青ざめていた。



(先輩、ぶっちゃけお金足ります?)

(最悪の場合はさっき買ったこの服を返品して……あ、人前では脱げないか……)


 小声で絶望的な状況を伝えてきた先輩に、私は流石に酷なことをしたなあと少しだけ反省した。



 (続く)

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