第35話 ジェネリック

 東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は今時珍しい革新系の学校で、在学生には(後略)



 硬式テニス部の練習がなかった土曜日の午後、ショッピングに出かけた私は道端で堀江ほりえ有紀ゆき先輩に出会った。


 先輩はいつものお洒落なワンピースを着ていたが、彼女の隣には全く同じ服を着た女の子の姿があった。



「ごきげんよう、マナはこの子に会うのは初めてよね?」

「ええ。妹さん……ですか?」


 女の子は背丈と体格はゆき先輩と同じぐらいだけど顔はどうにも美人とは言えず、マルクス高校では間違いなく美人度ナンバー1のグラマーな女子生徒であるゆき先輩の妹には見えなかった。



「はじめましてー。わたし、堀江家に仕えていた使用人の娘の沢井さわい安子やすこっていいます。ゆき様には小さい頃から仲良くして頂いていて、今は近くの公立高校に通ってます」

「なるほど、ご実家の関係でお知り合いなんですね。それにしても、なぜ同じ服を?」


 ゆき先輩の実家は元々製薬会社で、会社が倒産するまではお金持ちの家庭だったので元使用人の一人や二人いてもおかしくはない。


 同じ服を着ている理由を尋ねた私に、ゆき先輩は沢井さんの両肩にポンと手を置いて答えた。



「わたくし最近副業を始めて忙しいので、デート券の仕事をこの子に一部任せようと思っておりますの。もうすぐお相手の男子が来られますわ」

「へっ?」


 先輩は自分とデートする権利と引き換えのチケットを校内で売りさばいて儲けているが、デートを任せるとはどういうことだろうか。


「それでは安子、任せましたわよ。マナもお暇だったらちょっと見学していきませんこと? 初回なので見届けたいのです」

「は、はあ……」

「分かりましたー! ゆき様のために頑張ります!!」


 意気揚々として近くにあった公園に入っていった沢井さんに対し、私はゆき先輩に連れられて近くの建物の陰に隠れた。



「ゆき先輩、デートを代わりにして貰うって言ったって、あの子では無理があるんじゃ……」

「心配ありませんわ、あの子はわたくしと有効成分が同じで商品価値が低い、言わばジェネリック堀江有紀。これからは医薬品もデートもジェネリックの時代ですわよ」

「いや意味分かりませんって! 有効成分って何なんです!?」

「安子はわたくしとスリーサイズが全く同じなのです」

「それだけが先輩の有効成分なんですか!?」


 ツッコミが追いつかないが、そうこうしている間にマルクス高校の生徒らしい男子高校生が公園に現れた。



「堀江先輩、待たせてすみません! ……あの、どちら様?」

「わたしはゆき様と有効成分を同じくするジェネリック堀江有紀です! 今日は1日よろしくお願いします!!」


 ゆき先輩とデートしたくて来たのに別人しかいなかった事態に、男子高校生は困惑していた。


「いや、だって僕は堀江先輩とデートできるって話を聞いて」

「そう言わず聞いてください。わたしはゆき様とスリーサイズが同じで……ゴニョゴニョ……」

「えっ、そうなの!? それならまあいいや、こんなスタイル抜群な人中々いないし。じゃ、今日はよろしくね!」


 沢井さんは男子高校生に秘密の情報を耳打ちすると、そのまま彼に連れられて街中へと歩いていった。



「見ましたでしょう? 今後はジェネリック堀江有紀を複数用意して仕事を任せるつもりですの」

「あれで納得してくれる男子の方が珍しいと思います……」


 満足げな顔をしているゆき先輩を見て、私はそのうちジェネリックの氾濫はんらんで大事故が起こりそうだと思った。



 (続く)

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