第31話 脱炭素

 東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は今時珍しい革新系の学校で、在学生にはリベラルアーツ精神と左派系の思想が叩き込まれている。



「最近は脱炭素っていうのがブームらしいよ。地球温暖化を防ぐとか何とか言ってるけどよく分かんないよ」

「地球温暖化も今は気候変動って言わなきゃ駄目らしいですね。それよりこのパフェ美味しいです」


 硬式テニス部の練習の終了後、私、野掘のぼり真奈まなは仲の良い先輩である2年生の赤城あかぎ旗子はたこ先輩にパフェをおごって貰っていた。


 この店はマルクス高校のすぐ近くにある個人経営の喫茶店で、店長手作りのパフェが女子高生たちに人気を博していた。


「あー美味しいよ~。まなちゃん連れてきたのも自分がパフェ食べる口実だったりするんだよね~」

「いえいえ、後輩としてとてもありがたいです。そう言えば先輩、最近ちょっとお肌がツヤツヤしてますね」


 美味しいものを食べてストレスのない生活を過ごしているからか、はたこ先輩は肌の調子もよいように見えた。



「……まなちゃん、気づいてたんだね」

「えっ、何をですか?」


「パフェ食べすぎて最近太ってきたんだよ! こんなんじゃダメダメ人間になっちゃうよ!! そうだ脱炭素! 脱炭素で解決するよ!!」


 はたこ先輩はそう叫ぶと1000円札を置いて喫茶店を飛び出していった。



 その翌日。お釣り200円を返そうと昼休みに2年生の教室を訪れた私は、はたこ先輩が部活仲間の親友に話しかけられているのを目にした。


「旗子、そのお弁当何なんですの? お肉ばっかりじゃ太りますわよ」

「全然大丈夫! 脱炭素はダイエットの一番の近道なんだよ!!」


 硬式テニス所属の2年生である堀江ほりえ有紀ゆき先輩ははたこ先輩のお弁当を見て率直なコメントをしていたが、はたこ先輩は意に介さずチャーシューやベーコン、ハムだけで構成された手作り弁当を食べていた。


 放課後の練習の時もはたこ先輩はお腹が空くとビーフジャーキーを食べていて、これは脱炭素というより炭水化物抜きダイエットではないかと私は思った。



 その1か月後……


「はたこ先輩、最近ガタイが良くなりましたね。ダイエット成功したんじゃないですか?」

「体重増えてるしムキムキになりたかった訳じゃないよ! 脱炭素なんてもう信じないよー!!」


 蛋白質の大量摂取とテニス部での猛練習のおかげで筋肉質になったはたこ先輩は泣きながら久々のパフェを味わっていたのだった。



 (続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る