第94話 嵐の海をすすめ(3)-カルテット塩乱舞-

嵐が静まった海の上。

遭遇した幽霊船の領域から逃げ出すために乗り込んだシノアリス一行たち。

本来ならば襲い来る死霊を追い込まれつつも結託し乗り越えるのが物語のセオリーだろう。だがしかし、そんなセオリーさえも一人の少女によってぶっ壊され、アステラたちは侵入から僅か十五分と最短でボスの部屋へと訪れていた。


「マジか、幽霊船に踏み込んで短時間でボスとか」

「はー、やっぱ引き込んでいて正解だったわ」

此処に来るまでも襲い来る死霊をシノアリスの塩乱舞によりすべて突破してきた。

幽霊船に出てくる魔物はほぼ死霊ばかり。この攻撃は死霊には特攻なため、まさに塩乱舞無双と言えた。

頭を抱えるアステラとリンドラードを置き去りに、シノアリスとオルステッドは途中で入手したバケツに清めの塩をドバドバと注ぎこんでいた。


「では部屋を開けたら迷わずこの桶の塩を振りまきましょう」

「そうすると部屋中塩塗れになりません?」

「清めの塩ですから、寧ろ浄化されて綺麗になるはずです」

「なるほど!」

シノアリスの奇行にいち早く慣れていたオルステッド。

何故慣れたかといえば、シノアリスが使用していたのが清めの塩だからだ。

清めの塩は教会にとって神聖なもの、つまり教会の力はすごいと興奮に満ちているのでシノアリスの奇行を深く捉えていなかった。


「なんか申し訳ねぇな」

「・・・」

開けて早々清めの塩を投げ込まれる状況に、リンドラードたちは死霊たちに同情をした。

だが致し方ない。

商船にはシノアリスの大事な仲間が待っている。幽霊船の影響で呪詛が育とうとしているので一刻も早くこの幽霊船を遠ざけたいのだ。


「ではリンドラードが扉をあけていただき中に入ると同時に僕とシノアリスが同時に清めの塩を投げ込む、この作戦で行きましょう」

「ならオレは後方を警戒しておくぜ」

「助かります、では皆さん行きましょう」

オルステッドの指示にリンドラードが扉の傍に。正面には清めの塩をたっぷりと注いだバケツを持って構えるオルステッドとシノアリス、そして後方を警戒するアステラの図となった。


リンドラードが慎重に扉を開けば、薄暗い船室にひっそりと佇む男の姿があった。

此方に背を向けているので、それが死霊なのか分からない。だが着ている衣服が死霊達と似た絢爛な服だったので死霊の仲間で間違いないだろう。

「・・・」

ゆっくりとリンドラードが足を踏み入れる。

続いてオルステッド、シノアリス、アステラが船内に踏み入れば、バンッ!と激しく音を立てて扉が閉まった。


「くくく、フはハはハはは!愚かナ侵入者どモめ!!ココで貴様ラの血肉をむさぼってk・・」

「塩シャワー」

「ぶべら!?」

青白い顔をした男が振り返ると同時にシノアリスとオルステッドが豪快に男や部屋に清めの塩をまき散らした。

全身に清めの塩を食らった男から白い煙が上がりはじめる。


「い、いたッ!?しょっぱ!?いたたた!目が!目がぁああ!!」

「もういっちょ塩追加ー」

「べほっ!」

「さらにもう一丁追加ー」

「塩辛っ!?え?僕はなにを?」

「最後は皆さんでー」

「え、ちょ!ま!!」

「カルテット塩乱舞ー」

「んぁあああ!塩ぉぉぉおおおおお!」


「いやカオスかよ」

清めの塩を片手に突っ込むアステラだが、絶叫する男の声にかき消されたのだった。



「あれ?この人消えませんね」

数分後、全身塩塗れになった男性が力尽きた様に倒れた。

此処でシノアリス達は、目の前の男が死霊でないことに気付いたのだった。死霊ならば清めの塩を食らえば溶けるなり消えるもの。

だが目の前で倒れている男は完全に生身の人間だった。


「まさか幽霊船に生存者がいたとは」

オルステッドの呟きにシノアリスは気になったのかこっそりとこの幽霊船に鑑定をかける。

鑑定にて現れたのは【レッドドルフィン号の呪いの船】という結果だった。

「呪いの船?」

幽霊船ではないのか。

シノアリスはもっと詳しく見られないのかと考えた矢先に、追加の項目が目の前に現れた。


【レッドドルフィン号の呪いの船】

レッドドルフィン号は幾多の所有者が存在し名前があります。

最後の所有者がリェド国の皇太后となり“レッドドルフィン号”と名付けられる。

呪いと言われる所縁は、船を制作するときから言われている。

制作時からこの船にかかわった者の多くが血を流しており、船を海に出せば上客も船員も一人残らず消えると言われている。

また一年前、幽霊船と遭遇しリェド王国の第二王子と第二王女を乗せたまま行方不明となる。

だが王家の鎮圧により、その事件は闇に葬られている。


「え?もしかしてコレ、王子さま?」

見た内容にシノアリスは驚いたように伏せている男を見下ろした。

その声が聞こえたオルステッドも塩塗れの男の体をひっくり返し、男の顔を見て悲鳴を上げた。

「こ、このお方はレオンチェフ王子!?」

「レオンチェフといえばリェド国の王子さまじゃねぇか。なんでこの船に?」


アステラの言葉にシノアリスはこの船の説明文にいやーな予感をヒシヒシ感じていた。

まず最後の所有者が皇太后、さらに行方不明になった王子を探さず隠蔽する王家など、面倒な展開しか思いつかない。

が、ふとシノアリスは気絶している王子を見て何かに気付いた。


「もしかして、王女さまも生きてる?」

鑑定ではこの船には王子の他に王女も乗っていた。

王子が死んでいないのであれば、王女もまた生きている可能性もある。だが此処に来るまで生存者とは会っていないので生きているという確証はない。


この広い船内を探すなど時間がどれほどかかるか。

親玉と思わしき死霊も退治したので、船がいつ消えるか分からない。それに暁の容体も心配なので早く撤退したいのだが、生きているかの知れない人をそのまま放置するのは心苦しかった。


「うーん、こんなとき魔法が使えたらなぁ」

「なに悩んでんだ?」

唸るシノアリスの肩に腕を回し覗き込んできたアステラは不思議そうな顔をしていた。

そのときシノアリスはある事が思いついた。

「アステラさん、つかぬ事を聞くのですが」

「あ?なんだよ」

「実はあの王子さまのご兄妹がこの船に乗っているのですが、予知で先を見ることはできませんか?」

「生きてるか調べろってことか」


アステラの予知は未来をみることができる。

もし彼女の未来に王子と王女が共にいるのであれば、彼女はこの船の中で生きている。

生きているのなら救出するしかない。だがいないのであれば冥福を祈りこの船から撤退するまで。


「まぁ、出来ないことはねぇが・・・」

「お願いできますか?」

あまり乗り気ではないのかアステラは頭を掻きながら王子を見やるが、突然目を見開いた。

アステラが驚愕した表情からどんどん口端を釣りあげ、歓喜に満ちている。もしかして何か予知で未来を見たのだろうか。


「へぇー、ほぉー、ははーん」

「アステラさん?」

「いいねぇ、いいねぇ!!最高じゃねぇか!!!」

「・・・」

一体なにを見たのだろう。

あまりのもハイテンションになっていくアステラにシノアリスの顔は不審な目へと変わっていく。


「よぉし!シノアリス!!王女さまを救出しに行くぜ!」

「・・・あ、生きているんですね。王女さま」

既に王女救出に乗り気であるアステラはシノアリスを引きずったまま室内を出ようとする。

がそれに慌てて待ったをかけたのはオルステッドだった。


「え?!ちょ、ちょっと待ってください!何処に行くつもりなんですか!?」

「あ゛!?うるせぇな!いまからオレとシノアリスは王女の人命救助に向かうんだよ!」

「王女!?それはまさかレオンチェフ王子の双子の姫、ルピノ王女のことですか?!」

「それ以外ねーだろ、てなわけでお前らは王子を連れて撤退してろ」

シッシッと追い払う仕草をするアステラにオルステッドとリンドラードは共に顔を見合わせた。

何故王女が生きているのが分かったのか知りたい気持ちもあるが、王族であるレオンチェフをこのまま此処に放置するわけにはいかないのは確かだ。


一先ずオルステッドとリンドラード達と別れ、シノアリスはアステラと一緒に王女救出のため船の探索をすることになった。

親玉を倒したとはいえ、船には未だ死霊は蔓延っている。

シノアリスとアステラは清めの塩を振りまきながら、船内を歩きまわった。


「こういう監禁パターンでのお約束といえば下甲板の倉庫ですよね」

「パターンって、詳しいな。お前」

「監禁されることに関しては経験豊富ですからね!」

えっへん、と胸を張るシノアリスだがアステラからすれば監禁されることが経験豊富とはこれ如何に?と不思議そうな顔になるのも当然だった。

致し方ない、アステラはシノアリスが過去に何度も誘拐され閉じ込められていることを知らないのだから。



場所は変わり、レッドドルフィン号のとある下甲板の奥に隠された牢獄にて彼女、ルピノ・オブラドス・フォン・リェドは瘦せこけた両手を重ね、静かに祈りを捧げていた。

ルピノの双子の兄であるレオンチェフ・オブラドス・フォン・リェドと共にこの船に皇太后に進められるがまま休息の為に海に出た。そしてそれが皇太后の罠だと気付いた時には、全てが後の祭りだった。


ルピノは自身のEXスキルにより死霊の支配下から免れることが出来た。

だが兄を人質にとられ、何もできないままこの場所で囚われの身となっていた。

出来るのはただ祈りを続けることだけ。


「不屈の女神“アランテリーヌ”さま、どうか・・・」

これで何度目の祈りだろうか。

どれほど祈りを捧げても、この状況が変わることがないのだと心の奥で囁く影がある。

それもそのはずだ。

もう一年、この場所に閉じ込められているのだから。


「・・・ぉー・・・・」

ダメだ、信仰する不屈の女神はどんな状況だろうと決して挫折をしなかった。

諦めてはいけない。


「・・・し・・・・し・・・」

だけどどうしても不安になるのだ。

唯一の家族にも会えず、護衛の騎士もメイドたちも皆、死霊たちに食われてしまった。


「・・・し・・・・おー・・・・」

最後に、これを最後の祈りとしてルピノは祈った。

どうか私たちを助けてくれ。


「塩乱舞ーー」

『『『『ぎやぁああああああ?!』』』』

「・・・・へ?」

突如響いた死霊の叫び声に、ルピノは祈る手を解いた。

一体いまの悲鳴はなんだったのか。


「ふう、残るのはここだけですね!アステラさん!」

「もうオレは何も驚かねぇ」

扉の奥から聞こえる声はずっと聴いていた死霊とは違う生の声。

いや、もしかしたらルピノを絶望させるための幻聴かもしれない。これまでに何度も死霊たちはルピノの心を折ろうとしてやられた。

ゆっくりと開かれる扉の先に、ルピノは震える手を握りしめて見つめ続けた。



「っよと・・・あ!アステラさん!!見てください!お姫様みつけましたよ!」


扉の先に現れた白銀の少女、シノアリスの姿にルピノは静かに涙を零した。



【 本日の鑑定結果報告 】


・レッドドルフィン号の呪いの船

レッドドルフィン号は幾多の所有者が存在し名前があります。

最後の所有者がリェド国の皇太后となり“レッドドルフィン号”と名付けられる。

呪いと言われる所縁は、船を制作するときから言われている。

制作時からこの船にかかわった者の多くが血を流しており、船を海に出せば上客も船員も一人残らず消えると言われている。

また一年前、リェド王国の第二王子と第二王女を乗せたまま行方不明となる。

だが王家の鎮圧により、その事件は闇に葬られている。


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最後までお読みいただきありがとうございます。

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更新頻度はそこまで早くはありませんが、主人公ともども暖かく見守っていただけると嬉しいです。

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