第93話 嵐の海をすすめ(2)-塩乱舞リターン-

嵐の中を進んでいるのかギィギィと船の軋む音が響く。

ツン、と鼻を突きさす腐敗臭の籠った牢獄の中で女は肩を震わせた。


「水の女神“エレンティーヌ”さま。どうかご加護を・・・」


両手を握り必死に祈りを捧げる女を嘲笑うように、響き渡るおぞましい笑い声。

女は青白い顔でただ祈りを捧げることしか出来なかった。


「だれか、助けて・・・ッ・・・!」




「はふぅ、身がぷりぷりで美味しいですぅう」

嵐の中心部に入ったのか波が穏やかになり船員たちも一息つく最中、食堂にてシノアリスは美味しそうにクラブキャンサー塩鍋を食べていた。

「うん、美味い」

「こりは、はむはむ!すごく、はむはむ!!美味で、はむはむ!!!」

暁もくーちゃんもクラブキャンサーの身をほじりながら、その美味しさに虜になっている。


「まさかあのクラブキャンサーがこんなにも美味いとは」

「マジで美味ぇ」

「はぁ・・・美味い」

全く出番のなかったリンドラード、オルステッドやアステラもシノアリスに誘われ一緒に食べており、さらに後方ではオージオが作った蟹鍋に宴だと言わんばかりに騒ぎながら食べる船員の姿もある。


「嬢ちゃん、そのクラブキャンサーをこのくらいで売ってくれねぇか」

「嫌です、交渉なら先ほどオージオさんと終わってます」

「そこをなんとか!!」

クラブキャンサーを食べた船長も商売になると判断したのか、シノアリスに直談するも断る、とそっぽむいた。

オージオとの交渉でシノアリスはすんなりと頷いたのは、彼が野菜を多く提供してくれた事や他の人の鍋提供を手伝ってくれたことだ。


クラブキャンサーの代金も支払うと純粋に料理を作りたい料理人の姿勢を見たから、シノアリスは野菜や調理法などを提供し、皆が美味しく鍋を頂いているのだ。

逆に船長からは金儲けしか考えていない姿勢であり、示されている額もクラブキャンサー一匹に銅貨十枚と明らかに下に見ている姿勢であった。


「おら!できたぞ!!クラブキャンサー焼きだ!美味いぞ!!」

「待ってましたぁああ!!」

柑橘類と一緒に添えられた焼きクラブキャンサーにシノアリスはアホ毛を乱舞させながら飛びついた。

案の定焼いたクラブキャンサーも大変美味であり、至福の時を過ごしていた。

そのとき慌ただしく食堂に雪崩れ込んできた船員と同時に「幽霊船だー!帆をたためー!」と掛け声が響いた。


「お、ようやく来たか」

幽霊船、との言葉に不敵に笑ったのはアステラであり、そして。

「ッ!!」

「暁さん!?」

突如苦し気に胸元を掴み、前のめりになる暁にシノアリスは器を置いて暁のステータスを確認する。

どうやらアステラが言った通り幽霊船が接近したことで、彼の中の呪詛が成長をし始めていた。


「くーちゃん!光魔法を!!」

「はいですにゃ!聖域ディバインフィールド自動回復オート・リカバリー!」

あのとき、くーちゃんが唱えた魔法。

それは二つの魔法を同時使用した物だった。本来魔法使いは自身の魔力で魔法を放つ。

複数の魔法を使用することができる存在は魔術協会でも数少なく、また冒険者でも白銀くらいしかいない。


聖域ディバインフィールドは一定範囲を浄化し、光属性だけを満たした空間を作ること。

自動回復オート・リカバリーは失われた体力を通常より早い速度で回復させる魔法である。

この二つを組み合わせた空間に入れられた暁は、さきほどまでの苦しみが無くなり顔をあげた。シノアリスもステータス内で暁の呪詛の進行が低速したことに安堵の息を吐いた。

「すまない、シノアリス。くーもありがとう」

「大丈夫です、暁さんはこのまま此処で待っててください」

「にゃ!?ごしゅじんさまはどうなさるのですか?!」


「ちょっと幽霊船沈めてくる」

シノアリスの言葉に暁もくーちゃんも驚きで目を見開いた。

つまり彼女は一人で幽霊船に乗り込むと断言したようなものだ。


「ダメだ!なら俺も一緒に!」

「くーもです!ごしゅじんさまが行くのなら、くーも!」

「いまくーちゃんが魔法を止めたら、暁さんの呪詛が進んじゃう。だからお願い」

「うにゃぁ・・・」

主人であるシノアリスからお願いされては、くーちゃんは断ることは出来ない。

項垂れるくーちゃんの頭を撫でながら暁へと視線を向ければ彼はダメだと眉間に皺を寄せてシノアリスを見ている。

「大丈夫です、すぐに戻ってきます」

「・・・シノアリス」

「それにアステラさん達も行くので心配はいりませんから」

そう微笑むシノアリスにお荷物になっている自身への不甲斐なさに暁は拳を握り締めた。

シノアリスが自ら動くのも暁への負担となる幽霊船を追い払うために動いてくれている。それを自身の我儘で引き留めるわけにはいかない。


「どうか、怪我だけはしないでくれ」

「はい!」

懇願する暁の言葉にシノアリスは安心させるように元気に頷いて見せたのだった。



幽霊船をみつけたとき、その船は既に幽霊船の獲物になっているも同然である。

そのため進路を変えて逃げても、霧に覆われて元の場所に戻ってきてしまう。

逃れる方法はただ一つ。

幽霊船の主格である魔物を討つことだけ。


だが相手が死霊であることから物理攻撃はまず効きづらい。

死霊相手に有利なのは、断然光属性が使える魔導士や光属性が付与された武器だ。

即席パーティーにより特攻がアステラ、リンドラード。

補助が神官のオルステッド。

そして後方支援がシノアリスで結成された。


「では僕がお二人の武器に浄化クリーンアップを付与します」

浄化クリーンアップ?」

「神官のみが扱える魔法の一つです。死霊を倒すには聖水を直接武器にかけたりしますが、神官なら武器に光魔法を付与することができます」

「へぇ、神官ってすごいんですね」

「魔力の消耗は激しいですけどが」

オルステッドはリンドラードの槍に、アステラの剣に浄化クリーンアップをかけていく。

シノアリスにもかけるべきかと視線を向けたが武器になるようなものを全く持っていない。

ここは自分が盾になっても守らねばと一人意気込んでいた。


「船ごと燃やせれば早いのに」

が、当の本人は発火石を掌で転がしながら残念そうに物騒なことをつぶやいていたのを彼は知らない。




幽霊船へ近づき甲板からアステラを筆頭に敵船へ乗り込んでいく。

いまにも沈みそうなほどボロいのに沈む気配がないのは何故なのか。興味津々に周囲を見るシノアリスを除き、アステラやリンドラード、オルステッドは先ほどからピリピリと感じる悪意のある視線にうっすらと冷や汗を浮かべていた。

「こいつは、やべぇな」

「あぁ、A級にちかいな。これ」

「しかし踏み込んだら引き返せません。どうにかしてこの船の主格を討たなくては」


「あのー・・・」

警戒する三人を他所にスッと手を挙げたシノアリス。

「どうした?怖くなったか?」と揶揄い半分でアステラはシノアリスが居る後方を振り向いた。


「・・・」

そこには女が佇んでいた。

いや、女と言っても首がありえない方向に曲がった貴族の女だ。アステラたちは無言で戦闘態勢をとった。

オルステッドは慌ててシノアリスへ手を伸ばし、自身の背後へと隠す。


「くそ!いつの間に背後に!?」

「おいやべぇぞ、背後だけじゃねぇ!囲まれてる!!」

クスクス、ヒヒヒヒと不気味な声が響き渡り、目の前には貴族の女だけでなく至る場所から死霊たちが顔を覗かせ、此方を見ている。

緊張感が高まる中、いまだ「あのー・・・」と普通に声をかけてくるシノアリスにアステラは厳しい視線を向けた。


「んだよ!怖いなら目でも閉じてろ!」

「えっと、あれ追い払ってもいいんですか?」

「馬鹿!これだけの数を追い払うなんて上級の光魔法じゃねぇと無理だぞ!」

「多分これでも大丈夫ですよ、えい」


そういってシノアリスはトードバッグの中からある物を取り出し、問答無用で貴族の女に叩きつけた。


『ぎやぁああああああ?!』


その瞬間凄まじい絶叫をあげて呻いていた貴族の女の姿が煙をあげて消えていく。

呆気にとられるアステラたちを置いて、シノアリスは両手に“清めの塩”を握り締めて自分たちの周囲に問答無用でばらまいた。


「死霊たいさーん」

『ぎゃぁあああ!!』

「あっち行けーい」

『ぐぁああああ!』

「塩乱舞ー」

『あぁぁぁぁぁあああ!!』


シノアリスが使っている清めの塩。

港町シェルリングにある水運ギルドのリースに叩きつけた物と同じで、光属性で浄化された清らかな塩であり呪いや悪い気などを払ってくれ、とくにゴーストの魔物には効果抜群だったりする。

オルステッドもシノアリスが撒いているのが清めの塩だと気付いたようで。


「清めの塩か!あれがあれば主格を倒すのも簡単だ!」

「え?んなに凄いのか?」

「当たり前でしょう、清めの塩は教会でも重宝されている魔道具です。ですが生産数が少ないので僕も目にかかるのは初めてですが」

「マジか」


そんな凄いものを躊躇なく使用するシノアリスにドン引きしているも、粗方死霊が消えたことでシノアリスは塩塗れになった手を叩いていた。


「よし!これで進めますね!!いきましょうか!」

「・・・おう」


清めの塩は、塩と光属性の強い場所であればいくらでも生産できる。

だが塩を浄化するのに途方もない時間を要してしまうことから中々生産されていない。だがしかし、そこは抜け穴ごとくチートのヘルプによりシノアリスはお手軽に清めの塩を生産していた。


方法は簡単だ。

聖水に塩を入れて沸騰させ、蒸発すると共に出来上がった結晶が清めの塩である。

清めの塩よりも重宝されている聖水を使うなど教会の人間が思いつくはずもなかった。


本来なら慎重に進むはずの幽霊船は、とある少女の塩乱舞によって死霊たちは浄化されてしまい侵入して僅か十五分で主格の部屋らしき場所まで進んだのであった。



【 本日の鑑定結果報告 】


聖域ディバインフィールド

一定範囲を浄化し、光属性だけを満たした空間を作る。


自動回復オート・リカバリー

失われた体力を通常より早い速度で回復させる魔法。

どちらも上級魔法であるため、誰でも気軽に使用はできない上に同時での発動は魔力や精密なコントロールが必要なので非常に難しい。


浄化クリーンアップ

神官になった者だけが取得することができる初級の光魔法。

武器に付与したり、直接死霊に放つこともできる。


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最後までお読みいただきありがとうございます。

数ある小説の中からこの小説をお読み頂き、とても嬉しいです。

少しでも本作品を面白い、続きが気になると思って頂ければブクマやコメントを頂けると大変活力となります(*'ω'*)

更新頻度はそこまで早くはありませんが、主人公ともども暖かく見守っていただけると嬉しいです。


塩乱舞、何気にこの単語が気に入っている作者ですw

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