第92話 嵐の海をすすめ(1)-嵐の海で獲ったぁあ!-

出航する船に揺られ、さきほどの誤解により一人を除いて空気が解れたのかこの船の護衛として雇われた冒険者の二人は挨拶を交わしてきた。


「オレの名はアステラだ。さっきは悪かったな」

「僕はオルステッドと申します。職業は神官ブリストですが冒険者としての実力はあります」

「・・・神官ブリスト

オルステッドの言葉にシノアリスはふと同じ神官ブリストであったセレーネを思い出してしまい、慌てて思考を振り払うように首を振った。

神官ブリストが同乗しているのであれば、いざ暁の呪いが発動しても多少は安全である。

一番なのは呪いが発動しないことだが。

だがシノアリスは海についてヘルプで色々調べていた。荒れた海には魔物の他に幽霊船など闇属性の強い魔物の出没が高確率で高い。

光属性の多い場所であれば、暁の呪詛はほぼ鎮静化するが逆に闇属性の多い場所だと呪詛が活性化する恐れもある。その不安もあってリンドラードの案に悩んだのだが神官ブリストがいるならシノアリスの気がかりは少しだけ軽くなる。


「あんたらも冒険者か?」

「いや、俺以外こいつら全員冒険者じゃない」

「「はぁ!?」」

アステラとオルステッドの視線が暁へと向けられた。

二人は暁の瞳や微かに見える角で、彼が鬼人であることは即座に気付いていた。だがまさか鬼人が冒険者でないことに驚きを隠せなかった。

その気持ちがよくわかるのかリンドラードは、うんうんと頷いている。


「私はシノアリスと言います、職業は錬金術士です」

「俺は暁、職業はない」

「くーちゃんです!職業?は助っ人です!」

「うーん、後半二人意味がわからん」

どんな集まりだとアステラの突っ込みが入るが、シノアリス達は嘘など言っていない。

暁とシノアリスの間には契約と借金があるため共に行動している、またくーちゃんはシノアリスの助っ人として生まれた存在なので傍にいるのは当然である。

だが知り合って間もない人に話す内容ではない。


「旅する商人の集まりみたいなものです!」

「ふーん、でもなんで冒険者でもないお前らが船の護衛に参加してんだ?」

「急ぎで隣国に行きたくて」

「あぁ、この嵐だと出航は早くて四日かかるからな」

リンドラードと同じ言葉を告げるアステラに、あれは嘘ではなかったのかとシノアリスは驚いた。

実はリンドラードの内容を内心あんまり信じていなかった。


「アステラさんも急ぎ隣国に用があるんですか?」

「さん付けはいらね、アステラでいいぞ。オレは謝礼目当てだな、それと・・・」

ふと、アステラはちょいちょいとシノアリスを軽く手招きをする。不思議そうに首を傾げながらもシノアリスは素直にアステラの方へと近寄ると顔を引き寄せられた。


「さっきの詫びに、お前にだけに教えてやるよ」

「え?なにをです?」

「オレのEXエクストラスキルは“予知”だ」


予知、そのスキルの名はシノアリスも知っている。

EXエクストラスキルは、人族のみが必ず一つ取得できる特殊スキルだが、その中でも“予知”は誰もが羨む当たりスキルの一つである。

予知はその名の通り、少し先の未来を見ることが出来る。

それが数秒後なのか、数日後なのか、何年後なのかはスキルを持っている者でも分からない。だがそのスキルを持つ者はこぞって権力者たちが自身の懐に引き入れようと争いが起きることも多々あったことが歴史の本にも書かれていた。


「んで、これが詫びの情報だ。オレの計算だといまから三時間後にこの船は幽霊船とぶつかる」

「おぎゃッ!?」

「しかもその船にはお宝付きだ」

にんまり、と笑うアステラの表情はとても悪だくみを企むような悪者のようだった。

だがまさかのアステラからの情報にシノアリスは青褪めていた。

幽霊船はまさに闇属性の塊であり死霊が多い。暁にとって悪影響を及ぼすものである。これは対策を考えなければと思った矢先に、部屋の扉が開かれた。


「おう、冒険者さんたちよ!出番だぜ!」

「あぁ?もう出たのかよ」

アステラは顔を顰めつつ持っていた懐中時計を見るも、舌打ちを零した。

「んだよ、まだ一時間も経ってねぇ・・・なら違うやつか、それとも」

予知は凄いところは見た未来は確実に当たる。

だがデメリットもある。なんらかのキッカケで未来が変わる可能性もあるのだ。時間であったり、未来であったり、それは予知のスキルを持つ者も分からない。


「なにモタモタしてる!早く追っ払ってくれ!」

が、船員の急かす声にアステラだけでなくリンドラードやオルステッドも腰をあげた。

勿論シノアリスが腰をあげれば、くーちゃんや暁だってついていく。

揺れる船内を歩き、船の甲板に出れば、荒れ狂う波の中で飛び交うソレにシノアリスは目を輝かせた。


「おい!冒険者達が来たぞ!」

「船員は下がれ!海の魔物シーモンスターには近寄るな!!」

シノアリス達が到着するまで侵入を防いでいた船員たちが武器である銛を手に下がってくる。

嵐に便乗して甲板に這い上がってきたのは、以前青の森でみたブラックタランチュラよりは大分小さいが蜘蛛見たく毛深い魔物“クラブキャンサー”。

頑丈な甲羅と鋭いハサミ、なにより脚力が強く、海という足場の悪い場所では戦いたくもない魔物でもある。

だがしかし、シノアリスが目を輝かせたのは別にあった。


「あれが“カニ”!!記憶でした見たことのない本物のカニ!!」

「バッカ!お前!!あれはクラブキャンサーだぞ!?カニってどの魔物と間違えてんだ!」

「アステラさん!オルステッドさん!リンドラードさん!!あのカニ、全部私に狩らせてもらえませんか!?」

「「はぁあ!?」」

どこまでも純粋に目を輝かせながら言い放つシノアリスにアステラもリンドラードも意味が分からず声を荒げた。

それもそのはず。

クラブキャンサーは通常嵐や雨など荒れた天気でしか出現しない。そのためBランクと定められているが状況によってはAランクにまで跳ね上がる。

強い脚力と鋭いハサミで捕まれれば簡単に両断されてしまう。

決して目を輝かせながら全部狩ります、など冒険者でもない錬金術士がいう言葉ではない。


「あれを狩ればいいのか」

「ごしゅじんさま、木っ端微塵はダメですかにゃ?」

「それだけは止めて!!なるべく傷は無しで!」

戦闘準備万端な暁とくーちゃんにシノアリスは慌てて近づいた。

「傷は無し、なら手足を引っこ抜くのは大丈夫か?」

「あ、それなら問題ないですね!寧ろ手足には身が詰まっているので大事ですよ!」


「え?もしかしてあいつ等、クラブキャンサー食べる気?」

正気か?と船員たちは戦慄する。

クラブキャンサー自体、討伐するのが大変であり粉々に粉砕し海に叩き落とすのが最善の方法なので誰も食したことがない。

寧ろ海の魔物を食したことがある人物などそう多くはない。

震える船員たちを他所に後方で控えていたアステラやオルステッドは無言でシノアリス達を観察していた。


嵐のため、船は何度も傾き揺れている。

だが暁は足場の悪さをシノアリスからもらった飛空魔道具タッセルによって自身を浮遊させることで解消、くーちゃんもまた同じく浮遊魔法を使用することで嵐の海での討伐で一番苦戦する難関を突破していた。


硬い甲羅も鬼人の暁からすれば集中強化ブーストさせることもなく小突くだけで粉砕できる。

が、今回はシノアリスが粉砕しないでくれと懇願しているので手足をもぎ取っていた。


「うん、手足も細いから簡単にもげるな」

ブチブチとまるで花を摘み取るような感覚でクラブキャンサーの手足をもいでいく暁。

「にゃー!どんどん狩りますにゃー!!」

そしてくーちゃんは水を操る初級魔法“水で遊ぼうアクア・クリエイト”にて作り上げた水の鎌でスパスパと草を刈る感覚でクラブキャンサーの手足を切っていた。


水で遊ぼうアクア・クリエイト”は所詮、お遊びで使用する魔法にすぎない。

だがくーちゃんはシノアリスからもらった魔石により魔力の強度を増させたことにより武器を作り上げることができていた。

此処に魔術協会がいれば毛髪がはげ散らかす未来しかなかっただろう。

そしてシノアリスはというと。


「獲ったぁぁあああ!!!」

まだ自分用の飛空魔道具タッセルを持たないシノアリスは、大きな網籠を甲板に固定すると船員やシノアリスを無視してクラブキャンサーがその網籠へと群がった。

驚く船員を後目にシノアリスは釣り竿らしき物を振り回し、その輪っかがクラブキャンサーに手足に引っかかればフルスイングして滑らせながら冷気石を詰め込んだ木箱の中へ突っ込ませた。


クラブキャンサー、もとい蟹を獲るならイカの臓物などが最適であるとヘルプで検索済みだったシノアリスはトードバックに入っていたレッドクラーケンの臓物を利用した。

案の定クラブキャンサーは人を襲うよりも餌であるレッドクラーケンの臓物に群がり、その隙にシノアリスは手足を引っかけて釣をしていたのだった。


瞬く間に狩られていくクラブキャンサーに船員もアステラたちも、口をあんぐりさせたまま見守っていた。

そして彼女たちの異様さを知っていたリンドラードも、未だ慣れないのか一人嵐の空を眺めて逃避していたのだった。




わさわさ、と木箱の中で蠢くクラブキャンサー。

中が零度以下に冷え切っているため、彼らの動きも鈍くなっており襲ってくる様子がない。

「嬢ちゃん、こいつを本当に食うのか?」

木箱を指さし問いかけてくるのはこの船内でコックを務めているオージオ。

厨房を貸してもらうためにやってきたのだが、乱獲されたクラブキャンサーにドン引きしている模様。

「はい!あ、でも今日は手間なので手足だけを食べるつもりですよ!」

そう言いながらシノアリスは冷気石を木箱の中に放り込み蓋をして収納バッグへと仕舞い込んだ。

残るはくーちゃんや暁が採取した手足を調理すべく大きなタライを取り出した。


「くーちゃん、これいっぱいに水って出せる?」

「おまかせくださいにゃ!」

魔法をすべて極めているくーちゃんにとってそれは簡単なことだった。

タライに並々の水を注げば、シノアリスは早速とヘルプを開く。

尚カニの処理は種類によって下処理が全く異なる。だが食の変態でもある日本ではそんな蟹の区別さえも調べれば出てきてしまう。


「ニホンに行ってみたい・・・」

思わずそう呟いてしまいそうになるぐらいだ。

クラブキャンサーは地球で言う“ズワイガニ”に似ているので、ズワイガニの下処理方法でシノアリスは下ごしらえをしていく。

たどたどしい手つきではあるが、丁寧な下処理にオージオも感心そうに見つめていた。


ちなみに本日作るのは「蟹塩鍋」である。

塩鍋は、塩の種類によって味がだいぶ変わってくる。基本は海の食材には海の塩とあり、いまシノアリスは海の上にいるので海の塩もまた取り放題である。

野菜はどうしようかと迷ったが、未だ見つめてくるオージオと交渉し、くず野菜をわけてもらうことで解決した。

シノアリスは料理人ではないので手の込んだことは出来ないが、鍋なら下処理さえできれば残りは鍋に食材をぶち込めばいいので簡単に出来上がった。


「おっ待たせしおぎゃぁああああん!?」

出来上がった鍋を手に振り返れば、匂いに釣られてきたのかアステラやオルステッドだけでなく船員たちが調理場に集まっていた。

あまりの多さにシノアリスはアホ毛と共に飛び跳ねてしまうが、集まった人はシノアリスの手にある蟹鍋に熱視線を送っている。

これは奪われる!とシノアリスは必死に蟹鍋を抱え込んで後ずさった。


「嬢ちゃん、金は払う。だからクラブキャンサーとその調理法を教えてもらえんだろうか?」

申し訳なさそうに頭を抱えながら提案するオージオの言葉に、シノアリスは承諾したのだった。





****

本日の鑑定結果報告

・予知

EXエクストラスキルの一つであり、誰もが羨む当たりスキル。

少し先の未来を見ることが出来る。それが数秒後なのか、数日後なのか、何年後なのかはスキルを持っている者でも分からない。


・クラブキャンサー

嵐の海や悪天候にしか出現しない海の魔物。(地球でいえばズワイガニ)

頑丈な甲羅と鋭いハサミ、なにより脚力が強く、Bランクと定められているが状況によってはAランクにまで跳ね上がる。海という足場の悪い場所では戦いたくもない魔物。

肉厚で身がたっぷり詰まっており、お出汁も大変美味。


・“水で遊ぼうアクア・クリエイト

水を媒体に人形や剣など形を作って遊ぶ魔法。

所詮は水なので斬ろうとしても相手は水にぬれるだけ。が、魔力の強度をあげることで本物よりも鋭い強力な武器になることが判明。

魔術協会がいれば毛髪がはげ散らかすほどの衝撃な光景である。


****

最後までお読みいただきありがとうございます。

数ある小説の中からこの小説をお読み頂き、とても嬉しいです。

少しでも本作品を面白い、続きが気になると思って頂ければブクマやコメントを頂けると大変活力となります(*'ω'*)

更新頻度はそこまで早くはありませんが、主人公ともども暖かく見守っていただけると嬉しいです。


蟹って美味しいですよね。

身をほじるのはめちゃくちゃ面倒ですけど。

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