第91話 新たな旅立ち(3)-さらば、ナストリア国-

あの後詳しい話をするためにリンドラードの提案で豪雨の中を移動し、冒険者ギルドへやって来た。

天候が悪い所為か、冒険者ギルド内も人気が少なくシノアリスは周囲を観察するように見渡す。

前任であった統括者ギルドマスターからフィネに権利が移行したことは、うっすらとだがシノアリスは覚えている。

以前の冒険者ギルド内をシノアリスは知らないが、店内の雰囲気がナストリア国とそう変わりない。

冒険者ギルド用のカウンターや掲示板、そして酒場。

酒場に腰を下ろしたリンドラードとシノアリス一行はそれぞれ頼んだ飲み物を手にリンドラードの方法を聞くことにした。

建物の中でも聞こえてくる豪雨と所々聞こえる雷鳴をBGMにリンドラードは二本指を立てた。


「俺の予想じゃあこの豪雨は少なくても二日は続くな。だがこの豪雨の所為で船の調整もあって出航できるのは最短で四日後だ」

「え、四日もかかるんですか?」

「いや四日でも早い方だ。嵐が過ぎたからといって安心はできない」

暁は山に住んでいた。山では豪雨の中で山に入ることは危険であり、雨が止んだ後も地盤が緩んでいる可能性もあるから慎重になる。

海も同じく悪天候の中で船を出すことは危険であり、また嵐が過ぎたからといって安心するのは早い。

特に船には人や荷物を乗せるのだ。

こんな豪雨が止んだからといって、すぐに船を出航させるというのは出来ないのだ。


「その鬼人の言う通りだ。だがこんな嵐でも出航する船はいる」

「自殺願望者ですか?」

「んな訳あるか!?」

豪雨だから船を出せない。

それは乗せる人間や船の組員を守るための判断でもある。

だがそれでも自身の欲を優先させたい貴族はおり、金のために船を出す商人もいる。


「俺はいま、とある船の護衛として雇われた。出航は今から十五分後だ」

「・・・で?」

「・・・」

真面目な顔で「それで?」と聞き返すシノアリスに、リンドラードは深く笑みを零し体の向きを暁へと変えた。

暁もまた軽く咳払いをしつつリンドラードの言葉の意味を察し答えた。


「・・・つまり俺たちも護衛としてその船に乗れ、と?」

「そうだ、お前たちは急ぎで船に乗りたいんだろ?」

「あぁ、隣国リェドへな」

「そいつは都合がいいな。俺が乗る船も隣国リェド行だ」

嵐の中で進む船。船員たちは、どうしても波や針路にかかりきりになるため無防備に近い。

そこにモンスターに襲われれば一溜りもない、だから船を守るために護衛が雇われる。


「どうだ?あんたらにとって悪い話じゃないだろ?」

リンドラードの言葉にシノアリスはようやく話を理解したのか、思案顔で暁とくーちゃんを見やった。

「・・・暁さんやくーちゃんはどうですか?」

「俺はシノアリスについていくよ」

「くーもですにゃ!」

暁とくーちゃんの返答にシノアリスも答えが決まったのだろう。


「ではリンドラードさん、よろしくお願いいたします」

「おう、よろしくな」

テーブルの下でリンドラードは小さくガッツポーズをする。

以前ホワイトオクトパスとレッドクラーケンの脅威を簡単に振り払ったシノアリスの魔道具に彼は目をつけていた。


船の護衛は、冒険者の中で特に不人気な依頼でもある。

通常、船の護衛は主にC級からB級ランクが主だが、嵐の中での船の護衛に関してはA級に跳ね上がるほど厳しい。

だが、それだと見合った報酬を依頼側は用意できない。そこで冒険者ギルド側と依頼主側で話し合いが行われ、難易度はA級でも銀からでも受注できるように処置がされた。

敵はモンスターだけでなく海賊から幽霊船と数多くある。そこに悪天候となれば戦いに酷く影響を及ぼす。

下手をすれば冒険者は全滅な上に船は沈没、海の魔物の餌になってしまう。


が、デメリットばかりではない。

無事この依頼を達成できた場合、別途冒険者ギルトからの報奨金とは別に水運ギルドから謝礼がでるのだ。

さらに水運ギルドの統括長との接点もできる可能性もある。

リンドラードもそれが目当てで、この依頼を受けた一人でもある。


此度の船の護衛にはリンドラードを含め三人しかいない。

あまりの人数の少なさに危機を覚えていたリンドラードだったが、まさか偶然にもシノアリス達との再会に彼は内心歓喜した。

さらにはシノアリスが船を探していることを知ったリンドラードは自身の身を守るためにもシノアリス達を仲間、もしくは同じ船に乗せたかった。



「よし、なら早速船に行くぞ」

「はい!」

どうにか隣国リェド行の船に乗ることができたシノアリスたちは、先ほどより少しだけ弱まった雨の中を走り船着き場へと向かった。

荒れ狂う波が飛び散る中、一隻の船だけ停泊しており船員たちが必死に荷物を船に積んでいる。


「急げ!波がさらに荒れる前に積み荷をとっとと運べ!!」


船員に的確に指示を出すのは、今からシノアリスたちが乗る船の船長“グラン”という男だ。

リンドラードに気付いたグランは、後ろにいるシノアリス達の姿に一瞬だけ眉を寄せたが、特に何も言わずに再び船員への指示に戻っていく。

遠ざかる背中にシノアリスは慌ててリンドラードを見上げるも、彼も特に気にした様子はなく船に乗り込もうとしていた。

「あの、挨拶とかいいんですか?」

「あぁ、いまはそんなことをしてる余裕はねぇからな」


未だ船員に指示を飛ばしているグランの姿に、シノアリスも納得しリンドラードの後に続いて船に足を踏み入れる。

慌ただしく行き交う船員の邪魔にならないように歩きつつ、リンドラードの後を続いて船室へと入った。


「此処が俺たち冒険者用の大部屋だ」

案内された部屋の中は木製の机や古びたソファーがあり、奥にはいくつかの木箱などが積まれている。既に部屋にいた冒険者二人に軽く会釈をしつつ、シノアリスはヘルプで見たような船室とはまるでかけ離れた内装だったので興味深そうに周囲を見渡していた。



「おい、蜥蜴野郎」

「あ゛?」

不意に船内を物珍し気にキョロキョロしていたシノアリスの肩に誰かの手が置かれ、リンドラードに対して怒りを滲ませた声が頭上から聞こえた。

シノアリスの視界に真っ先に入ったのが額の傷。

小麦色に焼けた肌と狩り上げた白に近いショートへア、肩には暁と同じくらいの長さはあろう剣を軽々と抱えている女性がシノアリスの肩に触れたまま睨むようにリンドラードを見据えている。


「子供二人も連れ込むなんて何を考えているんだ、あ?」

「子供・・・?」

子供と言われシノアリスは真っ先にくーちゃんを確認し、もう一人の子供の姿を探す。

もしかして知らぬ内に子供が一緒に乗り込んできたのだろうか?

頭に?を浮かべながら周囲を見渡すシノアリスにリンドラードは呆れた眼差しを向けた。


「いや、どう考えてもお前だろ」

「これでも成人済みなんですけど!?」

「え?マジ?」

リンドラードの言葉にシノアリスは嘘ではない、言わんばかりに商業ギルドカードを突きつける。

思わずシノアリスを子供だと言った女性も、リンドラードと同じくしてギルドカードを覗き込んだ。


「マジか、お前成人済みだったのかよ」

「うっそだろ。今年十三になるオレの妹と見た目が変わらねぇのに」

「成・人・してます!」

おぎゃん、と鳴きながら怒りを訴えアホ毛を荒ぶらせるシノアリス。

流石に失言だったを自覚しているのかリンドラードと女性、アステラは互いに視線を合わせシノアリスに謝罪を述べたのだった。



「船をだすぞー!帆をあげろーーー!」

足元が揺れると同時に出航をする声が聞こえてくる。

どうやら積み荷作業が終わったらしい。

シノアリスは少しだけ窓辺に近寄り、外を見れば豪雨の中を船は進み少しずつシェルリングの船着き場が小さくなっていく。



ようやくシノアリスはナストリア国と本当にお別れなのだと実感した。

沢山の出会いがあった。

沢山の問題が起きた。

シノアリスが一人で旅をしていた二年間の時間と比べものにならないほどの濃厚な時間だった。

知り合った人たちの顔が浮かんでは消える。


「さよなら、ナストリア国」


小さなお別れを告げ、シノアリスは暁達の元へと戻って行った。


****

最後までお読みいただきありがとうございます。

数ある小説の中からこの小説をお読み頂き、とても嬉しいです。

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更新頻度はそこまで早くはありませんが、主人公ともども暖かく見守っていただけると嬉しいです。

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