第90話 新たな旅立ち(2)

くーちゃんが素材や魔物を狩りつくしている中、ずっと昏睡であった人物が目を覚ました。

「・・・うッ」

「!暁さん!?」

頭を抱えて起き上がる暁にシノアリスは調合中であったにも関わらず素材を放り投げ暁の傍に駆け寄った。

呪詛をその身に受けたため、体力を酷く消耗している所為か顔色が青い。

シノアリスはホルダーバックから回復薬を取り出し暁に差し出した。


「飲んでください、少しは楽になるはずですから」

回復薬は怪我などに特化した薬で、呪詛を宿した暁の体に効果があるとは言えないが疲労や消耗した体力を回復させてくれるので飲まないよりは良いだろう。


「すまない、有り難くいただくよ」

「・・・」

呪詛に対して効果のある薬をヘルプで探したが、そもそも呪詛は薬でどうにかなるものではない。

完全に根元を取り払わなければ意味がないのだ。

いまは光属性に満ちたこの場所が暁の呪詛を抑えてくれているが、消し去ってくれるわけじゃない。

一刻も早く妖精郷に向かわなくては。


心内で静かに決意するシノアリスの表情が硬くなるのを暁は静かに見つめていた。

「暁さん、わたしを庇って女郎蜘蛛の攻撃を受けたのは覚えていますか?」

「あぁ」

「女郎蜘蛛には恐ろしい呪いを持つ魔物なんです、その呪いは“死の呪詛”と言います」

「・・・死の呪詛」

「はい、いま暁さんは女郎蜘蛛の“死の呪詛”がかけられている状態なんです」

「・・・」

暁はあのとき女郎蜘蛛が黒い炎をシノアリスに目掛けて放った時、無我夢中でその体を掻き抱き庇ったときまでの記憶しかない。

だが気怠さや体の重さからして、いま自身の体が異常であることは分かる。


が、そんなことよりもシノアリスの様子を見る限り彼女になにかあった様子はない。

それで暁は満足だった。

たとえ、死の呪詛という恐ろしい呪いの代償なのだとしても暁はシノアリスを守れたことに後悔はない。

「俺の命はあとどれくらいなんだ?」

「・・・今はこの教会の恩寵で三ヵ月ほど」

「そうか」

「でも呪いを解く方法は見つかっています」

「え?」

残された時間は三ヵ月だと思っていたが、シノアリスは暁の呪詛を取り払う方法を既に見つけていたことに暁は驚いた。

そしてシノアリスは妖精郷にある世界樹の花の蜜で呪詛が解けることを、妖精郷を目指して隣国リェドに向かう事を説明した。

その説明を暁は驚いたように聞いていることしかできなかった。


「暁さん?大丈夫ですか?」

反応を見せない暁にシノアリスは心配そうに暁を見上げる。

だが暁はシノアリスから顔を反らして口元を手で覆いながら俯いていた。シノアリスはその様子に解決策があるとはいえ死の呪詛を背負っていることに衝撃を受けたのだろうと申し訳なさげに顔を俯かせた。


「・・・」

俯き落ち込むシノアリスに対して、暁は呪詛に対し全く衝撃など受けていなかった。

暁は忘れていた。

目の前の少女が、相棒だと言ってくれた少女が、呪詛を負った荷物を見捨てるはずがないことを。

当たり前のようにシノアリスが暁を見捨てるわけがなく助ける選択しか選ばないことを忘れていたのだ。


よく見ればシノアリスの目元は赤く腫れ、服装だって皺が目立ち髪や頬にも埃がついている。

きっと目を覚まさない暁をずっと心配していたのだろう。

悲しませたことに申し訳なさが感じるが、それ以上に沸き溢れる暖かさに口元が少しだけニヤけそうになるのを必死で耐えていた。


互いに声を掛け合えないまま、くーちゃんが戻るまで沈黙が続いたのであった。



その後、くーちゃんが戻りシノアリス達はロロブスの船着き場から川を下り港町シェルリングへと目指した。

幸いにも上客はシノアリス達しかいなかったので、変に気を張らずに済みホッと安堵の息を吐いた。

あとは、何事もなく船を入手できればナストリア国ともおさらばできる。

頭の中で計画をたてていたが、ポツリと小さな水滴がシノアリスの顔に当たる。思わず顔をあげれば、空は曇天に覆われており微かな雨の匂いを感じた。

「これは一雨来るな」

「暁さん、分かるんですか?」

「山奥に住んでいたからな、ある程度は。通り雨ではないのは確かだ」

暁の言葉にシノアリスは不安を胸に抱えながらも、どうか無事に出航できますようにと祈るが、無情にもシノアリス達が港町シェルリングに到着すると同時に滝のような豪雨が降り注ぎ始めた。

慌てて目的地である水運ギルドに移動するも、たどり着いた時点でシノアリスも暁もくーちゃんも、泳いできたかのようにグッショリとずぶ濡れになっている。


「大丈夫か?シノアリス」

「うぅ、靴の中までずぶ濡れです」

「にゃぁあ・・・くーもずぶぬれですにゃ」

水運ギルド内は、大雨の所為か来客は少ないものの、在中していたスタッフがずぶ濡れのシノアリス達を見て慌ててタオルを持って駆け寄ってきてくれた。


「大丈夫ですか!?よければこのタオルを使ってください!」

「うぅ、ありがとうございます」

差し出されたタオルで頭を拭きながら、シノアリスはあの頃とは全く変わった水運ギルドの内装に驚いていた。

そして唯一知っている水運ギルドの職員、リースの姿を探すがどこにも見当たらない。

シノアリスはタオルを差し出してくれた愛らしい犬耳を着けた女性へと視線を向けた。

「・・・あの」

「はい、なんでしょう?」

「リースさんはいらっしゃいますか?」

「副ギルド長のことですか?」

「副ギルド長!?」


まさかの大出世していた。

信じられないと驚きで叫んでしまったが、トラブルがあり誰もがギルドを去っていく中で残り続けたのは水運ギルド長のフィネを除いてリースだけだ。

フィネにとっても新たな副ギルド長を招くよりは、信頼できるリースを副ギルド長にするのがいいと思ったのかもしれない。

「えっと、その副ギルド長に会いたいんですが」

「失礼ですがアポイントは?」

「・・・うッ・・ない、です」

ギルド長や副ギルド長は基本窓口での対応はしない。

彼らが対応をするときは、必ずアポイントが必要となる。ナストリア国ではスルガノフが、シノアリスが来たら必ず自分のところに通す、という通達を受付嬢達にしていたのでアポイントがなくてもスルガノフの元へ案内されていた。

それを知らないシノアリスは密かに立てていた予定が崩れていく。

この様子ではきっと統括長であるフィネにも直ぐに接触するのも難しいだろう。


「あの、急ぎで隣国リェド行の船に乗りたいんですけど」

「生憎この天候で船はほとんど休止しているんですよ」

「雨が止めばすぐに出航できますか?」

「そればかりは船の者に聞かないと」

申し訳なさそうに見つめてくるスタッフにシノアリスは困った、と肩を落とした。


「シノアリス、急ぐ気持ちも分かるがこの悪天候の中出航するのは危険だ」

「そうですにゃ、一先ずは宿屋で体を休めましょう」

暁やくーちゃんの言葉にシノアリスはやや難しい顔をしつつも頷き、水運ギルドを後にした。

未だ滝のように降り注ぐ景色をシノアリスはぼんやりと見つめる。

傍らではくーちゃんと暁は宿へのルートについて話し合っているが、シノアリスはどんよりとした雨雲を恨めしそうに睨みつけていた。


「・・・よぉ、お困りみてぇじゃねぇか」

「?」

ふと自身の隣にだれかの気配を感じ、シノアリスは視線を向ければ、視界に映るのは赤い鱗。

「久しぶりだな、お嬢ちゃん」

ニヤリ、と口端を釣り上げて笑うのは蜥蜴人、リンドラード。

彼の姿に即座に警戒する暁と見知らぬ存在に首を傾げるくーちゃん、そして。


「・・・」

必死に誰であったかを思い出そうとして、でも思い出せなくて返答にとてつもなく苦々しい顔をしたシノアリスの視線がリンドラードに向けられていた。


「・・・え、おい。まさかまた覚えてないのか?」

「・・・」

「・・・」

「・・・えっと・・・お久しぶりです!お元気そうでなによりです!」

「おいこら!いかにも当たり障りのない返答で誤魔化してんだろ!?」

リンドラードの鋭い指摘にシノアリスは冷や汗をかきながら目を逸らす。

まさにリンドラードの指摘通り、シノアリスはリンドラードを全く覚えていなかった。だがそれは致し方ない。


リンドラードの接点と言えば、落とし物を届けたことやホワイトオクトパスやレッドクラーケンを討伐する際に横やりをいれたくらい。

暁のように深夜に部屋に侵入して殺りあうような戦いをした訳でもない。

なので、シノアリスにとってはなんでもない日常の一コマくらいの簡単に忘れられるような接点しかなかったからだ。

「名前は!?せめて名前は憶えているだろ!!?」

「・・・」

「・・・」

「・・・・あ!冒険者さんですよね!」

「それは名前じゃねぇぇぇぇ!!」

豪雨にも負けないほどのリンドラードの悲しみに満ちた慟哭が響いたのだった。



「よぉし、いいか?俺の名前は?」

「リンドラードさんです!」

「そうだ、いいか?忘れるなよ!?脳に刻み込めよ!わかったな!!」

よほど名前を忘れられたことがショックだったのか、リンドラードは豪雨にも負けないほど声でシノアリスの脳に自身の名前を叩きこんでいた。


「なんとも見苦しい姿ですにゃ」

「俺たちはシノアリスに名前を忘れられたことがないからな」

「うるせー!外野は黙ってろ!!」


くーちゃんと暁も謎のマウントを見せ、リンドラードは吠えた。

そして事の発端であるシノアリスも今回は自身の非を認めているので、リンドラードの好きなようにさせていたのだった。

「ところでリンドラードさんはどうして私たちに声をかけてきたんですか?」

「あ?・・・あぁ、そうだった」

シノアリスはようやく覚えたリンドラードの名前を呼びながら用件を聞けば、名前を叩きこむことに集中していた所為で、当初の目的を忘れていたようだ。


「お前ら、船で困ってるんじゃないか?」

「あ、結構です」

「なんでだよ!!!」

用件を話す前にバッサリと断られ、リンドラードは叫ぶ。

きっと前世の記憶で言う“王道”という展開であればリンドラードの案に乗るのだろう。

だがシノアリスは知っている。

こんな展開は、絶対面倒なことが待っているのだと。


「・・・」

ふとシノアリスは未だ滝のように降り注ぐ曇天の空を見上げる。

もし此処でリースを待ち伏せたとしても、船を出してくれる可能性は正直賭けでもあった。その点リンドラードは面倒な案件を抱えていそうだがシノアリスたちを船に乗せてくれるつもりで声をかけたのではないのだろうか。

シノアリスは落ち込むリンドラードを他所に考えるも、そっと肩に添えられた手に気付く。

視線を上げれば、暁が優しい眼差しでシノアリスを見下ろしている。その瞳はまるでシノアリスの考えていることなど分かっているかのように。


「暁さん?」

「俺のことは気にせず、シノアリスのしたいようにすればいい」

本当に心を読んでいるのではないのかとシノアリスは思った。

あの教会を離れた事で暁への死のカウントダウンは刻々と迫っている。なにがキッカケで呪いに力が増してしまう恐れもある。

シノアリスはそれが怖かった。

顔にも言葉にも出さないようにしていたのに、暁はそれを見抜いているかのように声をかけてくれる。

「・・・分かりました」

暁の言葉でシノアリスはなにかを決めたのか、落ち込むリンドラードの背中をツンとシノアリスは突いた。


「・・・んだよ」

「さっきのお話なんですが、やっぱり聞かせてもらえません?」



****

最後までお読みいただきありがとうございます。

数ある小説の中からこの小説をお読み頂き、とても嬉しいです。

少しでも本作品を面白い、続きが気になると思って頂ければブクマやコメントを頂けると大変活力となります(*'ω'*)

更新頻度はそこまで早くはありませんが、主人公ともども暖かく見守っていただけると嬉しいです。



久しぶり!と声を掛けられて、咄嗟に思い出せる方って凄いですよね。

わたしの場合、接点が一年空くだけで「だれ?」と記憶から消え失せます。

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